11 かっこよく剣を抜けるようになろう
「お父さん、お父さん」
リビングでくつろいでいたところへ、ソフィが可愛らしく駆けてきた。
「お父さん、今お暇?」
「あぁソフィが用があるときは、いつもお父さんはお暇だよ」
たとえ魔王との戦闘中でも、ソフィの方が優先度は遥かに高いな。
「お願いがあるの」
「なんでも言ってごらん」
とりあえず、俺にできることならなんでもいいぜ。
「あのね、フレイヤを上手く抜けるようになりたいの」
「そっか、今度やり方を教えるって言ったのにそのままだったな、ごめんごめん」
「今からいい?」
「よし、お外に行こうか」
まずは、基本的なことを教えないとな。
「まずお手本見せるから、ちょっとフレイヤを貸して」
剣を受け取って、俺も背中に剣を背負う形で装備してみる。
「実はな、このまま抜こうと思ってもお父さんくらいの身長があっても上手く抜けないんだ」
そう言って俺は実演して見せる。
剣を鞘から抜く途中で引っかかって上手く抜けない。
「お父さんくらいの身長ならムリすれば、なんとかなるかもしれないけど、危ないしかっこよくないだろ」
「うん、かっこよくないね」
「だからこうするんだ」
俺は紐で結んだ鞘ごと素早く腰に回して剣を抜いて見せた後、すぐに鞘に戻して再び背負う形にした。
「えっえっえっ、今のすごかった。もう一回、もう一回」
ソフィの目が驚きで見開いている。
「じゃ、今度はゆっくりやるぞ。
まずは、鞘と柄をもったまま、体にくくりつけてある紐を利用して、腰の方にまわす。
そして腰から一気に剣を抜くんだ。
鞘は邪魔になるから背中にまた戻しておく。
剣を鞘に収めるのも同じ要領だな」
「お父さん、すごい。かっこいい!」
やったね。大好きは言ってもらえなかったけど、かっこいいって言われちゃったよ。
「ソフィもやってみる?」
「うんうん」
ソフィに再び剣を渡して、自分で剣を背負わせる。
あ、その背負い方じゃ。
いや、今は言わないでやらせてみたほうがいいか。
ソフィはいろいろ手の位置とか工夫しながら、剣を腰のところにもってくるところまでは上手くいったようだ。
でも、剣をぬこうとしたところで困ってる。
「剣を右手で抜こうと思ったら、左の腰のところに剣を持ってこないと困るだろ。
だから、剣の背負い方が左右逆だったんだよ」
「そっかー。もう一回やってみる!」
トライ&エラー。
何事も最初から一々注意されるんじゃなく、危なくないことは失敗しながら覚えていくことが一番だね。
ソフィは剣を背負い直してもう一度チャレンジ。
今度は腰までいい感じで持ってきて、剣を抜こうとしたところまではよかったんだが、剣が途中でひっかかっちゃったようだ。
やっぱりこうなるか。
「上手く抜けないのー」
「今のやり方で間違いはなかったよ。でもまだソフィの身長が足らなかったみたいだね。
覚えておいてもうちょっと大きくなったら今のやり方でやってみよう」
「うん……じゃ、今は抜けないの?」
「大きくなるまでのやり方を今から教えよう」
「やったー」
再び剣をソフィから受け取る。
「そういえば、お父さんは本当にフレイヤを抜けるんだね」
「あぁ、フレイヤを抜けるのは世界でソフィとお父さんの二人だけのはず。
そうだよな、フレイヤ」
フレイヤを抜いてそう確認すると、
「はい、それで間違いありませんよ」
フレイヤは面倒そうにそう答える。
「でも今のフレイヤの主はソフィだからな。
お父さんが呼んでもフレイヤは来ないけど、ソフィが呼べば遠くからでも飛んでくるぞ」
「ほほぉぉ」
「それにな、お父さんが使ってるときは普通の剣としか使えないけど、ソフィなら将来フレイヤでいろんな技が使えるようになる」
「どんな、どんな?」
「遠くの敵に斬撃波を飛ばしたり、壁の向こうの敵を斬ったりって技かな」
「すごーい、それってかっこいい?」
「すっごくかっこいいぞ」
「楽しみ楽しみ」
「今は魔力の操作とか、しっかり練習しないとな」
「はーい」
「それじゃ、剣の抜き方に戻るぞ」
