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遥か異界で  作者: 伏桜 アルト
第3章 辺境へ
39/94

闘技場・敗れた死神

『さあ、いよいよ闘技大会も最終日。                        

 今日は一気にマスタークラスの対戦いっちゃいます!                

 それにしても今回は新たな参加者が二名。                 

 そのお二人は……え? え? あれぇ、こ、これは!                   

 ニュービーズ・インパクトに出ていたクロード選手ではありませんか!?』    

                                  

 俺、霧崎アキトは観客席でぼけーっとしながら放送を聞いていた。          

 片手にはポップコーンのようなものの入ったカップ。                

 もう片方にはよくわからない果物のジュース。             

 そして膝の上にはポップコーンのようなものを頬張るハーピー。 

 ここで一つ言わせてほしい。

 俺は飯を食いに行った後から記憶がない。

 ただ食ってる途中に銃持った女性とレイピア持った女性がクロードに襲い掛かって(性的な方面で)。

 それでブチ切れた? クロードが店ごと潰して、巻き込まれて……ってのは覚えてる。


 この世界に来てから一般人から魔法使い(あっちの意味じゃない)にランクアップしてさ。

 小さいけど組織(断じて暴力団ではない、決してそっち系じゃない)のリーダーになってさ。

 だいぶ出世した? はずの俺は人の都合(レイズとかクロード)に振り回されてさ。

 挙句名付け親になる権利まで取られてさ。

 ん? なんのことかって?

 実はこのハーピー。

 俺が眠らされている間に名前つけられてたんですよ。

 レイズに。

 その名はエアリー。

 小さくて軽い、そして元気だから、というところからつけられたらしい。

 決してマーズのクレーターのほうではない。


「おいしいか?」

「うにゃあ」


 まだまだ言葉は喋れないようだが返事はする。

 なかなか可愛いじゃなか。

 それにしてもこのポップコーン、見た目は普通なのにキャラメル味なんだよね。


『えー、これは異例の事態です。

 新人戦からいきなりのマスター戦出場!

 さきほどと打って変わって倍率は2倍、これはかなり期待されていますね。

 続いてもう一方ですが……。

 ……? 少々お待ちください。

 …………えー、手元の資料に間違いはないようですので読み上げさせていただきます。

 魔狼フェンリル所属、スコール。

 使用するのは……ステータスチェックでは何も出ていない!?

 これはどうやって戦う気でしょうか?

 もしやクロード選手のようになにかあるのでしょうか!?』


 観客席が一斉にざわめく。

 クロードが何やらかしたかは知らないけどさー、

 そんなチート人間がほいほい出てきたらストーリー性崩壊しちゃうよ?

 いや、もういいか。

 チート野郎はたくさんいるんだったな。


『魔法もスキルも召喚獣もなし、一体どんな戦いを見せてくれるのでしょうか!?

 ちなみに倍率はこれも大会初、驚愕の256倍です!!

 しかもこれに賭けているのはただ一人!

 新人戦に出場して一戦目で不在になったアキト選手です』


 おお、すごいね。

 そしてさらっと俺に精神的大ダメージを与えないで。

 近くの席の観客から変な視線がぞろっと集まるんだよ。

 でもって俺はレイズに賭けたはずなんだがな。


 それにしても出てるのは誰だ?

 空中にあるスクリーンに目を凝らすと十人の姿が見えた。

 レイズ、ベイン、クロード、スコール、シルクハット、あとは知らん。

 にしてもだ、あのシルクハット……もとい変態の局部にモザイクがかかってるのだが。

 あれも魔法なのか? 無駄な技術だなー。


『えー、以前までは八人によるトーナメント戦でしたが、

 今回新たな参加者が加わったことにより、人数が合わなくなったので、

 一戦目が終了した時点で前回の優勝者、レイズ選手にシード権が与えられます』


 レイズが前回の優勝者ね。

 でも、前回のってことは連覇ではないってことか。

 レイズが出場していなかったのか、それともレイズが勝てなかったのか。

 まあ、あるとすれば前者かな。

 だってあの強さだぞ、負けることが想像できねえよ。

 ……? あれ? 一戦目が終了した時点でって、レイズが勝つことは確定事項なのか。


『それでは選手の皆様、試合順に異位相空間内へ転送いたしますので、順番が来るまでお待ちください』


 そのアナウンスと共に二人の姿が霞んで虚空に溶けるように消えた。


『さあ、それでは第一試合!!

