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遥か異界で  作者: 伏桜 アルト
第4章 敵対者の離岸 
44/94

0x53 = S tart

 俺、クロード・クライスは表面上平静を装いながらも内面でとてつもなく焦りながら歩いていた。

 なぜか?

 それは俺があの世界に飛ばされる前の前にいた世界に戻ってきたからだ。

 だがな、ただ戻っただけならよかったんだ。

 そう、ただ戻っただけなら。


「…………なんで『エスの海岸』にいるんだよ。誰だよここに送ったの! 俺に死ねってのか!!」


 エス、それは無意識の世界。

 血のような真っ赤な不気味な世界。

 すべての歴史が沈み込む死の世界。

 砂と岩ばかりのエスの海岸、血のような水があるエスの海、そして海の底、エスの深層。

 ただそこにいるだけで精神が侵されて、やがて死に至る。


 ……らしいがな。

 俺は過去何度か一番危険な『エスの海』のさらに下、『エスの深層』に素潜りして生還している。

 なぜか俺には精神汚染が通用しない。

 その理由はレイア曰く、

「本来、君の能力は物理的物質に働くものだけど、なんかの拍子に真実が記録される次元”イデア”に本来ない概念を与えることができちゃうようになったぽい。それで精神汚染って意味を重力の中の”引き寄せる”って意味で自分に来ないようにしてるんだと思うよ」

 だそうだ。

 確か聞いたときは、エイドスだのプラトンだのと色んな単語が出てきたが難しいところは全部聞き流した。


「どうしろと?」


 この世界には食料はもちろんのこと、飲める水すら存在しない。

 というか有機物くえそうなものが存在しない。

 どこを見ても砂、岩、砂、砂、岩、赤い、海海海海海海海海海海海海海海海海海海、そして赤い空と雲。

 あの赤いモノが何なのか?

 それが精神汚染の原因であり、負の感情やら記憶やらなんやらと物質的なもんじゃないという……。


 やっぱさ、初期スタート地点が海がすぐ横の砂漠ってきついよね。

 普通は木のある生物群系バイオームでのんびり始めたいものだよ。

 まあ、ゾンビも爆発するモノもスポーンしないからいいけど。


「ああ、”出口”まで何年かかることやら……先が思いやられる」


 この世界を作ったバカに言ってやりたい。

 どこまでも無限に続く地平線、”出口”は約四万キロメートルごとにしか設置されてない。

 なんでそんな無駄に広いもん作ったクソ野郎!!

 ちなみに寝ずで歩いても二百八十日くらいで、飛べばもっと短くて済む。


「こういうときにレイアがいれば……?」


 なんで早く思いつかなかった。

 あいつはいつだって見てるだろ。


「レイア!! どうせ見てんだろ!! さっさと来い!! 俺をここから出せ!!」


 力の限り叫んだ。

 こうしていれば絶対に来る。

 確信はある。

 ほどなくして。


「ぅ…………」


 う?


「う、るさい」

「はい?」


 声のしたほうを見れば今しがた通り過ぎた巨岩が転がっている。

 まさかこの下に……なんてわけはなく、普通に俺から見えないところ、後ろ側で寝ていた。

 もうこのさいだ、なんでこんなところで寝ているのかは聞かない。


「起きろ」

「うるさい、おやすみ。……すぅ……すぅ」

「寝るな!!」

「うっさいなぁ……くぅ……くぅ」


 ちょっと地味に頭にきた俺は赤い水のある場所まで行って、ポケットにあったビニール袋に水を汲んだ。

 どうするかは、予想できるよな?


