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遥か異界で  作者: 伏桜 アルト
第5章 転移者たちの戦い
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蒼の魔術師

 翌朝目を覚ますとすでにネーベルの姿はなかった。

 身だしなみを整えて酒場の方へと出てみれば、なぜか土下座をするクロードとされるエアリー。

 それを生温かく見守るほかの冒険者やネーベルたち。


「…………なにがあった訳?」

「クロードがね……ま、英雄色を好むとはいうけどやりすぎだね」

「まさか無理やりにエアリーに迫ったとか?」


 だったら許せんな。ここで成敗してくれよう。

 いくら昨日の今日であんなことを見たとはいえ、無理やりならばここで塵すら残さず焼き払おう。

 今の俺ならば岩程度を溶かすこともできるのだから。

 杖はない。手だけをクロードに向けて疑似太陽を作り出す。

 散々火傷しながらも習得した火属性魔法だ。


「クロード……なにか言い残すことはあるか?」


 背後から脳天に銃口を突きつけるように、後頭部にジリジリと太陽を突きつける。

 輻射熱で燃えない程度に調節してる俺はかなりキレかかっているが。

 もしかしたらうっかりで消し飛ばすかもしれないが。


「……一番空気読まねえのお前だよ」

「えっ?」


 間の抜けた声を出した拍子に、太陽が青く光って砕け散った。


「この阿呆」

「状況だけで判断するな」

「そりゃ仕方ねってもんですよ~」


 周りから口々に罵倒され、エアリーがしっかりと俺を見ていた。

 迷いのないまっすぐな視線。

 視線だけで死線の向こう側に押し飛ばされそうなほど強い視線。


「え? えっ? な、なんだよ?」


 レイズは苦笑を隠しながらでも肩を震わせて笑ってるし、クロードはバカを見るような目で俺を見てくる。

 他は呆れだ。

 俺なんかしたか?

 もしかして昨日あっさりと気絶させられていた間に何かあったか?


「…………………」


 なんとも気まずい沈黙ゾーンが形成された。

 周りはがやがや賑やかだ。

 だというのに、いつもなら声をかけてくる余所のパーティの連中が寄ってこない。

 お誘いもかからない。

 ここだけ異質な沈黙に支配されている。


「クロード、ちょっと話がある。表に出ろ」

「この流れでなぜそうなる……」


 反論しようとしたクロードをずるずると引きずってレイズは外に消えた。

 俺の目の前にはエアリーが。

 視界の端では色々と意気投合しているネーベルたちが。


「…………」

「…………」


 異質な沈黙が気まずい沈黙に変わった。

 これはあれか、最後の一撃はエアリー自身が俺に叩き込もうというあれか。

 するとこう来るか? 「私、クロードさんと結婚します!」とか。


「えと……あ……ぅ」


 言葉が詰まっているようだ。

 一体俺にどんな痛恨の一撃を与えようというのだね?


「ぁぅぅ…………」


 どうなるんだろうか……。

 と思っていたら。


 ドンッ!


 エアリーが抱き付いてきた。

 抱き付いてきてのドンッ! ではない、ドンッ! と押されたような音がしてからの抱き付きだ。

 誰が押したか、レイアだ。

 唇だけで「がんばれ」と言っている。

 身体には小刻みな震えが伝わってくる。

 これは抱き付くように見せかけてのグサリ……なんて展開ではないな。

 そもそも「がんばれ」といっている時点で違う。


「エアリー……?」


 震えながらも、若干苦しいと思える力で抱きしめてくる。


「ごめ、ごめなさい、ごめんなさい……わたし……うぅ」


 ほろりと涙が一滴。

 泣かれた。

 とりあえず離そうとすると、もっとぎゅぅっと抱き付かれた。

 あったかくて柔らかい身体が触れる。


「やだぁ……もうはなれたくないよぉ……」


 う、うん?

 昨日は思い切り拒絶したよな?

 俺、殺されかけたよな?

 なにがどうなってこうなった?

 えぇぇぇ……。


「…………」


 隣を見るとレイアが唇だけ動かして「グッジョブ!」と言いながら拳を握りしめていた。

 ドユコトデスカ?

