梟と新装開店
「ぁふ……」
静かな店内に何回目かわからないあくびの声だけが響く。
今日も平和だ……
ガネットさんのおかげで早々に店内のリフォームが完了してから数日。
店として再開できるように片付けや準備などが着々と進み、大きな問題もなく無事に再開に漕ぎ着けた。と、ここまではよかったんだけど……
「……今日も来ませんね、お客さん」
「ふぁ……そうだなぁ……」
依然あくびを殺そうともせずに大口を開けつつ返事をするネィさん。
現在時刻は午後九時過ぎ、今日もお客さんはほぼゼロの状態が続いていた。
"ほぼ"と言っても、連日顔を見せているガネットさんとガズさんの二人を除けば完全にゼロ。閑古鳥が鳴くレベルを通り越しているのが現状だった。
ボクもレシピノートを解読しつつ料理の試作を試してみたりもしているものの、食べてもらう相手がいないので一日数品が限度。流石に処理できない量を作るわけにもいかないしね。
まぁそんなわけで数日前に火を着けたやる気がすでに消沈気味になってしまっている。
それにしても一か月近く店を閉めていたとはいえ、それまでに来てたお客さんが少しくらい来てもいいと思うんだけど……
「ネィさん、ここって以前はお客さんどれくらい来てたんですか?」
今までもこうだったのか、それとももう少しマシだったのか。そんな疑問を口にするボクにネィさんは「んぁ……?」と半分落ちかけていた瞼をこする。
「ん~~…… そうだな、一、二、三……」
ネィさんが数えながら指を折っていき、丁度両手を握ったところで止まった。
「……十人くらいか?」
うわ、思ったよりも少ないな。
「夜でそれですか……あ、もしかしてランチに力を入れてた、とか?」
リフォーム前の見た目は居酒屋みたいだったけど、今はランチがメインの店だって少なくない、ここもそうだったのかもしれない。
「ん? あぁ、違う違う、一日で十人だ」
そんなボクの小さな希望はあっさり否定された。わかっていたとはいえやっぱりがっかり度は高い。
しかしそんな客入りでよく今まで潰れなかったなぁ、この店。必要以上に多い振込みのことといい、もしかして元から金持ち道楽なんじゃ?
いや、でも逆に考えてみよう。人数が少なかったとしても、今まで来てたお客さんがゼロってワケじゃないんだ。その人たちがまた店に来るようになればそれだけの人数は確保できるってことだよね。
あ、でもすでにその人たちに声をかけた後でこれだったらどうしよう……
「一日十人だけだったとしても、お客さんが来てたならその人たちに宣伝したら来てくれるかも……もしかしてもう宣伝してたりします?」
「あー、そういえば再開したって誰にも言ってないな。その発想はなかった」
「……そうですか」
うーん、改善の余地があると喜ぶべきか、ネィさんの中にその考えがなかったことを嘆くべきか。でもとりあえず宣伝さえすれば今の状況を脱却できる可能性はあるってことだ。よし、素直に喜ぼう。
「じゃあ明日から宣伝とかしてみましょうか。どんな人たちが来てたんですか?」
「そうだな、犬とか、猫とか……あと龍のじいさんと、」
「よし! じゃあ宣伝しましょう、明日にでも! すぐに!」
「お、おう。なんか妙にやる気だな、イク……」
と、何故か若干引き気味な反応を示すネィさん。
本当はどんな客層か聞いたつもりだったんだけど、そんなことよりも有益な情報が飛び出した。だって竜だよ!? 定番の犬猫も十分興味があるけど、まさか龍がお客さんにいるとは、是非とも良く良く見たいじゃないか! そりゃあやる気も出るよ。
「ネィさんのやる気がなさすぎるんです! そう、確か何か目標があるんですよね? もっと頑張りましょうよ!」
そして是非ボクの見たことのないお客さんを見せて下さい!
「なんっか怪しい感じがするんだよなぁ……まぁいいか。でも今日はもう誰も来ないだろ、店閉めちまっていいんじゃないか? それにほら、宣伝するならチラシとか作んないとだろ?」
若干訝しみながらもボクの意見を了承して、ネィさんは再び「ふぁ……」とあくびをしながら伸びをする。
面倒くさがりだなぁと思うものの、今日はもう店を閉めてしまうという意見には一理ある。早めに閉店してビラなりなんなりを準備する時間に回してしまってもいいだろう。
それになんだかんだでキッチンの方もほとんど片付けちゃったのも事実だ。
「わかりました、じゃあボクは表を片付けてきます。ちゃんと中の掃除してくださいね?」
「あいよー」
やる気のない返事で手をひらひら振るネィさんを尻目に、ボクは店の表へ向かった。
外へ出ると時間が時間だけに辺りは民家の明かり以外に光源は無く、店の前の通りは真っ暗になっていた。
この辺りは人通りも少なく、ネィさんの言うとおり誰かが来ることもなさそうだ。
そんなことを考えながら掃除を終わらせ、入口前の看板を取り込もうとした時だった。
「――ッ! ――ッ!」
ふと後ろから聴こえる高い声|(?)に振り返った。でもそこには道しかなく、左右を見渡しても誰もいない。気のせいかな?
