閑話 ウルフパックとグリムリーパー
少し前、アキトが砦を作ったころのお話
「―――――えぇぇぇいい!! 結局一人か!!」
我ながら馬鹿なことをしてしまったと思いつつも、凄まじい逃げ足だけは止めない。
靄のかかる、鬱蒼とした森の中を駆け抜ける。
ちらりと後ろを振り向けばどこかから伸びてくる、鋭利な先端の触手。
もうかれこれ八キロは走ったと思う。
それでもあの触手どもはしつこく追跡してくる。
「シギャアァッ!」
前方の木陰から飛び出してきた、真ん丸目玉に二本足の不気味な魔物を捉える。
目玉のくせして人間のような足と凄まじい脚力が特徴だ。
アイランナー……そう呼ぶことにしよう。
目玉が走るのだからそのままの名前だ。
だが命名は簡単なもののほうがいい。いちいちそんなことで無駄な時間は取っていられない。
早く帰らないと森の入口に残してきたフィーアたちが心配だ。
触手によるエロイベント方向ではなく、森の付近を根城にしている盗賊が襲われていないかが心配なんだ。
男とくればフツメン以上であれば食いに行くシャルティ、誰彼かまわず気に入らないやつは灰にするフェネ、敵対者は存在した痕跡すら残さずに分解するフィーア、死なせても構わないのであれば死ぬまで精気を吸い取るアル、ここ最近自衛のためならば殺すことを躊躇わなくなってきたエアリー。
あの盗賊どもは厄介ではあるが、かなり腕のいい道案内でもある。
そんなやつらが運悪く遭遇して全滅でもしようものならば、この森――アルハザード周辺の移動がかなり大変になってしまう。
「邪魔だどけ!」
右手を前に突き出し、周囲の魔力をかき集めて魔法陣を形成する。
その中に魔力で細々とした図形や文字を作る。
すると一瞬にして赤く輝き始めた魔法陣から炎が放たれ、アイランナーを焼き払う。
練習の甲斐あって今では何かをしながら複数の魔術を扱えるほどになっている。
「アイゼン!」
そもそも今のこの状況。これの元凶ともなった知り合いの名前を呼ぶ。
当然返事なんか返ってこない。聞こえるのは後ろからの気色悪い触手の音だけだ。
少し思い出せばあの依頼からしておかしかった。
レイズと別れたあの後、アルハザード南部の街まで移動したまではよかった。
そこで思いのほか大食らいだった仲間たちのお蔭で、大した量もなかった貯金があっという間になくなったのだ。
仕方ないから稼ごうとギルドに顔を出せば、なぜかそこにいた昔の仲間たち。
「手早く稼げる仕事があるんだが、一緒に来るか?」なんて言われてイエスと即答したのが不味かった。
そいつらのパーティと一緒に目的地に行けば、魔の森と言われるアルハザード。
その奥にあるマンドラゴラの採取が依頼内容。
連絡役として入口に数人残して森に突入。
入った当初はよかったのだ、襲ってくるトレントや緑色の小人――ゴブリンを葬りながら進んでいたから。
それでもあの触手が出た途端に散開しやがった。
最初から囮役として連れてこられたと気づくのが遅すぎた。
前にもやられたことがあるというのにすっかりと忘れてしまっていた。
「イフリート、焼き払え!」
赤色に彩られた陽炎のような人形が出現し、腕を振るう。
呼応するように接近していた触手が焼け落ちる。
レイズの専属契約と言っていたが、呼べば瞬間で姿を見せ、命令にも素直に従ってくれるいい召喚獣だ。
正直なところ専属契約であるのに、契約者以外に素直に従ってしまうところは、忠誠心的にどうなのかと思うが。
「アイゼン! どこいったぁ!!」
たぁ……たぁ……たぁ……、空しく俺の声だけが木霊する。
自分の足音を完全に消し、周囲の気配に意識を向ける。
…………。
離れたところからわずかにだが戦う音が聞こえる。
援護に行くか行かないか。
囮に使われた以上は腹が立つために行きたくないが、見殺しにするほどの付き合いではないため援護に向かう。
木々の合間を縫って走ることはしない。
飛べるのだから空まで上がって敵に急襲する。
「死神!」
下からこちらを見上げる仲間。
魔狼傘下のアイゼンヴォルフというパーティ。
