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1話 男の夢、死亡確認

 鬱蒼とした森に囲まれた廃墟の大通り。

 建物や道路の石畳の造形は建築家など見る人が見れば、経年による劣化や色あせを差し引いても洗練された美しさを誇っていた。

 あちこちが苔むしていて大小様々な植物の蔦が絡まり、今や見る影もなかったが。

 もはや誰の生活の息吹も存在しない荒廃した街並み、その大通りを一人の男が歩いていた。

 身長は180センチ程、バランスよく筋肉のついた立派な体躯。

 年齢は中年期に達しており、白いものが混じった無精ヒゲと黒い髪が特徴だった。

 軽さと耐久性の両立を目指したチェインメイルを内側に着込み、その上から皮のベストとズボン、たくましい腕は無骨な鋼鉄のガントレットに包まれ、背中には防塵性を重視した茶色のマントを身につけている。

 マントに被さるようにして身の丈に迫るほどの長さと広い幅を誇るクレイモアが男の歩みに合わせて揺れていた。

 皮のベストには小ぶりのダガーが数本、右の腰にはショートソード、左の腰には同じぐらいの長さのレイピアを佩いている。

 数々の武装はあらゆる戦況や空間で戦うためのものだった。

 どの武具もデザインは地味で飾り気は皆無だったが入念に手入れが施され、実用性のみを求めた機能美が備わっていた。

 ナップサックを肩に担いで歩いているその男の職業は人からの依頼を達成して報酬を得たり、魔物を退治してその素材を売ったりして討伐報酬を得ることを生業とする『冒険者』だ。

 ひたすら通り進んでいた男はなんとか屋根は残っているもののほとんど瓦礫と化した神殿のような建物の前で足を止め、顎鬚を指でなでながら目を細めた。


 さて、先程地の分で紹介いただいた俺の名前は千鳥飛鳥(ちどりあすか)という。

 年はちょうど50になるおっさんだ。

 日本のごくごく一般的な中流家庭に育ち、15歳のある日ピンポン玉サイズの隕石が頭部にクリティカルヒットし死亡。

 その時神様と名のる輩に会い、そいつは俺に訪れたあまりに低確率な不幸にいたく感激して剣と魔法の、よくあるファンタジー世界に転生させてやると言った。

 今度は俺がどんな確率の低い事象に巻き込まれるか楽しみでしょうがないとゲス顔で語っていたが、興奮した俺の頭はヤツの話なんぞロクに耳に入ってなかった。

 神様と名のるこいつの人格がどうあれ、素晴らしい男の夢を提示してきているのだ。

 当時異世界転生物の物語にはまっていた俺はその提案に1も2もなく飛びついた。

 現地人の誰も敵わない強力な力を手にして周囲の称賛を浴び、美少女達とハーレムを作って欲望の限りを尽くす。

 地味で平凡でギリギリフツメンでモテもしなかった俺の人生にようやく春が来たのだと思った。

 しかし、転生の際ヤツが俺に与えたのはチートなスキルやステータスなんてものはなく、言語理解にアイテムボックスの能力だけだった。

 護身用に持たされた武器は何の能力も持たない青銅製の直剣のみ。それと1ヵ月暮らせる程度の路銀を少々。

 アイテムボックスはチートじゃないのか?と言われるのかもしれないが、この能力は魔力に応じて収納量が変化する仕様らしく、一般人程度の魔力しか持たなかった俺は1週間程度の水や携帯食料ぐらいしか収納することができなかったのだ。

 膨大な容量のアイテムボックスで商人として大成し、左うちわの人生を送る道はその時点で途絶えてしまった。

 ならば、男らしく戦士としての道を歩もうと冒険者ギルドの門を叩いたのだが、ここでも心をへし折られることになった。

 転生者ってステータスなり、成長性なりにチートがついてるもんだろうと思ったのだが神様ってヤツはこの点に関しては平等だった。

 ギルドに登録する際、ステータスを計測できるという水晶玉(王宮で使ってるものに比べれば精度が悪く、大雑把にE~Sでしか表示できない)に手をかざしたのだが、


 〈千鳥飛鳥〉

 性別 男

 クラス 駆け出し冒険者

 VIT E

 STR E

 INT E

 AGI E

 DEX E


 この世界の戦闘を生業としない一般人と同レベルであることが証明された。

 あまりの悲惨なステータスにギルドの受付のお姉さんも苦笑いだった。(このギルドの受付嬢今では立派なおばさんで軽口を交わすぐらいには仲良くなった)

 が、鍛えればワンチャンあるかもしれないと思った俺はただひたすらできそうなクエストからこなしていき、魔物の討伐に明け暮れた。

 そうして35年間でギルドの最低ランクEからBにまで昇格したのだが、天才というのはごろごろいるもので、10代、20代でBランクやAランクに到達(最高はS)するものを目にするたび、劣等感に苛まれた。


