ボクと怪鳥
朝食を片付け終えた頃になって、ようやくネィさんが口をきいてくれた。さっきまで顔を染めていた赤みはすっかり鳴りを潜めている。
「さて、それじゃイクの部屋を片づけないとな」
ネィさんはボクが片づけ終わるのを待っていたようで、伸びをしながらそう言った。
ボクの部屋、あの足の踏み場の無かった物置部屋のことだ。でもあの量をいったいどうするつもりだろう? 流石にアレを全部捨てるってことはないと思うけど……
「ネィさん、あの部屋に置いてある物ってどうするんですか?」
「あの部屋にあるのは殆ど店主のガラクタだからな……全部捨てちまうか!」
「えぇ!? 流石に全部捨てるのはマズいんじゃないですか?」
「どうせ店主もテキトーに集めてただけだろあんなもん。まぁある程度は倉庫に突っ込んどいてやるか……」
ネィさんは「面倒臭い」という文字を幻視できそうな顔をしている。居なくなった店主さんの扱いがかなり雑だけど、いきなり店を任せて失踪した挙句一か月以上も放置されているネィさんのことを考えると、そうなるのも仕方ないと思う。
「うわー……」
物置の扉を開いたボクは、さっき冷蔵庫を開けた時と同じようなため息を漏らす。でもこの惨状を見て、しかもこれから片づけると考えたら、誰だって同じ気持ちになるはずだ。
左右の壁に沿って積まれてそびえ立つ箱、箱、箱、そして鎮座する巨大な謎の機械。正面の窓に向かって、空間は開けているけど床には工具や文房具を始め、用途不明の道具が散乱していて足の踏み場も無い。
「改めてみると凄い量ですね……あそこの機械とか何なんですか?」
ボクが指差した先にある巨大な機械。見た目は映画とかで見たジュークボックスに似てるけど、工業機械染みた武骨な色と、よく分からない紋様が刻まれているせいで、ゲームに出てくる遺跡の石版のようにも見える。何にせよ一般の御家庭には置かないものだ。
「あー、なんか動かしてるのは見たことあるけど、何やってたのかまでは知らねぇな……ていうか店主がいつも何してたのかよくわかんねぇや」
「一緒に住んでたんじゃないんですか?」
ネィさんの部屋もあるし、店主って言うくらいだからここに住んでるかと思ったけど……
「いや、住んでた。結構長いこと一緒にいたけど……よく考えたら店主のことほとんど知らないかもな。しょっちゅうフラフラしてるヤツだったし」
遠い目をしてそう言うネィさんの顔は少し寂しそうに見えた気がする。
「それより! 片づけ始めちゃいましょう。こんなの移動させてるだけでも、かなり時間掛かりそうですし」
「ん、そうだな。片っ端から捨てくか!」
「せめて中身の確認くらいしましょうよ!」
積み上げられた箱を廊下に向かってポイポイ投げ捨てるネィさんに続いて、ボクも床を片づけ始めた。
部屋を埋めていた三分の一くらいの箱を廊下に出したところで、ボクとネィさんは箱の中身を確認することにした。といってもほとんどが難しいことの書いてある書類や本、それとガラクタばかりだった。
ネィさんにガラクタ判定をされた物は片っ端からゴミに、それ以外は倉庫送りにすることになった。
ボクが仕分けをしていると、ひときわ思い箱の底に金庫のような鍵付きのケースが入っていた。引っ張り出してみると、そのケースの鍵穴には、鍵が刺さりっぱなしになっている。きっと使ってるうちに面倒臭くなったんだろうけど、それなら他の入れ物に移し替えればいいのになぁ。
ケースを開けると中には「企業秘密!」と書かれたノートが数冊と、捻った網のようなデザインのピンバッジが入っていた。ネィさんにこれが何か聞いてみようと思ったけど、箱を倉庫に運びに行ってしまって既にここには居なかった。
後で聞けばいいかと思い、とりあえず中身を確認するためにノートを開く。
「おぉ……!」
開いたノートの中身を見て、つい感嘆の声が漏れた。
ノートは店主さんが書いたものらしく、料理のレシピがまとめられていた。ボクの知っているような一般的な料理以外にも、さっき食べた卵や、謎の植物、巨大キノコ、スライム|(これは食材なんだろうか?)といったゲームみたいな食材を使った料理等が書かれている。
他のノートも同様にレシピが書かれていたけど、一部には虫や石を使った料理とは思えないようなものまであった。
正直、見たことの無い食材の扱いに困りそうだと思ってたから、丁度いい掘り出し物だ。ただ、荒唐無稽なレシピが載っていたり、解読不能な文字で書かれている部分も多いから、参考程度にしかできそうにないのが残念だな。
「おーい! イクー! まだ倉庫に入れる荷物あるだろー? 持ってきてくれー」
パラパラとノートを流し見していると、裏庭からネィさんの呼ぶ声が聴こえたのでノートとバッジをケースに戻し、ゴミと間違えないように片付けて窓から顔を出す。
ネィさんは離れの横に設置された、オレンジ色の壁と赤い屋根のトタンで建てられた倉庫の横で手を振っていた。
「今行きまーす!」
ボクはネィさんに返事をして、倉庫にしまう箱を2つ抱えて倉庫へ向かった。
「……っふぅ」
「なんだぁ? そんだけしか持ってこれなかったのか、イクは非力だなぁ。ま、小さいから仕方ないか!」
「む! 普通こんなもんですって、ネィさんが凄いんですよ」
実際ネィさんは凄かった。軽いものでも10キロはあった箱を、一人で5つも抱えて難なく運んでいた。いくら足回りが安定しているとはいえ、腕力だけでも相当なものだと思う。それとボクは小さくないよ!
