表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

着せ替え人形「絢香」

 映画館へと向かったものの、直近の放映は満席だというので次の、三時くらいの時間の連番を予約した。

 一番いい席が取れた、と絢香が喜ぶ。周囲に人が予約をとっていないからゆったりできそうだとボクも喜ぶ。


「時間までどうしようか」

「海太、朝ごはん食べてないでしょ? 少し早いけどご飯にする?」


 今の時間は十一時半を過ぎた頃だ。確かに、少しお腹がすいたかもしれない。

 それに映画までの時間は三時間半。どこかのお店で時間を潰すにしても、さすがに長い気がする。


「絢香はお腹すいた?」

「私はそんなに。でも少し座りたいから」


 腰をさすりながらジト目をしてくる絢香から目を逸らす。


「……ん、ファミレスでいいかい?」

「もちろん」


 絢香と手を繋いでぶらぶらと歩く。

 ファミレスにする、なんて言ったけれどこの辺にあるお店を覚えているわけじゃない。

 恋人時代もこうして手を繋いで、二人して迷いながらデートしたっけ。

 なんて思っていたらすぐ近くに黄色い看板のファミレスを見つけた。絢香に確認を取ってから入店。店の中はまだいくつか席が空いているようだった。どうやらちょうどいい時間だったみたいだ。


「このファミレスに来るのも、随分と久しぶりな気がする」

「じつは、私も。……あれ? 会社の人と外食したりはしないの?」


 絢香が少し意外そうな声を出す。学生なら友達と行くことはあるんだろう。けれど社会人になって、仕事の合間にファミレスなんて行くものかな?

 ……というよりも上司に誘われて居酒屋に行くことが多いから。昼食は愛妻弁当があるから。という要因が大きく影響しているんだろう。


 店員さんに注文を伝える。

 ボクはオムライス、それとポテト。絢香はいちごのパフェだけを頼んだ。


「……流石にデザートだけだとお腹がすいちゃうんじゃないかい?」

「私は朝ごはん食べたから。それに、少しくれるでしょう?」


 一応言っておくと、絢香は別に小食って訳ではない。

 遠慮してるのかな? と思ったところで、このあとに映画館で間食することを気にしてるんだな、と思い至った。


 ファミレスではボクたちは沢山のことを話した。

 料理が運ばれてきてからも、食べ終わってからも。我ながらよく話題が尽きないものだと思うが、よくよく考えてみると過去に一度話した話題もあれば、最近の流行、昔の流行なども話題に挙がった。

 旅行に行きたいね、どこに行きたい? 近場でも貴方となら楽しいわ。ボクも、君とじゃないと楽しめないよ。

 ……なんて言いながら彼女の口元にオムライスを乗せたスプーンを運ぶ。ぱくり、ちゅるり、と小さく音をたてて唇を舐めた絢香がお返し、とばかりにパフェの乗ったスプーンが口元に突きつける。

 ボクの口の中がケチャップやら卵やらイチゴやらクリームやら…… とにかくごちゃ混ぜになったけれど、それは絢香も一緒なようで二人して笑う。


 食後のコーヒーを飲んだあと、ファミレスを出た。

 今は映画館に戻りながらどこか途中のお店でも見ようか? なんて話しているところだ。

 ボクの右腕に胸を押しつけて、にこにこしている絢香を見る。赤くなるボクをからかうのが、昔から好きな彼女は、ボクを見ている。

『もう大人になったんだぞ』と、なんでもないふうに取り繕う。


「どこか見たいお店はある?」

「んー……」


 身長差のせいでどうしても上目遣いのようになってしまう絢香は少し悩んだあと、洋服屋を指差した。どうやらおしゃれがしたいらしい。

 さっき会計の時に開いた財布の中身を思い出す。趣味という趣味がなく、強いていうなら綾香の髪を手入れすることが趣味の、ボクの財布にはそこそこな量のお金が残っていた。

 絢香の服を二、三着買うくらいなんてことはないかな。最悪ATMに走ればいい。


「絢香の美貌に負けないくらいの可愛い服があるといいね?」

「恥ずかしいからぁ」


 綾香はボクの腕に頬擦りするようにして、顔の赤みを消そうとした。ボクはぐいぐいと引っ張られながら洋服屋へと行く。……って、ここ前に来たときはコンビニじゃなかったっけ?