少数ながら精鋭揃いで、そこらの武装集団相手では互角以上の戦いを見せる。
一時期は俺も共に戦っていたやつらで、一言で表すなら山賊だ。
やりかたが酷い。一つ出すならステルス状態で敵を襲う、その本隊に襲われたと文句をいう、慰謝料をぶんどるといった手口を平気で行うやつらだ。
「逃げろ逃げろ! 龍だ!」
「ちっきしょう、なんでここに出るんだよ」
逃げるアイゼンヴォルフの後ろからは亀のような甲羅を背負った龍がのそりと歩いてきていた。
その動きこそ遅いが二十メートル級の大物だ。
甲羅には苔が生していたり、小さな木が生えていたりとかなり長生きしていることをうかがわせる。
おそらくベインあたりなら一撃で葬り去れる程度の雑魚だ。
「離れろ!」
警告と共に固まって逃げていたやつらが散り散りになる。
巻き込む可能性がなくなったところで火の魔術を使う。
ちょうど龍の真上に小さな炎を灯し、俺の能力で酸素のみをそこに集める。
ドッッ! と爆発が起こり、龍の背にヒビが入る。
あれだけやってヒビ。赤く焼けていいほどの熱も発生したはずなのに。
「死神! もっぱつたたっこんだれぇ!」
「頼むぞぉー!」
完全に丸投げしてきた馬鹿どもに少々呆れながらも、俺は龍の真上に飛び上がった。
先ほどの熱で空気が焼け付くように熱い。
だがそんなことは気にせずに、負の加重から正の加重に切り替える。
さらに龍の背にあるヒビを基点に俺自身を引き寄せ、強烈な蹴りを打ち込む。
今度は水っぽい破裂音が響いてどす黒い血が飛び散った。
ただそれだけ、そしてさらに不味いのは打ち込んだ足が抜けないこと。
「あ、やべっ――」
龍が不意に横転した。
まるで背中の俺を押し潰すかのように。
「縛りの言の葉がまだ有効なはず! ―――――!」
頼むぜレイズ、今来なくていつ来るよ?
………………。
…………。
……。
ゼロコンマ一秒。たったそれだけの時間で白が炸裂した。
瞼を閉じてなお、眼球を貫いて頭の後ろまで突き抜けそうな純白の光。
その光の中からふわりと舞うドレスの裾が、白く大きな天使の翼が、汚れを寄せ付けない真っ白な肌が出現した。
「…………」
「とりあえず助かった、ありがとう」
「一つ聞く、お前召喚に変な干渉はしてないよな?」
「してねえし、そこまでのことはできねえ」
「……あぁ! もう、なんだよ! メティの変な呪いはどこまで強力なんだよ! そもそもなんでイーサを通過するときはどうもないのに出た瞬間に素粒子レベルで身体が造り替えられるってどんだけ無駄に精密な呪いなんだよ、もう!」
レイズがぐちぐち言い始めたので俺は無視して龍の素材を剥ぎ取りに行くことにする。
いちいち他人の愚痴を聞くほど器は大きくないんだよ。
「よう死神、お前ほんとに反則な能力だな」
「いんや、それゆうよりさ、俺らと仕事した時の適応力の高さを褒めるべきだろう」
「それよりもスコールと並んで統合軍の全戦力相手に戦ったときのほうが」
「それいったらあの日本のガキもすごかったよな」
かつての仲間たちが口々に勝手なことを言い始める。
だんだんと関係のない方向にそれ始めているのでその流れを圧し折る。
「テメェらマンドラゴラは採ったんだろうな?」
「おう、このとおり」
籠いっぱいの醜い赤子のような見た目の草があった。
どれもこれも厳重に口元が塞がれ、叫び声を上げることができないようにされている。
ほんとうにこの世界には危険な生き物がいっぱいだ。
「ついでに龍の素材も持っていけ、売れるんだろ?」
「ああ、鱗と皮は武具商人に。骨と肉は冷凍して運ぶとして……魔石はどうする?」
「魔石?」
「ほら、そこに転がってる石だ。俺らみたいな異世界の住人はこいつを吸収して魔法を使えるようになる」
「へぇ」
死骸のまわりに転がっている魔石を回収する間、アイゼンヴォルフのパーティは龍を解体する。
生きているときは恐ろしく固いくせして死んだら簡単に切れるのは……。
と言ってもスコールやらレイズが用意した刃物を使ってという条件付きではあるが。
それにしても、こんな石っころで魔法が使えるようになるねぇ……どういうことだろうか?