 ちなみに今のステータスはこれ


 クラス 戦士

 VIT B

 STR B

 INT D

 AGI C

 DEX C


 見事な脳筋ぶりである。

 このステータスでは神様に目をつけられるぐらい特別な存在だったとは口が裂けても言えない。

 若い連中の活躍を見せつけられるたびに焦りが徐々にやってきた。

 俺も年だ。Bランクは世間からすれば成功した部類だと言われるだろう。

 だが、これ以上の栄達が望めないことは幾多もの死線をくぐりぬけてきた俺にはよく分かっていた。

 さらに追い打ちはやってくるもので、自慢の分身が老いのせいか勃たなくなってしまったのだ。

 35年間期待していた美少女との冒険など何一つなかった俺には金で女遊びをすることぐらいしか娯楽がなかった。

 女で心を癒している間はうまくいかないことへの焦燥感も影を潜めた。

 しかし1年前たまたま立ちんぼをしていた大当たりの娼婦に声をかけ、ラブホ的なもの?江戸時代でいう陰間茶屋?連れ込み宿か、そういうところで事に及ぼうとした際、脳は興奮を訴えているのにピクリとも反応しない息子を冷笑され、赤っ恥をかく羽目になってしまったのである。

 冒険者として上を目指せず、女も楽しめない。

 男としても何もかも終わってしまった。

 焦りが募る。なんとかしなければならないと思った。

 剣と魔法の世界なのだ、何かしか手はあると信じてあらゆる文献を読み、人の話を聞いて回った。

 Bランクの冒険者という信用手形が情報収集に役に立った瞬間だったのだが、結果は絶望的だった。

 回春剤というのは存在するにはするのだが、錬金術師が言うには老いによるものは改善できないとのことだった。

 若返りの薬など、当然あるはずもない。そんなものがあれば王侯貴族が既に独占している。

 苛立ちを隠せなくなってきた頃、ある日ギルドの酒場で食事をとっていたら、俺に天啓がやってきた。

 吟遊詩人がかつて栄華を極めたという魔人族という種族について歌っていた。

 魔人族とは膨大な魔力を持ち、人やそんじょそこらの魔物など足元にも及ばない身体能力、男も女も美男美女揃いで数千、数万年の寿命をもつと言われている。

 この世界では誰もが知るおとぎ話だ。

 だが、問題は歌の内容だった。

 魔人族はある日忽然とこの世界から姿を消したのだが、

(この世界に嫌気が差し魔法で別世界に転移しただの、古代竜と戦って相打ちになって絶滅しただの諸説ある)

 彼らが暮らした王都の遺跡には永遠の若さ、力、膨大な魔力、魔人族の王位を授けるというアーティファクトが残されているという。

 例えおとぎ話と言われようと、もうこれしかないと思った。

 若さと力を得る唯一の手段。

 藁をも掴む思いで魔人族の伝承を調べあげた。

 些細な噂にも耳を傾け、既に過去の冒険者たちに調査し尽くされた魔人族の遺跡にも頻繁に足を運んだ。

 そうしてわずかなヒントを頼りに1年かけて世界中の大陸をまわり、魔人族の王都を発見したのである。

 この功績を報告するだけでも凄まじいまでの快挙として褒め讃えられることだろう。

 しかし、俺はそうしない。

 目と鼻の先に探し求めていたアーティファクトがあるかもしれないのだ。

 せっかく宝を一人占めにできるのに、国やギルドに譲るなんて真似できるわけがない。

 考古学者や研究一辺倒の魔術師どもを悦ばせてやるのは俺が目的を達成した後だ。

 ここまでの苦労に感慨に耽りながら、俺は神殿の内部に足を運んだ。

 罠もモンスターも存在しない。

 深奥に進むと祭壇が見えた。

 祭壇にはかつては鮮やかな緋色だったのだろうボロボロの敷物が敷かれ、その上に銀色の宝冠が置かれている。

 赤くルビー似た巨大な宝石がはまっている。

 一筋の瞳孔のような線が中心に走っていて、かつて冒険で見かけた竜の瞳のようだった。

 宝石は透明度が高いにもかかわらず中が揺らめいていて、魔力の少ない俺の目にもそれが凄まじい力を秘めていることが分かった。

 祭壇には魔人族の言葉でメッセージが彫られていた。


『真紅眼の宝冠を戴きし者は力と引きかえに魔人族の女王となる覚悟をせよ』


 要するに力を得る代わりに王としての職責を果たせということか。

 ふん、問題ない。とうに魔人族はこの世界に存在しない。

 よって王の義務なんぞあってもなくても同じことだ。

 戴くってことはこの宝冠をかぶれってことだな。

 俺は逸る気持ちを抑え、ゆっくりと宝冠を手に取り、頭の上にかぶせた。

 …………

 ……

 …

 何も起きないじゃないか。

 劣化して機能を失ったか、それとも所詮おとぎ話のガセネタだったか。

 と思ったのも束の間、

 宝冠の瞳が眩しい閃光を放った。

「目がぁ!目がぁ!!」


 あまりの眩しさに昔見たアニメの叫び声をあげてしまう。

 問題は光だけではない、魔人族のものだと思われる膨大な知識が頭の中に洪水のように流れてくる。

 歴史、文化、魔法技術、剣術、など多岐に渡る知識が強引にねじ込まれていく。

 信じられない量の魔力が体を巡る。宮廷魔術師何千人分だコレ。

 力が漲る。だが痛い!痛い!

