3・俺、奇襲に成功せり
むさ苦しい男らが下品な嗤い声を上げる中、ドラグムは極めて静かに動いた。
ドラグムは、敵の警戒心を刺激しないぬるりとした動きで手近な男に近付くと、素早く男の顔へ手を伸ばした。
このドラグムの一連の動きは、相手がドラグムを侮っている間に殺れる所まで殺ってしまおうと言う、実は結構な本気ムーブである。
ただ、そんな事で稼げる時間など現実的にはほんの数秒でしかないのだが。とは言え、ドラグムならばこんな取るに足らないグズの一匹や二匹、この地上から消し去るには十分だったと言う。
てな訳で、今ドラグムの頭の中にあるのは、このカス共の生命活動を速やかに停止させる事、ただそれだけだった!。←意外とドラグムさん激おこです。
「とっ、止まれ!」
だが、ドラグムが手を伸ばしたすぐ側で、別の男が一人、予想外にいい反応を示した。
と言うか、すでに剣を抜いてる気の早いその男は、反射的にドラグムへと剣を突き出したのだった。
だが、ドラグムは難なくその両刃の剣身を素手でキャッチ。そして、そのまま当初からの標的の首をガシッと鷲掴みした。
がっちり喉元を掴まれた男が、逃れようと必死で抵抗する。しかし首に喰らいついたドラグムの手は、ジタバタと藻掻く男の抵抗空しくビクともしない。
「ゲアッッハハハァァ〜!」
ドラグムは、そのまま捕らえた男を軽々と頭上に掲げて笑った。
その絵面はかなり悪役的と言うか、もうただのモンスターである。
一方、ドラグムに剣を掴まれた男も得物を振り解こうと懸命に暴れていたが、ドラグムから剣をふり解く事が全く出来ないでいた。
剣身を掴んだドラグムの手は、男が体重を掛けようが捻りを加えようが殆んど微動だにしないのだ。
「なっ、なんなんだよコレァッ?!」
その奇妙な事態に他の男たちも戸惑う。
「オイッ、貴様らここで何をしているッ?!」
そんな時、男たちの背後から声が飛んだ。
皆が振り返ると、門を守る衛兵数名が駆け寄って来た。
つーか、そらこんな目立つ所で騒いだら、治安維持関係者が動くのは当たり前である。
とは言え、その衛兵の数はわずか4名。たまたま巡回中に不穏な動きを感じ取った隊長の一人が、慌てて仲間を連れてやって来たのだ。
それに気付いた武装集団の男の一人が舌打ちする。
その男はドラグムから視線を外すと衛兵と対峙した。
「俺たちはハンター『ゲラモス狩猟団』の者だ。
一体何の用かは知らんが、今の所なんの問題も起きちゃいないぜ。それにすぐにここを立ち去るつもりだから放っておいて貰いたい」
その男、狩猟団のリーダー・ベダイは、なるべく感情を抑えた口調でサラッと述べた。と言っても、ぶっちゃけかなり高圧的ではある。
「門前で喧嘩沙汰は許さんぞ、今すぐここを立ち去れ、今すぐにだ!」
基本こんな大都市の正門を守護する兵士は、装備の整ったエリートばかりだ。ハンターなどゴロツキ同然の輩とは格も違う、下手な脅しなど通用しない。
ただハンターにもピンからキリまで色んな階層が存在する。特に危険な最前線からきっちり生きて帰って来て、さらに利益を上げてる様な上位のハンター集団となるとまた別格だ。
衛兵たちも「ゲラモス狩猟団」の名前には聞き覚えがあった。
だが、いくら相手が手練れだろうと、衛兵としてここで好き勝手するのを許す訳にはいかない。何しろこれが仕事だ、ハンターごときに後れを取る訳にはいかないのだ。
一方、狩猟団リーダーのベダイも苦い表情をうっすら浮かべていた。
正直言って、門兵なんぞ別に大して怖くも何とも無い。安定を求め役人みたいなヌルい仕事をやってる奴に、今さら命のやり取り出来る様な根性があるはず無いからだ。