「わっ、ぶ、な、なに!」

「起きろー」

「はへ? くろーどぉ? なんでいるの?」

「特異点に巻き込まれて気づけばここにいたんだよ」

「へぇー」


 寝ぼけ眼を擦りながらレイアは大きく伸びをした。

 びしょ濡れで色々透けて見えるが気にすることじゃない。

 ほんと、こいつらは模倣体なのにそれぞれにちょっとずつ違う性格がある。

 見た目は同じで中身は別物。判別しづらいんだよな。


「取り敢えず、俺を元の世界に戻してくんない?」

「それは無理だと言ってやろう。証拠はこの間の転移で君がアスガルド行きになったことだ!」


 そういうとこ、ビシッと指さして言うところじゃないと言ってやろう。


「…………じゃあ、他は?」

「世界0でいいなら送れるよ。あそこは私たちの総体とスコールがいるはずだからね」

「じゃあ、そこに送ってくれ。今度は失敗とかないようにな」

「あれは失敗じゃなくて、クズ野郎の横槍なんだけど……」


 そう愚痴を言いながらも俺の足元に青い魔方陣が浮き上がる。

 これが転移用の陣。

 色は人それぞれで、レイズなら赤と白、ベインなら青と黒、レイアの場合は青だ。

 どうも自分の魔力の”色”とやらに影響されるらしいが、詳しくは知らない。


「それじゃぁー、おやすみぃー」

「ちょっと待て! 最後まで制御しろよ!!」

「あーい……」


 なんともマイペースだな、こいつは……。

 そんなことを思っている間にも視界は青い炎に包まれる。

 転移が始まった。

 万が一、失敗しようものなら体の一部がなくなったりする。

 その危険性があるからこそ、俺は自分で転移はしない。

 慣れない事はやるもんじゃないからな。



 青い炎が消え去ると、まず目についたのは茶色。土の茶色。

 軽く左右を見ればここがクレーターのような盆地の中だということが分かる。


「よう、クロード」


 声をかけられ振り向くとスコール、そしてボロボロのレイアがいた。


「おす、スコールに、レイアもいるようでなにより」

「私はゼロ、レイアじゃない。それにしても今日は四人目のお客か……」


 この後、何が起きたのかを聞いた。

 あの世界が三層から成る世界で、その上から二層が壊滅状態だということ。

 俺たちの敵が動き始めたこと。

 そして、アキトが敵に回ったことを。


 ---


「…………二回目だよな」


 起きたら焚火。

 隣に女性。

 空は満点の星空。

 そして木の上。


 でも違うことはある。

 記憶は失っていない。


「あの、俺はどうしてここに?」

「えっと……、まずはごめんなさい。あなたは私を攻撃したんじゃなくて助けてくれたんですよね」

「そうだけど」


 目の前には赤い髪の女性。

 色が白で胸が小さければまんまレイズそっくりだ。


「あの後、あなたが転移させられて、黒い人がやってきて私も転移させてくれたんです」

「黒い人?」


 黒? 黒といえばベインかクロードしか思い当たらないけど。


「そいつはナイフ持ってた?」

「いいえ、持ってませんでしたよ」

「じゃあベインってやつだと思う」

「いえ、ベインではありません。重力使いでしたから」

「ならクロードだな」


 でもなんでだ?

 あいつもこの女の人を殺そうとしてたはずだ。

 あいつの立場で助ける理由がないと思うのだが。

 それに”転移”。あいつは魔法を使えないはずだ。


「そうですか、クロードですか。あの人、私の話しを聞いてくれて、それで目的が一部同じだから少しは助けてやるって。そう言ったんですよ」

「へぇ、あいつが。人の事情なんか知らないって感じのあいつが。

 ……って、それはどうでもいいや。

 俺はアキトだ、あんたは?」

「フライア・アルカディア・レイシス。レイシスの分家です」


 レイシス? そういえばレイズはアルクノアだったか……。

 ってことはレイシス繋がりでこの人もレイズ派?


「あんたはどっちなんだ? それと俺に敬語はやめてくれ」


 一応聞いておかねば。

 俺もいきなり後ろからやられるのは嫌だからな。


「今はまだ、レイシス側よ。ほんとは兄上と一緒にあっち側にいたいのに」


 もう一つはレイシス、と覚えておく必要があるな。

 ていうかなんだい、家の派閥争いみたいなもんか?


「その兄上ってのは?」

「今は行方不明よ。灼熱の聖誕祭の日、あの日は会えるはずだったのに」


 灼熱の聖誕祭、か。

 スコールはこの日に俺が死んだはずと言っていた。


「あの日、本当なら私はスコールを出撃させないために戦争に参加するはずだった。

 その時に、こっち側を裏切って兄上の下に行けるはずだった。

 でもそれを気づかれたのか、ヴァレフォルの提案で配置換えがあってそれで私は……。

 私は……私は兄上に……ぅぅ……えぐっ、ぐすっ」


 なんか勝手に泣き始めたよ。俺は知らねえよ?

 どう慰めろと? というか今の関係を把握してみろ。

 簡単に手を出していいやつじゃなかろうが。


 個人じゃなくて全体でみると、レイズ派からはもう敵として見られている。

 スコールとかゼロとか簡単にほいほい凄い魔法使うやつらだ、伝達も簡単だろう。

 そしてレイシス派とやらからは、さんざんレイズたちと一緒にいたから敵とみられていると、最悪の状態で仮定しよう。

 と、すればだ。フライアはレイシス側を裏切ろうとしてバレているかも知れない立場であって、

 両勢力から危険視されている状態。

 そこに俺が「大丈夫だよ」と紳士的な対応で慰めたりする。

 そんなことをして後々、レイシス側に「コイツがフライアを誑かしたから裏切ろうとしたのだ」って感じで変なこと言われたりしたらどうなるよ?

