闘技場・やる気のない死神
買い出しとその他いろいろを済ませた後、俺たちはレイズの魔法で転移した。
俺とクロードは『ニュービーズ・インパクト』に、レイズは『マスターズ・リガーレ』に出場する。
そしてなぜかギルバートたちも出場すると。
剣の腕が達人級、それがおよそ三十人。
いっきに優勝への道が遠ざかる……なんてことはないな。
だってクロードがいるんだもの。
「あー、やっぱ人が多いなー」
「てかどんだけいんだよ。地平線を埋め尽くすほどじゃねえか」
ここはまだヴァルハラってとこじゃない。
どうやらヴァルハラへの直接転移は禁止されているとかで、その外側、グラズヘイムってとこにいる。
ここはヴァルハラを囲む神殿の跡地だそうだ。
ところどころに汚れた金色の瓦礫が散乱して、崩れかけた高い壁が切り立っている。
いつ崩れてもおかしくはなさそうだな。
「なあ、ここって修復工事とかはしてねえの?」
「する必要がないからな」
「えっ?」
「魔方陣が刻まれてるから、ある程度壊れたら勝手に修復されるんだよ」
なるほど。
それにしても人が多い。
こんなところじゃスリや置き引きに要注意だ……。
「おいテメェ! 今俺の財布盗っただろ!」
「さあ? なんのことかな」
「この……」
早速だな。
ちょっと見物しようか。
そちらに目を向けると。
「痛たたたた、降参だ!」
クロード君がガラの悪い連中を締め上げてました。うん。
見なかったことにしよう。
それにしてもまさかクロードがスリなんてやるとは……。
「へぇ、結構入ってるな」
財布の中身を見るとクロードは近くの商人風の男に財布を渡した。
「あ、ありがとうござまいす。このお礼は」
「要らねえよ」
ああ、そういうことか。
財布を掏られた商人のために掏り返したと。
「意外にいいとこあるじゃん」
「は?」
「だってタダでそういう……」
ん?
その手にある金貨はなんだね?
「あ、これ。盗った。タダで誰かのためにやるとか思っちゃいけない」
そうでもなかったな。
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その後は特に問題もなくヴァルハラにたどり着いた。
まあ、問題はあったと言えばあったよ。
ハーピーを攫おうとした怪しからん奴らがハーピーの鉤爪で血まみれになるとか、
レイズを攫おうとした無謀な奴らがxxxxxにされたりとか。
xxxxxが何かって? xxxxxはxxxxxだよ。
そして俺に手を出そうとした危ない人たちが俺の部下の危ない人たちに、
危ないことされて危ないことになってどこかに連れていかれてほにゃららで……とかね。
ちなみにクロードについては誰一人として手を出してこなかった。
目線を向けるだけでそれ系の人たちがさっといなくなるほどだ。
「そんじゃ、手続きするか。ついて来いよ」
レイズが先頭を歩き、その後ろに俺とクロードが続く。
前後をお強い人に挟まれて地味に背筋がぞくぞくしているが、まあいいさ。
はぐれないようにしっかりついて行って、
飾りっ気のない石の門の下で手続きを済ませて中に入った。
ほんとに飾り気のない灰色の道を進んで途中で曲がった。
その先は地下への道で、参加者の宿舎らしい。
曲がらずにまっすぐ行った先は観客席があるんだとか。
「このままオレについてこい」
「えっ? でもニュービーズインパクトの参加者はあっちじゃないのか?」
「あっちはひどい部屋だからな」
ちらっと空いているドアの隙間から部屋を見た。
はっきり言おう、汚い。
いつか俺が閉じ込められたあの部屋より汚い。
バネの飛び出したベッド、小さな窓、汚い便器。
暗くて涼しいけどかび臭いな。
「どうしようもない汚さだな……」
クロードがボソッ漏らす。
「仕方ないさ、参加者が多いから掃除しようもんなら人手が足りん」
歩いているうちに上のリーグのエリアに入った。
さっきの場所より少しはきれいだ。
ランプもあって水道とかもある。
さらにそのまま歩いて、マスターズのエリアにたどり着く。
なんだろうなこの違い。
あっちは牢獄、こっちは豪華ホテル。
そんな感じだ。
「あー、ここか。さあ、入った入った」
豪華な部屋に押し込まれる。
中はきちんと掃除が行き届いていて清潔。
ダブルベッド並みの真っ白なベッドが一つ、そしてテーブルとイスが一つずつ。
ハーピーはふかふかのベッドにダイブ。
俺たちは荷物を隅において床に座る。
「さて、誰に賭ける?」
唐突にレイズが言った。
まあ、こういう闘技とかって賭博は基本か。
入口の受付にそういうところがあったし。
「俺は、スコールに金貨三枚」
クロードが先ほどくすねた金貨を取り出す。
「なるほど、オレも同意見だ。同じリーグ同士で賭けはできないからお前が賭けといてくれ」
そういってレイズはウエストバッグの中から袋を取り出した。
じゃらじゃら音がして袋の口からは金貨が覗いている。
大金だな。
「それとお前らのペアにも賭けておく。儲けさせろよ」
その後、俺はレイズに賭けることにしてフィールドに向かった。
お金は借りました……いやでもレイズだから絶対勝つだろ?
