闘技場・殺る気を出した死神
翌日。
いよいよトーナメントが始まった。
生き残ったのは俺たちを入れて十六組。
残念ながらこの中にギルバートたちは入っていないかった。
昨日のうちに探し当てて話を聞いてみると、開始と同時にいきなり体が重くなって意識を持っていかれたとか。
そしてレイズはこう証言した「魔法は使われていない」。
つまりはクロードが超ピンポイントで重力をかけて圧殺したっつうことだな。
なんだよ、やることはやってんじゃん。
……一応は味方だったのになぁ。
と、無駄話はここまでにしておこう。
トーナメントは中央の石のフィールドの上で行われる。
建物の瓦礫やら壊れた何かやらが点在するちょっと汚いフィールドだ。
勝負はそこの両端に一組ずつが立ってから開始される。
他人の試合は見ることができず、勝敗は一方が降参するか、攻撃手段を失うかすると決する。
そして俺たちは第一試合目。
相手は誰だろうな。
「行くぞ」
クロードに促されてフィールドに入る。
俺は武器を持っていない。
武器の持ち込みは禁止されていないが、正直剣はまだ使いこなせる自信がない。
あの杖も制御しきれる自信がないからレイズに預けてきた。
一緒にハーピーもいるはずだ。あそこなら絶対に安全だからな。
クロードは昨日のうちに買い込んだらしい、”ダグ”とかいう武器をたくさんベルトに差している。
なんでも、投げやすくて小さいから、急所を的確に狙わない限り大きな怪我をさせなくて済むって言ってたな。
それに武器としての威力はあまりないからうっかりヤっちゃうことがないからこの戦いにはちょうどいいとも言っていた。
うっかりでヤっちゃうってこの人怖い。
「さて……初戦からあいつらか」
「……勝てんのかよ」
反対側から入ってきたのはウィリスとリナさん。
ウィリスはいつもの臙脂色の軍服に短剣を二本だ。
エナジーソードじゃ危険すぎるんだろう。
そしてリナさんはいつぞや見たハルベルトを肩に担いでいる。
服装は……まあ、クレナイさんと同じで、上は体の前だけを隠す赤い布。
下は尻尾を出すためにお尻のところに穴の開い たクリーム色のズボンだ。
「降参しろ。お前らじゃ俺には勝てない」
クロードが歓声に負けない大声で言う。
どんだけ自信があるんだこいつは。
ウィリスのあの一瞬で首ストン攻撃をどうやって凌ぐのか。
そこがネックだな。
「くっ……」
ウィリスが顔を下に向けて悔しそうな表情をしている。
ああ、そういえばやられてたな……。
「じゃ、俺はウィリスを殺る。お前は竜人をやれ」
「いまなんか発音違わなかった? 殺す感じだったよね!?」
「さあ?」
クロードが両手にダグを持つ。
ウィリスとリナさんもそれぞれ構える。
観客がやがて静まる。
プワァァァアアアアン。
気の抜ける音が響く、始まりの合図だ。
「せぁっ!」
瞬間、ウィリスがクロードの前に出現して一撃叩き込んだ。
全く見えなかった。
これが時属性の効果なのか?
「遅い」
「ぐっ、がはっ」
「終わりだな」
何が起こったか全くわからなかった。
気づけばウィリスが地面に叩き付けられて、その背中にクロードが足を乗せていた。
そのまま首筋にダグを突きつける。
「降参しろ」
「くっ……」
ウィリスは首を縦に振らなかった。
ギリギリと圧力を増すクロードの足。
その苦痛に顔を歪めるが耐えている。
「はぁ……殺せないって面倒だな。おい、さっさとそっちも片付けろ」
まるで近くのスーパーまでお使いよろしく、って感じで言いやがる。
相当戦いに慣れているんだろうな。
「さっさとしろ」
なにか得体のしれない恐怖を感じる。
レイズよりも手を出しちゃいけない何か……これが、死神?