 光の調和(ルクスコンコルディア)、クランリーダーのラスター選手!

 対するは詳細不明の参加者、魔狼(フェンリル)所属のスコール選手です!』


 歓声が巻き起こり、小型のスクリーンが観客の前に出現し選手同士の会話が聞こえ始める。


「この俺様の相手がこんな雑魚だぁ? 痛い目見ないうちに降参しちまえよ」

「…………」


 俺の前にも出現していたスクリーンから声が聞こえた。

 おいおい、クランリーダーなのに口が悪いな。

 そしてスコールとかいうやつは無言だけどどうやって戦うんだろうか?


『第一試合目、……開始ぃぃぃぃ!!』

「「「おおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」」」


 より一層強い歓声、選手たちに向かって最高のボルテージの叫びが届く。

 さて、どんな戦いになることやら……。


「さあてぇ、とんだ興醒めになるだろうがなぁ、一撃で終わらせてやるよぉ!」


 ラスターが腕を振り上げ、何かを唱えると、スクリーンが真っ白に染まった。

 焼き尽くすような純白の光が異位相空間のフィールドを多い尽くしたんだ。

 これって……スコールとかいうやつ死んだんじゃないのか!?


『おおっとぉ!? ラスター選手いきなりの大技です!!

 これはスコール選手の無事が危ぶまれますが……』


 ほんの数秒。

 けれどもすべてを浄化して消し去るような光が消えたとき、スコールは立っていた。

 あまりの光の強さにフィールドは熱せられ陽炎が揺らめく。

 そしてラスターのほうが地面に倒れ伏していた。


『こ、これは予想外の展開です!

 ラスター選手、動きませんが………完全に気を失っていますね……。

 勝者、スコール!!』


 何が起きた? いや、俺はちゃんと見ていたぞ。

 ラスターが詠唱したときにスコールの唇も動いていたのを。


「きゅぅぅ……」

「あ、エアリー? 大丈夫か?」


 どうも今の光の刺激でやられたようだ。

 うん、テレビを見るときは三メートルは離れてみような。

 これは五十センチくらいしか離れてないもん。


「部屋にもどろうか」


 石でできた硬質な席から立ち上がって、観客の間を縫って選手控室のほうへ戻った。


---


 アキトが部屋に戻ってから数分後。

 クロードは異位相空間に転移した。

 これはクロードにとっての第二試合目。

 すべての試合がほぼ数秒で決着し、選手の入退場だけが時間のかかる行為となっている。

 一試合目はシルクハットを被った変質者だった。

 ただそう記憶している。

 いくらダグを投げても、重力を操って多方向から仕掛けても回避され、終いには少し切れ気味で異位相空間に亀裂が入るほどの重力嵐を巻き起こしてダウンさせた。

 さすがにこれは異位相空間の外、通常のフィールドをも陥没させ審判に大叱られしたが。


『さて、お次はヴィランズリーダーのベイン選手!

 対するは強力なスキルの持ち主、クロード選手です!