 とりあえずどうしようもないので、背中に手を回してお互い抱きしめ合う形に。

 さりげなく障壁を展開しておいたので周りのヤツラからは見られてないはずだ。

 こんな場面見せるわけにはいかない。


「はいはい、お二人さんそこまで」

「ん?」


 ネーベルが肩を叩いてきた。


「敵だ」


 その一言と同時に盛大に揺れた。

 爆音も何もない。

 あるのはテーブルが倒れる音と木製以外の食器が砕け散る音だ。

 エアリーを、若干無理やりだが、引き剥がして窓の外に目をやる。


『後ろは任せた!』

『クロード、あれはヴァレフォルの手先だ、絶対に殺せ』

『ははっ、ようやく出てきたか』


 見てはいけないものを見てしまった。

 死神そのものと言えるクロードだ。黒色で笑ってやがる。

 殺意に満ちた顔に真っ黒な魔力を纏って大鎌デスサイズを片手に……。

 対照的にレイズのほうはガントレットを填めて、真っ白な魔力? を纏っていた。

 それを囲むのは黒コートの連中。


「皆さん、外には出ないでください。やつらは危険です」


 酒場のざわつきネーベルの言葉で一気に鎮まる。

 その中から剣士が一人出てきた。


「そんなに危険なら、俺たちも一緒にいたほうがいいんじゃないか?」

「そうですね」


 ネーベルが横に腕を伸ばした。

 そして一瞬光るとさっきまで何もなかった手に杖が握られていた。


「では、念のためここの防衛をお願いします。僕としても今回ばかりは少々きついので」

「おうよ、任しときな! 野郎ども、意地でも敵を通すんじゃねえぞ!」


 ガチャガチャと金属が擦れる物騒な音を響かせながら戦闘態勢に移行してゆく。

 ネーベルは俺たちの方を向きながら、


「君たちはここからでないように」


 そんなことを言った。

 俺とて戦える。

 残すべきはエアリーとレイアとあの金髪さんだろう。


「俺も行く」

「ダメだ……と言っても聞かないだろうね」


 宿の外に出てみれば、レイズとクロードが背中合わせで囲まれていた。

 囲んでいるのは黒コートの連中。

 あいつらどっかでみたな……。


「ネーベル! こいつら幻影使いの影だ!」

「はぁ、つまり僕と同系統の術という事かい」


 ネーベルが杖を掲げ、魔力の暴風を巻き起こすとノイズが走ったように黒コートの姿が揺れ、一瞬で塵すら残さず消え失せた。

 それでも続々と路地や通りの向こう側から増援が現れる。


「分担しよう、僕は術者を探すよ」

「分かった。じゃあオレとクロードは遊撃しつつここを護るとしよう。いいよな? クロード」

「ああ、睦月じゃないなら余裕だ」


 レイズとクロードが二手に分かれて進路上の黒コートを瞬殺し始めた。

 レイズは殴殺、クロードのほうは……なんだろうか、青く光ったかと思ったら砕け散ってるな。

 まさか魔法? クロードも使えるようになったのか。


「いいかい、黒コートのやつだけど、ワンピース形式の下まで広がったヤツが敵。前側が開いてるのはいないだろうけど、いたら味方だから攻撃しないこと」


 黒コート……黒コート……片刃の大剣……。


「もしかして睦月のことか?」

「なんだ、知っているならいいか。それじゃ君は適当にやってくれ」


 杖を肩に担ぎ、一飛びで家々を飛び越して行った。

 俺には不可能な芸当だ。

 後ろからは剣士たちがガチャガチャと音を響かせながら出てくる。


「お弟子さん、あんたぁどうするんかい?」


 訛りが酷い魔法使いだな……。


「俺は適当に遊撃する。そっちも適当に頼む」

「あいよ、任せときんさい」


 大丈夫だろうか……。

 ちょっと不安だ。

 でも一時期同じ依頼でパーティを組んだ時に実力は見ているから、なんとかなるだろう。


 ---


 黒コートを焼き払いつつ走り回ること十分。

 最も遭遇してはいけないであろうものと遭遇した。


「お前……何なんだよ?」

「お前こそ何なんだよ?」


 目の前にはディース・ノルンの杖を持ち、背中にリュックを背負った男。


「俺は霧崎アキトだ」

「俺だって霧崎アキトだ」


 これが噂に聞くドッペルゲンガーというやつだろうか。

 見たからには俺は死ぬのだろうか?