「なあ、レイズ。この」
「お前は使えないぞ」
「聞く前から答えるなよ……、で、使えないって?」
「こないだ言ったように素質だ。お前は魔法のない場所で生まれて育ったから、身体が魔力を受け付けない。それは分かるよな、魔力中毒になったことだし」
「ああ、それは分かる。でもそれを言ったらアキトはなぜ使える?」
「さあ? 生まれが若干魔法のある桜都だったからじゃないか? 詳しいことは知らんが」
明らかに分かるほどのさっさと帰りたいオーラを出しつつの対応。
嫌ならもういい、さっさと帰ればいい。
「んじゃ、帰るわ」
「……思考を読んだ?」
こくりと頷くレイズ。
プライバシーもなにもあったもんじゃねえ。
「帰る前に一つ。この世界の魔法のルールは?」
「ふむ……………………知らん!」
「溜めに溜めてそれはないだろ!?」
「いやだってだな、オレが使う魔法は世界0の『世界の法則を欺いて望む状態を創り出す』っていうモノであって余所の世界の法則まで知らんのだよ」
「ちょい、今すぐに分かる範囲でいいから調べろよ」
そういうと至極面倒くさそうに、服が汚れることも厭わずに地面に座り込んだ。
そして目を閉じて、身体の周りに魔法陣を出現させる。
若干の青みを帯びた白い魔法陣だ。
マイクロメートル単位でわずかな隙間を開けて次々に魔法陣が展開されていく。
全く文字の使われていない魔法陣……?
違う、魔法陣の帯のような部分がすべて文字だ。
逆だった、文字以外が何も使われていないものだ。
「……いや、まさかな」
信じられないといった様子で首を振る。
「どうなんだ?」
「ルールがない」
「はい?」
「ルール自体がない、使えると思えば使えるし、使えないと思えば使えない。さらに言えば魔法のレベルだなんだってのも単なる自己暗示……使えますって思い込みだ」
「なんだそりゃぁ……」
「いや、オレも初めて知ったよ。……なるほどなぁ、だから別の世界の魔法まで簡単に使えるわけだ」
この世界はいったいどうなっているのだろうか。
一時期スコールから魔法については聞いたことがあるが、
どうやら壊れかけた世界や、どこか歪んだ世界でしか魔法は使えない。
そして世界のそういった部分が魔力やもう一つの対応する何かになっているとか。
「つまり、リソースはあるが使い方までは決められていないと?」
「そういうところだろぅ―――ひぃぃぃっ!」
俺の後ろに何を見たのか、レイズは瞬間移動並みの速度で俺を周り右させた。
「うぉぉぉぉぉっ!?」
ほぼ反射的な攻撃だった。
後、数センチで俺を串刺しにするところだった触手を焼き払う。
もうすでに反射で重力操作じゃなくて魔術を扱える自分が怖い。
こう、なんていうか、魔術とかって年単位で身に着けるものじゃないのだろうか。
「おぉう……まだまだいるなぁ」
「く、くろーど、しょ、しょくしゅは、触手だけはダメだ」
「意外な弱点だな」
後ろで龍を解体していたアイゼンたちも自力で応戦しているようなので放っておく。
