蛇と肉団子
「さて、何作ろうかな……」
つぶやきながら、押し込まれた食材をチェックする。
肉はあるから、痛んでない野菜を適当に見繕うことにした。
レタスは完全に茶色くなってる、ニンジンは大丈夫。お、ごぼうも問題なさそうだ。
ん? この丸い緑のはなんだろう? フルーツっぽいけど、見たこともない完璧なまでの球体……うわっ! なんか動いた!
気味が悪いので、冷蔵庫の奥に投げ込んで見なかったことにした。
あと……トマトはどう見てもダメ、ネギは……彼女はネギ類とか大丈夫なのかな?
「ネギとかタマネギとかって食べれますかー?」
冷蔵庫を漁りながら声だけで質問する。
「食えないわけじゃないけど……好きじゃない」
後半は聞かなかったことにしよう。
ネギ、生姜、にんにく、この辺りは使えるな。
よし、あり合わせで作るならこれくらいでいいかな。
そうだな……よし、つみれ団子みたいにしてみよう。
ミンチにすれば普通の肉と変わらないだろうし、臭みもネギと生姜で誤魔化せばいいだろう。
皿に積み上がった肉片を、全部まとめてフードプロセッサーに突っ込む。
生姜とにんにくを摩り下ろして、卵、パン粉も一緒に入れて回し、作った挽肉をボウルに移す。
ニンジンとごぼうとネギは、歯ごたえを残すためにみじん切りにしたかったけど、野菜が苦手みたいなのでこれも軽くフードプロセッサーにかけた。
味付けはどうしよう、人間基準で味付けすると合わないかもしれないな。
「すいません、味付けって薄いほうがいいですか?」
「味付け? よくわからんから任せる!」
全く参考にならない返事が返ってきたから、酒と醤油は少量だけ入れることにしよう。
普段生肉を食べてると言っていたし、きっと味は薄いほうがいいかもしれない。
準備した材料をボウルの中に入れて、よく混ぜてから団子状に丸めて片栗粉をまぶす。
フライパンにごま油を敷いて熱し、作った団子を一つずつくっつかないように並べる。
軽く焼き色がつけたら、水を入れ蓋をして蒸し焼きに。
火が通ったのを確認して、二つの器に盛り付ける。自分の分と彼女の分だ。
自分の分には、だし醤油に片栗粉でとろみをつけた餡をかけ、薄い味付けを補った。
「出来ましたよ。今持っていきますね」
「おっ、もうできたのか。早いな」
「まぁ一品だけですしね」
そう言って、餡をかけていない方の皿を彼女の前に差し出すと、彼女は目を丸くして驚いた顔をした。
「アレがこんなのになるのか! 魔法みたいだ! イクお前すごいな!?」
「そんな大げさな……でもありがとうございます。お口に合うかわかりませんが、どうぞ」
「おう! いただきます!」
なるほど、こういう文化にあまり違いがないところが、並行世界たる所以なんだろうな。
手を合わせて元気にあいさつをした彼女を見て、そんなことを考えた。
彼女は肉団子を口に放り込み、そのまま飲み込む。こういうところは蛇っぽい。
「おっ、美味い! あのバカの作ったワケのわからん料理より遥かに美味い!」
「あ、ありがとうございます」
よくわからない比較をされ、戸惑いつつもお礼を言う。
あのバカというのは、多分居なくなった店主のことだろうけど、ワケのわからない料理って、その人は何作ってたんだ?
「ん? なあ、イクが持ってる皿は何だ?」
彼女はそう言って、ボクの持っている器を指さす。
「これはボクの分です。味付けが違うんで、別のお皿にしてあるんですよ」
「へぇ、それも食ってみていいか?」
「うーん、いいですけど、口に合わないかもしれませんよ?」
「いや、こっちのも美味いんだ、そっちも美味いって」
「大丈夫大丈夫」と言いながら、彼女はボクの手から器を掻っ攫った。
肉団子を口に含んだ瞬間、彼女の顔は先ほどまでの笑顔が嘘のように凍り付き、半泣きになりながらそれを飲み込んだ。
「うえぇ、アイツの作った料理とおんなじ味がするぅ……」
え、そんなに酷いかな?