 まさか……そんなことはないよな?


「…………」


 霧崎アキトを名乗るドッペルゲンガーは杖を俺に向けてきた。

 俺は宿から出るときにそのままだったから杖は持っていない。

 この状況、真っ向から撃ち合えば負ける可能性が高い。


「やりあおうってのか……」

「俺の偽物は必要ない! 見たら死ぬ、殺せば助かる!」


 んなアホな話があるか!

 突っ込みを入れる間もなく撃ってきやがった。

 水の砲弾だ。


「っ! いきなりかよっ!」


 魔力障壁を展開し、腕で弾く。

 だがさすがドッペル、スペックまで同じらしい。

 弾道を逸らしただけなのに腕が痺れた。


「今、お前が撃った水弾で露店が壊れたぞ! 関係のない人が怪我したんだぞ!」

「だからなんだよ」


 さすがに性格までは同じじゃないらしい。

 いくらキレたところで俺はあんなことは……いや、やるだろうな。


「お前がさっさと消えれば誰も傷つかずに済むだけだろうが!」

「んなムチャクチャな」


 水弾が撃ち出され、時折り氷弾が混じって飛んでくる。

 それを盾で防ぐが、貫通こそしないもののボコボコと凹む、ヒビが入る。

 跳ねた弾が要らぬ被害を誘発させる。


「おいやめろ!」

「お前が消えれば終わるだけだ!」


 チカッと足元が光った。

 それだけは気づけた。

 その瞬間に大爆発が起こった。

 多くの人が行き交う朝の大通りでだ。


「うぐっ……」


 土煙の中で体を起こす。

 障壁のお蔭で直接的なダメージはないが……。


「なんてことしやがる」


 周りには手足の千切れた人や獣人たちが倒れていた。

 他にも吹き飛んだ石畳の破片で大けがをしている者もいる。

 ここで戦えば確実に更なる被害と、無関係な死者が出るだろう。

 だからといって逃げたなら、キレた俺ならどうする?

 周辺一帯を灼熱地獄に変えて追撃するな。

 だから逃げられない。

 だから負けられない。

 引けば無関係な犠牲、負ければ次はエアリーたちかもしれない。

 なんとしても勝たなければいけない時だ。


「けけけっ、かんけえねえやつがしんだからなんだってんだよ」

「てめえっ!」


 土煙を風で押し流す。

 見えたのは真っ黒な自分。

 いつぞやの恐怖が蘇える、が、


「ああああああぁぁぁぁっ!」


 大声を出す。

 身体の底から震わせるような大声で恐怖心を消し飛ばす。


「来いよ、”本物”、エアリーやクロードは殺し損ねたがお前だけは相打ちでもいい、道ずれにしてやる!」


 なるほどな、こいつが手を出していたせいで俺が殺されかけたわけか。

 だったら生け捕りにでもして、クロードにしっかりと恐怖を焼き付けさせたうえでエアリーの貫通水弾で、あの世への片道切符を叩き付けやる必要があるな。


「テメエの報いはテメエがきっちりと受けやがれ!」


 土属性テッラの魔法をイメージ。右手に剣を。

 黄の燐光が舞い、魔力が鋼鉄の剣を形作る。

 偽物に向けて走った。

 作戦なんてない。

 あれが俺をコピーした紛い物なら魔法の撃ち合いなんかじゃ余計な被害をだすだけ。

 それは分かっているから突っ込んだ。


「だぁぁああああ!」


 型なんてない、ただ袈裟懸けに振り下ろす。

 偽物の杖が動く。

 空間が歪む。

 肩に重い一撃を受けた。


「がぁっ!」

「けけけっ……けんなんかにたよるから……けけっ」


 ザザザ ザ ザザ


 頭の中にまたノイズが走る。

 感覚が遠のいていく。


「けけけけけっ、きえろほんもの」

「まだ――――だっ!」


 一瞬で肩の傷を治癒し、空間魔法で切り分けてやる、そうイメージした途端、


「けけっ」


 身体の感覚が消えた。

 何も感じないまま倒れた。


「けけ、けけけ、さようなら、ほんもの」


 ドッペルの杖が頭に突き付けられた。

 なんでだ?

