蛇と理由
「うわぁ……」
「何だよその顔は、文句でもあるのか?」
彼女について、やたら幅の広い廊下(恐らく彼女の大きさに合わせてあるんだろう)から階段を降り、突き当りの扉を開けると広いエリアに出た。
彼女に案内されたそこは、床のあちこちに穴が開き、天井には蜘蛛の巣が張っているが、どうやら飲食店の様になっていた。
でもそこは電気を着けても尚暗く、机や椅子は欠け、キッチンに隣接しているカウンターは板が外れそうになっている。
入口らしき扉の前には、営業時に外に置くであろうやたら大きい鉄製のA型看板が立てかかっていた。
街に一つはありそうな、なぜか潰れない廃墟みたいなお店。ここはそれを更に悪化させたような場所だった。
さっきまでいた部屋や廊下、というか二階部分はフローリング張りの普通の家といったかんじだったのに、なんで一階がこんなことになっているんだろう?
ここまで激しいギャップを目の当りにしたんだ、ボクの反応は正常なものだと思う。
「ほら、なんか出してやるから、そこのカウンター席で待ってろ」
そう言って彼女はキッチンの方へ向かう。
言われた通り、カウンター席に座ると、カウンターの上は薄らと埃が被っていた。
最近まで掃除していた様に見えるけど、この店は経営してないのだろうか?
そんなことを考えていると、キッチンから彼女が出てきた。
「早いですね」
「まぁ、切るだけだしな」
そう言って彼女がカウンターに置いた皿には、一口大に切った生肉が山の様に盛られていた。
なんだろう、鶏肉か何かだとは思うけど、少なくとも生で食べるタイプの肉には見えない。
「どうした? 食べないのか?」
彼女は皿の上の肉片を、ヒョイヒョイつまんで口に放りこんでいる。
どうやら彼女は生で肉を食べれる種族だったらしい。蛇だから当たり前か。
「いや、すいません。ボク、というか人間は基本、生肉は食べれないかなーって……」
「なんだ、食えないのか? アタシなんかいつもこれだけどな」
「え、いつもって……もしかして、こんなに大きい厨房があるのに、いつも切った肉だけなんですか?」
てっきりすぐ出すために生で出したのかと思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。
驚くボクの声に、彼女はばつが悪そうな表情になった。
「あー、アタシは料理できないからな……」
「え? じゃあ他に料理する人とか居ないんですか?」
彼女が出来ないとなると、調理担当の人はここには住んでないんだろうか?
「いや、一ヶ月くらい前まで料理のできるヤツ、というかここの店主が居たんだけどな? 突然『後は任せた』とか書置きだけ残して、どっか行っちまったんだよ。そのせいで今はアタシが店主ってわけだ」
「それってまさか夜逃げじゃ……?」
「あー、大丈夫だ、多分。アイツは、そういうことはする奴じゃないからな。それにいっつもフラフラしてるような奴だったからな……」
「なんでそれで経営できてるんですか……」
とんでもない回答に、半ばあきれ気味に返すと、彼女はあっけからんとした笑顔で答える。
「分からん! 店の経営に関することは、全部アイツがやってたからな!」
「なんで自信満々!?」
……まあ、この店の経営状況はともかくとして、今は目の前に置かれたこの生肉の山を、何とか食べれるようにしたい。
さっきからお腹が鳴りっぱなしだ。
「すいません、少し厨房をお借りしても良いですか?」
「ん? 別にいいけど、イクは料理出来んのか?」
「出来なきゃ聞きませんよ。そのお肉少し使っても大丈夫ですか?」
「あぁ、いいけどあんまり野菜とか入れないでくれよ?」
あ、ボクの作った料理食べるつもりなんだ……
てっきり生でしか食べないと思ってたけど、ただ単に料理ができないから生で食べてたってことかな?
それに、あんまり野菜入れないでって言葉……胴は蛇みたいだけど、完全に肉食ってわけじゃないんだな。
「他の食材も使っていいんですか?」
「まぁ、アタシが料理できないから、今は店も閉めてるしな。テキトーに使ってくれ」
「わかりました、ありがとうございます」
流れで彼女の分も作ることになったけど、人のために料理するなんてかなり久しぶりだ。そう思うとちょっとやる気が出た。
厨房に入り意気揚々と業務用冷蔵庫を開け、ボクは目の前に広がる光景に絶句した。
肉、魚、野菜、調味料、他にも瓶に詰まったカラフルな液体に、正体不明の震える箱、冷蔵庫からこぼれ出そうなくらいの食材|(?)が溢れていた。
「これは……」
いくらなんでも食材が多すぎる、痛んでるものも結構あるみたいだし……
ボクが冷蔵庫の中身に気圧されていると、彼女はカウンターからこちらに身を乗り出して言った。
「それなー、アイツが居なくなってからも、食材が届いててな? 一応今は止めてもらってるんだけど、それまでに届いた分が溜まっちまってるんだ」
彼女はカウンターに身体を乗せたまま、前後にぶらぶらと揺れ動きながらそう言った。
これ一体どうするつもりなんだろう……?
ボクは食材の行く末という疑問を頭の隅に追いやって、とりあえず皿に積まれている生肉に目を向けることにした。
……結局これ何の肉なんだろう?
「あのー、つかぬことをお伺いしますが、この肉は何の肉なんでしょうか?」
「んー、それか? ネズミ」
「……ネズミ」
そっか、ネズミか。
そうだよね、蛇だもんね、食べるよね、ネズミ。
ネズミ、と言われて少し面食らいはしたけど、多分鶏肉みたいなもんだろう。
そう考えると、食用だろうし普通に見えてきたぞ。
大丈夫、何とかなる……多分。