童女とビフォー
小妖族
種族全体で小柄な体躯に大きな手が特徴。見た目に反して凄まじい膂力を持ち、大きな手で繊細な作業もこなすことが出来る。職人気質で豪快な性格の人が多く、もの作りの能力に長けている。
男性は若いうちから立派な髭を生やし、女性はいつまでも人間の子供のような容姿をしており、成人は皆一様に酒を好む。
ボクが見つけたレシピノートと一緒に書かれていたメモにはそう記載されていた。
「よしっ、じゃあガズが来るまでの間にやれることはやっとくよぉ!」
ガネットさんは電話を終えて戻ってくるなり、開口一番にそう言って床の端に手を置いたかと思うと―-
「フンッ!!」
ベキッと鈍い音をたててガネットさんの手を置いた部分から先、床板一メートル近くが裂けた。外見は小柄で華奢な女の子だけど流石は小妖族というべきか、ノートに書かれていた通りすごい膂力を見せつけられた。
床板が割れた衝撃で舞い散る埃と木片、ボクとネィさんはゲホゲホと咳き込みながら逃げるように窓を開けに走る。
「ゲホッ、ゲホッ、ちょっ! ガネットさん! 先掃除してからにしてほしいっすよ!」
窓を開けている最中もベキベキと床板はひっくり返される、舞い上がる埃に耐え切れずネィさんが抗議したけど、
「お? ああ、悪い悪い。じゃあ掃除はアンタ達二人に任せたよ!」
ガネットさんはそれだけ言うと、再び床をひっくり返し始めた。
「ハァ……仕方ない、片付けるか」
何か諦めた顔でネィさんが倉庫へ向かい、ボクもそれについて行く。
「ところでネィさんとガネットさんってどういう関係なんですか?」
倉庫へ向かう途中、ボクは気になっていたことを尋ねた。
「関係? そうだなぁ……アタシにとってガネットさんは姉みたいなもんかな?」
「姉……姉妹みたいな関係ですか?」
「いや、ガネットさんはアタシのこと妹っていうより、娘みたいな扱いだからなぁ。アタシが一方的に思ってるだけだから"姉"みたいな存在ってことだ」
確かにガネットさんはいかにもな姉御肌な性格をしているみたいだけど、ネィさんに接するときは自分の子供を見るような目だったかもしれない。
「でもあんなに小さいのにお姉さんって、なんだか不思議ですね」
「イク、お前それ絶対に本人の前で言うんじゃないぞ? ガネットさんが聞いたら絶対怒るから」
「うっ……」
出会い頭にすでに怒らせてしまった気がする。
「なんだよ『うっ……』って……あ、もしかしてさっきアタシが外にいる時聴こえた音って……」
「……迷子の子供と間違えたら頭突きを食らいました」
「うわぁ、よくそれで済んだな。ガネットさんがホントに怒ってたら引きちぎれてたとこだぞ?」
何が? とは聞かない方がいいんだろうな。何にしても無事だったことに感謝しよう……
「あったかー?」
「うーん……あっ! ありました!」
ボクは掃除道具を探して裏庭の倉庫内を漁っていた。ネィさんはこの前運び込んだ荷物が多すぎて、倉庫に入ってすぐに蛇の尾が引っかかって動けなくなっていたから、外で待ってもらっている。
入口から射す明かりを頼りにして、薄暗い倉庫の奥に掃除道具一式を発見したのはいいけど、物に埋もれていて退かさないと取り出せなさそうだった。
「ちょっと待っててくださいね? 少し片付けないと出せそうにないです」
「おう、任せたぞー」
ドラム缶に工事現場の立札にタイヤ、、キャンプ用品に本棚に衣装ケース、使えるものから用途不明のものまで色々退かしてようやく掃除道具を引っ張り出せた。
「すいません、結構時間かかっちゃいました」
「まぁ仕方ないだろ、それより早く戻んないと店が埃だらけになるぞ!」
ボク達は掃除道具を抱えて店へ急いだ。もしかしたらもう全部床が剥がされているかもしれない。
「あら、遅かったじゃないかい?」
「いやー、ちょっと道具出すのに手間取っちゃいまして……って何でガズがひっくり返ってんですか?」
「そのことでアンタ達を待ってたんだよ。ガズのアホが来るなり穴にハマってこのザマさね」
ガネットさんはフロアの床板を三分の一程めくった状態で手を止めていた。倒れているガズさんを足でツンツン突きながら、呆れた顔をしている。入口を開けていきなり床が無くなってたら、そりゃ踏み外すよ……
