デートの始まりは悪夢と共に
完結まで毎日投稿をしていきます。合計で33000万文字で1話辺り5000文字です。
また、縦書きをしていたので読みにくいかもしれません。そういった感想もお待ちしています。
どうぞごゆっくり……。
起きて、起きて……と、世界が揺れる。
縦に揺れ、横に揺れ。
流石に世界がひっくり返ることは無いものの、継続的かつ不規則に続く、立つことすら許されないほどの大地震。
大体、震度六強かなって体感でわかる辺りが、地震大国に住まう日本人の悲しき性ってところか。
その地震に対してボクは慌てることもなく、爪に挟まった砂粒を落としながら立ち上がり、周りを見回す。
ボクは今、公園にある砂場で遊んでいた。
確か小学校の頃に仲の良かった、十年後はこんな顔になってるのか、と感慨深い思いをさせてくれた友人が砂場にできた半径二mほどの穴に埋まっている。
いや、埋まっているというのは語弊があるか。その穴を掘ったのは。いや、現在進行形で掘っているのがその彼なのだから。
ボクはその穴から吐き出され続ける、少し湿り気のある砂を使ってお城を作っていたんだ。砂のお城。実際、作るのは人生初なんだけどさ。
ようやく人生初の大作『砂で出来たノイシュヴァンシュタイン城』が形になったところだったのに、地震なんて運がないにもほどがある……。
十mはあるそのお城を見上げつつ自分の不運を嘆く。
いくら押し固めたところで、砂で出来たお城が大地震を前に倒壊することは想像に難くない。ため息一つで砂のノイシュ……なんとか城を諦める、一切砂粒が落ちないことに疑問も持たずに。
でも、少し不思議だ。
穴の中を覗き込んでも友人が居なくなってたことはどうでもいいのだけれど。いや、砂のなんとか城のことでもなく。
頭に微かに響く『起きて』と繰り返すこの声のことだ。
……その声は、とても心地がよいんだ。
長年聞いてきている気もすれば、今初めて聞いた声な気もする。誰の声だったかと脳内検索をしようとするものの、上手く頭が働いてくれない。少なくとも女性の声だな、と認識できる。できるが、あくまでそれだけであり人物特定には至らない。至れない。
至りたくないって訳ではないから三拍子欠けてる訳か、バランス悪いなぁ。
なんて適当なことを考えていたら、遊んでいた砂場が消えていた。足元を見ても地面と呼べるものが全てなくなり透明な空間にボクはふわふわと浮いている。不思議とその現象に恐怖はない。
ボクは目を瞑る。
もちろん怖いからじゃない。天使に思える彼女のこの声をよく聞くためだ。
意識すれば意識するほど浮遊感は萎み、声が鮮明になっていく──。
「起きてってば!……もう。デートしてくれるって約束、忘れたの?」
目を開けるととても綺麗な女性の顔が近くにある。吐息がかかり、少しくすぐったい。
眠りの世界から呼び戻されて、不思議と気分は悪くないものの、それでも体がダル重いボクはおざなりな挨拶を返す。
「……おはよう、絢香」
ああ、そりゃ心地いい声なはずだ。
だって結婚して未だ三年、新婚ホヤホヤを抜け出せていないボクが、ボクたちが。愛しい人の声を、不快だと思うだろうか?
「もう10時だよ?じゅーぶん『おそよう』の範囲だと思うけどなーっ」
「ごめん、ごめん。……確か見たい映画があるんだったよね?」
日本人らしい綺麗な黒髪を撫で付ける絢香に問いかける。その肩口を越える長さの髪は、毎晩ボクが丹精込めて手入れしている。なぜって?
──もちろん髪は女性の命だから。
ああ、そのとおり。ボクは女性の髪が好きだ。
見た目、質感、髪の太さ、固さや指を通したときの引っ掛かり。逆に些細な抵抗さえも感じさせないのもいい! 髪を結った時のゴムの跡なんかもいい! 長い髪は様々な結い方ができ、毎日変えられる髪型は女性を引き立てるポイントとなる。だが、けしてショートカットが悪いわけじゃない。ボーイッシュな女性がめちゃくちゃ頑張って髪を集めました、と言わんばかりに髪を結っていたりするともうボクは耐えられない。今まで伸ばしていた髪を思いきってバサリと切り揃えていた日にはボクは土下座してでも触らずにはいられない! つまりそれは人それぞれって奴だ。髪を大事にしている人に悪い人はいない!