「征け!」
言われるがままに走り出す。
でも相手が知っている相手なだけに迷いはある、しかも女の子。
レイズとは違う、下手にケガさせようもんならあとが怖い(社会的な意味で)。
「っ!! できれば戦いたくはないのですが」
「ごめん! ケガさせたら後で治すから」
今使える魔法で一番安全なのは?(いろんな意味で)
火属性は……炎自体がダメだな。
生属性つっても今、種は持ってるけど触手はいちばんやっちゃいけないし。
空属性は空間ごと断ち切るものだから思い切りルール違反。
なら水か……。
なるべく弱く、小さく、吹き飛ばしてしまうような威力は出さないように。
「シュート!」
拳くらいの水弾を撃ち出す。
リナさんはそれをハルベルトで切り裂いて……。
「きゃっ」
「あっ……」
ごめん、布がそこまで薄いことを考えてなかった。
「まさか……あなたは本当に変態の方向に……」
「いやいやいやいやいやいや、違うよ!!」
リナさんがハルベルトを構えなおして向かってくる。
ガンッ!! と勢いよく地面を蹴ってハルベルトが突き出される。
「うぉっ!?」
横っ飛びによける。
いや、俺は横には飛んでない。
横に落ちた。
「ボサッとすんな!」
「すまん、クロード」
起き上がって距離を取ろうとするも、斜め下からハルベルトが迫り、しゃがむ。
「くっ、今なら一撃で楽にしてあげますよ」
「コロスキデスカ?」
その返事は振り下ろされるハルベルトで返ってきた。
今度は後ろに落ちる。
クロードの援護がなけりゃ今頃俺はモザイク必至の状態でころがってるな。
「少しばかり本気を出しましょうか」
リナさんの輪郭が赤く染まる。
なんだろうな、これは怒り?
てかどうする、この状況。
こっちから仕掛けないとジリ貧だぞ。
いっそ一発叩き込むか?
拳に水を纏わせ、立ち上がってリナさんに向かう。
ケガはさせず、且つ意識は奪う。
ともなれば顔か……これも後が怖いけど。
「……っ!?」
驚いたのか、リナさんが後ろに下がった。
でもそのくらいの距離はどうってことない。
目測がちょこっとだけずれるだけだ。
「ごめん!」
もうちょっとで顔にあたる。
そんなときに足元の窪みに躓いた。
ぽすっ、と。
狙いより下の小さな丘に軽く当たった。
「……………………………………………………………………………………………… ……………………………………………………………………マジでごめんなさい」
「いやぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーー」
その瞬間、三つのことが起こった。
「夏塩蹴り!」と技名が聞こえ、臙脂色が目に入った時には俺の体は宙を舞い、「飛翔連脚」と聞こえた瞬間にとても重たい攻撃が三連続撃ち込まれた。
そして、
「真面目にやれーー!!」
「なにあの選手? 破廉恥だわー」
「最っ低だな」
「うわー、マジありえないんすけど」
等々観客席から聞こえ始める。
今のは事故だ、ほんとに事故なんだ!!
