キニアスの戦い
朝、鳥が鳴き、日の光が夜の帳を払う清々しい朝。
二階の端の部分が吹き飛んでいる宿屋。
その一階の酒場で彼らは対面していた。
「おはようございます、キニアスさん。私どもは葛原金融のものでして」
「帰れ。僕は少々、頭にきてるんだ。もしかしたらうっかり銃を暴発させて偶然あんたらの脳天に風穴を開けるかもしれない」
宿の入り口にはスーツを着た、少々怖い雰囲気の人間たちが。
そしてその前には片手に自動小銃を持ったキニアスがいた。
既にセレクターは安全から単発に変えられ、引き金には指が掛かっている。
キニアスの目元にはくまがあり、眉間には青筋がある。
サキュバスと遭遇しアキトと別れた後、単独でスケルトンが跋扈する地域を突破して帰還しているのだ。
「それは脅しですかな?」
「どう取ってくれても構わない」
――どうなっている。アキトが壊した部屋の修理代金は確かに保険で……。
ふとカウンターの向こう側で作業をしているおやっさんに視線を向けるとすぐに目を逸らした。
――なるほど……金欲しさにやりやがったか。
「まず、この度の件ですが。あなたのお連れ様が宿の一室を破壊。その修理費用の立て替えを我々が」
タァァァン!!
キニアスが床に向けて発砲した。
さっきまで朝の賑わいで騒がしかった酒場が一瞬で静かになり、一人を除いて全員がキニアスに注目した。
「汚い手段を使いやがって」
「それはキニアスさん、あなたでしょう。暴力で修理費用を踏み倒す気ですか?」
この手の事案は往々にしてどこにでもあることだ。
そしてこういうことはキニアスにとっては三回目であり、今までの経験上、話し合うよりも実力行使のほうが圧倒的に楽であり解決が早いと知っている。
「既にこちらは修理費用を払っている。あんた達に払う金は一銭もないんだよ」
「おや、暴力の次はどべぇへあ!?」
横から突き出されたハルベルトで、スーツを着た人間は酒場の壁までノーバウンドで飛んだ。
「キニアス、宿を変えよう」
「そうだな。……邪魔だお前ら」
キニアスが銃を向け、竜人族の少女が睨むと残りの人間たちはさっと道を譲った。
酒場の客たちが呆気にとられている中、カランカランと音を立てて二人は外へ消えていった。
「それで? どうするんだ、レナ」
「ギルドに行こう。昨日面白い依頼を見つけたんだ」
ギルド。
様々な職業の者が集まり作った組織。
その中でも冒険者ギルドと呼ばれるギルドがある。
数々の実力者や多種多様な種族が集まり、常に様々な依頼が飛び交う。
他のギルド、例えば商工ギルドであれば商業と工業に関する依頼を専門とするのに対し、冒険者ギルドは簡単な採取から危険な討伐や捜索といったことまで何でも行うギルドだ。
ミズガルドの中心部、そこに冒険者ギルドの本部がある。
その本部のスイングドアを開けて、キニアスとレナはギルドへ入った。
依頼が貼り付けられている掲示板の前に行き、目当ての依頼を探す。
「あった、あった、これだよ」
「これは……なんというか、タイミングが良すぎやしないか?」
「でも、これを受ければ個人の戦闘じゃなくて、任務としての作戦行動になるからね。公に言える大義名分があったほうがやりやすいでしょ?」
そう言ってレナは依頼書を剥がし、受付に持って行った。
しかし。
「あんた、ランク見たのか?」
「見てないけど」
「これは受けさせるわけにはいかない」
受付で跳ねられてしまった。
依頼には低いほうからF、E、D、C、B、A、Sのランクがあり、さらに上もある。
基本的に依頼を受ける場合、自分のランク以下のものしか受けられない。
ランクアップの条件は一定回数依頼をこなすこと、それ相応の実力があることの二つ。
そしてギルドの仕事をしていないレナ、キニアスのランクは共にF。
依頼のランクはS。
実力は折り紙付のレナとそれなりのキニアスだがこの依頼は受けられない。
「どうすんだ?」
「こうなりゃ高ランクのやつに受けてもらってパーティ組むしかないね」
「誰か知り合いがいたか?」
「ウィリスはユグドラシルに行ってるし、ヴァンは……確かヴァルハラに行ってるから……」
「ダメか、仕方ない賄賂で……」