……おおっと、話が逸れたね。
そうだった、絢香のことだ。彼女の魅力を引き立てるのがその美しすぎる黒髪ロングストレートなのは言うまでもないことだか?
逆に言うとその髪に見合うだけの美貌を絢香は持っている。
小顔。ぱっちり二重瞼。ぷるぷるの唇。シュッとした高い鼻。顔のパーツがいいだけじゃない、きちんと整ってこそであり、絢香はそういう点では文句がない。むしろ彼女の美貌に文句をつけられる人間はこの世にいないと断言できる。
絢香はいま、その綺麗な顔を驚愕の色に染めていた。耳にかけた筈の髪がさらりと一房だけ滑り落ちた。
「……覚えてたの?」
「勿論。久しぶりの君とのデートだ、楽しみすぎて夜も眠れなかったよ」
「口ばっかり」
絢香は鈴を転がしたような声で笑う。
ちなみに付け加えるとするならば。昨日は夫婦の営みと呼ばれる『お楽しみでしたね』のあと、ボクのほうが先に寝付いてしまった。それで起きるのもボクのほうが遅いんだ。確かに口ばっかりだろう。
「謝罪と言ってはなんだけど、今日のデートは一生忘れられないものにしてみせるよ」
「期待してるね、旦那様?」
頬を染めてはにかむ絢香の頬を撫でる。すると心得ていると言わんばかりに目を瞑ってくれた。
おはようのキス。
それは、ボクたちが恋人時代から続けている習慣でもある。
おはよう。いってきます。ただいま。おやすみ。
その四回のキスは毎日する。喧嘩していても。寝坊したとしても。心の底からお互いを愛していると伝える一つの方法だからだ。
ちゅっ、と唇が離れる。絢香と目が合うと恥ずかしそうに微笑んだ絢香を、堪らなくなって抱きしめる。
「わ、びっくりしたっ。びっくりした。……もう、どうしたの?」
「……ッ」
ボクは喋れない。
いつもならボクから抱きしめることはほぼないはずなのに。
いつもなら絢香と触れ合って、こんなに胸が締め付けれられることも、ないはずなのに。
なんで。
……なんで、こんなにも泣きそうになっているんだろう?
「なーんで泣いてるのかなー?」
頭を撫でられる。その感覚が、さらにボクの涙腺を刺激した。
わからない。
わからないけれど、今は離れたくなかった。
「嫌な、夢を見たから、君の顔を見て安心したから、泣いちゃったんだと思う」
意図せずにボクの口を出たのは、そんな言葉だった。
目が覚めて数分だと言うのに、夢の内容は全て忘れてしまっていた。
……どんな夢だっただろう。妙に手が湿る感覚だけが、残ってる気がするんだけれど。
「どんな夢?」
絢香の当然の疑問。しかしボクの記憶はソレに対する答えを持ち合わせてはいない。
「……君が、居なくなっちゃう夢」
「ひどーいっ」
再度ボクの口は、心にもないことを言った。涙が溢れる。
絢香は拗ねるように言ったが、ボクの表情を伺ったあとに、いたずらっ子みたいな笑顔で囁いた。
「私がどこかへ行っちゃわないように、守ってよね?」
ああ、そんなことは決まってる。答えは君と初めて会ったときからずっと変わっていない。
決意の意味を込めて。
戒めの意味を込めて。
懺悔の意味を込めて。
ボクは彼女へ誓う。その目に涙なんていらない。今必要なものはその決意を、戒めを、懺悔を。……全てを呑み込んでそれでいてやりとげる。やりとげてやるという強い意志だけだ。
「どんなことがあろうと、君を守るよ」
いつの間にか。時計の長針が真下を指していた。
まるでボクたちに『地獄へ落ちろ』と言わんばかりの殺意を込めていたように思う。
絢香は赤みの抜けない素肌を、薄いシーツで隠した。
「……デート行くんじゃなかったの?」
「ごめん、ごめん。でも絢香も楽しそうだったと思うんだけど?」
隠しきれていない絢香の背中はとても綺麗で、もう一度ケダモノへと成り下がって襲いかかってしまいそうになるが、グッと我慢して服を着る。
