遭遇戦 blow in a Squall
ニブルヘイム西部。竜族の支配域ローラント。
西部は山脈が走り、いくつかの空中都市が存在する。
空を飛ぶものは空に、地を行くものは地に住まう。
これが絶対の掟であり空を舞う力を失えば即、地に追放される。
海底洞窟を抜け、数日歩いても依然として目に映るのは荒野。
変わったものと言えば遠くに霞んだ山々が見えてきたことくらいだ。
この場所はヴィーデン荒野というらしく、ここを抜ければ街があるのだとか。
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そいつは、俺たちの進行方向から何かから逃げるように走ってきた。
白髪、赤い瞳、上半身は裸でネックレスをつけ、カーキ色のカーゴパンツをはいていた。
馬に乗るでもなく、竜に乗るでもなく、ただ逃げるように走ってきた。
しきりに後ろを振り向きながらあわただしく走る男だ。
「こんなところで遭遇するとは……」
ベインがぽつりと漏らした。
「兄上……?」
フライアもそんなことを言った。
いったい誰だ?
久々に解析スキルを使用した。
すると、
『解析不能』
ただそれだけが視界に表示された。
えぇ……。ちょっと待とう。
今までは文字化け表示だったのにこいつに関しては解析不能の一言で終わってるよ。
「兄上!」
フライアが飛び出した。
「兄上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
猛烈な勢いでダッシュしていった。
恐らくボ○トを上回るほどの速さで。
「ずっとお会いしたかったですぅぅぅぅぅぅぅ!」
綺麗すぎるフォームでのダッシュだ。
そして綺麗なフォームで跳躍する。
ほとんど地面と平行になるような形でフライアはその男目掛けて飛翔した。
ちょうどその男への到達時点でフライアの腕が首に抱き付けるような見事な跳躍だ。
そのままいけば感動の再開とでもいえるような場面になったんだろうな。
うん、思いっきり失敗コースだよ。
「なぜ避けるのですか!?」
その男がひょいと横にずれて、フライアは一人寂しく大きく前転して着地した。
男だけがこっちに走ってきてベインの前で止まった。
「よ、よおベイン、ちょい助けてくれ」
「……なんでここにいるんだ?」
「強姦されそうになったから逃げてきた!」
「「…………」」
俺とベインは顔を見合わせて、
「「何言ってんだ、てめぇは!?」」
同時に言い放った。
ある意味うらやましい展開だな、おい!
掘られるほうのだったら地獄だけどそうじゃないほうならうら…げふん、げふん。
「なあベイン、助けてくれよ、このままじゃ俺の体がもたん」
「んなこと言われてもな……」
ベインと話していて背面ががら空きだったその男にフライアが抱き付いた。
「兄上、兄上、兄上ぇ! やっとお会いできましたぁ……」
なんかもうフライアの顔が大変なことになってる。
今までと比じゃないぞ。
にやけているような、恍惚としているような……、簡単に一言でいえば発情した雌のような……。
「おい、アキト、これ見てみろ」
ベインが何やら青い半透明のパネルを渡してきた。
どうやらこの男の解析結果らしい。
【???】
種族:人間なのかすら疑わしい
職業:世界最強……?
【スキル】
???
???
???
???
【固有スキル】
???
魅了
【召喚獣】
イフリート
ウンディーネ
シルフ
ノーム
【魔法】
光属性Lv.8420
魔属性Lv.8398
破壊力:???
速度:???
射程:???
持続力:???
精密動作:???
魔力総量:???
成長性:なし
チート野郎がここにもいたぁぁ!!
しかも『魅了』持ちかぁ!
