路地裏の龍姫
ギルドから出た俺は妙な気配を感じた。
なんだろうこれは……そうだ、あのヤンデレ……もといクレナイの気配だ。
本能が危険生物として完全に記憶してしまっているのだろうな。
天敵が近づくと第六感が危険信号を出すような感じで本能が危機を訴えているんだ。
でもなんでここで感じるのだろうか?
なんらかの理由で逃げているのなら、わざわざこんなところにいる必要はないだろうに。
「……」
ウィリスも俺の隣でじっと目を閉じている。
まるで気配を探るように。
俺も真似して目を閉じる。
別にその道の達人というわけでもない俺に気配なんて分かるわけない。
そう思ったが、視覚を遮るだけでほかの感覚がとても鋭敏になった……ような気がした。
斜め後ろの方向からちくちくと刺すような赤い線が感じられる。
「いや、はなして!」
確かに聞こえた。クレナイの悲鳴だ。
「行くぞ、アキト!」
瞬間ウィリスの姿が消え、同時にゴンッ! と金属がひしゃげる嫌な音が響いた。
ギルドのすぐ横の路地からだ。
俺も魔力障壁を展開しつつ、すぐに飛び込む。
「なんだ、貴様は?」
「通りすがりの傭兵です、つっても納得しねえだろうな」
そこではウィリスがぼろきれを纏った誰かと全身甲冑フル装備の兵士を相手にしていた。
ぼろきれを纏ったほうは雰囲気的に兵士から逃げているようだが。
「いいや、ちょうどいい。傭兵なら金で動け、我々がそいつを捕獲するのを邪魔しなければ報酬を出そう」
「っ……」
「見た感じ、嫌がってるが?」
「そんなことはどうでもいい。そいつを捉えるのが任務だ」
「そうか、いくら出す?」
「白金貨十枚」
「おぉ、そりゃ大金だ」
兵士がジリジリと距離を詰め、ウィリスは片手に例のブレードを顕現させた。
出力を落としているのか随分と控えめな長さだ。
「そのまま大人しくしていろ……」
そこで事態が動いた。
正確にはウィリスが一瞬消えた瞬間に兵士が一人吹き飛んで、気づけばぼろきれの誰かが俺のほうに弾き飛ばされてきた。
反射的にそれを抱き留める。
「貴様っ! 我々を誰だと思っている」
「さあな? 少なくとも、いいやつには見えないな」
「この……ならばテロリストとして処分してやろう!」
兵士たちが剣を抜き、体中から赤色のオーラが立ち昇る。
ウィリスのほうもブレードの出力を大幅に上昇させる。
「ははっ、ローラントの正規兵にしちゃなってないな」
……おい、正規兵だって?
俺たちこれからそこに用があるからなるべく、いや、絶対に関係を悪化させたくないんだけれども。
カァァンッと甲高い音がして剣が叩き折られる。
「こっちは気分で誰かを助けるくらいには柔軟だ。お前らみたいなやつらには負けない」
ガチャガチャと金属の擦れる音が聞こえる。
いつの間にやら路地の入口側からも兵士が来ていた。
未だに抱き留めたままのぼろきれの誰かさんを見れば、案の定クレナイだった。
普段はキリッとした活発そうな顔だったのに、今や土埃で汚れ、涙で頬が濡れていた。
あのヤン100%で俺に死を感じさせたクレナイではなく、悪い人に追いかけられる少女の顔だ。
「そこの男! 女をこちらに渡せ、そうすれば見逃してやる」
「断る!」
流れ的に、はいオーケーとは言えない。
だけどクレナイもそれ相応のことをしたから追い回されてるんだろうし……。
「小僧、知らないようだから教えてやる。
これでも我々は王宮直属の近衛だ。
その女が迷子になっていたから連れ戻しに来ただけなのだ」
「ならなんで武装してんだよ、迷子を連れ戻すだけなら武器なんて要らないだろ」
ああ、自分で言っておきながらどんどん悪い方向に話が進んでるなぁ。
