2・君がケンカ売るから僕は買う
魔物が我が物顔で跳梁跋扈するガンストローリア大陸の西方。
そこに原人種の王が、他種族と共に丸く国を治める汎種族帝国エヴァーニルトがあった。
そのエヴァーニルトの北方の大都マンスタルクは、魔物の氾濫を押さえ込み交易の要衝地としても繁栄を築く大都市であった。
う
そんな大都の玄関先である正門前に、ある日一匹の男が現れた。
その男は、金持ちの商人が着るような高級そうな毛皮のコートを身に纏いつつ、何故かその下は薄っぺらい腰巻き(ふんどし?)一丁と言う変質者スタイルであった。
ただ賑わいを見せる大通りでありながら、その男の半裸姿はさほど問題にはならなかったと言う。何故ならば、その男は普通の人種ではなかったからだ。
その人類種らしからぬ爬虫類的な肌艶。
そう、その男はいわゆるリザードマンか竜人かと言った所だったのだ。
つまり人型でこそあれ、かなりの亜人的な見た目が、ほぼ素っ裸にも近い装いを相殺していたのである。
そしてさらに言うのなら、限りなく真っ裸に近いにも関わらず、微塵も羞恥心を感じちゃいないその堂々たる態度。その勇者の如き立ち姿が、人々にそれを猥褻な物ではないと思わせる事に成功していたのだ。
そのトカゲ男は、人の迷惑も省みず路上に突っ立って周囲を眺め感慨に耽っていた。
―ほほう、これが人間族の言う大都市って奴か…。人の視点から見ればなかなかの迫力があるじゃねえか。
男の名はドラグム、いわゆる竜人族と呼ばれる種族だ。
この度、訳あってこの都市にやって来た、いわゆるこの物語の主人公であった。
そんなトカゲ男ドラグムは、人の流れをガン無視して路上に立ち尽くしていた。よりによって、街の正門に続く大通りのど真ん中で…。
もちろんここは大都マンスタルクの正門前だ、人通りも多い。しかも他種族共存を標榜するだけあって様々な異種族が出入りする。
正門前と言う通り、実はまだ正門までかなりの距離があるのだが、ここら辺が一番都市の良く見えるポイントだった。そしてここから人の流れが集結し、賑わいを見せ始める地点でもある。
そんな中で、竜人族と言う種族はやはり異質なのだろうか、人々は何となく彼の側を避けて通り過ぎて行く。
いや…。
竜人と言う珍しさもあるだろうが、そもそもその不審な挙動に問題がありすぎだ。
いくら広いとは言え、道の真ん中に上着一枚で腕組んで仁王立ち、それは結構な不審人物だ。
バカなのか、それとも大物なのか、何にせよ触らぬ神に祟り無しなパターンなのは火を見るよりも明らか。
とその時、そんなスルー必須の竜人の背中に何かがぶつかった。
「おいテメ邪魔だ、ブゲッ……!」
ドン!、と竜人ドラグムの背中に物が当たり、彼の巨体がちょびっとだけ揺れる。
―ん?。
ドラグムが不機嫌に振り返ると、そこには男が3人ほど転がっていた。
「なんだよオイ、どうなってんだ?!」
「痛ぇッ、何しやがるこの野郎!」
「な、なんだ?、このトカゲ野郎は!」
転がった男は3人だが、仲間が他にも10人ほど。見た目完全武装で明らかにヤバそうな集団である。
「オイどうした、大丈夫か?」
「いってぇ、こいつがいきなりぶつかって来やがったんだよ!」
倒れた男に手を貸す仲間たちと、ドラグムを指差す転がった男が一人。
―はあ?。
ドラグムは訳が分からず茫然と立ち尽くしていた。だって自分はただ立っていただけだ、ぶつかって行った覚えは無い。
―いや、もしかすると俺ではなく、他にぶつかった奴がいるのではなかろうか?。
ドラグムが辺りを見回すと、人々はドラグムを遠巻きに通り過ぎて行くのみ。
ぶっちゃけると、完全に他人から忌避されているのだが、ドラグムはそれに全く気付かない。代わりにドラグムはぼんやりと考えた。
―うーむ?、特にそれらしい奴は居そうにないな…。それとも、翻訳用のスキルリングに不具合でも生じたのか?。
ドラグムは、ふと指に嵌めた翻訳用魔導具の指輪に目を落とすが、良く考えたらドラグムにこの手のアイテムの壊れ具合など分かり様もない。
―ふむ、分からん!。
「一体何事だ?」
ドラグムは男を振り返って聞いてみた。
