童女とアフター
「うわぁ……」
ガズさんに続いて店に戻ったボクは思わず感嘆した。
つい先ほどまで、半壊した古い床とテーブルと剥き出しの下地という状況だったフロアは、一面がベージュとライトブラウンの入り混じったオーク材の床に変わっていた。
ボク達がガズさんを起こすまでの約十分という時間でこれをやってのけたという、ここまで来るともはや魔法の域だ。恐るべしプロの小妖族。
「あんな短時間で、凄いですね……」
「障害物が居なくなったからねぇ。それにまだ板を剥がして新しく乗せただけだよ」
「ちょっ、親方! そんなオレが邪魔みたいな」
「実際邪魔にしかなってないだろ?」
「グゥ……」
ガズさんは反論が即否定されうなだれる。でも今はそんなことより……
「ガネットさん、ここまで終わってるならネィさんが居ても大丈夫だったんじゃないんですか?」
そう、今この場にネィさんは居ない。さっき店に戻ったときガネットさんが「ネィ、アンタの図体だと邪魔になるから外で待ってな」と言って、ネィさんだけ追い出してしまったからだ。
それを聞いたネィさんは頬を膨らませて不満そうな顔をしていたけど、姉貴分のガネットさんには文句を言えないらしく「じゃあ倉庫整理してくる……」と残して来た道を戻ってしまったのだ。
フロアを見る限り、いくらネィさんが大きくても邪魔になるようなことは内容に見えるけど……
「ああ、それはあの子のいないところでボウヤと話がしたかったからさ」
「話? ネィさんが居ると不味いんですか?」
「あー、まあそんなとこだねぇ」
「オレは居てもいいんですかね?」
「うっさいよ! アンタは黙って手だけ動かしてな!」
「ハイィ!」
ガズさんはガネットさんに背中を叩かれて、逃げるように床板を固定する作業を始めた。
ガズさん……
「それで、ネィさんが居ると出来ない話っていうのは……」
ボクは作業を手伝いながら、さっき途中で終わってしまった話の続きを尋ねた。
「そうだねぇ……まず確認しとこうか。ボウヤはここであの子と一緒に働く。そうだね?」
ガネットさんが今までで一番真剣な顔をして、ボクの目を真っ直ぐ見つめてそう聞いてきた。
ネィさんと一緒に働く、それは本気でそう思っているのか? ガネットさんの瞳はそう問いただしていた。
ネィさんの提案を受けたとき、色んな人外達に出会えるかもしれない。そんな打算のような思いがあったのは確かだ。でも今はそれ抜きでもネィさんに協力したいと思っている。
「ええ、他に行く当てもないですし、ネィさんにはとても良くしてもらっています。それに対する恩返しもしたいですしね。少なくとも帰り方が分かるまでは働きますよ」
それに帰り方が分かってもいきなり居なくなったりするつもりはない。ネィさんが店主さんの話をしたときの顔、あれは昔母がボクの前からいなくなったときと同じ顔だった。そのことを再度思いださせるような真似をしたくない。
ガネットさんはボクの返答を聞いて、真意を確かめるようにボクの顔をじっと見ている。やがて視線を外し、それだけが聞きたかったとでも言いたげに作業を再開しながらつぶやいた。
「そうかい、ならいいんだ。さっきね、あの子に通帳を見せてもらったんだよ」
通帳、多分見積もりをしているときにネィさんが見せていたもののことだろう。
ガネットさんはそのまま世間話でもするかのように続ける。
「あの子は店主から振り込みがあったって言ってたけどね、その振り込まれてた金はここで生きてくのに余りあるくらいの額だったんだよ。店なんて再開させる必要は全く無いくらいにね。でもあの子は再開させるって決めた」
それは何で? と聞く必要はきっとないんだろう。
ガネットさんは顔を上げて、今度はボクに直接話すように続ける。
「きっとボウヤなら店主のやろうとしてたことが出来ると思ったんだろうね。まったく、店主のことなんて気にする必要ないのにねぇ」
「あの、その店主さんのやろうとしてたことって……?」
「まぁそいつは自分で確かめるといいさね」
ガネットさんはボクの疑問をそう濁した後、パンッと手を叩いた。
「さて、話はこれくらいにして本気だすよぉ!」