自分の肉団子を一つ食べてみる。鶏肉よりもしっかりした肉の味がするけど、どこか淡白な味。クセの強い鶏肉って印象だ。
多分この状態で何も知らない人に食べさせたら、普通に地鶏か何かだろ思うんじゃないかな?
強いて上げるなら大葉とかゆずとか、香り付けが欲しかったかなってくらいだ。
次に彼女の分を食べる。ボクの分と比べるとかなり味が薄い、当たり前だけどかけた餡以外、味は変わらない。
うーん、特に問題ないと思うけどなぁ……
やっぱり人間とは味覚が違うんだろう、多分前の店主さんは薄味では作らなかったから、彼女の口に合わなかったんじゃないかな。
そう結論付けて、ボクは彼女の器と水を差し出し、自分の分だけ食べることにした。
「うぅ、でもこっちはちゃんと美味いぞ?」
露骨に美味しくなさそうな反応をしたからか、申し訳なさそうな顔をして彼女がフォローを入れる。
「いえ、多分種族の違いで味覚に差があるんだと思いますよ?」
「そっか、そうだったんだな。じゃあ、アイツの料理は……」
「きっと味付けが味覚に合わなかったんでしょうね」
ボクが答えると、彼女は俯いて「そうか、だから……」とつぶやいて何か考え事をしていた。
「なぁ、イクはこの後どうするつもりだ?」
作った肉団子が全て無くなり、ボクが洗い物をしている時だった。彼女は真剣な顔をしてボクにそう聞いてきた。
……この後、というのはここを出た後のことだろう。
流石に行く当てもないのに、深夜に放っぽり出されるのは辛い。出来ることなら今晩だけ泊めてくれるとありがたいとは思うけど、それは図々しい願いだ。
「イク、もしよかったらウチで住み込みで働かねぇか?」
「……え?」
しかし彼女の口から発せられたのは、予想外の提案だった。
思わず洗い物をする手を止めて彼女の方へ振り返る。
「イクは一人でこっちに来た上に人間だろ? 多分隣界管理のヤツらに言っても信じてくれない。アイツ等は大規模な転移の時しか動かないんだよ。そ、それに丁度料理出来るヤツを探してたんだ!」
最後に言い訳みたいに理由をつけてるけど、彼女はボクのことを心配してくれているのだろう。ボクを見つめる瞳は真剣だ。
きっと彼女の言っていることは本当だ。このまま警察とかに行っても、話は信じてもらえないんだと思う。
それでも彼女に迷惑がかかってしまうんじゃないだろうか、そう考えると返答を悩んでしまう。
「いや、悪い。イクは人間だもんな。アタシ達みたいな人外しか来ないような店で働くのは嫌だよな……」
……ちょっと待って欲しい、今なんて言った? 「人外しか来ない」? それを先に言って欲しかった。つまりここにいれば色んな人|(?)種を見ることが出来るってこと?
どうせ職を失っていたところだし、動物に囲まれて生きていたいボクとしては、ネィさんの素敵尻尾のような特徴を持った人の相手は大歓迎だ。
前言撤回、それに料理ができる人を探しているというのも、ただの言い訳というわけでもないはずだよね。
行く当てもなければ、どうやったら帰れるのかもわからない。そうだ、この提案を蹴る理由はボクにはないじゃないか!
「いえ、その話喜んでお受けします! ボクは行く当てもありませんしね、よろしくお願いします!」
「……ホントか!」
安心した様子で彼女はそう漏らした。
うっ……私利私欲に後押しされたことが少し心苦しい。
でもボクを本気で心配してくれているのが嬉しかった。ボクの私欲は置いておいて、改めて彼女に向き合ってお礼を言う。
「はい、これからよろしくお願いします、ネィさん」
こうしてボクは、ここで料理人として働くことになった。
育に凄い料理の腕がないのは、私の料理の腕に比例しているからなのですorz
前途多難……