トカゲと兄妹
「……きろ…………おい……き……」
何だろう、この状況覚えがあるな……
あぁ、そうか、ボクはまた気を失ってたのか。
きっと昨日みたいにネィさんが運んでくれたんだろう。迷惑かけちゃったなぁ……
「あ! 起きやしたぜ、姐さん!」
「ん……うわっ!?」
瞼を持ち上げると蜥蜴の顔が視界いっぱいに写り込み、ボクは驚いて飛び起きた。
「うぉ! 危ねぇな、いきなり起き上がんなよ!」
怒りながら蜥蜴が飛びのいた。
鱗に覆われた肌にギョロッとした爬虫類特有の琥珀色の眼、奥行きのある台形の頭部は首から九十度曲がり、二足で立つ胴体に繋がっている。
爪は鋭く体表も刺々しい、ゲームなら鎧でも着て剣を持っていそうな見た目をしているのに、服装はなぜか青色の野暮ったいジャージを着ていた。
少し自分の目を疑う光景に思わず周囲を見渡すと、本棚にデスク、そして壁際に石版ジュークボックスが鎮座していた。大量にあった箱が片付いてるけど、どうやらさっき片づけていた物置に寝かされていたらしい。
窓の外はすっかり暗くなっているので、結構長い時間寝てたみたいだ。
さてどうしよう、と言うかこの人|(?)誰なんだろう?
蜥蜴の人と無言で見つめ合っていると、部屋の扉が勢いよく開かれ
「イク! 大丈夫だったか!?」
ネィさんが飛び込んできた。
安堵とともに、この気まずい空気を散らすように応える。
「ええ、この通り元気ですよ。すいません、片付けの途中で倒れてしまって……」
「まったく、下手したら腹引き裂かれて死んでだぞ?」
確かにあの鋭い爪で蹴られてたらと思うとぞっとしない……
「まぁ、クックさんがあそこまで興奮するなんてそうないから大丈夫だと思うけど、気を付けろよ? ……っと、そうだ、まだコイツ等の紹介してなかったな」
「等?」
自己紹介はされてないけど、目の前にいる蜥蜴男は一人しかいない。
ネィさんがボク等の気まずい空気を察してくれたのかと思ったけど、そうじゃないらしい。
「あ、あの……私はリズと言います……」
そう言いながらネィさんの陰に隠れていたもう一人が顔を出した。
見た目は蜥蜴男とほとんど同じだけど、目元が若干柔らかく大きさも二回りほど小さい。なにより蜥蜴男が鮮やかなオレンジ色なのに対して、淡い桜色をしている。
口ぶりからして女の子だろう。
「ごめんね、気が付かなかったよ。ボクは万 育、よろしくね、リズちゃん」
反応からして人見知りする性格みたいだったので、極力怖がらせないよう努めて挨拶をする。効果はあったみたいで、リズちゃんはオズオズとネィさんの背中から出てきて、握手を返してくれた。
「えっと、それで……」
ボクはまだ名前を聞いていない蜥蜴男の方を振り返る。
蜥蜴男は待ってましたと言わんばかりに、歌舞伎のような決めポーズをとった。
「おう! 俺も名前を教えてなかったな。俺はガズってんだ。そんでもってネィの姐さん一番の舎弟だ!」
「アタシは舎弟なんていらねぇって言ってんだろ!」
ネィさんが頭を叩いてすぐさま否定した。
「ったく……イク、こいつ等はアタシの昔馴染みの蜥蜴人だ。よろしくしてやってくれ」
まぁ、ネィさんなら確かに過去に舎弟の一人くらいは居そうだよね。
……気のせいかな、ネィさんがこっちを睨んでる気がする。
怖いのでネィさんの方向から感じる圧力を無視して挨拶を続けることにした。
「ガズさんですね。よろしくお願いします」
「おうよ! 育だったな? 弟分としてキッチリ面倒見てやんよ」
「だから舎弟なんていらねぇよ! ガズ、イクはこれからウチの料理人だからな? お前がアタシの舎弟だって言うなら、イクはアタシと同じ従業員だからな? "さん"を付けろ、"さん"を」
「あ、姐さぁん、そりゃねぇぜ……」
うーん、そろそろ気になってることを聞いてもいい頃合いかな?
