ランナーたちの激走
ニブルヘイム。
永久凍土に閉ざされ、常にブリザードの吹き荒れる過酷な土地。
多数の川が凍てつきながら南にある”深淵”へと流れ、南からくるモノとぶつかり常に瘴気を生み出す。
それが以前までのニブルヘイムだった。
しかし現在、氷はなくなり、黒と灰の間のような色の大地と岩ばかりが目に付く。
ほとんどの川は干上がり、水はない。
大地は固く、植物が生えるための栄養はなく、少し掘れば砂利ばかり。
ところどころにある森も生物を捕食する危険な森ばかり。
魔境、その一言が本当に似合う地だ。
なにせ餌となる植物がないはずなのに魔物が豊富で食物連鎖が出来上がってしまっているのだから……。
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「な、なんだよあれ!?」
エンカウント率がおかしい。
ほんとうにおかしい。
ドラ○エで言えば五歩、歩くたびに戦闘になるようなもんだ。
それも魔王クラスの強敵と。
現に今、俺たちの前にはサソリがいる。
それも三メートルくらいの高さで尻尾が三本もあるやつだ。
確か俺が知っている範囲では、虫はあの小ささだからこそ生きていけるとかのはずだったんだが。
いや、この世界は魔力だのなんだのとあるからなんでもありか。
「サ、サソリ……よ。多分」
「でかすぎねえか……?」
今はまだ気づかれていないからのんきに観察できる。
だが、あんなのに襲われたら虫限定で燃やせば勝てるだろうけど、そのまえに本能的なところが拒否反応起こしそうだ。
例えばドアを開けたらGがいた時のように。
「迂回しよう」
「あれくらいやれるわよ?」
「さっきも言ったけど、戦ったらほかのが寄ってくるかもしれない」
「分かったわ」
会話は最小限に、戦闘は逃げるオンリーで。
なにせ俺の解析で『解析不能』としかでないんだ。
危険度すら表示されないってことはもう戦って勝てる相手じゃないと思っていいだろう。
一人で行くって言わなくてよかったよ。
なんにせよまずはこの危険地帯を抜け出す必要がある。
俺だけだと心細かったなだろうな。
「足元!」
「なっ!?」
バックステップで距離を取った瞬間、地面から何かが飛び出してきた。
環形動物だな。でかいミミズみたいな。
サイズは直径二メートル。長さはまだ地面の中に体があるから不明。
勢いのまま空中に突き出した口がボクンッ! と気色悪い音を出してまた潜った。
ふむ、こいつは緑色のあの人を飲み込んだのとは違って確実に捕食だな。
……にしても、一人なら死んでたな。
もっと気を付けなければ。
「お、おおお……」
「また来るわよ」
「さっさと行こう。食われてしまったらお終いだ」
また歩き出す。
しかし、あんなのは某番組で見た一本足のやつを飲み込んで即死させるやついらいだ。
人間を丸呑みにできる口の大きさ。
あんなのが地面の下にいて、近づいたらジ・エンド。
即死トラップはお呼びじゃねえ。
「上よ!」
「ちょ、またか!」
横っ飛びに転がって体制を立て直す。
俺が立っていた場所には、ばかでかいカジキのレイピアのような上顎が深々と突き刺さっていた。
魚が空を飛んでくる時点でもうここの生態系はおかしいと断言できる。
幸いにしてカジキは勢いをつけすぎたのか、中々抜け出すことができずにいる。
今のうちにずらかろう。
倒せるけど、倒せば血の臭いやらでさらに他のがよってくる。
それは一番最初に経験済みだ。
「エンカウント率がバグってる……」
「ここはニブルヘイム。魔境だからこれは普通よ」
「魔境って……俺はルシでもなければパージもされてねえよ!」
「隷属者に、追放? なんのことを言ってるの?」
「いや、こっちの話。忘れてくれ」
それにしても歩きづらい。
ひび割れた固い地面に岩ばかり。
高低差が激しくて水平方向より垂直方向の移動ばっかりだな。
少し歩いては背丈よりも高い岩をよじ登る。
そして歩いて今度は降りる。
迂回できるところはぐねぐねした道を通って、フライアの警告で魔物を躱す。
でもなんで分かるんだろうか?
