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遥か異界で  作者: 伏桜 アルト
第2章 冒険
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目覚め

 急に頭の奥がすぅっと冷えた。

 いくら明晰夢だからってはっきりしすぎだろ。

 それに冷静になってやっと気づいた。

 なんか違和感がある。

 さっきから首筋をちくちく刺すような……。


 ぐるっと部屋を見る。

 なんだ?なにがある?

 壁には特に変なものはない。

 床は。

 部屋の隅から見ていくとベチョっとなにか落ちる音が聞こえた。


「なんだ!?」


 ばっ!と振り返ると机の上に黒いねばねばしたものが落ちていた。


「う……え?」


 ゆっくりと天井を見上げると……。


「な……ん、だ…よ、これ」


 黒い染みのようなものが天井の隅から広がって、黒い何かが染み出していた。

 本能が逃げろと叫ぶ。

 その瞬間、俺は躊躇いなく窓ガラスを突き破って寮の外に飛び出た。


 飛び出す瞬間に、寝ていた自分が飛び掛かって来た。

 真っ黒な眼孔に赤い光。

 幸い捕まることはなかったが……あんなのは俺じゃない!


「くそ!」


 なんだってんだよ!

 ここは現実なんかじゃない。

 現実なんかじゃ……それを証明できるか?


 これが全部偽物だって証明できるか。


 …………………。


 ひゅーと風が吹いた。寮の裏の木々をざーざーと揺らす。

 その風は桃色をしていた。

 そして。

 寮の屋根に黒い何か……ベインが召喚していた根幹を成すもの(アテリアル) みたいなものがいた。

 腕に当たる部分を屋根から突き入れている。


「あの黒い染みはあいつが? それに桃色って……確かベインが言っていた精神世界の………」


 考え始めた瞬間、さっき飛び出した部屋が弾け飛んだ。

 中から出てくるのは異質な自分。黒く染まりつつある何か。

 もはや人と呼んでいいのか悩むほどに人と言えない何かになっているものだ。


「おいおい……冗談じゃねぇぞ!!」


 すぐに身を翻し、足を前に送り出すと同時に地面から突き出した手に掴まれた。

 異質な何かが迫ってくる。


「来るな……来るな! 来るなぁーー!!」


 やつの黒く染まった手が振り上げられると同時に、別の黒いものが間に割り込んだ。


「アテリ……ア、ル?」


 やつの腕が振り下ろされ、アテリアルに触れた瞬間に飲み込まれ、やつが消えた。

 アテリアルはそのまま地面から突き出してきた手も飲み込んだ。

 助けられた?


「あ、ありがとう」


 ぺこりとお辞儀をして、そしてまた屋根の上へと行ってしまった。

 もしかして、寮の中ですぐに襲われなかったのってアイツのお蔭か?



