2話 まずは現状の把握
「なんじゃああああこりゃああああ!!!!」
肺の空気の残量が限界になるまで絶叫する。
『怖くなったらとにかく大声を出しな。そうすりゃ勇気が湧いてくる』
俺がルーキーだったころ、ギルドで皆から姉御と呼ばれ慕われていた人狼族の女性のアドバイスを思い出して叫んだ。
目の前に敵がいるわけではないので緊張感には乏しいが、叫んだことによる疲労感のおかげで心が落ち着いてくる。
「はあはあ、ふう……」
35年間修羅場をくぐり抜けてきたっていうのに、パニックになるとこのザマだ。
既に冒険者を引退し、故郷の村で村長をしている姉御に心の中で感謝をしておく。
アドバイス以上にあらゆることでかなり世話になった記憶がある。
その内あの人の好きだった酒でも届けに行ってやろう。
現状の問題が片付いたら。
そう、まずは今何が起きたのか把握しなければならない。
熟練冒険者としての冷静さを取り戻し考えに没頭する。
目的の1つ『力』は手に入れた。
体中にみなぎる魔力、与えられた知識がその証明だ。
魔法に関しては少量の水を精製するとか、種火を作るといった生活魔法ぐらいしか使ったことがなく、知識と魔力が備わっていても練習をしなければおいそれとは使えない。
この世界の魔法は失敗すると暴発するリスクを伴っている。
発動のコツは魔法の設計図のようなものを頭に思い浮かべ、魔力を通す必要がある。魔法に対するイメージが明確なほど、安定性と威力が向上する仕組みだ。
魔法も剣と同じく積み重ねが大事なのだ。
何度も反復して頭と体に使い方を刻まなければならない。
俺に与えられたのは魔法の設計図だけであって、経験値はゼロ。
安全に魔法の練習をするためには拠点に戻るか、作るかしなければならない。
転移魔法の知識はあるのだが、失敗して海の底や石の中にいるなんてことになったら目も当てられない。
なので帰るまでは使ったことのある生活魔法以外は封印。
そして、目的の2つ目であるEDからの回復。
まさか、男性機能を取り戻すための旅の終点で去勢されるとは思いもよらなんだわ。
疑いようもなく女の体になっている。
ある意味EDから回復したと言えるのか?女としての性欲はどんなもんなんだろう?
男を抱かなきゃならんのか?
以前パーティーを組んで冒険に出かけ、夜営をしたときのことを思い出す。
交代での警戒で、俺が眠る番になった時、ガチムチプリーストのおっさんが『貴方をお守りするのはワタシの役割です!』と言ってきかなかった。
あの時ほど後ろの貞操の危機を感じたことはなかったな。
恐怖に身震いする。
無理だ、男は無理。
性欲の対象は後で要検証。
次は肉体のスペック。
体は大分小さくなった。150センチもないと思う。
小さくなったが身体能力が強化されたため、装備の重みは以前よりも感じない。コンパクトでハイパワー。日本の家電製品の鑑のような体だな。筋肉量が減少したのに以前を上回るパワーがあるのは魔力による強化が常時働いているせいか。
種族としての特性なのだろう。
恐らく今の俺の種族は魔人族になっているはずだ。
銀髪に真っ白な肌、尖った耳に金色の目。
それらが全てとなるとどの種族にも合致しない特徴だ。
耳が尖っていて銀髪の種族にダークエルフがいるが、彼らの肌は褐色だし、ヴァンパイアにも銀髪はいるが瞳が赤い。
幸い種族に対する差別の少ない世界のため、偏見のある寒村にでも行かない限り俺の容姿に嫌悪感をもたれることはないと思う。
むしろ美しすぎるぐらいだ。誠実に対応すれば好感度を得るのに役立つだろう。
だが、種族名をなんと名乗ればいいか、それが問題だな。
素直におとぎ話の魔人ですなんて言えるわけがない。
特徴似てるしダークエルフと人間のハーフってことにしておくか。
しかし、種族はともかく女なんだよな俺……
俺を送り出した神とやらは今ごろ笑い転げているに違いない。
街に戻ったらこれまでのように怪しいお店には近寄れない。
人の目があるからな。
受け入れられ、馴染むまでは慎重に行動すべきだ。
女性同士でイイコトできる娼館ってあるのかね?