「勘、なのか?」
「なにが?」
「魔物の気配が分かるのって」
「索敵用の魔術よ。アキトも使えるんでしょ?」
「いや、俺は使えないよ? 魔術だってつい最近聞いたばかりだし」
「そうなの? だってゼロに攻撃するときに使ってたじゃない」
「……あれは、なんというか気づいたらああなってた、って感じだから」
思えば、俺の部屋でパソコンに手を出そうとしてたやつを吹っ飛ばしたときもだ。
共通点は、怒り? どっちとも真っ赤な炎ような感じだったし。
でもな……いや、守ろうって意志か? これもあるよな。
う~ん、考えても分からん。
「でも、感覚で使えるのって兄上くらいしかいないし……アキトって意外に凄いかも」
「その兄上ってどんな人なんだ?」
「兄上は兄上よ。助けての一言でどこにでも来てくれるし、たった一人で天界を滅ぼしたり、軍を相手に喧嘩したり、とにかくお強いのよ! ……ただ無自覚な女たらしが悪いところだけど」
「う、うん? とりあえず最強で好色王なんだな」
なんだ、某山の中で拾われたあの人か。
そして勢いで世界征服することになっちゃっていう……。
「確か、最後に会ったときは両手に天使を侍らせて、後ろに数百人くらいの美少女を連れていたような……」
それもう好色王じゃねえ! それ腐れ外道のハーレム野郎だ!!
やって許されるのは某神殺しとか、某鬼畜王とか、某……くらいだろ?
「あんたが言う兄上が最悪な野郎だということは分かった」
「そうよ、最悪よ兄上は」
あれ? ほんのさっきまで良い人風に言ってなかった?
「都合が悪くなれば仲間にだって洗脳を施すし、危なくなれば仲間を置いていくし、人の事情は聞かないし……」
うおい、これはもっとイメージを下方修正したほうがいいな。
いつか会ったらぶっ飛ばしてやろう。
うらやま……げふん、げふん。
いやいや、けしからん。実にけしからん野郎だ。
そんな野郎は誰かが鉄槌を下してやらねば。六百六十六回ほど。
「それに兄上は……? なに? この臭いは……」
「酸性の……」
「蟻酸かしら?」
上りかけの坂でいきなり押し倒される。
ごろごろと転がって下まで落ちた。
そして真上を液体が飛んでいった。
「なんだよ!」
「アリの群れよ、それも大きいやつ!」
「はぁ!?」
再び傾斜のきつい坂を登る。
上ではフライアが伏せている。
ばっちり見えるな。修道服の下の短パンが。
動きにくいとかで自分でミニスカくらいの長さに切断して、まさかの下が素足で短パン。
と、気にしてる場合じゃない。
坂を登りきってアリの群れとやらを拝見する。
「巨大生物じゃねえか!」
「しっ! 騒がないで」
ああ、誰か! 誰かAFハンドレッドとゴリ明日を持ってきてくれ!
俺の防衛隊としての雄姿を見せてやろう!
「見て、あそこで誰か戦ってるわ」
「あれは……!」
アリの群れの向こう側。
背中にある翼、尻尾、独特の服装、そしてハルベルト。
顔はよく見えないけど竜人だ。
「あれ、紅龍隊よ。ここって竜族の勢力圏だったのね」
「竜人族じゃなくて竜族?」
「ええそうよ。すべての竜の血筋を引くものが集う場所。
飛べるものは空に浮く島に住んで、飛べないものは地に住む。
神界戦争で兄上がこの地を制圧した後に彼らが移住したの」
「へえ、というか助けなくていいのか?」
「なに言ってるの、今は敵よ」
ああ、そうだった。忘れちゃいけないことを忘れていた。
もしも助けに行ってクレナイさんだったら?
その場で殺られちゃうよ。
「じゃあ迂回するか」
「そうね」
そして後ろを向いた瞬間。
「うぇいっ!?」「きゃっ!」
そいつを見た瞬間にフライアが俺に飛びつきつつ背中に隠れた。
そいつは……なんていったらいいのかな?
直径五十センチくらいの目玉に脚が生えてるんだよ。
……どんなホラーだよ!!
お化け屋敷でも一つ目小僧だろ!?
これはまんま目玉だよ!!