 なんで俺は倒れた。

 ドッペルゲンガーを見たら死ぬという話はいくつも知ってる。

 心臓麻痺で死ぬだとか、徐々に衰弱して死ぬだとか。

 でも、それにしては早くないか……。


「アキト!」


 誰かの叫び声が聞こえた。

 ドッペルの腹を突き抜けて銀閃が走った。

 俺の真横に刃が突き刺さる。


「け……けぇ?」

「浄化せよ、清き水の力!」


 ドッペルの足元からどぷりと水があふれ出し、渦を巻きながら飲み込んだ。

 奔流の中で苦しみもがいている黒い影がぼろぼろと崩れ、消え去る。


「立てる?」

「身体が……動かない」

「仕方ない」


 知らない誰かに支えられ立ち上がる。

 ふわりと揺れる白い髪、先端だけが若干青みを帯びている。

 知らない女の子だ。


「あんた、誰だ?」

「え、覚えてない……いや、仕方ないよね、最後にあったのはイチゴがやられちゃったときだもんね」


 イチゴ?

 誰の……ああ、あの夢の中で見た機体に乗っていた誰かのことか。

 ……まて、それってアレが夢じゃないってことか。


「なあ、イチゴってどうなったっけ?」

「それも覚えてないんだ……フラットライン、死んじゃったよ」


 知らない誰かが死んだ。

 あの夢が本当なら、俺が逃げたから死んだってことか……。


「そうか……ところで、名前は?」

「白き乙女・如月隊所属の……いや、今はフリーランスの蒼月そうづきだよ。呼ぶときはあおって呼んで」

「分かった、蒼」


 支えられながら現場を離れる。

 正直なところケガ人の治療をしたいが俺が満足に動けない。

 この状態でさらに襲われるくらいなら離れたほうがいいだろう。

 それにしても、こんな状況でも意識してしまう。

 いい匂い、可愛い女の子……。

 やめろこの馬鹿おれ

 見ればところどころケガをしているし、あの場所に来るまでに何度か戦っているのだろう。

 背中に背負った……なんて言ったらいいのかな、真ん中の持ち手の両側に刃がついた武器だ。

 それに血糊のように真っ黒な何かがべっとりとついている。


「さっきのやつって、なんだ?」

「私に聞かれても分からない。でもスコールが近くにいるから、何か知ってるかも」

「なんであいつまで来てるんだよ…………」


 不味いな、この状態なら見つかった瞬間に永眠コースまっしぐらだ。

 いや待て、逆に好機だ。レイズもいることだし、レナたちの居場所を聞き出せれば。


「アキトはあの戦いを生き抜いたんだね。グングニルの掃射をどうやって耐えたの?」

「グングニル?」

「ほら、十二月二十五日に空から降ってきた光の柱」


 十二月二五日。

 これは記憶にある。

 ベインに連れられて一度もといた世界に帰った時の日付だ。

 でも光の柱のほうは記憶にないな。


「ごめん、レイズにやられてからの記憶がない」


 あのあと変なところに転移しましたなんて説明しづらいからな。


「そっか。レイズって説明なしにやるからね」


 確かにそうだな。

 四年前のあの日、あのときだっていきなりだった。

 説明もなくウィリスを殴り倒して、レナたちを昏倒させて……。

 そして説明が面倒の一言で戦いになって。


「それにしても、ほんとに覚えてないの?」

「なにを?」

「私たちのこと、如月寮のこと、電脳部隊の臨時戦闘員でエースだってこと」

「わからない。記憶はあるんだけど、なんか整理できてなくて」

「万年引き籠もりのアキト、二刀流の魔狼って呼び方は?」

「引き籠もりのほうなら覚えてる」


 あればっかりは忘れられないからな。

 と言っても、その時の記憶でさえ絶対に確かだと言えるかどうかなら、言えない。

 思い出せばところどころで途切れている部分がある。

 その途切れたところで俺が何をしていたのかが分からない。


「これからどうするんだ? レイズに合流でもするのか?」

「うん、空に信号弾が打ち上げられていたから」


 そうして支えられながら歩き、騒ぎを知らない人がいる場所まで来ると変な目で見られ始めた。

 特にケガもしていないのに支えられる男と、ケガをしている女の子だもの。

 変な目で見られながら歩いていると路地からクロードが出てきた。

 こっちもこっちでパーカーが破れているあたり、それなりの戦闘をしたようだ。


「おい、クロード」

「なんだアキ――――」


 振り向いたところで、俺を支えている蒼を見て固まった。


白き乙女(ホワイト)の蒼月か」

漆黒武装小隊ジェットのクロードだよね」


 支えの肩を離されて地面に座り込む。

 蒼が俺から離れて一対の剣を構える。

 クロードも逆手で二本のナイフを手に取る。


「なんでここにいるの?」

「なんでだろうな。まあ、それはともかくとして、俺たちの関係は未だに敵同士で継続か?」

「レイズからは何も言われてないし、漆黒は一二月二五日の戦闘で全滅したはず。なのに何で生きてるの?」

「一二月の二五日……ああ、ミスリル採掘場の奪還戦の日か。全滅ってのはほんとだったか……」


 一瞬だけ遠いところをみたようなクロードがすぐに切り替えた。


「輸送ヘリごと黒焦げだったよ。あんな高火力な兵器はあの場になかったし、それほどの魔法士もいなかった。そしてアイツは付近にいた」

「そうかそうか……これでさらにあのクズ野郎を殺す理由が増えた」

「そんなことより、戦うの?」

「条件次第だ。お前を襲えばスコールが来るか? 今更だが、聞き出しておきたいことがたくさんあるからな」

「実力行使を厭わないの?」

「もちろんそのつもりだ」

「そう…………」


 蒼月の周りに火が、水が、土が、光が、風が顕現する。

 クロードの周囲にも赤、黄、緑、青色の陽炎のように揺らめく何かが顕現する。

 こいつら……どっちとも四属性以上を同時に……?