 ステータスチェックでは何も出なかった。

 つまり未知のスキル所有者ということですね。

 ほかにどのようなスキルを持っているのでしょうか?』


 クロードはパーカーのフードを目深に被り、静かにたたずんでいた。

 単純に恥ずかしいからフードを被ったのではない。

 フードを被ることで視界を狭め、音を聞こえ辛くする。それが目的だ。

 クロードの能力は重力を操るもの。

 基本的には自分が照準を付けた座標に対し周囲の物体を引き寄せる、あるいはそこから引き離す。

 照準をつけるのは大抵が自身を基点とした相対座標上か、何も目印となるものがない空間上。

 目視する必要はなくとも、自然と入って来る余分な情報があれがそれだけ照準がつけづらくなる。


「久しぶりだな、自傷野郎」

「……いい加減それは忘れてくれ。俺もあの方法はあれきり使ってないんだから」


 互いに開始位置に着く。

 武器持ち込み禁止。

 そのルールの抜け穴は開始時点で持ち込んでいなければいい。

 試合中に魔法で手元に呼び寄せるなりすればいいのだから。

 クロードの場合は事前に待機場所にダグを置いておき、以前行ったことのある”空間ごと削り取る”という方法で手元に呼び寄せる。


「なあクロード。スコールに勝てるか?」

「無理だな。俺はあいつに負けたことしかない」

「そうか……」


 試合開始の合図が鳴り響く。

 それと同時、両者の間で砲撃が交わされた。

 ここまでの試合、どれも一撃で終わるか少々物足りないものであったからなのか、観客はそれを大歓声で迎えた。

 二人の距離は五百メートル。

 声は届かないはずの距離だが会話ができる。

 そして互いに目視しするのは難しい距離。

 だが魔法があればそうではない。

 ベインは空属性の魔法で位置を探りつつさまざまな位置から水の砲弾を放つ。

 対するクロードは微弱な重力の波を使って、その反射でおおよその位置に検討をつけ、片っ端から飛来する砲弾を撃ち落とす。

 その方法はミリ秒単位で座標を変化させる重力場の砲弾。


「やるな、クロード」

「まだまだ手札はある。あの時とは違う」


 魔法の迎撃を魔術分解のスキルに切り替え、精密な照準を開始する。

 狙うのはベインの真下。

 使用するのは一点への高圧縮で引き起こす爆発。

 不意にベインの足元の空間が歪む。


「まさか……!?」


 さっと飛び退くが遅い。

 一瞬で圧縮された気体、それは高密度になり温度が上昇する。

 ここで指向性のある開放をすれば裂傷程度で済む。

 だがさらに圧縮を続ければ……。

 局所的に空間が歪む、時間が歪む、そして光ったかと思えば大爆発を起こした。

 衝撃でフィールドが吹き飛び、大きな瓦礫が空を舞う。


「がぁっ! ……無茶苦茶な」

「さすがに魔力の流れを断ち切るための重力場を一緒にすると障壁魔法も意味がないな」


 自身に向かって落ちてくる瓦礫を払いながら悠然とクロードは走り始める。

 そしてすぐさま次の爆発を起こす。


「魔法士相手の戦いは、狙いをつけさせない、詠唱させないが基本だからな」


 魔法を詠唱する間もなく、宙に打ち上げられては落ち、地面にあたる前に再び打ち上げられる。

 本来であれば体がばらばらになるほどの衝撃ではあるがベインは生きていた。

 魔力を瞬間的に放出し衝撃を和らげつつ、必死に耐えていた。


「さて、止めといこうか」


 一度爆発が止み、ようやくベインの体が地面に着く。

 ベインの姿を捉えることができる距離からクロードは手の中にダグを呼び寄せ、空に抛った。


「終わ――――」

「リリース! 時よ、(テンパス)止まれ(ディジィーネ)


 ダグの雨が突き刺さる、その一瞬前ですべての動きが止まった。

 ぼろぼろの体に鞭打ってのそりとベインが起き上がる。

 使った魔法は予めレイズに張り付けてもらっていたもの。

 ベインも全属性の魔法を扱えるがレベルは低い。

 そのため定期的に、強力な魔法はレイズに()()()もらっている。

 条件発動型の魔法であれば、許可された者が特定の信号化した魔力を流せば喚起できる。

 そして大会規定でこれは禁止されていない。

 一回限りの切り札。

 この魔法の設定された効果は、自分を中心として流体以外の周囲のモノの時間を止める。


「こんな方法で勝つのもなんだが、悪いな」


 時間の止まったクロードの後頭部に重たい一撃を叩き込んだ。

 もちろん、当たる瞬間に魔法は解除する。

 解除しなければ自分が痛い目を見るだけだ。


---


『……勝者、ベイン選手!