よしよし、魅了の効果はだいたい分かった。
封印されててよかったよ。
「それじゃあ、俺たちはここまま行く。フライアと仲良くな。ほら行くぞ、アキト」
ベインに引っ張られる。
あの男はフライアを振りほどこうと必死になっている。
「おいベイン! ちょっと待てぇ!!」
「元気でなぁ、ハーレム野郎」
「おいぃぃぃぃ!!」
後ろからの空しい叫びを聞きながら俺たちは歩き始めた。
というか、いいのだろうか? 放っておいても。
と、歩き始めて数十歩で前方に人影が見えた。
「っ! 不味い!」
「あれって……スコールか!?」
前から歩いて来るのは黒いシャツに軍用の迷彩ズボン、黒いグローブに刀を持った絶対に遭遇したくないやつだ。
さっと解析を発動させると、『存在を認識出来ません』と。
「妙なところで会うな……ま、さっさとレイズを仕留めて次に行きたいんだが」
はっ……?
こいつ、今レイズを仕留めるつったか?
「レイズを仕留めるってどういうことだ!」
ベインが構えながら聞いた。
手にはすでに色とりどりの魔法弾が用意されている。
臨戦態勢だ。
「そのまんまだよ。計画のために贄になってもらうだけだ」
カチャッと金属がぶつかる音が鳴って刀が抜かれる。
白鞘の野太刀だ。
俺の知ってる情報じゃ、白鞘の刀は戦闘用じゃなくて保管用だったとおもうんだけど。
それにしても見た感じ刀身が百センチはあるな……。
「とりあえず、邪魔なやつらは排除するか」
スコールが刀を一振りした。
それが地獄の合図になった。
「疾風斬」
その声が聞こえた時には俺の左腕がなくなっていた。
切り裂くような強風が肌を掠めて、スコールがいなくなっている。
次いで横合いできらりと光ると真っ赤な煙が舞った。
ベインがいなくなった。
「うぐっ! あっ……っ!」
魔法で即座に腕を再生、間をおかずに魔力の膜を形成する。
「チッ、やはりあのとき完封しておくべきだったか」
右側から声が聞こえて、サイドステップで距離を開けながら向き直る。
ちょうど刀が弾かれたような体勢のスコールが目に入った。
どうやら俺の魔力の膜……魔力障壁は随分とお堅いらしい。
「お前なにが目的なんだよ!」
「破魔斬」
刀身が白く輝いて迫る。
「ぃぃ!」
本能的なところが、言葉で表現できない恐怖を覚え、回避した。
後方へのバックステップ。
視界に真っ白な太刀筋が走り、それが消えるとスコールがいない!?
『伏せろ、後ろから来る!』
頭の中に声が響く。
それに従うままに伏せると頭上を風切りの音が走った。
伏せなかったら首がポロリしていたな。
後ろなら、
「転けろ」
伏せた状態から、後方へと足払いをかける。
だけどなんの手ごたえもない。
すでにスコールはそこにはいなかった。
俺はすぐに立ち上がって、素早く、ぐるっと辺りを見た。
スコールの姿がない。
ベインの姿がない。
後ろに二人がいたはずのところには赤い水溜りがあるだけ。
まさかやられたか?
いやでもな、あの男はレベル8000を超えていた。
そう簡単にやられそうじゃないよな。
ヒュヒュン
風切りの小さな音だけが聞こえ、両肩にぬるりと、滑るような感覚。
体の中の何かを斬られた感触。
そしてどさっと落ちた両腕。
「うあああぁっ!!」
両腕が落ちた。
一撃で肉を斬られて、骨までも斬られた。
だけど激痛はない。
度が過ぎた痛みは脳が受け付けてないのか。
今あるのは腕が落ちた驚きとショックだけだ。
「さぃ……せ、ごぶっ!」
次の手を打つ時間なんてなかった。
回復する前に蹴りをぶち込まれる。
ボギッと嫌すぎる音が体の中から響く。
そして体が浮いて吹き飛ばされた。
「おぼげぇぇ……」
内臓が破裂したのか、俺は盛大に吐血した。
のどが焼ける。
視界が涙でにじんでゆく。
「………」
スコールが感情のない昏い瞳で俺を見て、刀を動かした。
まずい、このままじゃほんとに殺される。
刀が俺の頭めがけて下ろされる。
『マスター!』
誰かの声が聞こえたような気がした。
バチュッ! と水っぽい音が耳に響く。
視界を覆い尽くすのは赤……じゃない!