「な、ななななななななな、なに、よよよこいつ!?」
「お、おちつけ!」
さて、相手は何もしてこな――
「フシュゥゥゥゥゥゥ……」
「……Majini?」
目玉がパックリ割れて中から牙だらけの気色悪ぃぃグロテスクな……おぇっ。
解説はしない。気持ち悪すぎる。
「い、いやああああああああああああああああ!!」
「ちょっとフライア!?」
耐え切れなくなったのか一目散に逃げてしまった。
アリのいるほうに……。
さて、こいつをブッ飛ば――
「フシュゥゥゥゥゥゥ……」
「シュゥゥゥゥゥゥ……」
「ゥゥゥゥゥゥ……」
「ゥゥゥゥゥ……」
「ゥゥゥゥ……」
「ゥゥゥ……」
「ちょっと待ちません? そんな大群で来ちゃいけないでしょうが」
さらにその後ろから頭に直で脚が生えたのやらxxxがxxxでxxxってなってるxxxなやつに脚が生えたのが……。
いやよ?
俺はそんなホラーな奴らに喰われたくはないのよ!?
「シュアアァァァァ」
「く、来るなぁぁぁぁーーー!!」
思い切り地面を爆発させて、ダッシュ! 爆速の全力ダッシュ!
そしてこの俺についてくる目玉ランナーズ。
怖いよ! まだ目玉だけの親父のほうがいいよ!
「フシュルルゥゥゥ」
一匹が跳び蹴りをしてくる。
体をひねってそれを躱すと、俺の前のほうにあった大岩が砕け散った。
「なにその威力!?」
「シャアァアア」
驚いて立ち止まった俺にさらに追撃がかかる。
斜め上からの蹴り。
地面を蹴って後ろに下がると、俺の立っていた場所に直径二メートルくらいのクレーターができた。
音は車が衝突事故を起こした時のそれだ。
こんなものくらえば体がばらばらになるのは確定。
「シュアアアア」
「うおっ!?」
しゃがんで回避、そこにかかってくる足払いを今度は飛び退いて回避。
嫌な記憶が戻ったがついでに戦いの記憶も戻ってきた。
剣を使ったときに妙に慣れてきたのは昔、俺が意識ごと入り込めるVMMOだの仮想の戦場だので使ってたからだ。
まったく、廃人状態でやってたゲームで戦闘技能が染み付くって技術の進歩は怖いね。
「ひぃぃっ!!」
前後左右上下。
全方向からくる攻撃を躱すので精一杯だ。
特に真上からの蹴り込みで地面に潜って下から出てくるという、明らかにおかしい攻撃がネックだ。
いつぞやトレントって木の魔物にやられたときのように飛び出す前は一瞬の予兆しかない。
でも予兆は一瞬でも、地面の下に潜った時点でモグラよろしく土が盛り上がるから予測しやすいんだが。
でもな。
「ちょぉぉぉぉぉぉぉ、いい加減にしろ!!」
誰だよスケルトンがしつこいなんて言ったやつ!!
いや、俺だけど。
スケさんよりこいつらのほうが厄介だよ!!
目玉のくせしてアスリート並みの走りをみせるわ、解析でないわ。
よし、こいつらの名称はアイランナーだ。
iじゃなくてeyeだ。
目玉の走者だ。
ということで頭のやつはヘッドランナー。
xxxなやつはxxxランナーだ! ……いや、これはやめよう。
xが三つだからトリランナーにしよう。
気色悪いものが三本生えてるのもあるし。
「グパァァ……」
な、なんだ?
目玉が開いて中からボトボトと……小さいアイランナーが……。
そうやって増えるんかい!
ああ、このままじゃどんどん増えてジリ貧だな。
仕方ない、あれを使おう。
使いたくないけど使おう。
使っちゃったら出れなくなるけど使おう。
「ブリザードボム!」
つい癖で地面を殴りつけ、そこから真っ白な冷気が爆発的に広がる。
水は出なかったが純白の輝く冷気が一面を覆い尽くした。
視界が晴れると真っ白に固まったランナーズが氷の彫刻のように佇んでいた。
「ふぅ……」
ピシィ!
「えっ?」
パキ、ピキ、パキパキパキ。
「……えー、つまりはあれか。体表面だけに薄い氷の膜ができて動けないだけであって、ボディは凍ってないってことか」
俺はヒビが入りつつある氷の彫像に十連発でブリザードボムをブチかまして、完全に沈黙させた。
しかし、これでもブルブルと震えているところを見ると、完全に凍結していないことがわかる。
今のうちに逃げるのが正解だな。
これで分かった、全力の攻撃をしたところでここの魔物は倒せない。
それにしても俺はブリザードボムって呼んでるけど、正式にはなんていうんだ?