仮に死にかけたとしても放っておく。
俺を囮に使った以上はどうなっても知らん。
「さてぇ……焼き払……える量じゃねえ、逃げる!」
踵を返した瞬間、レイズを狙って地面から突き出してきた触手に絡めとられた。
そのままうねうねぬるぬるのべちゃべちゃな気色悪い触手に釣り上げられる。
ナイフを抜いて切りつけるも、ぬるぬるの粘液のせいで切れない。
魔術を構成しようにも振り回されるために照準できず、イフリートは俺ごと焼き払われる可能性があるから使えない。
「ちょ、えっ! ひぃぃああ!! 来るな、くるなぁ!」
がむしゃらに炎をまき散らしながら腕だけでゴキブリのように逃げ回るレイズ。
俺が知る限りスコール以上に強いやつが、触手系モンスターであの様だ。
「おい、レイズ」
「く、くくくくくろーど!? ヘルプ!」
ついに触手に絡め取られて持ち上げられる。
片足だけを持たれた逆さ吊り状態。
当然ドレススカートはめくれ上がって下着が露出する。
汚れのない真っ白なショーツだ。
そして真下に触手の本体……パック○フラワーみたいな牙だらけの口が生えてきた。
「ひ、ひィィィィィィィィィーーーッ!?」
落とされて、パクッ……とはならなかった。
器用に牙を掴んで空中一回転、そのまま脱出しようとしたところで下半身を喰われた。
「う、うわっ! い、いま舐められた! べろんって! べろんてぇー! ひりひりするぅぅぅぅ、つかこれ消化液!?」
そのパック○フラワー……化け物から伸びた触手がレイズを口に押し込もうと首に、肩に、胸に絡みついている。
圧力で身体のラインがきれいに見え、つるっと滑ってなんとドレスが脱げた……。
ぷるんっとそれなりのバストが解放されて揺れる。
そのまま遠慮なく引きづりこもうと強く圧迫しながら、レイズをさらに深く飲み込もうとしている。
「ひぅぅんっ!? あひ、ちょ、そこはダメだ!」
もぐもぐと咀嚼するようなかんじで化け物が動き始めた。
どうやらじたばた暴れるレイズを意地でも喰おうとしているようだ。
「く、喰われる……誰でもいいから助けろ!!」
懇願するように叫ぶが、俺はどうにもできないし、アイゼンたちも徐々に引き離されていっている。
ちゃっかり素材だけは持っていくところを見ると賊の精神は深く根付いているな。
……待てよ? あいつらがいなくなった場合は俺も喰われ……。
よし、こうなればとるべき行動は一つ。
「レイズ、構わないから食べられてしまってくれ」
「…………おい?」
レイズで化け物の食欲を満たしたところで俺は逃げる。
あいつは不死だから、完全に消化されたところで土の中からゾンビよろしく蘇ってくるだろう。
「聞き間違いじゃないよな……なんか今、不穏な言葉が聞こえたような……」
「お前が食われて俺は逃げる!」
「…………」
レイズがぜひとも助けてほしそうなうるうるした瞳で俺を見つめている。
助けますか?
はい
→いいえ
迷わず選択した。
好感度アップのイベント? フラグ?