「蒼月、今回ばかりは手加減なんてしねえぞ」

「それは私もだよ。昔からあなたたち漆黒ジェットとは何度も交戦して、ケガ人しか出なかったのはお互い決め手になる一手がなかったから。でも今の私にはこれがある」


 カチンと両手に構えた双剣を打ち鳴らす。

 なんだろうか、あの双剣が蒼の魔力を吸い取っているように見えるけど。


「俺にも魔術がある、レイズ直伝だ」


 クロードの周りにさらに火焔の塊が舞い始めた。

 それも拳大のものが数十個だ。


「なんでレイズがあんたなんかに……」

「さあな? でも、使えるものは使うだけだ」


 ざわり、と空気が異様な雰囲気に変わった。

 瞬間、


「術式解放・マインドブラスト!」

「征け、焼き尽くせ!」


 クロードから放たれた火焔弾と、蒼が放ったすべての魔法を混ぜたような光線が、互いの間でぶつかり合い消滅する。

 後に残るのは目に見えるほどの濃密な魔力の残滓。


「っ!」


 気づけばクロードが蒼に接近していた。

 クロードが振るうナイフ、それだけじゃなくてさらに至る所からナイフが飛来する。

 上空から地上へ、地面すれすれから急所を狙って、視覚外から背を狙って飛び来るナイフを蒼は弾き落とす。

 だが落ちたナイフはすぐに消え、クロードの手の中に戻っていた。


「短期間でよくこれだけ……」

「こちとら覚えてる範囲で十年以上経ってんだよ」


 振り上げられるナイフを剣で叩き、あらぬ方向から飛来する火焔に水弾をぶつけレジスト。

 だんだんと加速する二人の動きをそろそろ追えなくなってきた。

 剣戟の甲高い金属音と魔法のぶつかり合いの音だけが響く。

 いつの間にか土煙と壊された魔法から溢れた魔力で姿が見えない。


「大丈夫なのかこれ……うぉっ!?」


 弾かれたらしいナイフが飛び出してきた。

 よく見れば見覚えがあるぞ、これは。

 ……ああ、そうだ、クロードに渡したトラクト・ダガーだ。

 こんな形で使われるなんて……複雑な気持ちだ。


「いつまで守りに徹するつもりだ」

「そっちこそいつまでチクチク攻撃するつもり」


 ガァァンッと凄まじい音が響く。

 あれってクロードはナイフだよな? よく手が耐えられるな。

 その後も連続して爆音が響き、ナイフと剣がぶつかる音が響いた。


 ---


 五分後。

 俺は体に力が少し戻り、座った体勢でそれを眺めていた。


 街の一角が酷いことになっていた。

 建物は崩れ去り、地面の石畳は砕け散り、それでもなお土煙を巻き上げながら、姿を見せないまま戦闘を続ける二人がいる。

 すでに周りには野次馬が大勢集まっているというのに。

 今戦っている二人がどれほど危険かも知らずに、ただの喧嘩と思って見物する人たちをどうするべきか。

 俺は放っておく。

 今まで受けた依頼で喧嘩の仲裁なんてものがあったが、そのときに野次馬を退かせるのは至難の業だと知っている。

 だから放っておく。しかも跳弾によるケガは見るために近づいたやつの自己責任だ。