とは言え、やはりお上と揉めるのは非常にマズい。どんなに強い奴でも国家には敵わないからだ。
リーダーのベダイは、ツバを吐いて衛兵の隊長を睨んだ。
「ケッ、だいたい何をそんな大騒ぎしてやがる、ちょっと集まって騒いでるだけじゃねえか。別にそんな大暴れしてる訳でもなし、死人が出たわけでも、なし?」
そこでふと、なんか妙な空気を感じたベダイは、後方のドラグムたちを振り返った。
変な格好のトカゲ男は、コートの裾を旗めかせ悠然と突っ立っている。そして、かなり気圧された様子でそれを取り巻く狩猟団のメンバーたち。
―ん…?。
よ〜く見てみると、ドラグムに首を掴まれた仲間の一人は、ドラグムの片手に力無く垂れ下がった状態。
つーか、その首は完全に曲がっちゃいけない角度を獲得していて、それ間違いなく首の骨が折れて死んでるし!。
さらに、剣を掴まれて振り解こうとしていた男も、いつの間にか腹に剣を突き立てて地面に転がってるし?!。
腹に剣を生やしたその男は、もはや断末的な痙攣を引き起こし血塗れで転がっていた。
「ほぉ〜らよ、お望み通り剣を返してやったぜェェ?。グワァァッハッハッハッハァァァァ〜!!!」
ドラグムが、ぶち切れた笑い声を天に響かせた。
―な、なん…これ?。
狩猟団だけでなく衛兵ですら呆然とする。
だが、じわじわと溢れる怒りに後押しされ、ようやくベダイが我を取り戻した。
「テッ…、テメェ、コノヤロォォ〜!。ここまでやってタダで済むと思うなよッ、調子に乗りやがって絶対に後悔させてやるぁあッ!」
すると一人悦に入っていたドラグムが、その言葉に振り向いて目をパチクリさせる。
「ん?、仲間を二匹もやられてまだそんなつまらん能書きを垂れるか?。もはや言葉など無用、行動で示すがいい」
自らの懦弱さを心底嘲る様なドラグムのセリフに、狩猟団たちの頭に血が昇る。
「ーーーーー!?。野郎共ッ、コイツをブチ殺せぇぇぇッ!」
ベダイが仲間に号令を発する。
「「「「おおおおおッ!!!」」」」
そして男らもまた、それに呼応して吠えた。
「ちょっ、ちょっと待て待てぇい!。貴様らこんな所で暴れたら全員引っ捕らえるぞ!」
と、衛兵の隊長が慌ててベダイの肩を掴む。
「ああっ?!。
うるせーよ、こっちは一方的にやられてるんだ、黙ってられるか!。
構わねえお前ら、さっさと殺っちまえ!」
ベダイはそう言って衛兵たちの手を振り払うと、狩猟団に再度指示を出した。
確かに衛兵の隊長が言う様に、こんな都の玄関先で戦闘をおっ始めるのは非常にマズい。
だがしかし、仲間を殺られて何もしないのはもっとマズい!。
別にハンターが法を越えて多少やんちゃするのは良くある事だ(※良いとは言ってない)。しかし競争の激しいこの世界、少しでも弱味を見せたら終わりだ。
バカにされ、挑発されてつけ込まれ、余計な小競り合いを強いられる事になるのは必定。
つまるところ、こうなった以上はなるべく速やかにこのトカゲ男を殺し、速攻でトンズラこくしかない。
そして一旦腹を決めてしまえばメンバーたちも手慣れたもんで、粛々と自分の役割に沿って動き始める。
「カダット、ベダイの方を手伝ってやれ!。邪魔されないようにしっかり押さえておけよ!」
すぐさまモメてるベダイに代わり、メンバーの一人が場を仕切り出した。
その男、サブリーダーのジェッソは、手下に指示を出すと、衛兵とモメるベダイの加勢に一人行かせる。
そして、残りのメンバーに落ち着いた指示を出す。
「いいか、馬鹿力はあるようだが慌てんでいい。戦車猪みたいにじっくりなぶり殺しにしてやれ!」
「「「「「オオウッ!!!!!!!」」」」」