そんなものは要らない。
レイズの正体がアレなわけでそっちの趣味はない俺にとってはどうでもいいことだ。
「ひゃうんっ!?」
敏感なところをなめられたのか、素っ頓狂な声を出してさらにレイズの身体が沈み込んだ。
「んんっ、あ、そこはぁぁ……」
なんだか下半身がとても大変なことになっているようだが助けようがない。
ないったらない。
あるとすれば重力嵐でまとめて吹き飛ばすことだが、下手すれば俺が死ぬのでやりたくない。
「ひゅぃぃんっ! や、やめ……そんなとこ舐めんなぁ!」
触手に振り回されつつ眺めているうちに、レイズの顔が蕩けてきた。
頬が赤く染まり、呼吸が荒くなっている。
ああ、あれはもうじき限界だな。
腕の力が抜けた時が、胃袋に堕ちる時だ。
「……スコール…………スコォォォルゥ!」
苦し紛れに、飲み込まれる瞬間に叫んだ最後の言葉がそれだった。
さようならレイズ、君のことは忘れない。
そう、心の中で思った瞬間、強風が吹き荒れた。
まるで鎌鼬、周囲の木々を、触手を切り刻む。
風がやむと切り刻まれた化け物と、スコール、そして完全にドレスを溶かされ裸体でねちょねちょのレイズが座り込んでいた。
「……俺も降ろしてくれないか?」
「……バカかお前ら」
呆れた声で解放された俺たちは森を脱出した。
レイズは完全に腰を抜かしており、スコールが背負うことを拒否したために俺が背負うこととなった。
……ぬるぬるで気持ち悪い……性的な劣情よりも気持ち悪いのほうが勝る。というかそれ一択しかない。
---
森を抜けた。
そして俺が懸念していたことが起きてしまっていた。
テントの周りには山賊の死体と灰の山と、妙に艶々したシャルティとアル。
結局こうなるんだなぁ……帰り道どうすんねん。
とりあえずは汚れを……ぬるぬるの粘液を洗い流すために近くの川に移動する。
ここニヴルヘイムにはいたるところに枯れた川があって、辿ればいつかは大きな川にたどり着ける。
ばしゃばしゃと水音がする。
どうやら先に逃げたらしいアイゼンたちが水浴びをしていた。
「よう! 死神」
「…………チッ」
ヤられてなかったのがなんとも残念だ。
そのほかの男どもや女どもはどうでもいい。
こいつだけは残念だ。
今からでも重力的なグラブで森の中に投げてやろうか……。
それか純粋に斥力で逆バンジーってのもいいかもしれない。
この世界は大気圏やらどうなってるのかは知らないが、それなりに打ち上げてしまえば……。
「いやー、それにしても強いっすねー」
水浴びをしていた男勝りな女性が話しかけてくる。
パーティ・アイゼンヴォルフには実力さえあれば、そして口が堅いなら誰でも入れる。
こいつもそんな一人、確か斥候だったはずだ。
「お前ら相手にやりあったら互角だと思うがな」
「またまたご謙遜をー。刀剣の奴ら相手に一人で遅滞戦できるだけでもあたしらよりよほど強いじゃないっすか」
「だよねー、わたしもクロードさんにだったら抱かれても……」
水浴びをする前から水浴び中(ほぼ裸)の女性陣が集まってくる。
いい加減にこの気持ち悪い汚れを落としてしまいたい俺はガン無視で川床まで潜った。
ここの川は、川のくせして水深が湖並みに深い。
上を向けば光がぼんやりとしか届かない深さだ。
「……ごぼがばっ!?」
変な殺意……というよりは喰われそうな気配を感じて振り向けば鮫が。
いや、違う? レイピアのような顎……カジキか!?
人の頭くらいなら一口、その大きさの口をパックリと開けて俺目掛けて突っ込んでくる。
恐らくはレイピアで串刺しにして食うつもりなんだろう。
だが、ちょうどいい。ここで仕留めて晩飯にしてやる。
流体制御系の魔術を組み上げる。
魔法陣の色は透き通る青。
重ねて濁った蒼の魔法陣も構築する。
ボグンッ!
カジキの一撃を一歩横にずれて回避、そのまま後を追うように手を向ける。
征け!