「もしもの時は武力行使も許可されている」
もしもの場合、それは今、俺の後ろでビリヤードの玉みたいな感じで弾き飛ばされている雑魚を言うんだろうな。
”正規兵”なのに”傭兵”に、しかも一対多数で負けてる時点でもう雑魚。
「いや! 私はもう軟禁状態の生活なんて絶対いや!」
軟禁状態って……、そしてそれを聞いた兵士のほうも顔が変わった。
余計な事を言われる前に捉えてしまおうという顔に。
さて、厄介ごとにわざわざ首を突っ込みたくない俺である。
ここで渡してさようならしても後でウィリスが綺麗に片づけてくれるだろう。
俺の死というオマケつきで。
それを考えると、もう竜族と敵対とかどうでもよくなってきた。
現時点で敵たくさん。それも反則級のやつばっか。
なら人よりも少し強い程度の竜族を敵にしたところでなぁ。
あぁ、やりたくないけどやろう。
「ハッ!」
唐突に腕を突き出してからの、詠唱なし火炎弾。
避けられまい。
「っ!」
兵士はその火炎弾を咄嗟に抜いた剣の柄で脇に逸らした。
反応速度早くないですか!?
そして高速で振り下ろされる鋭い刃。
俺は咄嗟に腕で顔を庇い――パキィンッ!
「なっ、にぃ?」
矛先が綺麗に折れた。
呆気にとられている兵士の後ろに破片は飛ぶ。
くるくる回って宙を舞い、路地の入口を塞いでいた兵士の首にトスッと刺さり、声なく崩れ落ちた。
「!?」
倒れた兵士に駆け寄る剣が折れた兵士。
事故なんです。
今のは本当に不幸な事故なんです。
俺はヤるきはなかったんです。
あなたの運が低かった自業自得の事故なんです!
「貴様よくもっ!」
逆切れ? した兵士が俺に殴りかかってくる。
とりあえず止めるために腕を突き出した。
突き出してしまった。
「うおおおぉぉぉ!」
腕が当たった鎧はへこみ、勢いよく路地から撃ちだされ、
「げふ……」
動かなくなった。
ヤってしまった。
意図せずにヤってしまった。
それも二人も。
路地の入口には首から噴水のように血を噴き出す兵士。
通りにはすでに動かなくなった兵士。
き、気にするな、今のは正当防衛だ。
やらなきゃやれてたんだ。
だから俺は悪くない、悪くない!
「アキト! 今のうちに宿まで走れ!」
「……でも」
「さっさと行け! こいつら近衛じゃない、偽装した賊だ!」
「えっ?」
「背中の翼を引っ張ってみろ」
言われたままに引っ張るとぽろっと外れた。
しかも触った感じは紙だ。
「本物なら俺たちが殺されてる。たぶんその辺に展開してるやつらも偽物だ」
偽物、賊。
そう聞いていつかのスプラッタを思い出す。
賊が相手と分かった途端に罪悪感が薄れた。
「そんな、じゃあ私が逃げ回ってたのは……」
「この賊どもだ。だけど正規軍もお前を探し回ってる」
路地の奥、ウィリスのほうを見れば一人を残してすべて凄惨な光景になっていた。
残った一人は首筋にブレードを当てられ、ガチガチ歯を鳴らしている。
「どこの所属だ?」
ウィリスが尋問を開始した途端、ガリっとなにかを噛む音がして首ががくっと落ちた。
スパイ映画とかでよく見る、歯に仕込んだ毒か?
「はぁ、面倒な……。魔石を回収しとけ」
「魔石?」
「そこに落ちてるだろ」
指さされた方向、死体のすぐそばに黄色い珠が二つ転がっていた。
それを拾い上げると久しぶりに例の声が頭の中に響いた。
『地属性魔法Lv.2の登録が完了しました』
久しぶりの魔法取得。
ベインが使っていた便利な魔法だ。
これで野宿も安心だ。
……って考えてる場合じゃないな。
魔法は奪えないって聞いたのに、なんでウィリスは平然とこれのことを言ってくる?
