番外編 魔王降臨
44話から45話の間に起きた話となります。
46話が最終投稿日として反映されていなかったようです。
大変申し訳ございませんでした。
応急処置として番外編を1章目の扱いとして移動させました。
グリーンウッド領主執務室。
ここで僕、エドワード・グリーンウッドは一日の大半を過ごしている。
本日は新規事業を開業する準備のため来客が訪れていた。
来客は魚の養殖事業における研究リーダーを務めているマッギネス教授である。
「ギョギョギョッ!領主様、こちらが養殖実験中のお魚ちゃんの資料でございマス。
観察結果は順調ですヨー。
今回選んだ3種類が何を餌としているのカ?産卵時期がいつなのか特定することができましタ。
2世代目の稚魚の生態もだいぶ分かってきまして、病気で全滅しちゃったりしないようにストレス対策や餌が同じものばかりになったりしないバランスが課題ですネー」
男性にしては甲高い声で発せられる説明を聞く。
そういえば前世の日本に魚好きで知られるよく似た感じのお笑い芸人いたね。何て名前だったかな?
アレの外国人バージョンだ。
関係のないことに思考を割きつつ渡された資料に目を通し、感心する。
「へえ、流石水生生物の権威ですね。マッギネス教授。ここまで詳細なデータをまとめていただけるとはおみそれしました」
「お褒めに預かりまして光栄デース。
それも領主様が満足に研究できるだけの資金を投資してくださったおかげですヨ。ラメイソンでは生物学の研究は進んでますが、みんな魔物ばかりに夢中でお魚ちゃんの研究には誰も目をくれないんですヨ。予算は削られる一方でしたから学院を辞めて正解でしタ」
「ええ、魔物以外の生物の研究だって有意義だ。あなたの研究の価値が理解できない連中に一泡吹かせてやりましょう。引き続きグリーンウッドの発展に力を貸してください。あなたのような専門家がうちには必要なんです」
「はい、お任せくだサーイ。ではビオトープに戻りますネ」
マッギネス教授が退室する。
今回の新規事業は大きな失敗もなく軌道に乗りそうだと手応えを感じていた。
僕が最初に立ち上げた公営浴場は今でこそ経営が安定しているが、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるようなトライ&エラーの積み重ねの上に成り立っている。
専門家がいない手探りの状況から始めたからだ。
建築から運営のノウハウを確立するまでに商人や職人と対立して夜が明けるまで激論を戦わせたことは一度や二度ではきかない。
特に商人の多くは開業の初期は赤字になる可能性が高いことに渋面を隠しもせず人も金もろくに寄越さなかったが、売り上げが右肩上がりになり始めると他者に先を越されてなるものかとご機嫌を窺いにやってきた。
浴場の事業以降は僕の提案した企画に次々と人と金が集まるようになり、何とか成功を収めている。
魚の養殖場についてはマッギネス教授を始め、優秀な人材をスカウトできたので不安に胃の痛い思いをしないで済みそうだ。
「領主様、定時になりましたので、お先に失礼します」
「うん、お疲れ様」
黙々と事務作業に励んでいた部下たちが帰宅して執務室には僕一人となる。
いつも僕の傍に控えている執事のセバスは孫が誕生するとのことで有給休暇をとっており本日は不在だ。
「ふふっ」
一人になった解放感もあるが、それとは別の理由につい笑みがこぼれた。
「こないだのお祭りは大成功だった。浴衣の宣伝に3000万Gの広告費を費やしただけのことはあったね。ふふ……ふふふ……くっくっくっ、あっはっはっはっははははは!!!!」
小さな笑みはやがて哄笑に変わる。
歓喜の笑いだ。
なぜ嬉しいかって?
あの祭りの日、浴衣を着ていた女の子達は皆ノーパンだったからさ!
考えてみたまえ。
日本もこの世界も誰もが着衣の下にはパンツを穿いている。
それはいちいちズボンやスカートを下ろして確かめるまでもない事実だ。
もしかしたらノーパンで過ごすのがご趣味の方がいらっしゃるかもしれないが、そういった人は僕の常識に照らし合わせてみても希少だろう。ついでに言えば元々穿かない人がノーパンだったとしても有難みは薄い。
パンツを穿くのが当たり前の女の子達が穿いていないことに価値があるのだ。
男ならば、童貞ならば、一生に一度でもいい。
女の子のパンツを脱がしてみたいはずだ。
女の子のパンツを脱がす。
僕がこの手でやったら仮に成功したとしても速攻逮捕、投獄である。
ケチな悪党として終わるだけだ。
ならば自分の手を汚さずにパンツを脱がす方法がないか?