黄緑色だ。
「スライムか……」
スコールが刀からスゥを引きはがそうとしている。
この隙だ。
一気に腕を、内臓を、骨を再生する。
そしてさらに厚く、強固に魔力障壁を張り巡らせる。
「よくもやってくれたなぁ!」
右の拳を握りしめ、十割全力の一撃を放つ。
フルスロットル魔力パンチ。
三割でトレントが爆散したんだ。
人間なら消し飛ぶだろう。
でもやらなければ俺が死ぬんだよ!
「はぁ……」
スコールが刀を離した。
俺の腕を左手で掴む。
そしてそのまま引っ張るように一本背負いで――
「がはっ!」
ドンッと地面に叩き付けられた。
魔力障壁があるはずなのに全身にダメージが走る。
気づけば障壁が完全に消え去っていた。
「くそっ、逃げやがったか」
刀を拾って、ヒュンッ! と思い切り振ってスゥをはらい落とす。
納刀した瞬間、強風が吹き荒れた。
反射的に目を瞑って、開けた時にはスコールは見渡せる範囲にはいなかった。
名前の通り、突風だな。
いきなりやってきて、その場を掻き乱してすぐに去る。
俺は斬られるし、ほかは……。
辺りを見ても影も形もない。
残っているのは真っ赤な水溜り。
「スゥ、ありがとう」
地面に払いつけられていたスゥはすぐにもとの形になるとぴょんと飛んで俺の頭に乗った。
はっきり言ってスゥがいなければ俺は死んでいた。
彼の有名な剣豪も、斬鉄剣でスライム系のモンスターにはダメージを与えられなかったというじゃないか。
スライム最強説が始まるか?
と、そんなことは今はどうでもいい。
「ベイン!! フライア!!」
叫ぶように呼んでも返事はない。
ひゅう、と寒々しい風が吹くだけだ。
ほんとに死んでしまったのか?
一歩踏み出す。
「ベイン!」
再び呼んでも返事なんてない。
また一歩、べちゃ。
何か踏んだ。
足元を見ると真っ黒な……。
「うおっ!? ……ってアテリアルかよ」
拾い上げようと手を近づけると、ぶわっと膨らんだ。
人が五人くらい入れそうな風船くらいに。
そして再び萎むとベインとフライアがいた。
全くの無傷。
「……はへ?」
「いやー、えらい目にあった。もう少し遅れてたら死んでたな」
なんでもないことのように言っているが声が震えている。
このベインですらも怖かったらしい。
そしてその隣、フライアはぺたんと座り込んで大粒の涙を零している。
こっちはもう、ただただ怖かったんだろう。
「アキト、このままあの山のほうに行ったらアンベルクって街がある。お前らは先に行け」
「ベインはどうすんだよ?」
「俺はいったんレイズのところに行く。フライアのことは頼むぞ」
「でも、スコールみたいなのが来たらどうしようもねえよ?」
「大丈夫だ。今のお前ならそこらの勢力のリーダー程度ならやりあえるさ」
ベインが胸元に手を当て、何かつぶやくと銀色の光が溢れてどこかへと転移していった。
ぽつりと荒野に置いてけぼりを食らった俺たち。
とりあえずは、
「もう大丈夫だぞ、フライア」
そっと抱きしめ、背中をぽんぽんとやさしく撫でる。
なんというか、こういう子はこんな危険なところに来ちゃダメだろ。
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数刻後。
「てめぇらなんでこういうときだけ結託すんだよ!?」
レイズは追いつめられていた。
周囲には誰もが会敵したくないという強者揃い。
災厄を運ぶ風、破滅を齎す者、赤い髪の中学生くらいの少女。
その三人によってぼろぼろにされていた。
「なーに、利害の一致だ」
「それだけで裏切るのかよ!」
