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遥か異界で  作者: 伏桜 アルト
第1章 激動と波乱
18/94

燃える空

 あれからしばらく、いろいろやって、視界の左側にツールバーのようなものがあることに気付いた。

 どうやって操作すればいいかわからなかったが、意識を向けると勝手に動いてくれる。

 すぐに検索エンジンのようなものを呼び出した。

 でもどうやって検索したらいいかわからない。


 青い髪の女の子。


 知っている特徴はこれだけだ。

 さてどうする……。

 ……………。

 ん? 検索中?

 気づけば視界に『検索中』の文字が表示されていた。

 まさか……いま思っただけで検索が始まったのか?


 10秒ほどして青い髪の女の子がずらーっとリスト表示された。

 ただ……今、視界に表示されているものは『死亡』と顔写真の下に表示されていた。


「まさか……あの子も……」


 高速でリストをスクロールする。

 どれもこれも知らない顔だが『死亡』と表示されている。

 どんどんスクロールする。

 ところどころに『死亡』と表示されていないものもあったが違う。

 どこだ? どこに……。

 ついに一番下までスクロールした。

 そして見つけた。

 名前もプロフィールも一切空欄だがこの顔は知っている。

 忘れもしない。あの子だ。


 すぐに居場所の検索をかける。

 ほどなくして地図と現在地、そしてあの子の居場所が表示された。

 場所は……如月寮から西側か。

 そしてその後ろに表示されている赤い点は?

 まさか敵に追われてる?

 だったら急がないとな。

 だが寮の敷地から出た途端、周囲の景色が俺の記憶とはほとんど違っていることに気づいた。

 長らく引き籠もってたせいか……。

 視界に表示されている地図をたよりに爆走を始めた。

 最短ルートを表示させたが、その途中には赤い点、おそらく敵がたくさんいる。

 間に合ってくれよ。


 寮を出てすぐの道を駆ける。

 一歩一歩がアスファルトを砕いて巻き上げているが、気にしている場合じゃない。

 それにいろんなところから砲撃の音や爆発音が聞こえてきている。

 そっちの方を気にしないと、もし俺に砲弾が飛んできたら対処できない。


「畜生! やっぱり敵か!!」


 ルート上の最初のT字路に差し掛かったとき、装甲車やらパワードスーツみたいなのを着た5mくらいのやつとかがたくさんいた。


「む? 何者だ! 止まれ! 止まらんと撃つぞ!!」

「テンプレ通りの警告なんざ聞くか!」


 装甲車の砲塔がこっちを向く前にレベル1の火炎弾を100発一気に撃ち込んだ。

 4発目で装甲を砕いて5発目で爆発させた。

 さすがに撃ちすぎたな。

 それにしても相変わらず合計レベル100くらいできつい。

 もっと魔法が使えれば……。いや、言っても仕方がない。


「貴様アカモートの者か!」

「違えよ! テメェらこそなんだよ! 俺の部屋ぶち壊しやがってよぉ!」


 空中に氷の塊を作り出し、敵の真上から自由落下させる。

 他の装甲車もパワードスーツのようなものも一発でぺちゃんこになっていく。


「お前ら一体何なの、なんで戦争なんかしてくれちゃってんの」


 1人だけ潰し損ねたやつを問い詰める。

 俺の部屋を、PCを壊したのと同じ紋章マークのやつだ。

 容赦はしない。


「我々は葛原鋼機だ。今すぐその汚らしい手を放せ。

 さもなく……ぐはっ!」

「うるせえよ」


 葛原鋼機か、葛だけにクズな事をしてくれやがったな。

 俺のPCの仇討はこいつらの全滅で決まりだ。


「貴様ぁ……我々に手を出したことの意味が……ぐへっ!」

「うるせえつってんだろ」


 鳩尾に一発入れてダウンさせる。

 あれ? 俺のパンチってこんなに強かったっけ?

 ま、いいか。


 T字路から大通りに出る。

 見渡す限り、あちこちで車が燃えて建物が壊れて……死体も。

 いや、今はどうでもいい。急がないと。


 再び走る。進路上の障害物は爆発で吹き飛ばす。

 ふと視界の端に『call』と表示された。

 なんだ?呼び出し?

 とりあえず承諾っと。


『アキト、ノイズはないか』


 するとベインの声が聞こえてきた。


「ないけど……どうした?」

『いや1つ言い忘れたんだけどな、お前はこの世界に長くいることができない。

 せいぜいあと数時間で向こう側に引き戻される。覚えておけよ』


 言うだけ言うとぷつりと通話が切れた。

 制限時間ありか。

 なら俺にできるだけのことは全力でやらねば。

 最優先目標はあの子を助けること。

 第2目標は葛原鋼機とかいうクズどもを全滅させること。

 第3目標はパソコンのお墓を建てる……しても意味ないかな。



 あの子のところまであと1キロまで来た。

 このペースで行けば2分もかからないだろうな。


「間に合ってくれよ」


 念のため地図を呼び出してルートを……なんだこの赤色のエリア?