魔術を放つ、水中の二酸化炭素をカジキの進む先に集め、さらに川床全体の水流を操作する。
エラ呼吸ってところは地球のカジキと変わらんだろう。
常に泳いで新鮮な水を取り込み続けないと死ぬのなら新鮮な水を二酸化炭素たっぷりにしてやればイチコロだ。
そしてそのキルゾーンに飛び込んだカジキ。
表すなら頭のうえに「!?」というマークを浮かべてもがき苦しんでいる。
よしやった! そう思ったとたんに今度はカニが現れた。
軽自動車並みの大きさ。
真っ白い甲殻に大きすぎるハサミ。
まったく……この世界の生き物の基準ってなんなんだろうか。
重力制御でカニの関節を圧し折って、カジキの死骸を抱えて川を上がった。
潜っていたのは約二分。
それだけだったのに川べりにアイゼンヴォルフのやつらが集まっていた。
どうやら潜ったまま上がってこない俺を心配していたらしい(金づるがいなくなるという意味で)。
そういうわけでイライライライラ……食材を渡して、火と風の混合魔術で身体を乾かしつつテントに戻った。
テントに戻ると裸のレイズと、それを襲って? いる淫魔がいた。
なぜ俺のテントにいるのかはこの際、気にしない。
「見なかったことにしよう」
俺はそっとテントから離れ――
「助けろクロード!」
ていった。
あいにくと助ける義理は――
「帰れなくてもいいのか!!」
あるな。
断然あるなぁ! 助けない理由が一っつもないですねぇ!
さっとテントに入り込んでシャルティの尻尾を引き抜く思いで引っ張る。
大抵の尻尾があるやつはここが弱点だ。
引っ張れば痛がる。
「ぎにゃぁぁぁっ!!」
引っ掻き攻撃をかわして頭の角を掴んで引き寄せる。
このままテントの外にたたき出――
「おっ返しぃ!」
せずに、蝙蝠のような翼で顔面を殴打され、さっと俺の背中に回り込まれる。
そして髪を引っ張られていたレイズが勢いで俺にぶつかる。
たわわに実った柔らかい果実が前後から計四つ押し当てられる。
シャルティを背に、レイズを腹に倒れる。しかも二人とも裸!
さらにそこでテントの布が開けられた。
「え……クロード……?」
涙目のフィーア。信じられないという面持ちで俺のことを眺める。
フィーアの肩が震えている。無表情なのに口元がひきつったような笑みになっていた。
……まずい、解きようのないかなり重度の誤解が生じているようだ。
「やっぱり……その……大きいほうがいいんだね」
まな板と揶揄されたところで反論の余地がない自らの胸を押さえながら言う。
違う、それは違う。
「それに、あ……えと、レイズも……」
目じりに涙を浮かべ、
「ごめんね」
そのままテントを離れて行った。
………………。
…………。
……。
「さて、誤解を解く前に一発ヤっておこうか、レイズ」
「賛成だ、こいつにはきついお仕置きが必要だな」
さっとレイズが飛び退き、俺が身を反転させてシャルティを押さえつける。
その間にレイズが魔術で縄を作り出し、拘束する。
そして作業中にまたもテントが開けられた。
「…………悪い、邪魔したな」
すっと、静かに閉められ、気配無くスコールは立ち去って行った。
…………フィーアよりもこっちのほうが不味い。
いや、気まずいところは何度も経験しているが、アキトなら力で黙らせればいい。
こっちはまず、そういう一般的な手段がなにも通用しないんだ。
シャルティを縛り上げて三度目のミノムシ状態にしてから俺たちはテントを出た。
俺はフィーア、レイズはスコールのほうに話を付けに行く。
またも服のなかったレイズにはまたも俺のパーカーを貸すという状況。
あれはあれでエロいのではなかろうか?
服一枚で下は何もない。
まあ、そんなことは放っておこう。
探しに行こうか、そう思ったが俺のテントの裏側から変なオーラというか気配を感じたので回り込んだ。
するとフィーアが体育座りで顔をうずめていた。
「その……さっきのはだな……」
「分かってる、事故、うん、事故だよね」
……いいのか、おい。
「ロリコンのクロードだもん、いくら飢えててもレイズは襲わないよ」
……むしろ酷い! そして反論できない!