「……そういうことだな、長期的に見た場合はここでお前一人が犠牲になったほうが有利だからな」
「てめぇら一応味方だったよなぁ?」
レイズが諦め半分で問う。
「いや、俺どっちにも属してない中途半端な状態だし」
「魔狼のフリーランスだし」
「あたしは個人的に動いてるし」
三者三様の答えが返ってきた。
「て、てめぇら……」
「と、いうわけだ。大人しくやられてくれ」
スコールが一歩前に出て刀に手をかける。
スゥゥゥゥンと音だけものが斬れそうな刀身が姿を現す。
「破神斬」
刀身が黒く染まり、レイズに斬りかかる。
右からの袈裟斬り。
肩から腰まで通り抜け、体を二つに両断する攻撃。
かつて神ですらも斬り伏せた、人にとっては過ぎた攻撃。
「返し、転」
わざわざスコールが攻撃してくるまで構えなかった。
無形の位。
スコール、レイズの戦闘は主にカウンター攻撃。
相手に仕掛けさせて後からの瞬間的行動で先を取る。
とくにスコールは先に仕掛けることを苦手とし、その場合は大抵どこかでミスを犯す。
「っ!」
その場で膝を曲げ、体を落として右の拳に力を込める。
刃が通り過ぎるのと同時に、膝のばねで勢いよく立ち上がり、正面に拳を放つ。
だがスコールはそこにいない。
斬ると同時にすでに移動している。
そもそも攻撃を自体を当てようという気がない。
双方とも避けられることを前提の攻撃だ。
「疾風斬」
声が聞こえた方向に即座に振り向く。
スコールの腕から先がぶれ、凄まじい速度で風の刃が放たれるのと同時、
「剣落とし」
レイズの腕に障壁が幾重にも貼り付けられ、振り落とされた。
剣士が相手なら剣を奪い取る。
いままでに何億と繰り返してきた方法。
キンッと音がして刀が宙を舞う。
「くそっ」
未だにスコール相手には成功したことのない方法。
剣を離させるという点で見れば何度かは成功しているが、いずれもスコールが自ら真上に放り上げたことだけ。
そして今回も。
レイズの攻撃を弾きつつ、わざと刀を真上に放り投げた。
そこから前蹴りを繰り出す。
「うっ」
一歩下がって躱す。
追撃にピンと伸びた指の手刀が迫る。
顎を狙った攻撃。
脳震盪を起こすのが狙いか。
レイズはさらに下がってそれを避けた。
直接触れられたらその時点で負ける。
これだけは言える。
「いい加減諦めないか」
「いやせめて合意の上でってことにしないか!? 一方的にやられるのは嫌なんだがな!!」
「つらいときは………ってのは、戦争とかじゃ当たり前だぞ」
「だからってだな! いくら好きなやつとはいえ一方的はアカンて!!」
「いいんじゃねえの? どうせやっても膜の再生はできるわけだし」
「いやそういう方向のことじゃないよ、倫理的に多数の相手と交わるのはどうなのかってことなんだよ」
「……ふぅ、いい加減やられてくれ」
ようやく落ちてきた刀の柄を手に取り、上段に構えた。
いつの間にかレイズを囲むように立っていた二人に目くばせする。
ベインはその手に魔法を、少女は天使の翼を模した剣を召喚する。
「リリース、引き込む水瓶」
スコールが言うと同時、何の変哲もない水瓶が出現し、他の二人が動いた。
ベインの魔法弾をステップでかわし、恐ろしい速度で振るわれる剣を素手で弾く。
その動きはだんだんとぎこちなくなっていく。
体から魔力を吸い取られているのだ。
「さて、さっさと終わらせようか」
地面をタンッと蹴り、スコールも動いた。
一対三の戦闘。
実力がどうのこうの言う前に無茶だ。
この後、レイズはものの数分で敗れ去った。
次回更新は4月11日の予定です。




