神様がいたころのお話し
今よりも、世界に島が多かったころ。
今よりも、世界に海の雫が多かったころ。
今よりも、私たち人間は少なく、魔法も使えませんでした。
当時は神様が、か弱い人々を守っていました。みんな、とても幸せでした。祭壇には食べ物が捧げられ、たくさんの人がお祈りをします。
食べ物と祈りは、神様の力になります。そして、それは主に私たちのために使われたと言います。まれに、神の守りが強く現れる子供が産まれました。
人々は、神に愛された子だと大切に大切に育てます。成長した子は、守りの力を役立てて、みんなの生活を豊かにしました。みんな、みんな幸せでした。
しかし、それは長く続きませんでした。人々は、争い始めたのです。
守りの力——魔術——を行使する魔術師と、魔術を使えない人。
自分勝手な魔術師と、心優しい魔術師。
神様への食べ物も祈りも、どんどん少なくなりました。それでも、神様はみんなを信じていました。神様は、自分の子供を人間へと転生させたのです。それは、子供自身の願いでもありました。
強い魔力。優しい心。生前に蓄えた知識。十歳で、大人と肩を並べる体力。
それは、人間にとって脅威でした。
慈しみ見守ってきた人間によって、最愛の息子は討たれたのです。
神様は、守ることをやめ、去ってゆきました。
大地は痩せ衰え、海は干上がります。
人々はなお、争い続け——そして、いなくなりました。
生き物が死に絶えたあとには、不思議な木と泉が残されました。
神の子が転生するときに、こっそり泉の水と苗を隠し持っていたのです。
神様も人間もいなくなった世界で、木はすくすく育ちます。
泉は枯れることなく湧き続け、地に落ちた種を押し流し、運びます。
大地が緑であふれたころ。人間とよく似た生物が地上に現れました。
それは、かつて戦争を嫌い、地底都市へと避難した魔術師の子孫でした。
彼らは魔術を使える者が比較的多く、差別は少なかったといいます。
出身地の付近に留まる者は、木を切り倒し家にしました。
まだ見ぬ土地へ旅立つ者は、木をなぎ倒し道を切り開きます。
神に見放された世界で。
今度こそ、人々は手を取り合い助け合うのだと、誰もが思っていました。
——そう、僕でさえも。
「少し、休憩しましょうか。この水はね、魔法の水なんですよ。汲んできた僕の愛情がたくさんつまって……まだ続きが聞きたいなんて、せっかちですね。それじゃあ、もう少しだけ——」
それは今よりも、世界に島が多かったころ。
あれは今よりも、世界に海の雫が多かったころ。
これは今よりも、ずっと昔のお話しです。