 しかしいつまで続けるのやら、よく体力が……。


「うっ……!」


 全身に嫌な感覚が走った。

 これはスコールだ。生存本能が危険種の接近を知らせている。


「あ、うぐぁっ……スコールか……」


 土煙の中から血が飛び散った。

 苦悶の声はクロード。

 斬られたか?


「蒼、ケガはないか?」

「大丈夫だけど……」


 土煙が晴れると、茶色に汚れた三人が見えた。

 スコールはいつぞやと同じように刀を持っている。

 その刀身には赤い液体。

 地面にクロードの腕がぼとりと落ちていた。


「スコール……てめえ」

「そんなに睨むな、治せるだろ」

「治せるが斬り落とさなくてもいいじゃねえか!」


 落ちた腕を拾い上げ、切断面に押し付けると瞬く間に繋がった。

 あれくらいの治癒なら俺でもできるな。


「ったく、破れた服は縫って直さないといけないんだから……」

「修復用の魔法もあっただろ」

「使えねえんだよ! つか、お前に聞きたいことがある」

「悪い、時間がないんでな」


 言うなりスコールは、蒼の手を取って走り去った。

 途中、札のようなものを取りだすと、緩やかな風が吹き、服に付いた土埃を払い落とした。

 残ったクロードは俺を変な目で見てくる。


「なんだよ」

「いや、昔のことを思い出しただけだ」

「?」

「俺はお前に負けたことが何度もある。あのころのお前は人間っつうよりか、戦闘機械ウォーマシンだったな」

「なんのことだ?」

「覚えてないならいいさ。ほら、掴まれ、一人じゃ立てないんだろ」

「すまん」

 

 クロードに支えられ、宿に戻った時にはレイズやスコール、蒼の姿はなかった。

 代わりに、ネーベルに冗談抜き、比喩抜きで磔にされて、足元から火炙りにされている誰かの姿があった。

 両手、両腕、両脚に複数の杭が乱雑に撃ちこまれ、そこからは嫌な臭いが溢れる。

 ある程度焼くと火を消して傷を癒し、尋問して吐かなければまた繰り返す。

 酷い。

 尋問の内容は誰かの居場所を聞き出そうとしているようだが、磔にされているやつは「知らない」の一点張りだ。


「やあ、遅かったね。僕はこいつの拷問を続けるから、君たちは休んでおくといい」


 爽やかな笑顔の裏に、いままで感じたことがないほどの悪意と憎悪を感じた。

 本当にあんなネーベルは見たことがない。

 相手はそれほどのやつという訳か。


「そいつ、誰だ?」

「君が殺そうとしているクズの手下さ」

「その拷問、俺も参加していいか?」

「殺さない程度ならお好きにどうぞ」


 俺を支えているクロードからも殺気とでもいうべき、変なピリピリしたオーラが湧き出た。

 俺が部屋に戻された後からはより一層悲痛な絶叫が辺り一帯に響き渡り始めるのだった。


次回更新は6月13日の予定です。

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