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選ぶものは多く……

「そろそろご飯にするかい?」

「時間的にちょうどいいかもね」


 どこに予約をしているわけでもない。絢香もボクも、特に食べたいものがあるってわけでもない。

 それならばロマンチックに夜景の見えるレストランでも知ってるか、と聞かれたら首を横に振るしかない。そもそも存在してない。そんなところだから仕方ない。

 それに背伸びするのはボクたちに似合わないだろう?


「ファミレス?」

「またかい? 夕食くらいレストランとか……あ、もしかして何かレシピを決めて買い込んでたりは?」

「私の手料理が食べたいなら行き先はスーパーになるかなぁ。それに、今日はちょっとやる気でなーい」


 チロッと舌を出す絢香。

 愛おしいこの衝動を、絡めていた手を握り直すことで誤魔化すが、バレバレなようでふふっと笑われる。


「あ……」

「そこにしようか」


 絢香が見つけたお店はレストランだった。別にどこにでもあるそのバイキング形式のチェーン店は、ボクたちが初デートで行ったお店だった。

 やはりというかなんというか、ちょっと背伸びをしてレストランにしたくせにバイキング形式って辺りが、ボクたちらしい。

 無理をしないのも長続きの秘訣なんだと思う。


 そういえばあの時は絢香が席を立ってる間に会計を済ませようとかっこつけたんだっけ。結局手間取って絢香に見つかり、割り勘にするから! と叫ばれたのもこの店だったかな。あの時の恥ずかしさは思い出すと今でも顔が熱くなるよ……。

 そんな思い出深いお店に足を踏み入れる。

 すぐに現れた店員に最低限の言葉で案内されたのもなんの偶然か、初デートの時に座っていた席だった。絢香は頬を染めてはにかんだ。


「色々と思い出しちゃうね」

「会計で割り勘にしようって叫んだことでしょ? お店にいた全員が痛々しい目線を向けてきたときはつらかったなぁ」

「あれは貴方がらしくないことをするからでしょ。……それじゃなくて、ドリンクバーで全部混ぜたことよ」

「あの時は子供だった……っ」


 ドリンクバーなんて見かけたのが数年ぶり…… 下手すると十数年ぶりだったせいで舞い上がってしまったんだ。結果、初デートだというのに全部の飲み物を混ぜてダークマターを作り出しては吐きかけながら飲み干したものだ。

 コーヒーはココア以外と混ぜちゃダメだぜ! お兄さんとの約束だ!


「もう大人になったんだもんね~?」

「君を養えるくらいには、ね」


 二人してお皿を手に料理を盛り付ける。

 ボクが魚介や肉といった主食だけを取る、そのせいで絢香はサラダなどの野菜を主にお皿に盛り付けた。 確か、これも初デートの時にしたっけ。

 一体どこが成長してるんだろうね、と二人して笑って赤ワインの入ったグラスを音のならないようにぶつける。

 ワインってグラスをぶつけて乾杯するのはマナー違反なんだって。でもボク達はグラスをぶつけ合った。周りの迷惑にならないように、音を立てないようにして。

 これもボクらの形。


「海太、野菜もしっかり食べてよ」

「そういう絢香も遠慮しないでよ」


 口元に運ばれたフォークにはレタス──もしくはキャベツ──が刺さっていた。大きく口を開けてパクリと一口。

 お礼とばかりにフォークに巻いたスパゲッティを食べさせる。はむっ、と可愛い音が聞こえてきそうな様子で絢香はフォークを舐めた。

 そのあとに、彼女はさっと目だけで周りを見回した。どうやら誰も見ていなかったようで、恥ずかしそうに笑った。


「今度お散歩に付き合ってね」

「君は太らないと思うんだけどなぁ」

「隠してる本心を読まないで!」


 絢香はピーマンをフォークに刺すと、ボクの口元に運んで来た。余裕の顔で食べる。


「大人だからね」

「そういうところが子供っていうの」


 なんでピーマンって存在するんだろう? 苦いだけじゃないかこんなの。

 二度目に席を立つ。持ってきた料理はいつの間にか無くなってしまったので補充をしなければ。

 次に選んだのはご飯系だった。二人で数種類ある内からそれぞれ別のスープを選び、同じく数種類ある内から炊き込みご飯も選んだ。それでも足りなさそうだったのでボクはから揚げを、絢香はデザートを持ってきた。