「そうかぁ? アタシより凄ぇ奴なんて、この街にはゴロゴロいるぞ?」
「人間基準ならネィさんも十分凄い部類ですよ……」
ネィさんでも簡単にボクを投げ飛ばせそうなのにその上がゴロゴロいるって、喧嘩にでも巻き込まれたらボクは死ぬんじゃないか?
いや、あり得るかも分からない恐ろしい未来のことよりも、目の前の問題に目を向けることにしよう。その方が建設的だしね。
話題から目を逸らすように倉庫を見上げる。倉庫の大きさは、ちょうど学校の教室と同じくらいで、扉も教室よろしく左右の端にスライド式のものが取り付けられている。
とりあえず近い左側の扉を開けようとして、
「あ、イク! そっちは違う!」
「えっ?」
ネィさんに引き止められたけど、力をかけた扉はそのままスライドして開いてしまう。
「コ、コ、コ、コケーッ!」
薄暗い倉庫の奥、敷かれた藁の上。
そこには二メートルほどの巨大な"鳥"が鎮座していた。
「あー、そいつはさっき言ってた怪鳥のクックさんだ。普段は大人しいけどあんまり刺激す
「か、可愛い!!」
ネィさんが何か言い終わる前に、思わず率直な感想を叫んでしまった。
怪鳥。
さっきは「竜の羽と蛇の尻尾が生えた鳥」なんて説明をされていたから、てっきり雌鳥に鋭い爪の生えた翼と極太な蛇の尻尾が付いた、ゲームのモンスターみたいな姿を想像していた。
でも実際に目の前にいる生き物は全く想像とは違うものだった。
化物なんてとんでもない、パッと見身体が大きいだけの愛らしい文鳥だった。鳥として標準装備されている翼と別に、背中に飾りのように小さい竜の翼がちょこんと生え、尾の部分からこれまた可愛らしい顔をした蛇が顔をこちらに向けていた。
クックさんと呼ばれた怪鳥は、クリっとしたビー玉の様な黒い瞳をこちらに向けて、可愛らしく首をかしげてボクの顔をじっと見ている。ボクはその瞳に吸い寄せられるように顔を近付けた。
「あ、おい! あんまり近づくなよ?」
黒い顔に赤いくちばし、種類は並文鳥がベースになってるみたいだけど、胴の部分もお腹以外は真っ黒だ。この子が亜種なのか、それともこれがスタンダードなのか、五匹くらいいてくれれば比べられたのになぁ。そして黒い背に生えた白い翼は、ミニドラゴンという言葉がぴったりな小さいものだ。流石に動物園に竜は居なかったから、どんな種類がいるのかは分からないのが残念だ。他にも種類がいるのかな? あ、蛇と部分と目があった。蛇だけアルビノなのかな? 身体が白くて目が赤い。というか蛇の尻尾が生えてると思ってたけど、胴から頭が生えてるんだなー。あ、こっちの頭は目が見えてるのかな? ためしに手を近付け
「おいバカ! 危ないぞ!!」
「うわっ!?」
「クケエェェェ!!」
思いきり首を引っ張られて態勢を崩したボクの鼻の先を、鋭い鉤爪がかすめる。次の瞬間、白いモフモフが目の前を覆い尽くしたかと思うと、ボクは衝撃と共に宙を舞っていた。
蛇の部分で身体を支えて立つ怪鳥と、ネィさんのあきれ顔が視界に広がる青空の端に、スローモーションで写っていた。
後頭部が何かにぶつかって脳が揺れたかと思うと、ボクの視界は暗転した……
三人(?)目が鳥という……
早いとこ新しい人外を出したいです