 次の試合はベイン選手の治癒があるため十分間の休憩を挟ませていただきます』

 

 クロードめ、負けたのかよ。

 そんなことを思いながら俺は、レイズにあてがわれた部屋で荷物の整理をしていた。

 うん、リュックの中身、これどうしよう?

 こないだレイズにいろいろとられて中身は減ってるけどなぁ……。

 女性ものの下着とか服とか……これだけは残ってる。

 見られたら確実にアウトォォ!! だよな?

 と、思いつつも手に取って眺めている俺。


 だってさ、最高峰の強度を誇るものだからどんな素材か気になるだろ?

 まあ、神龍の皮とか解析したときに出たけどさ。


「なにやってる?」


 ビクンッと体がはねる。

 完全に気配と足音を消したレイズが後ろにいた。


「あ、いや、違うんですよ。これはですね、匂いを嗅ごうとかいう変態的なほうではないのですのよ」

「……ふむ、やはり焼却処分すべきか」


 レイズの手の中にはお決まりのミニ太陽が……、てかあれでよく火傷しないな。


「えっ? いや、ちょっと待って? 俺まだ死にたくないの」


 片手に眩く輝く太陽を持った白い悪魔が近寄ってくる。


「あ、あの? レイズさん?」

「灰すら残さないなら三千度くらいか? いや、むしろ電磁波の交差でプラズマ出して……」

「ちょ、マジで俺を消し去る気ですかい!?」


 誰か、誰か俺を助けてくれ。

 このままじゃマジで完全に消されてしまうぞ!


「すみません。霧崎アキト様はこちらにいらっしゃいますでしょうか?」


 ナイスタイミング!

 人が来た。


「いるぞ、入れ」


 レイズがぶっきらぼうに言い放つと、なにやら高級そうな箱を持った人が入ってきた。

 宝石箱か?

 あけたら煙もくもく系ではないよな。


「こちらがニュービーズ・インパクトの優勝賞品になります。どうぞ、お受け取りください」

「あ、どうも。……あの、表彰式ってないんですか?」

「アークとマスターのみ表彰式は執り行いますので」


 受け取った箱は見た目以上に重たかった。

 これは……金メッキじゃなくてまんま純金か!?


「レイズ殿。さきほどベイン殿が棄権しましたので、決勝戦の準備をお願いいたします」

「わかった、時間は?」

「5分後になります」

「そうか」


 箱を持ってきた人が一礼して部屋から出ようとする。


「ちょっと待て。決勝は殺傷可にしてもらえないか」

「相手選手に確認を取りますので、少々お待ちを」


 そのまま固まって数秒。

 魔法で通話しているのだろうか?


「相手方の了承は得られました。それでは、失礼いたします」


 一礼して今度こそ出ていく。

 それにしても、殺傷ありって……。


「さて、オレは全力でやりあってくる。杖を借りるがいいか?」

「いいけど。てか武器の持ち込みは禁止じゃなかった?」

「持ち込みはな。試合中に召喚魔法で呼び寄せるから問題ない」


 そう言ってレイズも出ていった。

 さて、俺は何をしようか?

 賞品の確認でもするかな。


 重厚なつくりの蓋をそっと開けると、中には赤い生地が張られていて真ん中に琥珀色の珠が三つ入っていた。

 これがレイズの言っていた進化の珠なのか?

 解析をば。


『進化の珠』・・・膨大な魔力秘めた珠。魔法レベルの強化が基本的な効果であるが、心の奥底で願っていることを実現させる効果もある


 ふむ……。

 これはなんて言ったらいいのかな?

 七つ集めなくても願いが叶っちゃうってことなのかな?

 手に取って眺める。

 大きさはちょうどビー玉くらいだな。

 琥珀色で透明で……。


「うおっ!?」


 いきなり光りだした!?

 えっ? ちょっ、待って。これ何が。


『スキル、魅了を習得しました。

 スキル、マーレヴェルテクスを習得しました』


 気づけば俺の手から進化の珠が二つ消えていて、頭の中に声が響いていた。

 なんだいこのいかにもなスキルは?