4年前の祭りの日、ふと浴衣の存在を思い出した時天啓が訪れた。
浴衣はかつて寝間着とされていたため下着は身に着けない慣習があった。
僕はこの一点に着想を得た。
もし浴衣を普及させ、下着を身に着けないことを常識として定着させてしまえば?
女の子達は僕によってパンツを脱がされたも同然である。
もちろん従わない者もいるだろう。
強制力があるかはかなり微妙だが、グリーンウッドの法律で下着着用禁止を定め、罰則を設けた。
さらに国王に直訴し、国の憲法としても機能するように働きかけた。
ギルガルド全域で立派に通用する法になったのである。いたずらに破ろうとするものはそれほどいないはずだ。
法の後押しを得て僕の懸念はすぐに払拭されることになる。
先日、祭りの視察に赴いた時は最高だった。
浴衣を身に着けた女の子が宣伝効果もあって非常に多かったのだ。
服飾デザイナーにお尻の部分の布地を少々薄手に作るよう命令したこともあって女の子のお尻の形を手に取るように把握することができた。
現世の桃源郷はここかと思ったね。
浴衣がギルガルド全国、さらに外国にまで広まっていけばパンツを脱ぐ女の子はどんどん増える。
僕の理想の世界に塗り替えられていくんだ。
気づいた人は鬼畜の所業だと僕をなじるかな?
答えよう。
いかにも邪悪。いかにも悪鬼。
反省も後悔もしない。
そのように己の欲望を満たすため世界を蹂躙する者をなんと呼ぶ?
魔王だ。
そう、僕は魔王なのだ!
魔王なきこの異世界で誕生した原初の魔王なのだ!
「フハハハ!!人間どもよ!我を讃えよ!我を恐れよ!我を憎め!絶望しろ!パンツ脱げ!
魔王はここにいるぞ!ハハハハハハ!!!!!!」
素面にも関わらず酒が入ったかのようにテンション上がってきた!
脳内でセロトニンがドバドバと分泌されて全能感が理性を支配する。
転生者が前世の世界の文化で異世界の文化を侵略する話は多々あるけれど、実際にやってみると分かる。
たまらなく愉しい!
権力を濫用して人と金を動かせる立場にあるなら尚更だ!
「フハハハ!世界よ!我が欲望の色に染まるがよい!」
とどまることを知らないテンションだが、唐突に室内に響いたノックの音に我にかえった。
「お館様、お茶が入りました」
ドア越しに女の子の声が聞こえてきた。
業務終了時間の定時になるとお茶をするのが僕の習慣である。
聞きなれないメイドの声だけど新人かな?
使用人の人事権はメイド長に一任してあるので僕の知らないメイドが一人二人いてもおかしいことではない。
メイド長が新人の紹介を兼ねてお茶の時間に連れてくることもある。
声から判断するに小さくて可愛い子だろうなあ。
新人ならちょっとぐらいイタズラしちゃってもいいかな?ぐふふ。
異世界に転生すると犯罪係数が増加するものらしい。執行対象だね。
日本でさえない平社員していた頃は、地位を笠に着て職場でセクハラして警察のお世話になる人なんて、報道で聞く程度で、他人事ながら義憤を感じていたぐらいなのにね。
そうだ、メイド服も捨てがたいけど浴衣を制服にしてみようかな?
廊下を歩く後ろ姿。
お掃除をしながらフリフリと揺れるお尻。
エッチなのはいいと思います!ぐふふふ。
「お館様?」
「あ?ああ!ごめんごめん!どうぞ入ってくれたまえ」
「はい、失礼いたします」
部屋に入ってきたメイドは僕と同じ日本出身の少女。
冒険者のアスカ君だった。
思わぬ人物の来訪に少し驚いた。
純白の布がかけられたワゴンを押して僕のデスクまでやってくる。
「よう、エド。忙しそうだな」
僕の顔を確認するなりいつもの伝法な口調に変わる。
「アスカ君、どうしたんだい?うちのメイドの格好なんかして」
「これは着てみたかっただけだ。侵入するならそこの人間に変装して成りすますのは定番だろ?」
どうやら非合法な手段で館に入ってきたらしい。
なぜだろう?