それからのガネットさんはすごかった。スイッチが切り替わったとでも言うのか、話している最中とは比べ物にならないスピードで全ての床を固定して、机やカウンターも全てあっという間に取り替えてしまった。ガズさんもそこそこ早いスピードで作業をしているはずなのに、それが遅く見えるほどに早かった。
ボクに至っては、手伝えるようなことなんて殆ど無くて、ただひたすらに掃除をしていただけだ。
「うわぁ……」
そして二度目の感嘆。
あちこち穴が開いてボロボロだった黒い床は、明るいオーク材に張り替えられ窓から射す太陽光を反射して、穏やかに輝いている。ささくれ立っていた壁も新居のように綺麗になっていた。
軒並み壊れていたテーブルも、ガズさんが運んできた丸みを帯びた厚手の板で構成された丈夫なものに変わっている。テーブルと椅子は組木で出来たデザインで統一され、ご丁寧に高さや大きさを変えられるギミックまで付いていた、匠の技が光っている。
カウンター席は大人が利用することを想定したのか、フロアよりも暗めの落ち着いた色を基調として改修されていた。椅子がガネットさんでも座れる高さまで下げれるようになっているのは自分が使うからだろうか。
「ま、アタイにかかればこんなもんさね」
ガネットさんが自慢気に胸を張りながらそう言った。
「親方、がん、ばり、過ぎですよ……」
ガズさんは満身創痍のようで、床に座り込んで長い舌を出して肩で息をしている。
でも自慢したくもなるだろう。本気を出したガネットさんは二時間もかからずにここまでやってのけている。それは傍らで見ていても映像を早回しで見ているかのような光景だった。
ここまで頑張ってくれたとなると、ネィさんの話をしてくれたことも含めて、なにかガネットさんにお礼をしたくなった。
「そうだ! ガネットさんは何か好きな料理はありますか? ボクが作れそうな範囲なら何でも作りますよ?」
今のボクに出来るお礼はこれくらいだろう。
「何でもいいのかい!? うーん、何がいいかねぇ……」
ボクの言葉にガネットさんは鈴のように響く声を鳴らし、目を輝かせて視線を彷徨わせている。人差し指を頬にあて、首をこてんと傾げる仕草はまるで小さい子供のようだった。思いの外喜んでくれているみたいだ。
「……じゃあハンバーグかカレーを頼むよ!」
「ハンバーグと、カレー……」
食べ物の好みまで子供っぽかった。
「なんだい、好みを言えって言ったのはボウヤだろ? 何か問題でもあるっていうのかい?」
ガネットさんが頬を膨らませてボクを睨む。どうやら顔に出てしまっていたらしい。
気が抜けて子供のような反応をするガネットさんは作業をしている時と打って変わって、頼れる匠のような雰囲気が雲散霧消していた。
「あ、いえ、大丈夫です。ハンバーグかカレーですね」
ガネットさんは子ども扱いされると怒ると言っていたけど、こんなワクワクと擬音が聞こえてきそうな姿を見せられると、そうしたくなる気持ちが分からないでもない。うっかり口を滑らせでもしたら、ボクも過去に怒らせたという人達と同じ末路を辿りかねないから気を付けよう。
「じゃあ準備しますから待ってて下さい。ネィさんも呼んできますね」
ボクがそう言って厨房に入ると、バンッと音を立ててネィさんが戻ってきた。その表情はさっきの不満そうなものとは真逆でとてもご機嫌だった。
「イク! 今夜はバーベキューにしよう! 倉庫でバーベキューするコンロ見つけたぞ!」
ネィさんはは欲しかったおもちゃを買ってもらった子供のようにはしゃいでいる。
ネィさんが指差す先を見ると、たしかにキャンプで使うような大きめのコンロが置いてあるのが見えた。その奥にドラム缶などのひっくり返された倉庫の中身が見える気がするけど、きっと気のせいだろう……
でもガネットさんに好きなものを作ると約束してしまった。そう思ってガネットさんの方を振り返ると、
「ボウヤはこの店に居るんだろ? なら次来た時に頼むとするよ。折角のリフォーム祝いだからね、パァーっとやりたいだろう?」
ガネットさんは仕方ないといった表情で肩をすくめてそう言った。
ガネットさんが次に来るときにはハンバーグかカレー。ボクはそう頭にメモをして、「バーベキュー♪ バーベキュー♪」と歌いながら裏にはへ向かっているネィさんを見送った。
なんということでしょう