俺は再び剣を背負って見せる。
「まず最初に背負ったまま剣を抜くときは、片手の長さしか使えないんだ。
だから、お父さんでも上手く剣を抜けない」
「うんうん」
そして、剣を腰に回して構えてみる。
「剣を腰から抜くときは、片手の長さに加えて肩から腰の長さが使える。
だから、それなりに長い剣でも抜けるようになる。
ソフィはまだムリだけどな」
「うん」
そして、俺は鞘ごと前方で横に持ってみせる。
「じゃ、もっと長い剣を抜くのにはどうしたらいいか。
こうして両腕を使えばいいんだ」
左手を鞘の根本、右手を柄の根元と言うかたちで持って、そのまま横に広げていった。
「こうやって抜けば、両手の長さと胸の横幅の長さが使える。
自分の身長と同じくらいの剣でも抜けるようになるんだ」
「ほほぉぉ」
ソフィは真理に気づいたように目を輝かせた。
「それでも抜きにくいときは、剣を斜め前に傾けてから、やや後方に広げるように抜くといいと思う。
少し鞘に余裕があるからな」
「はーい」
ソフィに剣を渡すと、さっそく俺の教えたとおりに剣を抜くことができた。
「やったー。上手く抜けたよ」
ソフィはすごく嬉しそうだ。
「ただしこの抜き方の問題点としては、鞘が邪魔になっちゃうんだ。左手に残っちゃうだろ?」
「そうだねぇ」
「しかたないから、戦闘中は鞘をそのまま地面に落としておくことになるんだけど、そういうことすると怒る人がいたんだよ」
「そうなの?」
「昔、お父さんやお母さん、それにグレゴワールといっしょに旅してた人で戦士のアロイスってのがいたんだけど、変わったやつでな」
「うんうん」
「戦いの時に鞘を地面に落とすと、『コジローヤブレタリ』って言われるんだそうだよ」
「それってどういう意味なの?」
「お父さんもよく知らないんだけど、戦いの時に鞘を落とすってことは、もう死んじゃうから鞘が要らないことになるんだって」
「そうなの?」
「なんかこじつけだと思うんだけど、戦いの時にそう言われて動揺して負けちゃった人がいたんだって」
「そんなの、ずるいじゃん」
「お父さんは別にずるくないと思うぞ。かっこよく負けるより、かっこ悪くても勝ったほうがいいと思うから。
負けたら死んじゃうんだからどんなことしても勝ったほうがいいんじゃないかな?」
「うーん……」
「たとえば、ソフィがお父さんと戦うとするだろ?」
「そんなのやだよ。戦わないよー」
「仮にって話だから。そういう時にソフィに『お父さんなんて大嫌い』って言われたらお父さんは動揺して負けちゃうと思うんだ」
「ソフィは、お父さんのことを大嫌いなんて言わないよ」
「うん、本当に言われたら、お父さん泣いちゃうからな。
逆に『お父さん大好き』って言われても舞い上がって負けちゃうかもしれないな」
「お父さん、弱すぎ。じゃ、これからそうやってお父さんに勝っちゃおう」
「おー、その作戦なら何度使ってもいいぞ」
「いいこと聞いちゃった」
ソフィが嬉しそうにしてる。
「だから戦いの時は、かっこいいとか、かっこ悪いとかよりもどうやったら勝てるかってふうに考えたほうがいいんだ」
「でも、かっこいいほうがいいよね」
「そうだなぁ、そういえばさっき言ったアロイスも決めポーズとか決め言葉とかいろいろやってたぞ」
「どんなの?」
「決めポーズは横から見ててもかっこ悪かったから参考にならない」
「決め言葉の方は?」
「そっちも、よく意味のわからないことばっかり言ってたな。
戦う前にはよく『ブシドウトハシヌコトトミツケタリ』って呪文みたいなのを唱えてた」
「なんて意味なんだろ?」
「なんか、死ぬ気で頑張るみたいな意味らしい」
「ふーん。他にもある?」
「そうだなぁ、たしか戦いが終わった後によく『マタツマラヌモノヲキッテシマッタカ』とか言ってたな」
「変なの」
「変だよな、これはなんだか意味がよくわからなかったよ」
「そういうのがかっこいいの?」
「アロイスはかっこいいって言ってたけど、他の誰もそうは思ってなかったと思う」