「アンタ達、コイツをどこかに運んでくれないかい? まったく、邪魔で作業が止まっちまうよ。退かそうにもアタイだと引きずっちまうからねぇ」
そう言ってガズさんの力なく垂れる尻尾を掴んでもてあそぶガネットさん。流石にガズさんがかわいそうだからやめてあげて欲しい。
「ハァ……わかりました、アタシが運んどきます。イク、掃除は頼んだ」
ネィさんはそう言うとガズさんを脇に抱えて店の裏庭へ向かった。ガネットさんもすごい力だけど、片手で二メートル近いガズさんを抱えるあたり、ネィさんも相当だろう。
ネィさんを見送っていると突如後ろでベキッという音が響いた。
振り向くとガネットさんが再び床板を剥がし始めている。ボクは慌ててそれを止めに入った。
「あ、そうだガネットさん! 先にカウンターを塞いでもらえませんか? このまま作業しちゃうと厨房が汚くなっちゃいそうですし」
「ん? ああ、それもそうだね。 ちょっと待ってな……」
ガネットさんはそう言って作業する手を止めた。なんとか掃除する時間くらいは稼げそうだ。
ガネットさんの作業スピードは凄まじいものだった。ボクが頼んでからカウンターを塞ぐまでこの間わずか三分、しかもその時間の大半は木材を運んで来るまでの時間だ。
でもなんとかフロア全体を掃き掃除するくらいは出来た。かなりの量の埃が取れたし、これでさっきみたいに埃が舞い散ることも無いだろう。
「ほら、これでどうだい?」
「ありがとうございます、ガネットさん。それにしてもめちゃくちゃ早いですね」
「まあこれくらい少妖族にとっては朝飯前だよ。ま、その中でもアタシは早いほうだけどね」
ガネットさんはそう言って自慢気に薄い胸を張る。その様子は妙に微笑ましかった。
「あれ? 何してんすか? ガネットさん」
「ボウヤに頼まれてカウンターを塞いでたんだよ」
ちょうど同じタイミングでネィさんが戻ってきた。ガズさんが一緒じゃないところを見ると、外に置いてきたみたいだ。扱いの雑さに少し同情せざる負えない……
「あ、そうなんすか。すんません、余計な手間かけさせちゃったみたいで」
「こんくらい手間にも入らないよ。それより、戻ってきて早々で悪いんだけど、ボウヤと一緒にガズを起こしてきてくれないかい? ガズのせいで作業が遅れちまってるからね? それにアンタ達が離れてたほうが一気に出来るかんね」
そう言うとガネットさんはボク等の背を押して裏庭に追いやって、そのまま裏口を閉めてしまった。
ボク達が呆気にとられていると中から破壊音が響く。早速作業が始まったみたいだ。
「……とりあえずガズさんを起こします?」
「……そうだな、そうするか」
ガズさんは裏庭のど真ん中に放置されていた。ホントに扱いが雑だなぁ……
「おい、起きろガズ! ガズー! ……起きねぇな」
ネィさんが頬を叩きながら揺すってもガズさんは目覚めなかった。
何度か揺すってもガズさんに痺れを切らしたのか、ネィさんはガズさんを担いで倉庫の方へ移動し始める。
「ネィさん? 何をするんですか?」
ネィさんは問いかけには答えてくれず、無言で倉庫のドアを開けてガズさんを放り込んだ。あれ? でもあっちのドアって……
ボクがそう思っていると、倉庫から「コケーッ!!」という鳴き声の後、悲鳴が上がり、ガズさんが転がり出てきた。
「イテテテテテ! 何だぁ!?」
「よう、やっと起きたかガズ」
「あ、姐さん! どうして?」
「ガネットさんにお前を起こすように言われたんだよ」
「ああ!」
ガズさんはそこまで話して自分の状況を思い出したらしい、すごい勢いで冷や汗を垂らしている。
「お、親方は何て?」
「さあな? でもお前が倒れてたせいで邪魔だったって言ってたな」
「ひえぇ……」
「ガズ! 目が覚めたんなら早く手伝いにきな!!」
店の方から甲高い声が響き、振り返ってみると裏口の前でガネットさんが腕を組んで仁王立ちしていた。見た目は小さな女の子が怒っているだけの可愛らしいものだけど、実際は目に見えそうなほどのプレッシャーがガネットさんから発せられている。
「ハ、ハイィ! 今すぐ行きます!!」
悲鳴を上げてガネットさんの元へ走るガズさんの背中は、苦労性の父親の様に哀愁が漂っていた。
大改造!劇的……