「ほんと五目ご飯好きよね」

「そんなに食べてるって気はしないけどなぁ」


 確かに炊き込みご飯の中では迷わずこれにするけれど。


「ひとくち」

「ほいきた。あ~ん?」

「……ん、おいしっ」


 絢香を笑顔にさせるほどの料理を作る、顔も知らぬコックさんに嫉妬した。

 ……ボクも何か料理してみようかな?


「やめて」

「まだ何も言ってないよ?」

「海太の料理って確かに美味しいけど鍋が焦げ付いちゃうから後片付けがめんどくさいの」

「油ひいたら大丈夫だよ」

「そう言って火柱上げたじゃない。すぐ消えたから、良かったけど……」

「ザッツ、パフォーマンス」


 確かこんな感じ、ってやってたらできた──というかなった?──んだよね。

 肉の表面がぱりっとした我ながら予想外の完成度になった。なったのだけれど、濡れタオルを用意した絢香が鬼気迫る顔のまま、ずっと背後に立ち続けてるのは、もうごめんかな。

 三度目に席を立つ。持ってきたのは少量のデザートで、打ち合わせなんてしていないけれど、お互いにこれで最後にするんだと分かっているようだった。

 ボクはイチゴのショートケーキ、それと五目ご飯。

 絢香はコーヒーゼリーとモンブラン。チーズフォンデュになった──された?──バナナだった。


 絢香は好物のコーヒーゼリーだけは一口だって分けてくれないんだ。でもボクはいつもどおりに、一応要求してみる。拒否られて、代わりにモンブランを食べさせられた。

 ゼリーを独り占めしてご満悦の絢香はそっと自分のお腹を撫でた。その触りかたが妊婦さんのようで、ボクは目を逸らすことしかできない。


「もういいの?」

「ボクも満足かな。これ以上は太っちゃいそうだ」

「……」


 にっこりと微笑んだ絢香は特に何を言うでもなく、ボクを見ていた。

 攻めるような目線に耐えられず伝票を手に取った。ワイン代含めて五千円ちょいか、随分と安く感じる。浮いた分は絢香の髪の手入れ代にでも回そう。


「もう出るかい?」

「はぁ……。ん、大丈夫。いこ?」


 これ見よがしに溜め息を吐いた絢香は、笑顔を浮かべてボクの隣へと並んだ。お店の中だからか、腕を絡めて来ないのが寂しい。

 お会計をしている人はいないようで、レジの前で待機している店員さんに伝票を渡すとすぐさま金額が表示された。どうやら初めて値段を見た絢香が「わ、安い……」なんて呟いている。


「んー……絢香、二十一円ってあるかい?」

「ちょっと待ってね。……一円はあったよ」

「ありがと」


 そんなデートらしくない、ボクたちらしい会話をして無事にお会計終了。お店を出てすぐに、どちらからともなく手を繋ぐ。

 指先を触れ合わせ、手のひらを重ね、腕を……?