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『さあさあ、今年もやってまいりました毎年恒例の闘技大会!!
司会進行を務めさせていただきますは、『神の裁き』所属の……』
ヴァルハラ全域に響く司会者の声。
空中には半透明のスクリーンに映像が映し出されている。
よくわからないので、聞いたところ空間魔法使っているのだそうだ。
こりゃ、テレビとかいらなくね?
と、思えてきてしまうな。
『さて、本大会ですが、例年通りまずはニュービーズ・インパクトからやっていきましょう。
今年も新人戦なだけあって参加者の数は上位リーグとは桁が違う!
ということで、フィールド全体を使ったバトルロイヤル方式で行います!
そして生き残ったチームがトーナメント方式で決勝を争います!!』
初戦は乱闘かよ……。
まあ、クロードがいるし大丈夫かな。
『さらに、観客の皆々様お楽しみ!
今回の賭けですが!!』
空中に別のスクリーンが展開される。
そして参加者らしき名前がずらーっと表示されていく。
『これが今回のニュービーズ・インパクトの参加選手です。
やはり、一番人気は不敗のウィリス選手、次に狙撃王キニアス選手!
とくにウィリス選手はここ最近の大会で連覇を成し遂げています。
今回も優勝の最有力候補としては妥当なラインでしょう』
わーお、ウィリスがいるのかよ。
そういやあいつ時属性のレベル7だったな。
『ただ、今回の大会。マスターズ出場のレイズ選手一押しのアキト選手がいます!
他にも有力な候補がいるようですし、今年はウィリス選手の連覇も危ういか!?』
ドウェイッ!?
俺が一押しかよ。
『おやぁ? ……な、なんでしょうかこれは?
倍率64倍という方が……。
名前はクロード選手で……、えっとぉー魔法はなし、剣術や格闘術もないですねぇ……。
勝つ気はあるんでしょうか?』
フィールド全体が一瞬で静まり返った。
そして視線のウェーブが一気に俺の隣、クロードにぶつかる。
「どーも、クロードだ」
棒読みの台詞で手を挙げて振った。
他の参加者や観客から嘲るような視線や生暖かい視線を向けられる。
こいつには恥ずかしいとかいう感情はないのだろうか?
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司会の指示に従い、スタート位置についた。
俺たちのスタート場所は今にも崩れそうな建物の中。
実はこのフィールド、ヴァルハラ全域で観客席が外縁に沿うように作られている。
めちゃくちゃ広いし、森林や寂れた市街地、平原に水源地のような場所、
そして中心に石を敷き詰めた円形のフィールドがある。
スタートまではまだ時間があるが、開始前に魔法を待機状態まで持っていくとかは禁止だとか。
まあ、クロードがいるからどうとでもなるだろうけど。
「で、どう戦おうか」
「一人でやってくんない?」
「面倒だ。それにほっときゃ雑魚同士潰し合うさ」
なんともやる気のないお言葉で。
そんなことを思った次の瞬間、建物が崩落した。
なんの予兆もなく、突然に。
「っ!?」
「伏せろ!」
クロードに押し倒され、上から天井が落ちてくる。
ちょっと待って。
始まる前に圧死するとか嫌ですよ?
『なんということでしょうか!!
開始前に倍率64倍のクロード選手、アキト選手、事故死してしまいましたーー!!』
「誰が死ぬか、アホ」
恐る恐る目を開ければ薄ぐら闇の中クロードの姿が見えた。
「な、何が……」
「重力場を形成して安全地帯を作った。終わるまではこのままでいるぞ。……楽だし」
「おい!!」
何が「楽だし」だよ!
起き上がって瓦礫の壁にタックルを仕掛けるもビクともしなかった。
ていうか痛い。
「無駄だ、あれだけの瓦礫だ、俺の能力じゃないと出られねえよ」
「んなことはない」
壁抜けだ。
俺にはそれがある。
「いてっ!」
抜けられなかった。
瓦礫の壁はどうやら分厚いようだ。
『彼らの無念には同情しますが、大会は通常通り開始します。
では、三!』
ああ、なんだろうな。
『二!』
俺って何のために……。
『一! 開始ぃぃぃぃ!!』
その後、結局終わる五秒前までクロードは瓦礫を退かしてくれなかった。
ていうか真面目にやろうよ?
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「卑怯だぞテメェら!」
「生きてんならさっさと出てこい!!」
などなど罵詈雑言を生き残ったやつらから受けた。
が、
「あぁ!?ルールには戦って生き残れとはどっこにも書かれてねぇんだがな!!」
と、クロードの一声と俺たちに近寄ってきたレイズの影響もあって、
蜘蛛の子を散らすようにみんな逃げて行ってしまった。