そう、娼館だ。
俺の胸に去来する思いは
「最後に娼館梯子したかったぜ……」
キャベツ畑やコウノトリを信じていそうなあどけない少女の口からあまりに残念な台詞が出てきて吹き出してしまう。
こんな状況でもふざけられるのは若返ったことの特権か。
さて、残念ながら魔人族の叡知には性別を変える技術は失伝しているとあった。
現在でも同様……というか需要のない技術だから誰も研究していないだけだろうな。
あのアーティファクトがわざわざ性別を変えたのは魔人族が慣習的に女の王を玉座につかせてきたためか。
優れた能力の無駄遣いにも程がある。
何はともあれ元の性別に戻るのは絶望的だ。
これからやるべきことを考えよう。
食料は今から最寄りの村に戻る分までのものしかない。
日の高い今のうちにでも行動を開始すべきだ。
金目のものはあるだろうが、また今度にしよう。
帰還を最優先の目的とする。
まずは服をどうにかしなければ。
俺は皮のベスト、内側のチェインメイルを脱ぎ、容量の拡大したアイテムボックスにしまいこんだ。
大事な命を預けた装備品だ。売ればそれなりの金にはなる。
愛着はあるが誰かに使ってもらうことでよしとしよう。
加齢臭はするかもしれんが我慢してくれ、この世界にファ○リーズはないんだ。
不要になった物を処分して現金を作らなければならない。
老後の蓄えにギルドの貸金庫に預けた5000万Gはパーだからだ。
この見た目じゃ俺のギルドカードは取得物と見なされるのがオチだ。仮に信じてもらえたとして、性別の変更はともかく、若返りは非常にまずい。
どれだけの犠牲を払ってでも若さを手にしたい権力者はいるに決まっている。
ギルドに知られれば、国に情報が伝達され、王宮の魔術師に実験動物にされかねない。
それだけはごめんだ。
金はこれからいくらでも稼げる。
5000万Gで若さを買ったと思えば安い、安すぎるぐらいだ。
前向きに考えた方がいいな。
唐突に寒さで体がぶるりと震えた。
そういや、俺全裸だったわ。
外気に曝され、一糸まとわぬ体を見下ろしてみる。
美しい白い肌だ。発展途上の膨らみかけの胸、小さなサクランボ色の突起は穢れを知らぬ真新しい生気に満ちていた。
腰はくびれてきている途中、ほんのり丸みを帯びた尻は瑞々しい果実のようでそこはかとない艶かしさを漂わせている。
別にロリコンってわけじゃないが、極上の肉体美に思わず唾を飲み込んだ。
チートがなくてもこんな美少女と冒険できたら人生薔薇色だっただろうな。
残念ながら俺がその美少女になってしまったわけたが……
おっといけね、服だ服。いい加減寒い。
衣類を求めて比較的原形を留めている民家に入った。
クローゼットやタンスを漁ると子供服が何着か出てきた。
くたびれてはいるが問題なく着られそうだ。
家具にエンチャントが施されているため、虫食いや湿気からある程度守られていたのだろう。
目立つ髪を隠すためのフード付きのローブもあった。
至れり尽くせりだ。
しかし、ホコリからは守られていなかったようだ。
むせてしまいそう。
洗濯するか、ついでに俺の体もな。
部屋を探索するとバスタブのようなものを発見した。
生活魔法を使って水を貯め、種火で湯を沸かす。
――――
そうして俺は、衣類ごと湯船に飛び込んだ。
久々の風呂がもたらす快楽は最高の贅沢だった。
風呂を堪能した後は、生活魔法の風と種火をドライヤー代わりにして乾かした服を着る。
いやーそれにしても女の体ってスゲー気持ちいいもんだな。
男も悪くないが、病みつきになるわ。
ん?風呂で何をしてたかって?
察しろよ。
男としての探究心がうずくんだよ。
賢明な諸君なら分かるだろ?
女になったらしてみたいことっていったら1つしかないわな。
心身ともにリフレッシュした俺は最寄りの村に向かうべく、廃墟を出るのであった。