2 そして物語は動き出す
二十年の月日が流れた。
俺たち夫婦はずっと幸せに暮らしてる。
変わらない日々。きっと今日と似たような明日。
それでも森の中のちょっとした変化を見ているのも飽きはこない。
ずっと子供ができないのが唯一の誤算だな。
今でも週三回くらいで励んでるんだが。
やはり人間とエルフの間では子供はできにくいのかな。
もしかしたら俺が種無しかもしれないし、まぁこればっかりは天からの恵み物だ。
しかたがない。
でも、これからもせっせと励むけどな。
俺はずいぶんおっさんになったけど、ルシールのほうはまったく変わりがない。
そういえばルシールの年齢って知らないんだよな。
知り合った頃に一度聞いたんだが、にっこり笑ったまま答えてはくれなかった。
間違いなく俺より年上だとは思うんだ。
だって、俺がまだガキだった頃すでに大人だったしな。
ある日、村へ穀物を買いに行ったところ噂話を耳にした。
「国境の砦が魔族に襲われたらしい」
魔族の話はずっと聞いてなかったな。あれからずいぶん経つから魔族の数もまた増えてきたのかもしれない。
だが、俺には関係のない話だ。
きっと王国の方でなんとかしてくれるだろう。
俺はそう思い込むようにして村を離れた。
ただなんとなく、俺に関係してきそうな予感がしてるんだよな。
そして俺のそうした予感は、これがまたよく当たるんだ。
数日後の夜、俺の家の扉が激しく叩かれた。
用心深く外を見ると、なんとなく見覚えのあるようなおっさんの顔。
しかたなく扉を開けると、その男は倒れ込むように家にはいってきた。
あちこちが血で滲んでいる。
そしてその男は一人の女の子を連れていた。
薄汚れた顔をしたその女の子はまだ幼い。
そして女の子は大事そうに剣を抱えている。
その剣を俺が忘れるはずがない。
そう、魔王との戦いのときに消えていった聖剣フレイヤだ。
ケガをしている様子の男の治療をルシールにまかせて、俺は女の子の相手をすることにした。
女の子の目の高さに合わせるように腰をおろして、女の子に話しかけた。
「名前は?」
「わたしはソフィ」
「その剣、抜けるのか?」
「うん」
ソフィは頷くと、剣を鞘から半分ほど抜き始めた。
背が低いせいで半分抜いたところで苦労している。
「もうそのあたりでいい」
俺がそう言うとソフィは剣を鞘に戻した。
「その剣を抜くと気分が悪くならないか?」
「うーん、五分位で頭がぼーっとしてくる感じかな」
「そうか、五分位抜いていられるのか」
聖剣フレイヤを抜き身で持っていると常に魔力を消費し続ける。
俺もガキの頃はすぐに気持ち悪くなったものだ。この年齢で五分位抜いていられるのならたいした魔力だ。
ルシールが治療を終わって俺に耳打ちする。
「わかった。
この子はソフィって言うそうだ。
きっとお腹がすいているだろうから、なんか食べさせてやってくれ。
おっと、その前に風呂が先かな。ずいぶん汚れてるようだ」
「わかったわ。
ソフィちゃん行きましょ」
ルシールがそう言うとソフィは素直についていった。
俺は男の方の相手をすることにした。
リビングのソファに寝せられている。
この家にベッドは俺とルシール用のダブルベッドしかないから、こいつを寝せるつもりは毛頭ない。
俺が近づくと、
「ジェラルド、あの子を頼む」
男はつらそうにそうつぶやくと、静かに目を閉じた……
「あのなぁ、グレゴワール。
別にお前は瀕死なわけじゃないから。
血だらけなのは全部細かい擦り傷や切り傷で、それもルシールがすべて治療済みだ。
今つらいのは、たぶん睡眠不足に過労に空腹なだけだ。
とりあえず、このソファは貸してやるから、今夜はこのまま寝ろ。
そして明日になったら、じっくり話をきかせてもらうからな」
魔法使いと言っても、もともとパーティーで一番筋肉質で頑丈だったグレゴワールだ。
少々年を取ったと言っても、このくらいのことでどうこうなるとはまったく思えない。
「わかった」
グレゴワールはそう言ったかと思うと、すぐにそのまま寝息を立て始めた。
健康そうな寝息だ、心配なさそうだな。
浴室のほうが気になるが、ルシールはともかくソフィがいるから、ちょっと遠慮しよう。
まだ小さいと言っても女の子だからな。
俺はそのくらいの分別はあるのだ。
リビングの灯りは消して、食堂の方でソフィの食事の準備でもしておくか。
俺達の夕食の残りのスープがあるから、これを温め直せばいいだろう。
あとはパンとサラダか、食べ盛りだろうから肉も用意してあげたいが、さすがに今から狩りに行くのはムリか。
しばらくすると、風呂からあがったルシールがソフィを連れて食堂に来た。
ぶかぶかの俺のシャツを羽織ったソフィ、シャツが膝下まであるワンピースのようになってる。
さっきは汚れすぎててよくわからなかったが、きれいさっぱり洗われた今はその可愛らしさがよくわかる。
天使かとも一瞬思ったがなんか違うな。
その顔に潜む影が気になる。
ソフィは俺の顔を見ると恐る恐る尋ねてきた。
「グレゴワールは?」
あぁあいつが心配なんだな。
「あのおっさんはケガも治って元気になったぞ。今は疲れてるから先に寝てもらった」
俺がそう言うと、ソフィはうれしそうに、
「よかった」
と一言だけつぶやした。
「お腹がすいただろう。たくさん食べな。
そして疲れてるだろうから、今日はすぐに寝るんだ。
明日グレゴワールも交えていろいろとゆっくりお話ししよう」
「うん」
ソフィはスープを勢いよくすすって、パンに齧りついた。
マナーも何もあったもんじゃないな。まるで俺のガキのときのようだ。