「最近この辺に来てないの?」


 覗き込むように見られて、記憶を漁る。

 最後にこの辺に足を向けたのは…… それでも一ヵ月ほど前なはずだ。そこまで急に変わるものだったっけ? 首をかしげるが当然答えはそこにない。


「最近の変化は早いんだなぁ」

「なにそれ」


 彼女が笑う。ボクも笑う。

 その洋服屋に入ると『開店セール』と書かれた張り紙があり、意外なことに人が少なかった。いや、都心から少し外れたお店にしては多いほうなのだろうか? とりあえず人が邪魔になることはそうないだろう、幸運だと気分を良くする。


「海太もお洋服選んでよね、着てあげるから」

「おぉ? これは気合を入れて着飾らないと!」


 彼女は着飾れる。ボクはそんな彼女を一番近いところで見ることができる。

 ウィンウィンの関係。

 これも愛し合っているが故にできることだ。ならば、その特権を最大限に活用しなくてどうする日本男児! ボクは今! 生きている!!



 さて、絢香を着飾る前に。現状の素晴らしすぎるお姿を目に焼き付けておこう。

 タートルネックのある、首元にフリルの着けられた濃淡な赤い色の、長袖シャツ。単品で着ても目に痛くはない色のシャツの上に、クリーム色をしたニットのベスト。おへその辺りに編み上げがなされていて、コルセットの様に見える。

 少し下に目を向けると、ピンクの薄手のスカートが彼女の太ももを隠している。ときたま膝がチラ見するのが心臓に悪い。さらに下に目を向けると白いハイソックスに、底上げされた黒い革靴。

 イメージカラーは赤、かな?


「もう、見すぎだよ、海太……」

「よし、じゃあ少しラフな格好で攻めてみようかな──」




 シャー。ついに更衣室のカーテンが開かれた。


「こんな適当な格好でいいの……?」

「最初だからね」


 不安そうな声を出した絢香が着ているのは、ただのTシャツとジーパンだった。さっきの気合の入れようからしたら、酷い落差に思うだろう。違うんだ、よく見てほしい。

 黒のTシャツはその黒髪と同じ色、絢香の白い肌とは対照的でとても良く映える。ちょっとしたお茶目でTシャツには白い蜘蛛の絵と『spider』というスペル。それがラフさに拍車をかけている。

 あ、ちらりと見えた鎖骨が股k──心臓に悪い。

 ……睨まれたし目線を下へと持っていく。

 ジーパンは藍色ではなく、目に痛いほどの深々とした青色。靴は履いていないし靴下は変えていない。

 それでも今の彼女は美しかった。

 美人が少し気の抜いた格好を見せてくれたとして、それを「良くない」と、そう捉える男がどれほどいるだろうか? 相手は美人なんだぞ?


「ちょっ……写真はだめ、やめて……?」

「君があまりに綺麗でつい……。カジュアルな服装だからこそ絢香の持つ、本来の美しさが映えるんだ。ボクは今、綺麗で素敵な女性はなにを着ても似合うのだと再確認できたんだ。……その記念に、ね? 一枚だけ」

「……どうしても?」

「もちろん。どうしても君の姿を、永遠に忘れないように写真という一つの形にしたいんだ」

「じゃあ、条件があるわ」


 絢香は頬を赤く染めてそっぽ向きながら条件を述べた。


「……他の服装でも褒めてね? あ、もちろん同じ褒め言葉は禁止ね」

「御安い御用さ、任せてよ」

「それじゃあ二つ目──」


 絢香が指を二本立てる。それをピースだと勘違いしてボクはシャッターを切る。

 ピースして笑顔を浮かべているその雰囲気から一転、彼女は酷く真面目なトーンで。言った。


「──私の写真は、あとで絶対消してね」




 次の服装は清楚系にしてみようと思う。

 絢香が着ているのは白い半そでのブラウス。それに合わせるのは水色と白色で構成されたストライプなフレアスカート。だがそれだけだと足りない、ボクはここでもお茶目な遊び心を出して行きたい。

 合わせるのは猫柄オーバーニーソックス風タイツ!


 フレアスカートがちらりと太ももを晒したとき、見えるのはその白い艶めかしい太ももなどではない! 女性を守る番犬もとい番猫たちだ! 両膝に君臨する対をなす猫たちだ!