 明らかに危険な連中のレイズ派と詳細不明だけどあれとやりあえるくらいに危険な連中。

 ただでさえ危ないこの状況がさらにデッドエンドに傾くな。


 よし、放置だ。ゲスな野郎と言ってくれても構わない。

 俺は自分の命が一に、次に今のところはエアリーが優先なのだよ。

 そもそもエアリーについては早く会いたい。

 死んでいないと思う。なんか分からないけど死んでないはずだ。

 直感でそう思う。

 ゼロが言っていた副作用とやらがなんなのか。

 それをなんとかせねば。それが何かは分からない。

 何とかする方法も分からない、だからその方法を見つけることも考えつつ早く会いたい。


 ……いや、待て。

 あいつはいい眼って言ってなかったか?

 その眼ってのがどういう意味か。

 まんまとれば見るための目ってことだろうな。

 ということは、不用意にエアリーに接触したらあいつらが転移してきて瞬殺か?

 ……どうする。手札がねえぞ。


 色々と考えているうちに今日の疲れがどっと溢れてきて、気づけば泥のように眠ってしまっていた。


 ---


 翌朝。

 ドスンッ!! と全身に重たい衝撃を受けて飛び起きた。


「あ、ぐぅ、いてぇ……」


 あちこち骨折している。

 紫色に腫れ上がってるし、体の中からゴキュって変な音は骨折したときにしか響かないからな。

 んでもってこの理由。

 思い当たるのは一つ。

 寝返りを打ったら予想以上に木の幹の端が近かった。

 ただそれだけ。

 笑うなら笑え、夢の中で某神様が出てきて言ったんだよ。

「ふはは!! 女子を泣かせるとは万死に値するぞ! しかも慰めもしないとは!」ってな!!

 なに!? 俺に罰が当たったの!? ああ、なんだ結局いいことをすればいいことが、

 悪いことをすれば悪いことが……ん? 俺、昨日は何もしてないよね?

 ……何もしていない=慰めなった、これが悪いこと?


「あのー……大丈夫?」


 ……この惨状を見て大丈夫と思うあなたの思考は大丈夫?

 俺、結構ひどい状態だよ。

 落下距離は目測で十四メートル程度。

 学校の屋上からフリーフォールするのと変わりねえよ!

 死んでないのが奇跡だよ!


「う……ごふっ」


 と、思っていたら思い切り吐血した。

 どうやら内臓もやっているらしい。

 体中が悲鳴を上げて危険信号を出しまくっている。

 頭の中が痛みで一杯で魔法をイメージできない。

 ……いや待て、普通に思考できてるのになんで魔法をイメージしようとしたら余計に痛む?

 これが魔術とやらの代償なのか?


「えい」


 声が聞こえて上を見ればフライアが飛び降りてきていた。

 おいおいその高さは……。


「っと、すぐに治癒魔術を使うわ」


 ……、なんでしょうね。

 明らかに飛び降りて大丈夫な高さじゃない。

 人はどうやっても五メートル程度が限界のはずだ。


「ええと……治癒系の詠唱は……」


 クロードのせいでボロボロになった魔道書をパラパラめくっている。

 うん、無詠唱最強。イメージできないとどうにもならないという致命的な欠点が度々発生するけどね!

 というか早くしてください、俺の意識が白く霞み始めてます。

 割とマジで、ガチで死にそうなんですよ。


「星を巡る命の奔流よ、その生命の……」


 なんでやめるの!?

 ……ってよく見ればちょうどナイフがぐっさりいったところじゃねえか!

 クロードォ、テメェ恨むぞ。


「ええっとぉ……なによ、なんで治癒系だけちょうど読めなくなってるのよ……」


 あははぁ……これはほんっとに詰んだ。

 回復魔法ができないというだけでこれか。


「こういう場合はこれでも……。過ぎ去りし時を今ここに、幾多の可能性をこの場に顕現せよ!」


 な、なんだこの変な感じは!?

 体の中が掻き回されるような、もみくちゃにされるような。


「あ、この魔術はやっちゃいけなかった……」


 とてつもなく不安で危険な言葉が聞こえたが。


「ぐ、がぁあああ!!」


 全身の骨が砕けるような激痛が。

 これなら骨抜きにされてスケレ・グロを飲んだほうがよかったんじゃねえのか!?