 いや、これ全部……敵か!?


 そんなことを思っていると前方から弾丸が飛んできた。

 咄嗟にビルの柱に隠れる。


「まだいたぞー!!」

「撃て撃てー!」


 柱の陰から覗き見ると、イーサとかいうところで襲ってきた『騎士』と同じ格好 の奴らが向ってきていた。

 しかも手には見たこともない銃や長剣が握られている。

 それに杖みたいな物を持ってるやつもいる。


「くそ、こんなとこで」


 悪態をついた瞬間、地面が凍結した。

 すぐにわかった。あいつらも魔法を使いやがる。


「そこのお前、出てこい!」

「あんたら何者だ!?」


 手に火球を作りいつでも撃てるようにする。


「アカモート第二近衛騎士団だ。お前の所属は」


 さて……どう答えるのが正解か。

 今の俺ならセインツか白き乙女とかいうPMCを名乗れるが……。


「セインツだ」


 PMCは何かしら印象が悪かったりするだろからな。


「聞かん名だな……トップは誰だ?」

「レイズだ」

「レイズだと!? ならば敵か!!」

「ちっ」


 いきなり火炎弾が飛来し、俺が隠れていた柱を破壊した。

 俺は火球を地面に落として凍った地面を溶かす。

 そして水を作って、爆破。人工的な霧を発生させて逃げる。

 あのイーサとかいうとこで出てきたのと同じだったら勝ち目がない。

 しかもそれがたくさん……逃げて別ルートから海岸に向かおう。



 ビルを壁抜けでショートカットして赤色のエリアを大きく迂回する。

 だが。


「くそ、あいつらしつけえ!!」


 3人ほどがしつこく追尾してくる。

 たった今すり抜けた壁がばらばらに切り刻まれた。

 あの長剣はなんでも斬れるようだ。

 そもそも鉄筋入りのコンクリをバターを切り分けるみたいに簡単に斬れるっておかしいだろ!?


「我が手に風を、鋭き刃と成りて悪しき者を斬り刻め!!」


 敵が魔法を詠唱する。いままで聞いたことのない長い詠唱だ。

 すぐに後ろに手を向けて氷の壁を作りだす。

 簡単に切断されたが、刃の方向は俺から逸れている。

 これでいい、受け止めるんじゃなくて受け流す。

 受け止めようもんなら、多分俺が真っ二つにされるからな。

 それにしても、このまま追いかけっこを続けてる暇はねえ。


 次の壁を抜けるとすぐに近くの物陰に飛び込み、

 やつらが入ってくる前に接触起爆の魔法じらいを床にセット。

 そして追手がまた壁を斬り崩して入ってくる。


「どこだ」


 不用心に歩いてきたやつをもう一人が止めようとした。


「待てっ!!」

「じら――」


 ボフンッ!と音がして、3人まとめて吹き飛んだ。


「よし!」


 追手は排除した。

 このまま、今度は敵に見つからないようにあの子のところまで。



---



 視界の右上に表示した地図に従いながら、あの子のもとへと急ぐ。

 次の角を曲がれば……見つけた!


「待って!!」


 出せる限りの大声で呼びかけた。

 でもあの子は俺に気づかないまま走り去っていった。

 そしてそのあとを追いかけるように現れた白い騎士たち。

 このまま追わせるわけにはいかない。

 あの子と騎士たちの間に氷の壁を作り出す。


「なんだ貴様」


 一斉に騎士たちが俺のほうを向く。

 パッと見て30人ほどか……。


「なんであの子を追いかけるんだ」

「敵は殺す、ただそれだけだ」


 相手が長剣を構えると同時に右手から火炎を放射する。

 イメージはあたり一帯を焼き尽くす。


「ぎゃぁぁぁああああ!!」


 叫び声が聞こえても止めはしない。

 確実に仕留める。


 30秒ほどして、まだ止める気はなかったのにいきなり炎がでなくなった。

 そしてまだ赤々と炎が上がっている中から二人の女性が出てきた。

 片方は金髪で両手に一本ずつ、3メートルはある長い槍を持っている

 もう片方は白に近い金髪で片手に槍を持っている。

 どっちとも物騒だな。


「あなたも白き乙女のようだけど……どっち派?」

「? ……どっち派とは?」


 いきなりそういうの聞かれてもわからんよ。


「レイズ派なのか、そうでないのか」


 その二択なら……俺は一応レイズ派かな?


「レイズ派だ」

「そう……だったら敵ね」


 瞬間、一本槍のほうが消え、二本槍のほうが突っ込んできた。

 まずい……避けられねぇ!