 どれぐらい痛いかっていうと昔ミノタウロスのスタンピングがクリーンヒットして体のあちこちを粉砕骨折した時ぐらい痛い。

 あの時パーティを組んだプリースト(ガチムチゲイのおっさん)の回復魔法も強引に骨をくっつけるもんだからトラウマものの苦痛だった。

 俺が痛みにあえぐのを興奮しながら見ていたアイツとはそれ以来パーティを組んでいない。

 脱線した。

 ていうか別のこと考えてる暇じゃねええええ!!

 全身がバラバラになりそうな激痛が走り、おっさんらしい野太い悲鳴を上げ続けることしかできない。


「うおおおおおお!!!!!ぐおおおおおおおおお!!!死ぬ!やばい!!これ死ぬ!!アカン!これ死ぬヤツだ!!

 おおおおおお!!助けてくれええええ!!誰か助けてくれええええ!!!!んほおおおおおお!!!!駄目、しんじゃうのおおおおお!!!!」


 人っ子一人いない廃墟なのは確認済みだ。それでも人とは愚かなもので無駄だと分かっていても助けを求めてしまう。

 やがて知識の流入が終わったのか頭痛の方はふっとやんだ。

 体を巡る魔力の充填は止まらないため激痛は終わらないが、頭痛から急に解放されたことで、意識を手放すことができたのであった。



 ――――

 どのくらい時間が経過したのか

 ここに到着した時はまだ昼前だった。

 神殿の天井に空いた穴から日の光が差し込んでいる。

 光の角度から見て1時間ぐらいか。

 意識を取り戻した俺はうっすらと目を開けてみる。

 まばゆい光は既に治まっており、辺りを見ると俺がかぶったアーティファクトは役目を果たしのか粉々に砕け散っていた。

 体に魔力が漲っているのが分かる。以前の俺とは桁違いだ。

 しかし、痛みの余韻のためか気だるくて手足に思うように力が入らない。

 成功したのはよかったな。伝承は本物だった。

 くつくつと口の中で小さく笑う。

 ようやく俺が報われる時が来た。

 これだけの魔力があれば夢を叶えられる。

 喜びに体が震え、意識を苛む気だるささえも祝福に感じられた。

 しかし床に寝転がったせいか顔に砂がついている。

 口の中がじゃりじゃりして不快だ。

 まずは顔でも洗うか。

 うまく動かない手足を必死に動かし、匍匐しながら、部屋の端にある泉に向かう。

 泉を覗くと光の加減かちょうど鏡のようになっていた。

 そこで俺は目を疑った。

 泉には14歳ぐらいだろうか?美しい少女が映っている。

 色は水面故おぼろげだが、なんとなく理解できる。

 さらさらとした流麗な長い銀髪が流れている。

 ニキビやそばかすひとつない新雪のようななめらかな肌。

 宝石かと見紛う金色の大きな瞳。

 形の良い小さな唇と鼻梁。

 耳は小さいがエルフのように少し尖っている。

 まごうことなき美少女だ。

 この世界の月の女神アルティミシアや想像で描かれた魔人族の女に特徴が一致している。

 しかし何で女の子が水面に映っているんだ?

 射影機的なアーティファクトか?

 上を見上げてみたが当然誰もいない。

 これだけの少女はこの世界に転生してからお目にかかったことがない。

 ついニヤニヤして心の中で語りかけてしまう。

 お嬢ちゃんもうちっと成長したら相手してやるよ。

 そう思うぐらい美女の卵だった。

 俺の息子が復活してりゃな。

 そうだ、マイサン。復活してるよな?

 股間をまさぐろうとして気づく。

 俺の手こんなに小さかったか?

 伸ばそうとした手からガントレットがあっさりすっぽぬける。

 剣ダコのできた分厚い手のひらだったのだが、白魚のような細い指になっている。剣を握ったら容易く折れてしまいそうだ。

 怪訝に思いつつもズボンの中に手を入れてみた。


 ない


 ない


 ない!

 ないぞ!俺の息子どこいった!?

 まさか!?嫌な予感が脳裏をよぎり、泉を覗きこむ。

 泉に映る少女も俺の脳内で浮かべるのと同じ表情をしている。

 そうか……そういうことだったのか……


『真紅眼の宝冠を戴きし者は力と引きかえに魔人族の女王(・・)となる覚悟をせよ』


『女王』


 言葉通りの意味だったのかよ。道理で全身バラバラになるぐらい痛かったわけだ。

 しかし、意味を理解して受け入れていくにつれパニックを起こし始めた俺の脳内はまた新たな悲鳴を上げて内にくすぶり始めたストレスを追い出すしかなかったのである。


「なんじゃあこりゃああああああああ!!!!!!」


 響き渡る俺の叫びもまた、野太いものではなく、少女らしい見た目相応の可愛らしい鈴をころがしたような甘い声だった。









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