ボクと曰くつき
いったい何が起きてるんだろう?
宙に浮き揺さぶられるボクの身体、巻きついている蛇の尾、聴こえる女性の叫び声。
ボクの身体に巻きついている蛇の尾は透き通るような純白だ。種類は何だろう? 大きさはアナコンダもかくやというレベルだけど、こんなに綺麗な白い種類は見たことがないから別の種類かな? それにしてもホントに綺麗だなぁ……まるで陶器みたいに艶のある透き通った鱗、こんなに繊細な蛇の尾は見たことがない。手触りも滑らかで巻きつかれても不快感を感じないくらい気持ちいい……
ハッ! トリップしてた!
蛇に全身巻きつかれるという、人生における夢の一つが叶ったせいでつい意識が。
今考えるべきはどうしてこんなことになってるかだった。
でも、こんなことになる直前を思い返してみても、ボクはただ深夜に目が覚めてトイレに行って出てきただけのはずだ。こんな状態になる要素に皆目見当もつかない。
考えてる間にも徐々に締め付けがキツくなる。
あ、マズイ、なんか身体がミシミシいってる。
蛇は獲物を絞めつけて、全身の骨を砕いてから丸呑みにするというらしい……あれ? もしかしてボク食べられるの?
いや、でも動物好きとしては、丸呑みされて人生を終えるっているのも悪くはないかも……いやいや、流石に死ぬにはまだ早いって!
それになんでこうなってるのか、状況が全く理解できてない。
絞めつけられて血の巡りが悪くなってるせいで、思考がおかしな方向に向かってるみたいだ。
ダメだ、意識も遠くなってきた。
視界の端に写っている叫ぶ女性に助けを求めようと手を伸ばすけど、彼女は全く気付く様子もない。
だんだんと叫ぶ女性の声も遠くに聴こえて、激しく揺れる視界も霞んでくる。
もう……ムリ…………
そして限界を迎えたボクは、いまだ叫び続けている女性を横目に収めながらゆっくりと意識を手放した……
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それはつい先日のことだ。
いつものように働いている動物園に出勤すると、表も裏も全ての出入り口が封鎖されていた。
これはどういうことだろうと従業員用の裏口の前で佇んでいたら、スーツ姿の男性が声をかけてきた。
「万 育さんですね? 私こういうものです」
男性はそう言って名刺を差し出してきた。確かそこにはなんとか弁護士だとか書いてあったと思う。
彼の話を要約するとこういうことだ。
経営困難になった、動物園の経営者と上層部が揃って夜逃げした(元々経営は大丈夫なのかと思うくらいに来園するお客さんが少なかったけど、やっぱり大丈夫じゃなかったらしい)結果、ボクの働いていた動物園が急遽閉園になった。
ボクの住んでいる社宅も差し押さえられるので、一週間以内に退去してほしい。
つまりボクは突如職を失い、住む場所を追いやられようとしていた。
そんなわけで新しい家を探しに不動産屋へ来た。
店主である人のよさそうなおじさんは、見た目に違わず親身に話を聞いてくれる良い人だった。
極力安い部屋を、ということで幾つか候補を挙げてくれたけど、やっぱり即入居可能となると値段の厳しい部屋しか挙げられなかった。
ボクが苦い顔をしていると、おじさんも苦い顔をしながら棚から別のファイルを取り出して言う。
「あんまり薦めたくないんだけどね? 一件だけ格安のワケあり物件があるんだ」
ワケあり……自殺とか殺人でもあったのかな?
でもそれならよくあるワケあり物件だし、おじさんもここまで微妙な顔をしないと思う。
「ワケありって何があった部屋なんですか?」
「今までね、この部屋に入居した人が皆神隠しにあってるんだよ。防犯カメラを着けてみたりもしたんだけどね? 夜起きて部屋を出たと思ったら、そのまま戻ってこないんだ。もちろん敷地内から出て行ってないはずなのに、だ」
うーん、神隠しか。
不審死が続くとか、立地が酷いとかそういうのかと思ってたけど、行方不明になるのか。
「家賃は幾らになるんですか?」
「光熱費込みで月5000え「そこにします!」
即決だった。
だって今までの人が行方不明になったからって、ボクもそうなると決まったわけじゃないし、それに仕事が決まってお金に余裕ができたらすぐ引っ越せば問題ないはずだ。
給料が入らずに放り出された今、少しでも家賃が安いほうが良い。
「ほ、本当にいいんですか? 責任はとれませんよ?」
「大丈夫です、というかそこしか選べないのでそこでお願いします」
「そうですか、分かりました。ではこの物件でご契約ということで。明後日には入居できるようになると思いますので」
さて、住む場所も何とかなったし、帰って引っ越しの準備をしないとな。
正直、一人でいろんな動物の世話ができた職場に未練がないわけじゃないけど、ボクにはどうすることもできない。
出来れば次も動物にかかわるような仕事を探そう。
そんなことを考えながら荷造りをして、二日後には何事もなく引っ越しが終わった。
八畳一間キッチン別、お風呂とトイレは離れに設置されてるけど、文句なしの部屋だ。
逆にこれだけ好条件なのに、他の部屋は全部空室になっているのがなんとも不気味だ。
やっぱりお金が貯まったら早々に引っ越すのがよさそうだ。
そう心に決めて、ボクは荷解きを始めた。
……今何時だろう?
時計を見ると時刻は二時を指していた。
外が真っ暗だから、多分午前の二時だと思う。
そうだ、引っ越しの片づけが終わって、疲れて休んでたらそのまま寝ちゃってたんだ。
とりあえずトイレに行ってから、ちゃんと布団で寝よう。
起き抜けでうまく回らない頭を揺らし、離れのトイレへ向かう。
離れに設置されたお風呂は、複数人で使うことを想定したのか結構大きかった。
この大きいお風呂を明日から一人で占有できると思うと、ちょっとテンションが上がるな。
少し上機嫌になりつつ、脱衣所に併設されたトイレに入った。
何だろう、お風呂も広かったけどトイレもやけに広く感じる。
「ハァ」
便座に座り、思わずため息を吐いた。
とりあえず住む場所は何とかなったとはいえ、仕事がなくなったこととお金がないことに変わりはない。
いきなり職探しをしても時間がかかるだろうし、まずはまかないを出してくれそうな飲食店でバイトでもしよう。
「よしっ」
そうと決まれば明日は朝からバイト探しだ。部屋に戻って早く寝よう。
そう考えながらトイレの扉を開くと、フッと影がかかった。
「え?」
上方から女性の声が聴こえ、思わず顔を上げる。
すると裸の女性の上半身が視界に飛び込んできた。
「キャアァァァァ!!」
先に我に返った女性が叫ぶと、蛇の尾が伸びてきて、瞬く間にボクは縛り上げられ、体が宙へ持ち上がった。
「ヘ、ヘンタイ! どこから入ってきやがった!」
「えっ? えっ?」
色々突然の出来事過ぎて追いつかない。
だって、なんで急に女の人が、とかなんでボクが変態扱いされてるのか、とかそんな疑問が些細な問題になるような光景が目に写っている。
ボクを縛る白くて綺麗な蛇の尾、それを辿った先には叫ぶ女性。
……その白い蛇の尾は、今尚叫び続ける女性から生えていた。
短編で書いた「人外の多い料理店」ですが、いくつか書いてみたい話があったため連載してみようと思います。
スタート地点から書いていくので、短編のようなお話になるまで少し時間がかかると思いますがご容赦ください。
まだお話を書くことに慣れていないため、間違った書き方をすることも多いと思います。もし問題点がありましたら、悪い点だけでも教えていただける嬉しいです。