「ウィリス、さっきは悪かったな。まさかコイツがここまで外道だとは思ってなかった」
「いや、いいさ。俺のパートナーに手を出した報い……とりあえずコイツを死なない程度に」
「Nooooooooooooo」
第一回戦。
ウィリス・リナのペアはクロードに勝てないと判断しリタイヤ。
俺は全身打撲+頭部以外骨折+内臓破裂+社会的制裁その他多数でダウン。
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「ひどい戦いだったな。こんなのはここ二百年で久しぶりだ」
現在、俺ではどうしようもないほどにひどい傷をレイズに治癒してもらっている。
魔法のイメージができなきゃどうしようない。
痛すぎて安定したイメージを構築できないんだよな。
しかも怪我の一番の原因はクロードの飛翔連脚とかいう三連キック。
「二百年て……どんだけ生きてんだよ。それにそのときのひどい戦いは?」
「スコールってやつを知ってるか?」
「ああ、こないだ変なこと言われた」
「へぇ、あいつが……まあ、いい。
あのときはオレもあいつもニュービーズ・インパクトに出場してな。
当時は人数制限は五人以下だった。
オレは単独出場で、今回みたいにバトルロイヤルだったんだが……。
そのとき偶然スコールと相対してな。お互い全力でやりあって大惨事だ」
うへー、レイズの全力か。
そりゃ大惨事は確定だわな。
「ま、昔話はここまでだ。少し寝てろ」
レイズの手から桃色の光が舞い散る。
急に眠気が……。
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『はい、これにて各組とも第一戦目は終了しました。これより第二戦目を開始します。
なおクロード・アキトペアはアキト選手不在のため、クロード選手単独での試合となります』
休憩室で一人微睡んでいたクロードは立ち上がった。
ここには彼以外は誰もいない。
彼が入ってくると同時に全員が出て行ってしまったからだ。
「んーー、さてと、行くか」
大きく伸びをして、フィールドへと向かう。
その足取りはなんとも面倒臭そうだ。
晴れ渡る青空。眩い光が差し込むゲートからフィールドへと踏み出す。
クロードの側に歓声はない。
一戦目の優勝候補をあっという間に無力化したために、誰もが彼を恐れていた。
「あら、二戦目はなかなかカッコいい坊やがお相手なの?」
相手は二人の女性。
どこでも見かけるようなシャツとズボン。そしてたくさんのポーチのついたベストを着ている。
両腿にはホルスターがついていて、すでに片方の銃は手の中に。
もう片方はレイピアを持っている。
「ねえ、あなた。降参しない?そしてお姉さんたちといいことしましょ」
「選べ」
クロードはただそれだけ言い放った。
相手もそれだけで内容は理解した。
話し合う気はない。
降参するか、力づくで決めるかを選べ。
「それはこっちのセリフよ」
プワァァァアアアアン。
開始の合図とともにフィールド全体を強烈な重力場が覆った。
地面がひび割れ、フィールド上の瓦礫が重圧に耐えきれず、壊れ始める。
相手に攻撃の暇を与えない。
「がぁぁ…………」
肺の中の酸素を押し出され、二人の女性は意識を失った。
勝利の宣言などすることもなく、クロードは終了の合図でそそくさとフィールドから退場した。
ほんの数秒で決着をつけ、再び休憩室に戻ると見慣れた顔がいた。
クロードにとっては見慣れた顔。
この世界に飛ばされる前の前の世界で一戦交え、何もできないままに負けた相手だ。
「何の用だ」
「マスターズ。今ならまだエントリーできるぞ」
「…………」
「あいつに勝ちたいんだろ? だったら強いヤツと戦って経験を積め、クロード准尉」
言い終わると相手は姿を消した。
魔法の詠唱も発動の兆候も見せずに。
三戦目の相手は白い刀を使う剣士といかにも魔法使いな格好の二人組だった。
これも先ほど同様に数秒で沈黙させ、現在は四戦目であり決勝。
相手はキニアスとクレナイ、そして狙撃兵のようなのが三人。
「手早く済ませたい、陥没骨折くらいは覚悟しろよ」
「いきなり物騒なこと言うね」