『魅了』・・・睡魔族固有スキル。種族問わずありとあらゆる異性をメロメロにする。言わば一種の強力な洗脳。常時発動解除不能

『マーレヴェルテクス』・・・いくらヤっても尽きない精根、絶倫になりますです


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………さて、いったん深呼吸して落ち着こうか」


 いや、落ち着こうと思った時点でもう落着けない精神状態だよな。

 俺ってちょっと前にさ、『異世界行ったら俺強ぇぇぇぇ! そして美少女ハーレムがお決まりだろ!』って思ったけどさぁ……。

 うん、洗脳はいかんよ、洗脳は。

 そこまでしてハーレムなんて作りたくないの。

 しかも最後の『常時発動解除不能』っていう呪いの一文が書かれてるわけじゃん。

 もしもだよ。俺がもっと浮かれるようなやつだったらだよ。

 いやっほうやったね! ハーレム作り放題ヤりたい放題これで俺も人生勝ち組だぁぁぁ!!

 てな感じではしゃぐだろうよ。

 でも考えてみてほしい。


 もし人妻を魅了したらどうなるだろうか?

(旦那になぶり殺しにされますね)

 もし魔物のメスを魅了したらどうなるだろうか?

(無理やり押さえつけられて行為に及んで両方の意味で食われますね)

 もし危ない人の彼女を魅了したらどうなるだろうか?

(組織ぐるみでドンパチやらかすことになりますね)

 もしレイズみたいなのを………。

(殺られますね)


 どうだろうか? デッドエンドまっしぐら、一本道の直通フラグが立ってしまったという事実が……。

 というかね、そもそもだよ。

 なんで!! 睡魔族固有のスキルなのに!! 

 俺、人間なのに!! なんで習得しちゃってんの!?

 睡魔族って言ったら、ほら、あれじゃん。サキュバスじゃん?

 夜な夜な人の精気を吸うだとか、やらしい展開にもっていくだとかのあれじゃん!!

 あ、なんだろう。

 目から汗が……。

 消して涙とは言わない。


---


 と、いう感じでアキトが汗を流し始めていたころ。

 レイズは戦っていた。


「来たれ、波の乙女!」


 敷き詰められた石畳の隙間から透き通った水の触手が生える。

 片手に掲げた杖を標的に振り下ろせば、一直線にすべての触手が攻撃のために動く。


「これがダメならもう手がねえ……。魔術はあと一つだし、神話系の武器はここら一帯を消し飛ばすし……」


 果たして、あと少しでスコールに鋭い水が突き刺さる。

 その一歩手前で小さく唇が動いた。


術式盗取インターセプトモード


 そう言の葉を発した途端、一瞬前までレイズの制御下にあった水はスコールの傍らに球体となって浮かんだ。

 すでにレイズが放った最高レベルの魔法は軒並み()()()()()()()()

