1話➄
アイツの事を話そうか。
あれは中学2年生の頃だった。俺、いや、その頃は僕だったけな…。一人称が[僕]ということはどういう事か想像出来るだろう?俺は気が弱く、明るいわけでもなく、ただいるだけ。まぁ、言わば空気の様な存在だった。
そんな風に過ごしている日々。とある事件が起こった。
※※※※
放課後[将来の夢]というよくある題材で作文を書いていた。簡単に言うと居残りという事だ。
空気の様な存在の[僕]には友達なんているわけもなく、基本的には本が友達だった。だから将来の夢はコレ!!といった所で叶えるのが難しい事を知っていた。なまじ知識がある分子どもらしく考える事が出来なかった。そのため悩みに悩んでいた。
悩み続けて数十分、ずーっと首をひねり考え続けるがなかなか良い夢が見つからない。帰りながらでも考えるか。と思い教室を出る。ドアを開けた時に反対側のドアから男女の仲のいいグループが入ってきた。同じクラスになってから話したこともない。だから急ぎ足で教室を背にした。
「ガシャン」
何かが割れたような音がしたが教室に戻る理由もないので無視して帰路についた。
そして事件は翌日に起こった。
担任の先生が深刻な声で話し始める。
「えーー昨日の放課後に教室にあった水槽が割れていました。そのせいで中で泳いでいた、金魚も死んでしまいました。言いたいことはわかりますね?割った人は正直に職員室まで来てください。はい、以上で連絡を終わります。」
連絡事項を話し終わり教室を出ていった先生に気付くことなく僕は考えていた。というより犯人は明らかだろう。男女の仲のいいグループのうちの誰かだ。そうに決まってる。間違いない。
「早く職員室行けよ…」
呟いた。が、そんな言葉を無視するように仲のいいグループのリーダー格の女生徒…(A子とでもしておこう。)が少し大きな声で喋り出した。
「ちょっと〜割ったやつ誰ー??まじ迷惑なんだけど、早く先生のトコ行けばいいのに〜早くすれば許してもらえるかも。あははっ」
それに釣られ別の人も口を開く。
「それな」「誰だよ割ったやつ」「犯人あてゲームしようぜ」などと自分達はやってないと主張するかの如く話している。
「「「神代じゃない?」」」
だとは思った。典型的な押し付け。最低なクズがやることだ。事実その最低なクズはさっさと行けよとでも言わないばかりに睨みをきかせている。
そして神代は教室から出て行った。そしてA子は教室に根をはった。
茜色の曇が見え出すようになった頃、生徒はもう帰っていて、いない時間。職員室で昨日書いた作文を提出しに行くと担任の先生が話しかけてきた。
「最近クラスで、……トラブルとかないか?」
トラブルの意味は色々と捉えられる。知っていないこともない、が、関わったら面倒な事になることは予測できる。
「いえ、特にはないと思います。」
と、言って立ち去り職員室を後にした。
「トラブルって程でもないだろう。まぁ、僕には関係の無いことだ。」
帰るか。
………神代がいた。教室から荷物を取って帰ろうとしていた矢先、よく見るタイプの金魚が入った水槽を今にも倒れそうに持っている。そんな彼女を不憫に思ったのか、それともやっていないことをやったとされ、もしその標的になったのが自分だったら、と思ったのかは知らない。が、恐らくはそのどちらでもある。しかし一番の理由は見て見ぬふりをした自分への罪悪感からだろう。
「手伝うよ」
案外すんなり言葉が出た。
「ありがと」
彼女もすんなり水槽を渡してくれた。
「重いよ?」
「これぐらい大丈夫だよ」
とは言ったものの教室までもっと遠かったら翌日、筋肉痛不可避だっただろう。
「陰乃皐月くんだっけ?」
「うん。神代…下の名前はわかんないや」
「那奈、神代那奈」
「よろしく、神代那奈さん」
あまり活発ではない僕らの会話はここで終了。その何とも言えない空気のまま教室へ。
「ここに置いとけばいいかな」
元々水槽があった場所に置く。
「うん、ありがと」
水槽を運び特に用もないので帰る準備をする。
準備し終わった瞬間神代は言った。
「陰乃くん、君は感情を隠すのが上手。まるで空気みたい」
感情を隠すのが上手い、空気みたい、そんな風に言われるのは初めてのことだった。
「だから何だ」
という僕の言葉に覆い被さるように彼女は言った。
「私にも教えて欲しい、隠し方を、空気の成り方を」
意味の解るようで解らない。そんな彼女の願いに対して僕は無言のまま教室を後にした。
翌日
「待ってたよ、陰乃くん」
彼女は僕の特等席の昼食スポットである屋上の小屋の上で待っていた。
「なんで、ここが?」
「か、ん。」
「ああ、そうか…じゃあ僕は場所を帰るよ」
「ま、待って」
小屋から降りる梯子を降りる僕に神代は静止をかけた。
「い、一緒に食べようよ。私いつも一人だから一緒に食べたいなぁ…なんて」
「神代が嫌じゃないのなら」
そうして一緒に食べるのが日課となった。
翌日
神代は数学が得意ではないということで、教えていた。
「ここが錯角となるからこことここは同位角…わかるか?」
「な、なんとか」
翌日
「陰乃くん!小テスト68点だったよ!」
「そうか、僕は88点だったよ」
「う、裏返したら私の方が点高いし!」
神代は空気になりたいと言っていたのに今はそれとはかけ離れている…それをクラスでも出せばいいのに
翌日
「ここ倒置法だよ」
「…凡ミスだ」
神代は文系だった。
翌日
83と大きく書かれたテスト用紙を見せてくる神代に85と書かれた用紙を見せる
「ええっ!なんで!?」
「才能。」
家で勉強したというのは内緒である。
それから2ヶ月経った。ずっとそんな日々が続くと思っていた。
自分自身も神代と一緒にいることが楽しかった。
それなりに学校は楽しみだった。
しかし神代は居なくなった。
居なくなった。
そう、まるで空気の様に
静かに。
気付かれることなく。
消えた。
僕に纏わりついている空気からは神代の匂いがした。