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遥か異界で  作者: 伏桜 アルト
第4章 敵対者の離岸 
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 閑話 地道な作業の末に

 広大な広間の中央。

 赤い絨毯の上に座る男の手元で火花が散る。

 あの日以来、寝る以外はずっとこうしている。

 赤紫と金を混ぜた色の燐光を纏いつつ指先から眩い閃光を放つ。

 その閃光は足に付けられている輪を赤く熱し、徐々に徐々にとかしている。

 ……ナノメートル単位でだが。


「どうじゃ? 少しは溶けたかの?」

「少しはな、少しは。これほんとに現存する物質か? オリハルコンとかアダマントとかトラペゾヘドロンとかの変なもんじゃないだろうな」


 現在ベインは風属性ヴェントゥス火属性イグニ時属性テンパスの魔法を同時に使用している。

 同時に全属性使うことも不可能ではないが四つ以上ともなると制御しきれないために、実質使用はできない。

 最初はガス溶断しようとしていたのだが、正体不明の物質を熱するだけにとどまり、3000℃程度では力不足と判断。

 方式を切り替え、不活性ガスを集めながら超加熱しプラズマを発生、アーク放電を利用しての6000℃のアーク溶断を実行中だ。

 一番早い方法ならば自分の足を切断して生属性ヴィタで治すという方法があるが、誰もそんな方法はいくら早くてもやりたいとは思わない。


「ふむ、作ったのがスコールじゃからなあ、十二分にあり得るのう」

「……最悪ダークマターとかの未確認物質ってこともあるか」


 時属性テンパスによる概念的な融解速度の加速を行ってなおのナノメートル単位での融解。


「……チッ、こうなれば方法変えるか」

「まだなにかあるかのう?」

「あるさ、水はすべてを溶かすという最強の論が!」

「……はて?」


 龍の王にはそんなことは理解できない。

 むしろ”この世界の”知的生命体で理解できるものはいないのだろう。

 科学ではなく魔法が常識なのだから。


「まあ、見てろ」


 アーク溶断を取りやめ、今度は水属性アクア魔属性ディアブル、そして時属性テンパスを使う。

 透明な水が虚空に吹き出し、そこに黒と金の燐光が混ざり宿る。


「化学的には溶けやしないが物理的には溶けるんだよ」

「そんなことならばこの城もとうに溶けておろう」

「まあ、溶けるっていっても確認できないほど微量なんだがな」


 魔属性ディアブルの腐食、時属性テンパスの加速。

 概念的補強として水属性アクアの真水。

 不気味な色になった水を足かせに流しかける。

 ぶしゅぅー! と熱せられていた足枷が一気に冷却される。

 だがその程度では割れることすらない。


「…………」

「…………」

「………………」

「……………………」


 観察すること五分。


「…………」

「ダメじゃな」

「……いや、溶け始めている。成功だ」


 この融解速度いけば今日中には溶けきるだろう。

 なんとも長い長い長い拘束であった。


「あぁ……やっと動けるようになる」

「よかったのう、ベイン」


 その場に両手を広げて仰向けに倒れる。

 集中力のいる作業を朝っぱらずっと続けていたお蔭で精神的にけっこう疲れている。


「はぁ……あっ」

「どうした?」


 ベインは何かを思いついたようである。


「なあ、じいさん。今ローラントで戦争やってるよな」

「うぬ」

「それに俺が参戦したらどうする? ローラントの全勢力とミズガルドの全勢力の戦いなら、レイズの友人としての参戦も可能。さて、あんたならどうする?」

「どうすると言われてものう……儂ではなく娘が勝手に起こしたことじゃからのう……」

「どうせ終了条件は普通に代表者を無力化すれば終わりだろ?」

「そうじゃが……孫を連れ戻したくはあるしのう」

「理由を聞かせてくれ、言わないなら言わないで俺は戦うし、碌でもない理由ならもっと戦う。まっとうな理由ならそっち側についてやってもいい」


 王は悩んでいた。

 理由は言わずもがな。

 いくら身内とはいえ国の存続を第一としているため、直接の王位継承が関わる子以外の扱いはかなり劣悪だ。

 ここで言ってしまえばどうなることか。

 ベインの実力はレイズになどには遠く及ばないが、それでも一勢力の長。

 動けない状態であれど広範囲を更地に変える程度は出来てしまう。


「すまぬベイン!」


 王は王座の隣に立てかけられた豪奢な大槍を手に取った。

 そしてベインへ向けて飛翔、穂先を狂いなく心臓へ向け飛ぶ。


「残念だ」


 寝転がった状態で右手を王に突き出す。

 その瞬間、動きが止まった。

 まるで空間に縫い付けられたように、ピタッという擬音が似合いすぎるほどに。


「我、ベインはここに参戦の意を宣言する」


 ぽっ、と空中から紙切れが落ちた。

 それをくしゃりと掴み取る。

 記述された内容を読みはしない。

 立ち上がり、広間の入り口に目を向ける。

 衛兵たちがぞろぞろと入り込み、後ろから場違いなドレスを着た竜族の女が現れる。

 腕には包帯が巻かれ、忌々しそうにベインを見る。


「そのケガ、クレナイにやられたな?」

「ええ、あの娘はいつからあんなに乱暴になってしまったのかしら」

「そりゃいままでずっと押さえつけてたあんたらが原因だろうな」


 ガリッと奥歯を噛む音が聞こえた。

 衛兵たちが武器を構え、ベインもいつの間にか金に光る水弾を作り出していた。

 当たれば動きの止まる水弾。

 時を司る時属性の性質の一つ『停止』。

 実際には星の核を基点とした完全固定。


「破滅を齎す者……」


 誰かが言った。


「その中二病的な変なケニングやめてくれないか?」


 いたって冷静に対応するベイン。

 その呼び名の由来は魔属性と時属性を使った、触れた物を瞬間的に塵にするという無慈悲な魔法からだ。

 効果範囲内に入ったすべてを容赦なく腐食させぼろぼろにする。

 例外はベインが設定する対象外、それ以外は何もない。

 

「や、やりなさい! いくらアーククラスでもこの人数ならば――」

「おいおい、忘れたか? 俺がマスタークラスでもないのに勢力リーダーやれてる理由」


 あざ笑うように言って、戦いは始まった。

 まったくもって想定外の場所で決着は着く。


次回更新は5月14日の予定です。

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