 絢香はボクが日頃行っているマッサージにより、曲線美を誇る細身の足を持っている。それにより猫の鳴き声が「ぶにゃー」という残酷な現実を叩きつけることなく、優しく「にゃー」と鳴くことだろう。


 さて、目線を少しあげてもらいたい。ブラウスに隠されたそのお胸様よりも、もう少し上だ。

 そして絢香はいま、髪型をおさげに変えている。実はツーサイドアップにしようとしたら全力で拒否られてしまったからなんだけれど、それは置いといて……。

 その髪の大部分はクリーム色の、つば広帽子なんて呼ばれることも多々あるキャペリンが隠している。キャペリンについている白に近い灰色のリボンがワンポイント。


「どう、海太?」

「素晴らしいの一言に尽きるけれど、あえて言わせてもらううとするならば。気取ることのなく、まるでお散歩の途中をイメージさせるその雰囲気だ。明るい色合いのスカートやブラウス、そしてキャペリンがアクティブさを演出し、暗く見られがちなその美しい黒髪を絶妙に引き立たせている。おさげにより幼く見えるがそれがまたいい。君から溢れ出るセクシーさを打ち消すことなく両立し、どんな花々だろうと君の前では恥らってしまうよ」


 絢香が頬を赤く染めた。

 どうやら満足いただけたみたいだ。かく言うボクも大満足。


「そんなに褒めたら言葉が無くなっちゃうんじゃないの?」

「君を褒める言葉なんてこの世界に足りないくらいだ。必要ならば新たな言葉を作り出すことさえ楽勝さ!」

「なにそれ」


 笑う絢香にスマホを向ける。それに気づくと、とびっきりの笑顔のままポーズを取ってくれた。

 スカートの裾をつまみ、猫さんが一匹だけちらりと顔を覗かせる。そのまま首を少し傾けて顎のラインに沿うようにピース。

 鼻血が出たのも仕方なかろう。だが気合で写真はぶれさせなかった。




「なんでこんなのまであるのっ!?」

「これは、やばい、血が足りなくなるレベルだ……! 嗚呼! 我が人生に一片の悔い、無し……ッ!!」


 次は百八十度をとおり越して五四十度ほど方向性を変えた。

 そこにいた絢香は、一言でいうと魔女さんだった。それも悪い黒魔女なんかではなく、白魔女さんだった。

 例え今このとき、出血多量で死ぬとしても、絢香の姿を目に焼きつけない理由がどこにあろうか。ねえよそんなもん! ひゃっほー!


 まず目につくのは女が女である所以、おっぱいだ! お胸様だ! その谷間だ! ああ、突っ込みてぇ……!

 谷間の部分、鎖骨の部分、それと脇。布は必要ないとばかりに肌を晒している。二本の紐だけではその肩を隠せるはずも無く、今その紐を切ったらどうなるのだろうと変な妄想にまで意識が飛びかけてから、慌てて現実に戻ってくる。

 とにかく。これがボクを興奮させる原因その一。


 服装の説明に移ろう。そのシルク地は二色使われている。前面だけに使われている薄紫色と。その他、大部分の肌を隠す白だ。しかしその二色は胸、胴回りを縫われ、くっつけられているものの。足辺りはくっついていない。

 つまりは大胆なスリットが生まれてしまっている。綾香が少しでも動けば際どいほどに太ももが見え、下手するとパンツが露になることだろう。

 それが興奮させる原因その二。


 ちらり。オーバーニーソックスからはガーターベルトのような紐が、足の付け根へと伸びているのがスリットごしに見えた。

 うーん、その見えないところに属性を盛り込んでる辺りもこの白魔女さんはポイントが高い。


 もう一度全体を見てほしい。これだけだと流石に露出が多いだろう? ……絢香は小さく黄色い花の刺繍が縫われた、水色のマントを纏っている。それに腕カバーのロングタイプも着けている。

 肩を大胆に露出させ、そのくせ焦らすようにマントで隠し、時たまチラ見させる。この構造を考えた人は天才だと思う。ありがとう。ほんとうにありがとう。今からそっちに逝きます。


 絢香が白いトンガリ帽子がずり落ちないようにと支えた。水色のリボンをくるりと巻いて、蝶々結びがワンポイントのその帽子。ソイツはボクに絢香の脇を見せるという偉大な働きをしてくれた。

 感謝を。圧倒的な感謝を……ッ!


 ──カシャッ。


「あ、こいつ褒めないで写真撮ったな!? ──って凄い量の血が出てるー!?」


 コスプレって、いいかもしれない。

次回投稿は17日の正午です。


感想、お気に入り、ポイント評価等お待ちしております。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