「――って! 待ってー!」
さっきよりはっきり聴こえる声。聴こえてくるのは……上だ!
顔を上げると正面の空から大きな影がこっちに近付いてきているのが目に入った。その影がだんだん大きくなっていく。
「ってうわわわわ!」
アレこっちに飛んできてる! このままだとぶつかる!
影はかなりのスピードで真っ直ぐこちらに向かっている。どう見ても入口に直撃コースだ。
ボクが慌てて振り返り、入り口を全開にして勢いのままその場に伏せると、
「オイオイ何遊んでんだ? ドアはもうちょっと優しく開け――」
「ネィさん危ない!!」
なんでこのタイミングで正面にいるのこの人!?
「わあぁぁ! どいてどいてどいてーー!!」
ボクが叫んだ直後、影はボクの頭上をかすめるように飛び込んで、そのまま店内に突っ込んできた。
「なぁっ!?」
ドスンと鈍い音を立てて騒ぐ影と驚くネィさんがぶつかり、そのまま揉み合ってゴロゴロと店の奥まで転がって行き、
「ぎゃん!!」
椅子を吹き飛ばしてカウンターに激突してようやく止まった。まるでボウリングみたいだったな……
っていけない! とにかく無事を確認しないと。かなり勢いよくぶつかってたし、怪我をしてないといいけど。
「ネィさん! 大丈夫で……っぷしゅん!」
ネィさんに駆け寄ろうとして店に入ると、ふわふわした何かに鼻をくすぐられてくしゃみが出た。
「?」
顔を上げると店中に羽毛が舞い散っている。なんだこれ?
その答えは床に転がってうめき声をあげる二人……正確にはネィさんの上に重なって目を回している人物|(人だよね?)を見てわかった。
ネィさんに乗っかっているのは巨大な羽毛に覆われた女の子だった。
「二人とも大丈夫ですか?」
ともかく先にネィさんの上で天然羽毛布団と化している人物を揺すり起こす。うわ、軽いな。
見たかんじ外傷はなさそうだ。骨とか折れてないといいけど……
「……ん、うぅ」
「よかった! 君、大丈夫? 怪我とかしてないかな?」
ボクが声をかけると彼女はフラフラしながら身体を起こした。
羽毛ごと持ち上がった彼女の身体はかなり小柄で華奢だった。小さい身体から伸びる両腕両脚は白と茶の斑模様をしたフワフワの大きな羽に包まれている。クリッとした大きな黒い瞳に、羽と同じ模様のフワッと立ったショートの髪が揺れている。足先には鋭く大きな鉤爪が鈍く光っているけど、手は人間と同じ、でも腕は細く人間のそれより長く伸びている。この細さでよく飛べるなぁ……あぁそうか、だからこんなに身体が小さいのか! 腕と脚を覆う羽毛はノースリーブの服とショートパンツの内側まで続いて境界線は分からない。どこからが始まりなんだろう、気になるなぁ。
「んー、だいじょおぶ、だいじょーぶ……ってうひぁ!? えっ! なになに!? 何でそんな顔で胸のあたりを凝視してるの!? それに顔が近いよ!?」
おぉ! 顔に押し付けられた腕が想像以上に柔らかい! これはいつまでも触っていたくなるような……あ、腕を伸ばすと結構広い範囲に羽が広がるんだなぁ。これどの辺りまで羽毛なんだろう? やっぱり気になるなぁ。鳥と同じで皮が伸びてるのかな? でも腕自体は人間みたいだし、この大きさの羽をどうやって支えてるんだ? もっとよく触ってみないと……
「わっ!? ちょっとちょっと! 会ったばっかりなのにそんなに情熱的に羽を撫でるなんて……ひゃぁん!」
「いーつーまーでー人の上乗ってんだ! 早く降りろ!!」
「うわぁっ!」
「やーん!」
あ、ネィさんのことがすっかり頭から抜けてたなぁ……
ボクは羽毛の彼女と共に、跳ねるように起き上がったネィさんに床に転がされながら少し反省した。
申し訳ありません、一ヶ月以上間が空いてしまいました。