「おい……フィーア」
呼びかける。
ちろっと俺を見上げる目には、いたずらな笑みがこもっていた。
「んっ」
……はぁ、つまりやれと。
目を閉じて唇を向けてくるその意味はまあそういうことで……。
俺はかがみこみ、その唇に口付けをした。
ああ、この状況は……こっちに来る前の世界だったら一発でムショ行きだな。
「ふぅ……んん。ねぇクロードぉ」
べたべたと腕に絡みついてくる。
昔っからだが、あの一件以来さらにべたべたしている。
「続きは中で」
「うん」
テントの中に入って存分にかわいがった。
---
「んで?」
あからさまに不機嫌オーラをまき散らすスコールを相手にレイズは色々と言い訳をしていた。
「いや、だからあれは……まあなんというか、オわったからちょっと解放されたいなー、なんて思ったりしたわけで……」
「それで”意識”だけ飛ばしてここに来たと。まーた無駄に高度な術を使うことで」
「つーよりか、オレの体はどうなってる? まさか……」
「干からびてる」
「はぁっ!?」
「と、いうのがもっともな状況だな。三人も相手によく耐えたな……まあ部屋の臭いがアレだったからさっさともどって後始末しないとシャワー程度じゃ落ちないほどに染み付くかもな」
チーンという擬音がぴったりなほどに、レイズは口をあんぐりと開けたまま固まっていた。
そもそも息抜きのために中継界に踏み込んだところでクロードに呼ばれ、酷い目にあっている。
まったくもって息抜きができていない。
「ああ、くそう。替えの服を注文しといたのに……」
「取ってきてやろうか?」
「ほんじゃ頼むわ、たぶんアキトが持ってるだろうからついでに助けて来い」
たぶんアキトが、の時点でスコールは露骨に嫌そうな顔をした。
「まあ、”命令”じゃなくて”お願い”だ。やってくれるか?」
「ついでがメインか」
「そうだが? 気に入ったからオレのほうに引き込もうかと」
「あぁ? クロード似た性質だからか?」
「まあそんなところだな。クロードも初めの時は近寄ってもどうもなかったが、さっきはかなり不味かったな、血を吐くかと思った。無意識のうちに膨大な魔力を動かすなんてやつはそうそういやしない」
「へぇ、あいつもか」
「お前もだろ、アキトは蓄積、クロードは排斥、お前は吸収と固定」
「そうだな」
言いながらスコールは空を見上げる。
そこには雲がなくなり始め、夕焼けなどない夜空へのモーフィングが進んでいた。
「なあ、オレの目的はヴァレフォルとオレの……いや、レイシス家のやつらを消す、そしてみんなで暮らせる世界だが、お前の目的は?」
「ああ、そういやこれで”二五六回目”だが直接は言ってなかったな」
「聞かせろよ」
「もう知ってるだろ、ヴァルハラのときに聞いてたろ?」
「あぁ……そして”その後の”はなんだ?」
「言わない」
「言え」
「断る」
「だいたいわかるが、力づくでも止めるぞ」
「…………」
「その場合、お前の目的と矛盾する結果が起こるかもな」
「まあ、そのときになったら決めようか。もしもの場合はもう一度だ。あと二回なら魔法は使える」
「その魔法のために、苦労して獲得した”魔法を使う”ための素質を全部つぎ込むのはどうかと思うがな」
しばしの沈黙が続き、スコールは立ち上がった。
ぱっぱっと砂埃を払い落とし、歩き始めた。
レイズもそれに続く。
パーカーは脱ぎ、魔法でクロードのもとへと送る。
「それじゃ、まずは”お願い”を叶えるとしますかねぇ」
「ときどき思うんだが、もう少し性格が良かったら女が寄ってくると思うぞ」
「……見た目で判断されるだろ」
「オレの個人的な判断でいいなら中の下だな」
「…………」
「…………」
「お前んとこのハーレムから一人抜けるぞ」
「さすがにそれは……なぶり殺しにされても知らんぞ」
「だから寄ってこなくていいんだよ」
どうでもいい会話をしつつ二人の姿は闇に溶けて消えた。
次回更新は5月8日の予定です。