 スコールの周囲に揺蕩う色とりどりの球体がその証拠だ。

 魔法はいくらでも重ね掛けはできる。

 だが現在発動中のものが消えていないうちに次のものを出せば術者にかかる負荷は加速度的に増加する。

 そのためにレイズはもう使える魔法があと少ししかない。


「おい、スコール! お前ほんとに魔法が使えない人間か!?」

「ああ、自分じゃ使えない。他人のものを奪って使うことしかできない」 

「で、どんだけ奪えるんだよ」

「発動済みのものならいくらでも、途中のものなら少しだけ。具体的な数は不明」


 言葉を交わし、互いに警戒しながら距離を詰める。


「しかしだよ、そもそも魔力だの神力だのがあることがおかしいんだ。

 普通の世界、安定した世界ならどちらも存在することはない。

 こんなものがあるのは不安定な世界。

 ゆっくりと壊れつつある死にかけた世界の叫びなんだよ」

「ん? そんなことを言うってことは、お前は飛ばされる前は安定した世界とやらに居たってのか?」

「いいや、安定した時代に居た」

「安定した……西暦のころか?」

「そう」

「ってことは、お前は時間も越えて飛ばされたのか」

「その大本の原因はレイズ、お前だけどな!!」


 いきなりスコールが駆け出す。

 両手を翼のように広げ、


解放リリース、『集え水の精霊たち(アクア・クライス)』」


 そう言うと同時に周囲にゆらゆら浮かんでいた水の魔法が一つになった。

 ドプンと音をたて、大きな水の塊が地面に落ちる。

 やがてそれは人の上半身を形作り、レイズの前に立ちはだかった。


「うぉっ!」


 振り下ろされる、水とは思えないほどに硬質な拳を受け止める。

 重量だけで言えば軽くトンを超えている。

 それに勢いがついているため通常ならこれで潰れ、無残な姿になるところだが。


「ぁぁぁぁあああ!!」


 まだ奪い取られていない自己強化の魔法で押し返す。


「いい加減諦めろ、本気を出せない状態じゃ勝てやしない」

「わかってんのか? この試合は殺傷有だ。そしてオレは不死身だ。永遠に続ければお前のほうが倒れるぞ」

「ああ、はいはい。そうだったな、じゃあ灰になれ……『踊り狂え火の精霊よ(イグニ・クライス)』」


 レイズの背後に回るように駆けながらの奪った魔法を解放する。

 赤色の球体、火の魔法が一つとなり、地を這う灼熱の大蛇が出現する。

 巻き付かれようものなら絶大な苦しみを味わいながら体が炭に変わるだろう。


「おいおいおい! それはないだろ!?」


 水の拳を躱し、剥がれた石畳を蹴り飛ばす。

 石畳が大蛇を下敷きにするが、それでもなお振り回される鞭のような尻尾が危険だ。


「うーん、なかなかしぶといな」

「ス、スコール。お前さぁ、人としてどうかと思うよ」

「ん? お前に限って言えば、頭落としても達磨にしてもファラリスの雄牛に投げ込んでも許されそうな気がする」

「……最低な野郎だな」

「うん、最低だよ」

「そこで認めるのもどうかと思うよ」

「変えようのない事実だもの。否定したところでどうにもならないからな」


 会話をしつつ打開策を模索するレイズだが思いつかない。

 現状、自己強化魔法以外はほとんどが奪われて使えない状態だ。

 召喚獣についても奪われたことはあるため、使わない。


「なあ、そろそろ降参しないか? お前の魔法の制御を放さなければいつまでたってもこの状況が続くぞ」

「……チッ、じゃあこれで最後だ」


 片手に持った杖をスコールへと向け、


「レーヴァテイン!!」


 杖の先端から輝く光の剣を撃ち出した。


「あぶなっ!」


 光速の攻撃。

 避けることは叶わない速度。

 奪うことは容易い

 なのに、それをスコールはした。


「さすがに光速だと奪えないか?」

「奪えないことはないが……」


 途中でスコールが後ろを振り向き、指さした。

 数百メートル先、異位相空間の端に大穴が穿たれ、その外から審判がレッドフラッグを振っていた。


「こっちのほうが早いからな」

「あ……いやちょっと待とう?」

「観客席への攻撃も一発で失格だ」


 無慈悲な終了の合図が響いた。


---


 俺、霧崎アキトは一生分の汗(涙とは言わない)を流し終え、ベッドの端に座ってちょっと考えていた。

 頭の上には復活したエアリーがぐでーんと乗っている。

 さきほどの魅了スキルがほんとならばエアリーも俺にメロメロ洗脳状態、ということになるのだろうが。


「ふにゅぅぅ」

「いたって普通だな……」


 いきなり疑わしくなってきたぞ、あのスキル!?

 うん、そうだよね。

 あんなチート性能のスキルなんてほんとは存在しなくて単なるジョークで表示だけ形だけのものだよね。

 うんそうだそうだ。

 デッドエンドまっしぐらのフラグなんてたつほど運が無いってことはないのだよ。

 はははは……。


 と、この時までは思っていた。

 

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