「あの、お二人はどうしてここに?」
「ああ、イクが片付けの最中にあんなことになったからな。流石に一人であの量片づけるのはキツかったから呼んだんだ。」
だから部屋が片付いてたのか。ネィさんにも二人にも悪いことをした。
「すいません、ボクが気絶したばっかりにお二人に手を煩わせてしまって……」
「気にすんな! むしろ姐さんが頼ってくれたんだ、感謝したいくらいだぜ」
「あの……私は兄さんについて来ただけなので、ほとんどお役にたててなくて……」
「いえ、ボクが倒れてる間に全部片付くなんて……三人とも、本当にありがとうございます」
「うぇ? アタシもか?」
「当たり前じゃないですか。むしろ一番感謝してますよ」
「な! やめろよ、こいつ等の前で恥ずかしいだろ……そうだ! イク、こいつ等のお礼になんか作ってやってくれよ。丁度晩飯時だしな」
照れ臭いらしく、顔を逸らしながらそう提案するネィさん。
ボクもお礼に何かしたかったし、ネィさんが気まずそうなので、その提案に乗らせてもらうことにした。
「そうですね。二人は何か食べたいものありますか?」
「じゃあ帝王バッ――」
「却下だ!」
ガズさんの言葉を遮るように速攻でNGを出すネィさん。多分「帝王バッタ」って言おうとしてたんだろうけど、ネィさんは苦手なのかな?
「虫は、やめろ!」
「へ、へぃ!」
どうやらネィさんは虫が嫌いらしい。うん、まぁボクも虫はちょっと嫌かな……
聞いたことのない名前だったし、朝の卵のことを考えると体長1メートルのバッタが出てきても不思議じゃない。それに厨房にある食材に虫は見当たらなかったから、どの道用意はできないけどね。
「あの……私は何でも大丈夫です……」
すごく申し訳なさそうにそう言うリズちゃん。なんだかこっちが悪いことをしてる気分になるから、そんな顔をしないでほしいな。
世のお母さんを困らせるリクエスト「何でもいい」。だいたいの人は「何でもいい」訳じゃない時のセリフだけど、この子の場合は本当に何でも大丈夫という意味なんだろう。
「うーん、じゃあ食べれないものとかはあったりする? 苦手なものとか、アレルギーとか」
リズちゃんは首をふるふると振っている。多分否定の意を示しているんだろう。
「オレもリズも雑食種だからな、大体のもんは食えるぜ。好きなのは虫だけどな」
「あの……虫が好きなのは、兄さんだけ……」
蜥蜴人にも色々種類がいるらしい。虫も食べるかは好みみたいだし、今度話しを聞いてみたい気もする。
うーん、それにしても何でも、何でもかぁ……
厨房の冷蔵庫の中、まだ沢山残ってるんだよなぁ。出来るだけ減らしたいけど……そうだ、鍋にしよう!
あれなら簡単だし、何でも入れれて結構食べられるはずだ。それに味付けを薄くしても、取り皿にポン酢とか出汁とか入れれば問題ないしね。
「じゃあ鍋でもいいですか?」
「鍋かー、いいんじゃないか? オレはいつもそのまんまで食うか、焼くかぐらいしかしねぇからな」
「あの……私もいいと思います……」
「よし! じゃあ鍋で決まりですね……ってネィさん、なんでそんな顔してるんですか?」
ネィさんはボク等の会話を聞きながら、目を細めて眉間にしわを寄せていた。まぁ理由は何となく察しが付くけど……
「だって……野菜が……」
「わかってますよ、ちゃんとお肉も多めに入れますから食べてくださいね?」
ネィさんは目を合わせずに小さく頷いた。
よし、後で取り皿にたくさん野菜を取ってあげよう。
開始早々、一週間も間が空いてしまった上に話半分になってしまって申し訳ありません。
早くお店を再開させてプロローグを終わらせたい……