「どうしたの?」

「……もうデートも終わりなんだなーって」


 腕を強く抱き寄せられてバランスを崩してしまった。

 けしてわざとではなく、絢香と密着してしまい、お互いに頬を染める。頬を染めたままの絢香は、家とは反対方向を指差した。遠回りしよう、ということだと察して。ボクは歩き出すことでそれに応える。


「家では家の楽しみがあるじゃないか」

「外では外の楽しみがあるのよ?」

「ごもっともだ。お店が閉まるまで大体あと一時間ちょい、って感じかな」


 行き先を決めるわけでもない。

 交差点でどっちにしようと言い合うわけでもない。どちらかが引っ張って足の向く先を目指す。

 季節外れのイルミネーションを見て二人ではしゃいで。


「絢香、ここを見てもいいかな?」

「……アクセサリー屋さん?」

「そう、お揃いのネックレスでもどうかな」


 また、違和感を感じた。

 いや、今回は違和感なんてものじゃない。心臓を鷲掴みされているかのような異変を感じ、ただ恐怖に震えることしかできない。

 なんでこんな時にとか。

 どうして彼女が、とか。

 さっき以上に強く腕を抱き寄せられたこととか。

 色々と思うことはある。けれど。なんでそんなに泣きそうな目で。決意したような顔をしているんだい……?


「ねえ、海太?」

「……」

「ロケットとか、どうかな? ほら、二人の写真を入れてさ。永遠に一緒だよって誓い合わない?」

「……君らしくもない」

「悪夢に影響されたのかも」

「君らしくもないじゃないか……」


 まるで。まるで、本当に死を覚悟しているみたいじゃないか……!

 泣きそうになる。不意に感じた線香の香り。ノイズがかかったように思い出せない、いつかの記憶。


「──海太ッ!」

「……」


 そっと抱きしめられる。

 その身体が震えている。いや、ボクが震えているのかもしれない。わからない。わからないけれど、震える身体で、震える身体を抱きしめる。

 心拍数の合わない、暴れまわる心臓の音が二つ別々に聞こえ、気持ちが溶け合っていく錯覚に陥るようだった。

 顔をあげる。

 絢香は泣きそうな顔をしていた。その瞳に写るボクもまた、泣きそうな顔をしていた。

 大通りから外れ、少し奥まったところにある、そのアクセサリー屋の前をとおりかかる人はそう多くない。いてもよれよれのスーツを着たサラリーマンが一人二人くらいなものだった。


「ん……」

「……ぁ、ふ」


 触れるだけのキス。

 外で、それも道の真ん中でキスをしたのはいつ以来だろうか。どれだけ記憶を漁っても答えは見つからなかった。見つけられなかった。


「二人の思い出、ほしいな……」


 脳髄を蕩けさせるその猫なで声に、クラクラする。

 きっと顔が赤くなっているボクには、無言で頷くのが精一杯だった。

 それに、あの絢香がわがままを言うほどだ。ここはつべこべ言わずに甲斐性を見せるべきだ。だから言葉はいらない。

 お店に入る。いらっしゃい、と出迎えてくれたのは八十歳になろうかというお爺さんだった。


「お揃いの、ロケットを探していて……」


 不安げな絢香の声を聞くのは随分と久しぶりだった。

 それが状況によるものなのか、さっきの決意が鈍ったからなのか、それは分からないけれど。……今は温かいこの手を離したくなかった。


「ふむぅ。色や形は決まっているのかい?」

「特には」

「サンプルを持ってこよう。……どれ、少し待っていておくれ」


 そう言うやいなや、お爺さんは年齢を感じさせない軽やかな歩調でお店の中を回った。そっと一つ一つのアクセサリーを愛でながら、お店の中を歩き、戻ってきた。彼の手には数種類のペンダントが握られていた。


 まず、見せられたのはアンティーク調のペンダント。

 楕円形をしたコインのようなソコに写真を入れるスペースがあるようで、お爺さんは片手でぱかりと開けて見せてくれた。何もはめられていないその窪みが、寂しく感じられる。

 その鈍い色は、絢香の胸元に似合わないと思うんだよね。


 次に見せられたのはシルバーの長方形をしたペンダント。

 角が切り落とされ、まるで消しゴムのカバーみたいな形をしている。そして青い蝶のイラストが彫られている。 中を開けてもらうと、窪みが現れる。

 どうやら蓋の裏には文字を彫れるようで、世界で二つだけのロケットペンダントを作れるのが売りなんだと言われた。


 そして三つ目、どうやらこれが最後のようだ。

 シルバーで楕円形をした形のネックレス。その表面にはサファイアだろうか? ……綺麗な青色の石が輝く。

 その周りになんらかの文字が彫られているが……英語ではないようだ。お爺さん曰く、魔除けの力があり、二人の幸せを神様が見守ってくれるんだとか。 この人、意外とクリスチャンなのかもしれない。