ドラグムを中心にみるみる包囲が敷かれ、狩猟団の殺意が高まって行く。男たち、ゲラモス狩猟団が意外と統率された所作を見せる。
「カカカカッ…!」
だがドラグムは何の構えも見せず、むしろ棒立ちでその動きを眺めるのみ。
ちなみにドラグムは、当然ながら武器も防具も一切持っていない。コート一枚の他は完全なる無手。一応、片手に首の折れた男の死体をブラ下げているだけだ。
そんなドラグムに対し、まず軽装の遊撃手が素早く背後に回り込んだ。と同時に壁役の重武装戦士が槍を突き出して前面を固め、その後方で弓使いが二人弓を構える。
そして最後に、布陣の最奥で魔法使いが呪文の詠唱を始めた。
「おうおう!?」
ドラグムは、頬まで裂けた唇の端を吊り上げて嗤った。
「なかなか面白そうな動きをするねぇ、少しは楽しませてくれるのかぁ?」
―ほざいてろッ!。
サブリーダーのジェッソは、ドラグムの余裕の態度にカチンと来ながらも、着実に収束する包囲の輪を冷静に見守った。
「手加減なんかするんじゃねえぞ、とことん殺っちまえ!」
ドラグムの周囲を撹乱する遊撃戦士が間合いを出入りして挑発するが、ドラグムはそれでも全く動じない。
だがこの狩猟団の戦法は、単体の大物モンスターを仕留める用の鉄板戦術だ。しかも本来なら、モンスター側も捕捉されるのを嫌って動き回る所を、このトカゲ男はまるで動く気配もない。
一体このトカゲ男にどんな勝算があるのかは知らないが、ハンター側からすればわざわざ罠の真ん中に追いやる手間が省けてむしろ大助かりだ。
ジェッソら狩猟団の中でもベテランの手練れたちは、過去の経験からすでにこの狩りの成功を確信していた。何しろ後もう少しで魔法使いの詠唱が完成しようとしているのだから。
普通はこの状況に持って行くまでが大変なのだが、今回は大半の難儀な行程をスキップ出来てしまったのだから余裕である。
―まあ狩りとしてはつまらないが、どうやらこのトカゲはバカなんだろう…。byジェッソ
そして、遂に長々とした魔法使いの詠唱が終了した。
魔法使いが、詠唱の終了を告げる終曲的な口調で声を張り上げる。すると、ドラグムの周りに張り付いていた前衛戦士たちが瞬時に距離を取った。
と、ここで、体の大きな重戦士が二人前に出るとスキル『震脚』を撃った。
二人の重戦士を中心に、足止め用の牽制スキルがドラグムを二重で取り巻く。
とは言え、ドラグムにはそもそも回避する様子もなかったので足止めもクソもないのだが、これもこの戦術の一環なので念を入れての事だ。
そして、そこへ流れる様にテンポ良く魔法が発動。
―束縛魔法【魔痺霧】!!!
その効果発動と同時に、ドラグムは首の折れた死体を盾代わりに持ち上げた。
「オラァァッw!」
すると、前衛の飛び退いた空間に上昇気流が発生し、ドラグムを中心とした半径数メートルの大地から砂埃が巻き上がる。
その砂埃と混ざり合う様に、魔力光を帯びた霧の幻影がドラグムを取り囲み始めた。
「ぁあああ?、なんだコリャ…」
どうやらドラグムは、てっきり直接的な攻撃魔法が飛んで来ると勘違いしたらしい。
ドラグムの予想に反し、ギシギシと大気を軋ませる異音が彼の周囲を取り巻く。
「よし殺れッ!」
魔法の効果が収まると、すかさず総攻撃の指令が飛んだ。
ちなみに、通常なら確実に妨害魔法の効果範囲内でロックするため、多少味方へのフレンドリーファイアもあるのだが、今回はターゲットがお粗末なせいで誰一人巻き添え食らわずに済んだ。
まあ、たとえ巻き添え食らった所で単に動けなくなると言うだけだ。効果が切れれば元に戻る。
「グッ、ゥラァアアアアアアアアアアッ!!!」
ドラグムは、その身に纏わり付く魔法の霧の中で、悶えるように吼えた。