分からん事は聞くしかない。
ただし、ようやく街に辿り着いて、気分良く感慨に耽っていた所を中断されたのだ。ドラグムにも多少の不快さが滲むのは無理もない。
「何事じゃねえぞ!、テメエからぶつかって来といて、タダで済むと思うなよ?!」
―ふうん?。
ドラグムは、動じる事なくうっすら目を閉じた。
面倒くさいが何やら誤解が生じたようだ、ウゼェ…。
さて、ここで事の始終をすぐ近くで見ていた人物が一人いた。
彼の名はポックスさん31才。
このマンスタルクに住む自営業で独身のしがないモブキャラだ、キモデブではない。
そんなポックスさんが大都の正門前を通り過ぎようとする時、目の前で突っ立っていたのがドラグムだった。
そしてそこへ丁度ハンター風の格好をした男たちの集団がやって来た。
男たちは所憚らず、大声で周囲を威嚇するかの様にドラグムの横を通り過ぎた。
とその時、集団の端を歩いていた仲間の小男が、なんと眼前のドラグムに背後から蹴りを入れたのだ。
それは集団の端を歩く小男の進む先に、ちょうどドラグムが立ちはだかっていたからだ。その小男がそのまま真っ直ぐ歩けば、ドラグムの背にぶつかってしまう。
まあ普通ならちょっと避ければいいだけなんだけど、暴力的な雰囲気を漂わせる集団の一員である事から、小男とは言え気も大きくなる。と言うか、そもそもこの男たちは、邪魔な奴は押し退けて通ればいいなどと考える無法者たちであった。
てな訳で、小男は歩きざまに何の迷いもなく、後方からドラグムの尻に蹴りを入れた。
入れたのだが、モブキャラことポックスさんの見た所、その小男の蹴りは殆んどドラグムを動かす事が出来なかった。ドラグムの体はほぼ微動だにしなかったのだ。
結果、ドラグムを蹴って突き飛ばすつもりでいた小男はビクともしない壁に跳ね返され、そしてドカドカ通り過ぎる仲間の流れに巻き込まれ転がってしまったのであった。
これが通りすがりのモブキャラ、ポックスさんの見た一部始終である。
うん、もろ自業自得。
およそ、どんな角度から眺めても小男が悪い。
だが、もちろんポックスさんは単なる通りすがりのエキストラなので、そのまま賢明にスルーしつつサヨナラである。まさかこんな野蛮な輩とは一切関わりたくもありません。
そう、普通はこんな場合、なるべく穏便に事を済ますべきなのだが…。
「面倒くさい奴等だな、目的は何だ?」
ヤバそうな武装集団に対し、ドラグムは思った事をそのまま口に出す。
そしたら。
「お前ナメてんのか?、たった一人でイキがってんじゃねーぞコラ?!」
男たちはドラグムの態度に即反応し、殺気を露わにした。
「おい、トカゲ野郎。あまり調子に乗ってると、かなり痛い目見るぜ?!」
むさ苦しい男たちの群れが、ゾロゾロと動いてドラグムを取り囲む。
「お〜ら、いいから金目のモノ全部置いて消えなよ、今なら命だけは見逃してやるからよ?」
「でもよう、こいつ殆んど丸裸だぜ?」
「もしかしたらコイツ、もうすでに身ぐるみ剥がされた後なんじゃねーの?!」
「「「「ギャハハハハ!!!!!!!!!」」」」
と、ここで良くある無法者たち特有の、脅しと煽りコンボが炸裂した。
だが、これにはさすがのドラグムもイラッと来る。
今だ多少の会話能力に難のあるドラグムではあるが、直感的な判断力は高い。ゲスな煽りの真意を正確に読み取っていたのである。
―ほ〜う?、此奴らはこの俺に勝てるつもりでいるのだな。
今だに原因こそ分からないが、ドラグムは現在の状況と未来に繋がる流れをざっくり理解した。
すると、野郎共はさらなるトドメの一言を放つのだった。
「おっと、その上着は結構上等そうじゃねーか、今回の所はそれ位で許しておいてやるぜ、さっさとソレ置いて消え失せな!」
「う〜わ、ムゴッ!。
全裸で放逐とかありえへんわ〜w」
「「「「ドワハハハハハ!!!!!!!!!」」」」
この時、ドラグムの細過ぎる我慢の糸はマッハで断ち切れた(煽り耐性ゼロ…)。
ドラグムの熱き竜の血が、即座に煮え滾って体中を駆け巡る。
―よかろう、お前らの命の灯火、今すぐ俺が吹き消してくれる!。