 つか、もう無理。その場にどさりと倒れた。


「無茶をする、別の可能性で上書きする魔術は禁忌の一つだ」

「だ、誰!?」

「レイズ配下、十二使徒の睦月」

「なんで、もう居場所が知られるなんて……」


 真っ黒な黒コートが歩いてきた。

 顔があるはずのところは真っ黒な穴のようになっている。

 そして目につくのは人が持ち上げることは到底不可能な片刃の大剣。

 血がべっとりと付いたそれを、肩に担いで平然とこちらに向かってきている。


「ゼロが追跡子トレーサーを打ち込んでいたようであるからな。

 どこに行こうとも居場所はすぐに分かるのである」

「……あなたは灼熱の聖誕祭で飛び降りて、行方不明になったはず」

「そうであるな。だが、レイズを除けば最も長く戦っているのは我輩であるぞ」


 フライアが魔導書を広げ、手の中に火の玉を作り出す。


「あなたは兄上の命で動いているのですか?」

「違うのであるな」

「ではなぜ?」

「いくら”総体”であれ、”本体”に逆らうことなどできるはずもなかろう。

 我は本体より知らされた情報で勝手に動いているのである。

 よって今ここで戦う気はないのである」

「ほ、ほんとうに?」

「ないものはないのである。其方の言い分もしっかりとゼロは聞いていたようである。

 そして本体を通し、それを聞いたからには我には戦う理由がないのである」


 それを証明するかのように、大剣を地面に突き刺して両手を挙げた。


「でも信用できないわよ! あなたは近接戦に優れた”影”でしょ!」

「では信用しなくてもいいのである。しかし、そこの少年は救わねばならん」

「うぐぅ……私に手を出したら兄上に泣きつくわよ」


 フライアは俺から離れていった。

 そして黒コート、睦月が近づいてくる。


「少年、男なら痛みには耐えるのである」


 痛みに耐えろって、もう何も感じてねーよ。

 睦月は俺の周りに手早く何かが書かれた紙切れを配置してゆく。

 なにか幾何学模様のようなものが書かれているけど、なんなんだろう?

 というか、ほんとにもう……視界の外側が暗くなってるんだけど。


「喚起」


 ぼそりと、小さな声が聞こえると、紙切れが浮かびあがって垂直に、ピン、と立った。

 まるで剃刀みたいな鋭さを思わせるな。

 いきなりその紙切れが風がないのに動き始め、軌跡に緑色の光を引きながら高速で動き回る。

 これ、魔法陣か?

 そして空中に魔法陣が完成すると急速に視界が晴れた。

 体の痛みも一切ない。

 体を起こして、軽く左右にひねってみるけど違和感はない。


「体に異常はないであるか?」

「ああ、何もない」

「ならばいいのである」


 睦月は俺から離れると大剣を抜いて、再び肩に担いだ。


「其方らはこれからどうするのであるか?」

「私は……まだ兄上の下へはいけないみたいだからレイシスのほうへ戻るわ」

「少年」


 答えろと促してくる。

 さて、どうするべきか。

 とれる選択肢は少ないぞ。

 レイズ側への接触を避ける。この前提条件はどれにも付くが。

 まずは、俺一人で動く。

 この場合はまず死ぬ自信はある。だからなしだ。

 次にギルバートたちを探して俺の部下とも言える、組織の連中を集める。

 だがこの場合も俺一人で動くの変わりはないし、見つからない可能性だってある。

 最後に……前にも同じようなことを考えたが。

 レイシス側に「裏切り者を連れてきやしたぜ、ぐへへ」ってな感じで取り入っていいとこで逃げる。

 ……いや、俺のなけなしの良心がこれはダメだと否定する。


 ふむ、どうしようか?

 どれを選んでも危険度は同じような感じだよな。

 いやむしろ一人のほうが死ぬ危険は高いな。

 となれば……。


「フライアについて行くよ。どうせ俺一人じゃ何もできないし」

「分かったのである。では我輩はこれで去るのである」


 そう言って振り返ったところをフライアが呼び止めた。


「ねえ、これを兄上に渡してちょうだい」

「……追跡子は無いようであるな。確かに渡しておくのである」


 ボロボロの魔導書を受け取り、今度こそ睦月は去って行った。

 その姿が見えなくなるまで見送った後、俺たちも移動を始めた。


 これからは今までの味方が敵になるだろうな。

 もしかしたら本気で殺し合いになるかもしれない。

 それに、

「本当のことを知ったとき、君はどうするんだろうね?」

 最後のあの一言が気になる。



            本当のことって、なんだ?



S tart。

スペースはわざと入れてます。

Startとしての始まり

Tartとして厳しい

二つを合わせて(無理があるよ……)厳しい始まり的なイメージで。


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