「え?君はグリーンウッドの治安に貢献してくれたのだから玄関の受付に一声かけてくれればすぐに取り次ぐって言ったじゃないか。
それに今は養殖事業のビジネスパートナーなんだから遠慮はいらないよ。経過を聞きに来たんなら丁度いい。資料を見ていくかい?順調だよ。確実な利益を約束できる」
「違う、そういう目的じゃない。
俺は落とし前をつけるために来たんだよ」
「落とし前?何のことかな?」
僕と彼女の間に対立するようなわだかまりはないはずなんだけど。
「浴衣の件だ」
「浴衣?」
はて?彼女は浴衣の事業には関係ないよね?
「お前のせいでなあ!俺は……!俺はなあ……!!」
雪のように白い肌を紅潮させて怒りに戦慄いている。
そう言えば彼女とは同郷なんだった。少し考えて察しがついた。
「あ、そうか!君は浴衣を買ってくれたんだね。
なるほど!じゃあ」
「言うな!それ以上言ったらコロス!言わなくてもコロス!」
僕にどうしろと?
彼女は僕のノーパン計画の被害者で間違いないようだ。
この怒りようからするにさしずめ魔王を滅ぼさんとやってきた勇者といったところか。
意外に来るのが早かった。
「まあ、落ち着きたまえよ。君の話を聞こう。君は一体僕に何を求めてきたんだい?」
「あの馬鹿な法律を取り消せ。今すぐにだ。それと……」
うん、大体分かってた。
けれど郷に入っては郷に従えということわざがあるだろう。
彼女は日本とは違うこの世界のルールに35年間付き合ってきたんだ。
それぐらい身に染みて理解していると思うんだけど。
「それとお前をぶん殴りにきた。乙女の尊厳を弄んだその罪、死に値すると思え!」
オーウ!選択の余地は無いようデース。
誰か助けてくだサーイ。
マッギネス教授の口調が移っちゃった。
話が通じないレベルではないようなので説得を試みる。
「君、既に憲法として定められているものを簡単に改憲できるわけないだろう。
改憲を検討する元老院を招集するにも莫大な税金がかかっているんだ。
そこまでやるのは地方領主に過ぎない僕の権限では不可能だよ!」
元老院云々は真っ赤な嘘である。
国政に大きな影響のない、実効力に乏しい憲法の改憲手続きには審議に人も時間もほとんど必要なく、大した金はかからない。国王の一声で決まることが多い。
「やれやれ……」
彼女がワゴンにかけられていた布を取り払った。
そこに載っていたのは茶器ではなく、太くて硬くて、粗野で乱暴な鈍器だった。
木でできたそれはオークやコボルド、ゴブリンなんかが得物にしていることが多い原始的な武器、棍棒である。
一般人かそれ以下の僕を撲殺するには十分すぎてお釣りがくる。
いや、漫画で読んだことがあるけど丸太の形状ならば強大な力をもつ吸血鬼だって殺すことが可能だ。
鋼の武器に決して劣らない最上級の武器と補足しておこう。
彼女はサービス精神が豊富なんだろう。さらに一工夫として乱雑に釘が打たれており、僕が命を取り留める可能性を丁寧に刈り取ってくれていた。
「お前は話がわかるやつだと思ってたんだがな。こいつで顔の形を変えられたくなかったらさっさとやれ」
その鈍器の脅威を僕に刷り込むため、ぶんと軽く素振りをした。
空気が唸りを上げて、片目にかけられたモノクルがふわりと浮いて床に落ちた。
「ヒイッ!君は冒険者だろう!?牙なき人に暴力を振るうのが信条なのかい!?」
「お前さ、冒険者ってのを勘違いしてねーか?俺たちゃお偉いさんが思ってるよりお行儀よくねえんだよ。言ってきかねえやつは殴ってきかせる」
「あわわわ……」
僕の理想郷が滅ぶ。
ノーパンの素晴らしさを解さない下賤の輩の手によって。
「早くしろよな。これからこっちは彼氏とデートで忙しいんだ。浴場でひとっ風呂浴びてきて、風呂上りの姿が色っぽくて素敵だねなんて言われて。キャーー♪」
頬を赤らめて悶える少女。
この娘もこんな表情をすることがあるんだね。
おっと、見惚れている場合じゃなかった。
これはチャンスじゃないのか?