「なあ、これって」
「俺たちだけの特権だ。殺した相手の魔法を奪える」
言いながら路地の入口を警戒する。
「どういうこと……?」
「別の世界から飛ばされてきた俺たちにはこの世界の理はあまり適用されてない」
おいおい、今更ながら割と重要なことを聞いたぞ。
「まあ、教えたらレイズがうるさいだろうから詳しくは言わないが」
路地から出るとすでに通りの両サイドはガチガチに固められていた。
フル装備の兵士の格好の中に明らかに山賊風味が混じっている。
「なるほど……こいつら無翼者か」
「なんだそれ?」
「翼のないやつらの事だ。ローラントじゃ翼のあるなし、そして大きさで立場が決まる。
それで立場の弱いやつらが集まった勢力がノーウィング」
なるほど、労働者組合みたいなものか。
俺たちの退路を塞ぐやつら、見る限り”翼”があるやつはいない。
だが角や尻尾、鱗があるやつは大勢だ。
しかも人間まで少し混じってるし。
「さーて、”戦争”するか」
「戦争って、これは小競り合いじゃないのか?」
「個人間ならそうだ。だがこれは勢力同士のぶつかり合いにする」
ぶつかり合いに”する”?
「ラグナロク、サブリーダー権限においてノーウィングに対し宣戦を布告する」
「承諾する」
ウィリスがそう言い、相手側が承諾すると虚空から溶け出すように四枚の紙切れが出現した。
一枚はウィリスに。
一枚は俺に。
一枚はクレナイに。
一枚は相手の中で偉そうなやつに。
その紙には参加する人員、規模、規約、終了条件まで事細やかに、綿密に記載されていた。
そして参加人員の欄に書いてあることを見た瞬間、おかしいことに気づいた。
相手方も気づいたようだ。
「ちょっと待て、何の冗談だこれは?」
「規定に従い、同盟関係の勢力が戦争に及んだ場合は自動的に参加。我々はミズガルド所属の全勢力で相手をする」
紙に記載されている数を見れば、相手側はローラント、ノーウィング他少しなのに対し、
こちら側はラグナロク、セインツ、エスペランサ、紅龍隊、他数百。
「今なら、交渉次第ではこの馬鹿げた戦争を取りやめることはできるぞ」
「そ、それは全面降伏しろと言うのか?」
ウィリスが無言で頷き、しばらくの沈黙が場を支配した。
戦争ってもっとも非効率的な外交の手段だろ?
でもこれは数の暴力による脅しじゃないか。
「いいでしょう。その戦争、受けて立ちますよ」
ぴりぴりとした空気の、この場に不釣り合いな女性の声が響いた。
「勝者がすべてを奪い、敗者はすべてを失う。この世界のもっとも基本の分かりやすい理ですもの」
深紅のドレスを纏い、背に大きな紅い翼を携えた竜人だった。
腕には包帯を巻き、赤く不思議な色をしたその瞳は危険な光を宿していた。
その女性を見るや、周囲のやつらは一様に膝をつき、いつの間にか俺たちを包囲していた兵士たちが見える。
背中には本物の翼。
「おいおい、国の指導者がこんなことに首を突っ込んでいいのかよ」
「構いませんよ。こちらとしては娘を取り戻すことができればそれで参加を取りやめますし」
「そうか、じゃあ始める前に少し”話し合い”をしようか。”国”が”正式”に出てくるとなると、
略式での開戦はちと不味いからな」
「ええ、そうしましょう」
こうして訳も分からないうちに戦争になってしまった。
後で聞いたことだが、ウィリスもまさか”国”が出張って来るとは思ってもなかったらしい。
次回更新は4月28日です。
ほぼアキト視点で書いているので分かり辛いところがたくさんですね……。