---



 寮の敷地内はあらかた調べた。

 2mくらいの高い塀で囲まれた範囲。

 でも特に何もなかった。

 一つ分かったことは、桃色の風はずっと同じほうから一定の間隔で吹いてくるということ。

 このままここにいてもなにも出来ないなら出来ることからやるべきだろう。

 正直、今、アテリアルから離れるのは心細いがいつまでもここにはいられない。



「は?」


 寮の敷地を出てすぐにおかしいと断言できる光景が広がっていた。

 建物がひとっつもない。人も全くいない。

 見渡す限り平原だ。何一つとして人工物が見当たらない。

 そして風が吹いてくる方向を向けば一本の木が立っている。

 目を凝らせば木の下に人のシルエットが見える。


「行って……みるか……」




 少し歩いて、木の下にいる人物が誰なのか分かると、自然と俺は走り出していた。

 透き通った青い髪が風に揺れている。あの子だ。



 木の下に辿り着くとあの子は地平線を眺めていた。

 俺はゆっくりと近づいた。

 そしてあの子が振り向いた。


「やあ、はじめまして」

「え? 俺のこと……覚えてない?」

「私はあなたと会うのは初めて。君が今までに会っていたのは64(ファースト)シリーズの模倣体クローンだよ」

「くろーん? でもその技術って」

「そう、人に使うのは禁止されている。でも、私たちはそういう技術じゃなくて魔法で作られた偽物クローン

 オリジナルが憑依するため、戦わせるためだけの消耗品。そして君が助けようとしていたのは64シリーズ最後の個体」

「え……じゃあ、俺が会っていたのは……」

「うん、もう死んでる。それも寿命じゃなくて結構前に戦闘中にね」

「だったら君がオリジナル?」

「違うよ。私はC8(セカンド)シリーズの個体」

「…………」


 言ってる言葉は分かる。

 でも内容が理解できない。

 頭が理解しようとしない。

 受け入れようとしない。


「さてと、そろそろ時間だね」


 ポケットから青い珠を取り出し、俺の差し出してくる。


「君に好意を寄せていた個体の最後の我儘だからね、これは」

「これは……?」

「あの子の魔力結晶。言い換えれば、魂みたいなものかな」


 話の途中、視界に黒いものが映った。

 そちらに意識を向けてみれば、寮があるほうから世界がなくなってきている。


「じゃあね。私たちは記憶に残りにくいから、今度会うときは……」

「ちょっと待ってくれよ」


 だんだんと足元が崩れ始めた。


「ふふ、ほんと聞いていた通りだね。それじゃ、さようなら。またいつか会おうね」


 急に胸が騒がしくなる。

 意識がどこかへと引っ張られる。

 なんだか、このまま目が覚めてしまいそうで……。


 空に引きずり上げられる。

 青い珠が光って俺の中に入ってくる。


 おい、待ってくれ。

 誰も起きたいなんて言ってないだろ。


 俺の思いとは反対に体はどんどん引っ張られる。

 世界が消えていく。


 これ、夢なら……起きたら覚えちゃいないんだろうか?

 だったら思い出したら恨むぞ、俺はまだ目覚めたくない。



---



 目が覚めると夜だった。

 上には真っ暗な空が広がっている。

 下は……下がない?

 俺がいるのはどこだ?

 寝そべっている面をさわると植物のような感触だった。

 もしかしてここってとても高い木の上ってんじゃ……。


 いやいや、そんなことは……。

 よし、今は考えないことにしよう。


 首を傾けると木がパチパチと音を立てながら燃えていた。

 焚火のそばってことは一応は安全なのか?

 でも、俺には焚火を起こした記憶はない。

 そもそも記憶が……あれ?俺は何をしていた?


 最後に覚えていることは……そうだよ。

 ベインが指を鳴らして風景が歪んで……歪んでそれでどうなった?

 それから何があった?

 何があって俺はここにいる?


 体を起こしてみる。

 あちこちが痛い。

 地面?にそのまま寝ていたのが原因の痛さじゃないぞこれ。

 これはそうだ、殴られたりしたときの痛さだ。


 でも……でも?

 俺にそんな記憶はないぞ。

 なのに何で知っている?


 立ち上がろうとすると、何かに服の裾を掴まれていた。

 そっちを見ると女の子が眠っていた。

 彼女の隣にはハルベルトが一本転がっていた。


「リナさん?」


 俺はこの人を知っている。

 知っているけど、どこでどうやって知り合ったのかは分からない。

 ベインが指を鳴らすより前に知り合った記憶はない。

 だったらすっぽり記憶が抜け落ちてる間に知り合ったんだろうか?


 辺りを見回しても誰もいない。

 さっきは気づかなかったけどここから少し離れたところにも別の焚火のようなものが見えた。

 その周りには数人ほどが座っていた。


「あいつらが……焚火を?」


 一応、お礼でも言いに行くか。

 焚火がなかったら少し肌寒いから、風邪でも引いていたかも知れない。


 リナを起こさないよう、そっと立ち上がり彼らのほうへと向かった。

 近づいてみると臙脂色の軍服のようなものを着た人たちだった。

 確か、どっかでみたような……。


「よぉ、起きたか」


 金髪の男が話しかけてきた。


「えっと……」


 誰だっけ?会ったことがあるはずだ。自己紹介もされたはずだぞ?

 えーとヴァン? じゃなくて………あ、思い出した、ウィリスだ。


「ありがとうウィリス」

「礼は言うな。助けたのは偶然だ」


 偶然ね。その偶然で俺はここにいるんだけど。


「副長、そこは正直に言っちまいましょうや」


 別の男が話しかけてきた。顔は臙脂色のバイザーで覆われていて表情はよく分からない。


「いや、それは」

「実はですね副長が「あーーーーーーーーーーーーーー!!」というわけで―――」

「言うなーーーー!!」


 ウィリスが男を締め上げて、タップ(ギブアップ)を無視して締め続け、落とした。

 なんだよ。そこまで聞かれたくないことなのか?


「まあとりあえずだ!! 上から落ちてきたお前らをキャッチした。ただそれだけだ!!」


 落ちてきた?


「どういうことだ?」

「どういうもなにも、いきなり空間が割れてそっからお前らが落ちてきたんだろーが」

「え?」

「え、って覚えてないのか?」

「なんか記憶がすっぽり抜けてる」

「…………どうしようもねえな」

「……だな」


 考えても仕方ないし、何より体中が痛いし、疲れてる。


「ところでさ、ここで何やってんの?」

「任務だよ。ま、明日そのへんのことは教えるから、今日はもう休め」

「分かった、そんじゃ」


 さっきの焚火があったところまで戻って横になる。

 なんか不安だな。

 気づいたらまた訳の分からない場所にいるし…………。

 あれ? 俺がカレー作ってる時より前の記憶が……。


 必死に思い出そうとしているうちに眠くなって、そのまま意識が落ちた。

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