キニアスは答えながら中折れ式のダブルショットガンに弾丸を込める。
「今降参してくれると非常に楽でいいんだが」
「僕たちはしないよ。ここで勝てば……」
プワァァァアアアアン。
開始の合図と共にキニアスが真上にショットガンを向け引き金を引く。
打ち出された弾丸は空中で炸裂し、きらきらと光る銀色の燐光を散らした。
それと同時に狙撃兵の姿が消え、
「くそが、やっかいなことを」
クロードはまたも同じ方法を使おうとして、できなかった。
重力場が展開されない。
だが彼の手札はそれだけではない。
燐光の舞う場所にだけ展開できない。
広域に展開できないなら局所的に展開すればいい。
そう思って相手二人、キニアスとクレナイに意識の照準をつけ、またも展開されなかった。
この間、傍から見ればただ突っ立っているだけ。
当然狙いを付けられ銃弾が送り込まれる。
「くそっ」
三人の狙撃兵が時間差で撃ってくる。
絶え間なく撃ち出される攻撃の中、回避行動を取りつつクロードは発砲炎を頼りに狙いを定めた。
近くの瓦礫を浮かび上がらせ、頭があるであろう場所に投げつける。
あたる瞬間に負の加重から正の加重へ変換。
ドガッ、と確かに手応えはあった。
三人分の倒れる音が響く。
「やるね、あなた」
後ろから声がする。
聞き終える前にその場に体を落とすと、真上を鋭い刃が走り抜ける。
「それで?」
さっと真後ろに足払いをかけ、クレナイの体制を崩す。
すかさず立ち上がり、右手で胸元をつかみ、左手で肘をつかみ、背負い投げで地面に叩き付ける。
「ぐぅっ!」
「とどめだ」
頭部に集中して重力をかけ、血流を阻害。
そのまま気絶させる。
そして残った一人に向き直りながらダグを手に取る。
相手は引き金をカチャカチャ鳴らすだけだ。
すでにショットガンの内部機構に干渉されて撃鉄が動かなくなっている。
「さあ、降参するか?」
「いいや、しないよ」
そう言うとキニアスは銃を捨てた。
「燃え盛る巨鳥」
キニアスの周りに発生した赤色の靄が鳥の形を作り、大きく羽ばたいた。
召喚されたのは炎の鳥。服従を示すかのようにキニアスに寄り添い、指示を待つ。
続けて詠唱する。
「赤き蛇、炎の蜥蜴」
次々に召喚される炎の眷属を前に、クロードはただ立っていた。
否、一つ一つの召喚物の特徴を観察していた。
核はどこだ? 術者との繋がりは? これは分解できるのか?
「それだけか?」
一通りの召喚が終わり、キニアスの周りにはたくさん赤い獣が控えている。
いずれも指示を与えられれば死ぬことを恐れずに敵対者を焼き尽くすだろう。
「ああそうさ、これが僕の全力だ。……征け!」
キニアスの号令の下、赤い獣が動き出す。
燃え盛る鳥は空から、蛇と蜥蜴は地から、さらにその後ろからも多数続く。
それらは近づくだけでも焼き焦がされそうなほどの熱を放ちながらクロードに襲い掛かり、
「失せろ」
消えさった。
後には何かの破片のような青白い何かがパラパラと散っていた。
魔術師に対抗するために身に着けたスキル。
それが魔法使いにも通用した。
通用するという確信はなかった、クロードはどうせ重力場で防げるのだから試すにはちょうどいい機会だと思っただけで実行したのだ。
そして強制的に魔法を打ち消されたショックのフィードバックなのか、召喚物が消えると同時にキニアスはその場に崩れ落ち、クロードの勝利が決まった。
---
目覚めると夕方だった。
大会はどうなった?
まさか、俺がいなかったせいで不戦敗とかになってないだろうな?
飛び起きて部屋の出口に駆け寄るとちょうどレイズとクロードが入ってきた。
「大会は? もしかして」
続きを言う前にレイズが肩に腕を回してきた。
「クロードの一人勝ちだ。がっぽり儲けさせてもらった。
さすが倍率64倍。しかも賭けたのはオレだけだったと」
見ればクロードの背後にはかなり大きな袋が二つ浮かんでいる。
それらがぶつかるとじゃらりと金属音をたてる。
うわお、これで俺らの負債をチャラに……はできないか。
レイズが稼いだ分だもの。
「飯でも行くか。一応の優勝祝いだ」
俺が寝てる間にクロードが全部やってくれてしまった。
だから俺には全然実感がないよ。