狼藉者が侵入した時のために、館の敷地内にいる兵を招集するベルがデスクの上に置いてある。
さっきまで隙は皆無だったのだが、今ならいくらでも押せそうだ。
手を伸ばそうとした瞬間、
「させねーよ♪」
棍棒が振り下ろされて、デスクが粉々に砕け散る。
書類が宙を舞い、視界を遮った。
手足は恐怖で動かない。ここから僅かな刺激でも加えられたら失禁しそうだ。
絶体絶命。
「お前結構諦めが悪いようだから先にボコるわ。ギルガルドの女の怒り、思い知れーーーー!!!!」
「わ、分かった!今すぐ首都へ向かう準備を整える!だからっ…………!アッーーーーーー!!!!」
悪に必ず報いはある。
魔王は勇者によって討伐されましたとさ。
――――
「よし、これで皆安心して浴衣を着られるようになるってもんだ」
館から出て一息つく。
女の敵を成敗するのに疲れたので風呂にでも浸かってリフレッシュしたいところだ。
その前に霞澄の顔が見たい。
外で待たせていた霞澄の元へ向かう。
「ただいま霞澄」
「おかえり、お兄ちゃん。わ、メイド服のお兄ちゃんだ」
そういえばメイド服着たままだったな。
領主の館で働くメイド長にギルガルドの悪を滅ぼすため手を貸してくれと事情を話したら、これを使ってくれとお古をくれたんだ。
「おう、似合うかな?」
くるりとその場でターンしてみせる。
スカートのプリーツが規則正しくふわりと舞った。
「可愛い。こんなに可愛い女の子がお兄ちゃんだなんて信じられない」
可愛いなんていつも言ってくれるが、何度言われても嬉しい。
もっと言わせてみたい。
メイドっていえば定番のセリフがあるよな萌え萌えキュンだとかそういう。
俺なりにやってみるか。
俺を俺と知らない人ならともかく、知っている人にはほぼ確実にキモいとドン引きさせるだけのものはあるだろうけど。霞澄はそんなことで俺を捨てたりしないし。
「えーとだな……おかえりなさいませ、ご主人様♪何でもお申しつけくださいませ♪精一杯ご奉仕いたしますにゃん♪お風呂ですか?お食事ですか?それとも わ た し♪」
あ、なんだか新妻の定番みたいなのが混ざってしまった。
どうだろうか?
「可愛い、可愛い。なんなのこの生き物!滅茶苦茶にしたい!」
お兄ちゃん大好きっ子の霞澄にはクリティカルヒットしたようだ。
溢れ出すリビドーが魔力に反応したのか、実体化して黒い瘴気が背に漂った。
一体俺のどんな痴態を想像しているのであろうか?肩をわなわなと興奮に震わせている。
整った口角が歓喜に歪み、吸血鬼のシンボルたる尖った犬歯が覗いた。
学院の女子から黄色い声援と共に圧倒的支持を集める王子様とはとても結びつかない邪悪さだ。
これはやりすぎたと後悔した。
つーか俺、いい加減学習しようぜ?
「はぁはぁ……お兄ちゃん」
霞澄は息を荒くして、紅い瞳を輝かせている。
無意識に魅了の魔眼が発動しているようだ。
効きはしないが、見つめられると力が抜ける。
「な、なに?」
「ホテル行こうか。お兄ちゃんが欲しい。メイド服は着たままでね」
あ、これデジャヴュってやつだな。
霞澄はさらにキレを増した素早さで俺を抱きかかえると華麗に跳躍した。
3度目になる屋根の旅。
「きゃあっ!やめろ霞澄!いやっ、変なところ触るな!あん❤やめ、胸を揉むなぁ!ひうっ!いや、いやああぁぁぁぁああああああ!!!!」
魔王が滅んだその日、勇者の悲鳴もまたグリーンウッドを木霊した。