 パカリとコインのようなソレが割れる。中にはまた何もない窪みがあった。


「どうやら最後が気に入ったようですな」


 お爺さんは人のいい笑みを浮かべながら一枚の厚紙を取り出した。そこには小さな、それでも綺麗な宝石たちが貼り付けられていた。


「宝石ね、好きなのにすることもできるですよ」

「カラフル…… 綺麗だしこれでいいんじゃないかな?」

「君にアンモライトは、似合わないと思うんだがね」


 ボクたちは揃って宝物を見つけた子供のような顔をしていたと思う。

 絢香が見ていたのは淡色で透き通る宝石が多く、ボクが見ていたのは奇抜といわれる類いのものばかりだ。

 例えるならこれ、黒い半透明な石だったんだろうけれど亀裂なような強い赤色の模様が入りまくっている。ボクが集中線、もとい『集中石』と名付けたそれの正式名称は『ビクスバイト』……?

 他にはこれ。『アゲート』とか。

 まるで渦巻いた地層のような、黒から粘土のような黄土色へのグラデーション。アンモナイトみたい、という感想を持っていたらお爺さんがニコニコと見ていたことに気づいた。

 お爺さんはそのままの顔で一つの宝石を指差した。

 エメラルドじゃないみたいだけど、それに近い緑色をしている。例えるなら薄黄緑…… オリーブオイルに近いだろうか。


「ペリドット。夫婦の幸福という石言葉がある。どうかこの老骨からこの言葉を贈らせてほしい」

「これでいいんじゃないっ? それに、魔除けなんて……」


 これも偶然なんだろうか。……いや、偶然なんだろうな。

 それか無意識の内にそういったものを求めていたのかもしれない。魔除けペンダント、思い出のロケット、素敵な石言葉。

 このネックレスなら、全てを上手くやってくれるような気がした。そんな気がしたかっただけなのかもしれない。


「おいくらですか?」

「二つで三万円。値引き交渉はするかい?」


 お爺さんは楽しそうに笑っていた。

 その笑顔は子供の時のまま時を越えたような、そんないたずらっ子の笑みに、ボクも笑顔で返す。


「恩人にまけてくれなんて言えませんよ」

「ほっほ、こりゃ残念」


 お爺さんは髭も生えていないその顎を数回撫でてからペンダントを手に持つとレジの下、おおよそ引き出しから領収書、商品引き換え用の証明書を取り出した。

 お爺さんは読みやすい達筆な文字でさらさらと書き綴っていく。

 財布の中から三人の諭吉さんが社会経済という戦場へと旅立っていき、ボクらをの手元には一枚の商品引き換え券と少しの充実感だけが残った。


「急な出費にしては、大きかったんじゃない?」

「確かにね。でも、今日のデートの大切な思い出だ」


 そういうと絢香は照れ臭そうに笑い、しなだれかかる様にしてボクの胸に手を当てて呟いた。


「貴方にはきっと、似合うと思うわ」

「絢香にもきっと似合う」


 少しだけむっとして反論するボクを、絢香は子供を相手にしているかのようなそっけなさであしらう。一歩、勝手に歩き出そうとした綾香の指にボクの指を絡める。

 指を絡め、手のひらを重ね、腕を抱き寄せる。

 そうしていつもどおりを作り出すと、今度は遠回りもせずに、家の方向へと足を向けるのだった。

次回投稿は20日の18時です。今までとは時間が違うのでお間違いの無いように。


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