アクア……、わからん、どうでもいいや。
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「ひぐっ……うぐっ……なんでわだじがこんなべにあばなくちゃならないのよ」
泣き声を頼りにフライアを探すとすぐに見つかった。
岸壁の洞穴に体を丸めて縮こまっていた。
涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃでなんとも悲痛な状態だ。
そういえば、いままでがおかしかったんだ。
フェネ、アル、レイズ、リナ、クレナイと普通の女の子はいなかったじゃないか。エアリーは……。
うん、これが普通だろう?
あんなやつらみたく、寄ってくる賊を素手で撃滅して人攫いをxxxにするのがおかしいんだ。
「大丈夫か? あいつらは俺が氷漬けにしたからもう来ないぞ」
「えぐっ、うぐっ……ぼういやあ゛ぁ」
大分精神的にキてるな。
……この俺にどうフォローしろと?
とりあえず手を伸ばしたはいいが、ホバーハンド現象を起こしてホバリングしたまんまだ。
どうする? 人を安心させるにはそばにいるのが一番とかなんとか……。
ダメだろそれじゃ。
悩んだ末に何もなく、近くに腰を下ろして洞穴の入り口に空属性の魔法で見えない仕切りを作る。
正直、岩を蹴り砕くほどのやつらを防げる自信はないけども。
無言の時間が流れる。
いつの間にか泣き止んでいたけどお互い何も言わない。
その後も無言の時間が続くが、俺からは何も言わない。というか言えない。
引き籠もりで、現実での人との接触を長らく絶っていた俺にはどう言葉をかけたらいいのかが分からない。
この世界に来ていろんなやつらに会ったけど、それでも一か月くらいだろう。
正確な経過日数は数えていないからわからないけど、その程度の経験で人の気持ちを理解できるほどに俺はなってない。
しかもフライアとの時間はまだまだだ。
「ねぇ……」
「なんだ?」
「私って要らない?」
「そんなことはないだろ。俺はいてもらってほうがいい」
あのミミズの件といい、他の魔物といい、フライアがいなかったら俺は死んでいるからな。
生体レーダーとしては是非ともいて欲しい。
「迷惑じゃないの?」
「それはないな」
逆に俺のほうが足手まといになりそうだ。
スコールとやり合っていたところを見るだけでも俺よりこの人は強い。
「ほんとうに?」
「ああ、というかいないほうが困る。一緒にいてくれよ」
じゃないと空から来る即死トラップと地面から来る即死トラップでゲームオーバーだからな。
あ、それと万が一大けがして回復できない時だな。
「……うぅ……ひぐっ…………」
なんだろうな、今度は俺のせいだよな。
邪念たっぷりの見せかけの回答が原因だろ。
こういうときに俺はいったいどういう対応をしたらいいんだ?
ヒキニート時代が長すぎたせいであの子以外に”まとも”に話して色々とできる人がいない。
ほんとにどうしろと?
『軽く抱いてやれ。ハグは脳内物質である別名、安心物質と言われているセロトニン、快楽物質であるドーパミン、他オキシトシンとかが出て人を安心させる』
――!? 誰だ!? 俺の意識に直接話しかけるのは!?
『誰でもいいだろう。お前が契約書にサインしていたからこうして話せるわけだ。とりあえず、今は”こっち”は気にしなくていい』
――気にするなと言われると余計に気になるんだが。
『あ―やば―――波長が―――ない――こ――また―んど』
いきなり頭の中に響いた声は、いきなり消えた。
なんだろうか? 中継界を超えて色々やったときにベインに話しかけられたのと似てるな。
まあ、とりあえず。
「ぅ……?」
そっと、ぎゅっと抱きしめた。
これでどれだけ落ち着いてくれるか分からない。
もしかしたらセクハラどうのこうのあるかもしれない。
でも、まあいいか。何かあったとしても今までの俺への罰で。
俺の見せかけで、これで少しでも不安を払拭できるのなら。
そうして、十秒、二十秒、三十秒、…………。
どれほど経っただろうか、気付いたら静かな寝息が聞こえてきた。
よし、今日はここの野宿と行くか。
ほんとに怖いので時間かけて氷の迷宮を構築しておいた。
やつらが来ないことを願いながら……。
次回更新、約二時間後……の予定です。
書かなかった分、私の脳内には溜まっているのだぁ!