再び依頼書を持って、今度はキニアスが受付に行く。
「この依頼、受けたいんだけど」
依頼書と一緒に周りに見えないように金貨を三枚出す。
「いいのか、サポートは一切ねえぞ」
「構わないさ。僕たちがこの依頼を受けていることになればいい」
「そうかい。なら契約書にサインしてくれ」
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受けた依頼の内容は、
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ランクS【殲滅】
・内容:葛原金融ミズガルド支部の殲滅
・報酬:白金貨50枚
・期間:今月中
・依頼主:
・備考:依頼主に関して一切の詮索をしないこと
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というもので、本来であれば書かれていなければならないことが殆ど書かれておらず、異常な報酬金額が目立つ。
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斯くして依頼を受けた二人は行きつけの武器屋へと向かう。
「おう! 今日は何が入り用だい」
「ホローポイントと爆薬をあるだけ、それと12.7㎜をリンクで9ヤード」
「あたしは生属性の魔晶石を20個と砥石を2つと襤褸切れ」
キニアスは懐から金貨の入った袋を取り出してカウンターの上にどさりと置く。
金だけはかなりもっている。
総額は5年遊んで暮らせるほど。
「お……おう。なんだキニアス、今度はでかいとことやりあうのか?」
「まあそんなもんだ」
バックパック2つ分の買い物をしたキニアスとウエストバック1つ分の買い物をしたレナは、次に援軍を求め歩き出した。
キニアスとレナは最初から2人でやろうなどと無謀なことは思っていない。
そんなことができるのはレイズなどの極一部のおかしい人たちだけだ。
「僕はラグナロクで何人か雇うが、レナはどうする?」
「あたしは紅龍の暇人を連れていくよ。どうせいつものように訓練サボってるだろうしね」
ミズガルドの北端、城壁に面したところにある武道場のような場所。
そこがラグナロクに所属する者たちの住処であり鍛錬の場だ。
ラグナロクはヴァンをリーダーとする元盗賊の集まりで現在は傭兵として様々な仕事を受け持っている勢力だ。
所属人数は約500名、精鋭であれば敵分隊を1人で相手取ることができるほどの実力をもつ。
そんな者たちがいる場所に、キニアスは1人、入っていった。
「ん? どうしたキニアス。ヴァンならいねえぞ」
「今日はそういうんじゃなくてだな。兵を貸してくれないか? 報酬は1人頭、金貨5枚だ。人数は多ければいい」
「ちょうど、今は精鋭はユグドラシルに行ってる。ニュービーでいいなら30人、1人金貨2枚と銀貨5枚でどうだ」
「武装は?」
「鉄剣とアサルトライフル、拳銃にアーマー一式だ」
「よし買った。作戦内容は葛原の殲滅だ」
「………それを先に言えよ」
ラグナロクの兵はスイッチを入れ、マイクに向かって叫んだ。
『野郎どもぉぉーー!! 葛原を叩きのめす機会が来た!! 40秒で支度しやがれ!!』
敷地内のいたるところにハウリング寸前の放送が響いた直後、ドタドタと慌ただしい音が聞こえ始めた。
「金は30人分しか出さないよ」
「構わん構わん、あの連中を正式に叩きのめす事が出来んだ、その権利だけで十分だ」
コンコン。
ドアがノックされる。
「総員399名、準備できました!!」
「よし、すぐに指示を出す。それまで待機!」
「了解!」
廊下に足音が響いた。
窓から外を見れば、きっちりと整列し、臙脂色で統一された者が並んでいた。
「早すぎないか!?」
「キニアス、オメエさんは知らんだろうが葛原に恨みを持つ奴らはどこにでもいるぞ」
「そうかい、それにしても……この人数は非番も出てきたのか?」
「たりめえよ!! こんなチャンス二度とお目にかかれねえからな」
この日、5つの勢力によるミズガルドの地図が書き換えられるほどの市街戦が起こった。