デート。……そう、デートするはずだったんだ。
映画のチケットは取ってないものの、時間が遅くなればなるほど満席になる可能性は上がる。それはとても良くない。……見たい映画が見れなかったデートは、確かに忘れないものになるとは思うけど。
横目で絢香のほうを見ると、さっき脱がせた服をいそいそと着直しているようだった。生着替えは何度か見ているものの、やはり飽きないものだと手を止めないながらにチラ見を繰り返す。
「海太、お腹は空いてない?」
「大丈夫、もうこの時間だし昼ご飯と一緒に食べることにするよ」
きちんと服を着直した絢香は飛びつくようにして腕を絡めてくる。ボクも抵抗するつもりはない。大歓迎で絢香の手を握る。
指を絡め、手のひらを重ね、腕を抱き寄せる。
手を握られる感覚に心臓が跳ねる。ボクも手に少しだけ力を入れる。どこにも逃がさないぞ、という意味を込めて手を握る。
家の中からくっついてデートに繰り出すのなんていつ以来だろう? 最近はボクの仕事も忙しくなってきたせいで、絢香に我慢を強いている。
懐かしいなぁ。
靴を履くときに片手が埋まっているとどうにも時間がかかってしまい、一旦手を離そうとする絢香と一秒でも離れたくないと甘えるボク。
絢香は困ったように笑うのが通例だった。今回もそうできるんだろうか? いや、やるつもりだけど。
思い返すと大学時代は毎週のようにデートしていた。だと言うのに、あれから三年たってお互いに社会人になった今では、一ヶ月に一度デートすると多いほうだ。それも早く仕事が終わったから待ち合わせをしてお散歩しつつ、買い物をして帰ってくるくらいなものだった。
……いや、悔いるのはあとだ。今は彼女とのデートを楽しむんだ!
そう意気込んだデートの一歩目。自分の家の玄関で、違和感を感じた。
なんだろう、と注意深く回りを観察して、気が付いた。
靴だ。
……隠すようなことでもないから言ってしまうと、ボクは小さい頃からしている癖がある。明日学校があると言う日の夜、明日仕事があると言う日の夜。寝る前に靴を玄関の端に必ず揃えて用意しておく。
『靴を脱ぐときは真ん中で、靴を履くときは端っこで』
特に意味があるわけじゃないが、小さい頃は怪我をしないおまじないとしてやっていた記憶があり、それをなあなあで続けていたのだった。
今、目の前の玄関の隅っこに、仕事用の革靴がきちんと整えて置いてあった。
「……絢香、今日って何曜日だっけ?」
「え? 26日の日曜日だよ」
最初に疑ったのは今日が平日──仕事の日だということ。それなのに、日曜日? ボクの勤務する会社は週休二日で、日曜日は当然休みなはずだ。……なら靴が揃えられているのはおかしい。
絢香のことだ、ボクが靴を出しっぱなしにしておくと下駄箱に入れておくはずなのに。
それじゃあボクが間違えたのか? いや、ボクが間違えたとしても絢香も間違えるか? 見落とすか?
……そしたらあれだ、やっぱり今日は出勤しないといけないとか? 記憶の中ではそんな連絡来た覚えがないけれど、一応スマホを開いてみる。
愛用のスケジュールアプリをワンタッチ。本日の予定を開いてみるが、『絢香とデート!』としか書いてない。
なんだ? この言い様のない不安感は……?
「ねえ、海太、行こうよ」
「ん、あ、あぁ……そうだね……」
絢香とのデートと、普段の習慣。どっちを優先するべきか。
答えは決まってる。
「ごめんごめん。さて、行こうか」
嫌な不安も、違和感も全て無視して飲み干して、ボクは絢香と手を繋ぎ直した。
次回投稿は16日の正午です。
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