犯罪被害者Aの肖像
その電話は、土曜の朝方くらいだった。
「今、座ってるか?」
「どういうこと?」
父がこんなことを言うことは無かった。
嫌な予感しかしなかった。
「今、あいつがICUに運ばれた。心臓は動いてるが、脳はほとんど機能してない。植物人間だ。すまないが、すぐに来てほしい」
私とは仲が良くない父の声が震えている。
取り乱さない父が泣きそうな声を出している。
このことだけで何があったのか、私には理解できた。
――――数日後
弟は死んだ。
死因は殴られたことによる脳の損傷だった。
顔は原型をとどめていなかった。
加害者は捕まったが、その直後その家族は引っ越した。
損害賠償請求を逃れるためだった。
父の会社は倒産した。
元々ワンマン経営だったにもかかわらず裁判や弁護士との打ち合わせや、加害者家族の破産に対しての異議申し立てなど……
とても会社の経営に割く時間などなく、日に日にあれほど怖かった父がやつれていくのが痛々しかった。
弟が死んだ後、残されたのは弟の私物のみ。
人が死ぬと、それは遺品という名に変わる。
それを友人や家族に渡す母。
何ら金銭的に価値のあるものなどない10代の少年が持っているものなど、そんなものだ。
それでも、一つ一つが特別な物……
葬儀も落ち着き、私は何日かぶりに弟の部屋に入る。
主のいない部屋は、本と野球の道具とベースなど、弟が毎日のように使っていたそれらがさみしそうにたたずんでいた。
「本―――――か」
私はそれらを開く。
しかし字は読めない。
ここにきて、この部屋で弟に何度となく教科書を読んでもらい、ルビを振ったり、音読の際、読んでるフリをして暗唱するために教科書を読んでもらったこと。
読みたい本を音読してもらったことを思い出す。
「難読症のせいで、迷惑かけたな……」
居ないはずの弟に話しかける。
「ん?」
ベッドに座った私はその違和感に気付く。
少しだけ固い場所があることに。
「ノート?」
10代の男の子にありがちな物が出てくるのかと思えば、それはノートだった。
心の中で謝りつつ、ノートを開く。
「何これ?」
たどたどしく、それでも必死に文字を読むと、それは物語だった。
父からは何も考えてないと怒られ、母からはお調子者と呼ばれ、とても社交的だった弟。
それが物語? なんで……?
私は野球をやりながらも、友達と普通に遊びながらも、アニメにもゲームにも興味が無いようだった弟でも、数日かけて少しだけその文章を読んで解ったことがあった。
彼がライトノベルを書いていたこと。
小説家になりたかったということ。
それに気づいた瞬間、涙が止まらなくなった。
そして、思った。
字が読めない私には無理かもしれない。
本もまともに読めない私には書けないかもしれない。
「それでも、物語を書いてみよう!」
難読症は俳優が克服している。
私にもできるはずだ。
それが叶わなくても、書こう。
少なくとも弟が、短い人生の中でやりたかったこと。
そして、私も本当はやりたかったこと。
誰も死なない、楽しい物語を書いていこう。
終