 反射的に目をつむった。

 グスッ! と槍の刺さる音が聞こえた。

 そして俺の体が宙を舞った。

 ただそれは、槍の攻撃で打ち上げられたのではなく、襟を引っ張られて宙に投げ上げられた感覚だ。


「がはっ!」


 固い地面に打ち付けられながらも無理やり目を開く。


「え………レイズ……」


 前から肺と心臓、後ろから喉を貫かれたレイズがいた。

 なんで俺を庇った?

 3本の槍が抜かれると、血を吹き出しながらその体が倒れて動かなくなった。


「え、おい? レイズ? レイズ!!」


 何も答えない、指先一つすら動かない。

 溢れ出た血が白い髪を赤く染めてゆく。


「し、ん……だ?」


 おい……あのチート能力のレイズが死んだって?

 そりゃねえぞ……。


「次はあなた」


 一本槍が向ってきた。

 負けられない。

 こんなところで死ねない!


 槍が振り下ろされる。

 軽い爆発を起こし自分を吹き飛ばす。


 避けた先で二本槍のほうが槍を構えていた。

 さらに爆発を起こす。


「ぐぁっ!」

「無茶な避け方を」


 距離をとったはずなのにもう間合いを詰められている。

 前から突き出される穂先を氷の盾で弾く。

 後ろからかけられる足払いを再び爆発で避ける。

 同時に打ち出される氷の魔法を火でレジストする。


 動くたびに追い詰められる。

 攻撃を受けるたびに回避でダメージを受け、対抗するたびに後手に回る。

 これが経験の差か。


「うぉぉおおおお!!」


 氷で作った剣で一本槍に斬りかかる。

 だが穂先で上に弾き上げられ、槍の柄で体を突かれバランスを崩す。

 勝てない。

 それに今のは殺そうと思えばできただろ。

 でもそれをしないってことは手加減でもしてるのか、それとも遊んでいるの か……。


「くそ……」

「これで終わり」


 ドスッと嫌な音を立てて槍の柄が俺の鳩尾に突き刺さった。

 そしてさらに顎を下から叩かれた。

 視界が揺れる。

 ダメだ……体が動かない……。

 視界が暗くなる。


「とどめ」


 動けない俺に今度は槍の穂先が振り下ろされた。

 くそぉ……こん…な……ところで。



---



 アキトはよくやった。

 白き乙女の隊長格相手に、それも満足な武装がない状態でよく持った。

 水無月隊のシンとソラの二人。

 オレでも魔法なしでやりあえば勝てない相手に本当によくやった。

 だから今度はオレの番だ。

 オレは心臓を貫かれようが頭を潰されようが、果ては体すべてを焼かれようが死にはしない。

 存在そのものを消されない限り何度でも再生する。

 そういう呪いがかけてある。


「待て!」


 槍が突き刺さる寸前で腕を捩じりあげる。


「な!? え、ちょ、死んだんじゃ!?」

「オレはそう簡単には死なねえよ」


 傷は完全に塞がっている。

 流れ出た血液も魔力も再生済みだ。


「おい真空コンビ、なんで敵に回った?」

「だって……レイズが世界を壊すために異界の神を呼び込んだって」

「誰に言われた?」

「鈴那に言われたの。だってレイズのことを一番信頼している鈴那がそんな嘘を言うわけが……」

「はぁ……まったくお前らは。通信ログを出せ」


 二本の槍を持った方、ソラが青いパネルを表示させ、渡してきた。

 通信ログを確認する。

 確かに送信元の名前は如月隊の鈴那となっている。

 ただ音声データを確認してみれば声は確かに鈴那の声だ。

 しかし可聴域外、高周波域にあるはずの証明データがない。

 まんまと偽の情報を信じ込まされたわけだ。

 それを教えると二人とも俯いた。


「おいソラ、これからアカモートを制圧する。お前も、来るか?」

「城攻め……部下に死ねと言うの?」

「どういう意味でだ?」

「アカモート側のあんたの部下に対して」

「あ、そっち。騎士団長ナイトリーダーに話しつけてあるから、

 オレのシンパは『偶然任務で出ている』ということで全員いなくなってるよ」

「相っ変わらず手回しが早いというか……」

「まあまあ、そういうことはどうでもいいじゃないか」

「どうでもいいって……」


 ソラとシンは心底呆れた表情になった。

 ただその呆れは「またか、こいつは」という、これから面白いことになると予感させるものだ。


「で、どうすんの? 水無月うちはもうあたしらしか残ってないよ」

「他は?」

「各部隊の隊長と月姫が6人……生き残りはこれだけ、離反者はしらない」

「きついな……ちなみ睦月のとこはちゃっかりアスガルドに逃走してるし、閏月は隊長が氷漬けで隊員は魔界に逃げてるぞ」

「うっわ……いやさすが隠密特化部隊なだけあるけどそれはさ………」

「ま、そのへんはほっといてだ。残りを集めておいてくれ」

「りょーかい、大将。シン!行くよ」


---


「ぅ……ぁ……」


 うまく声が出せない。

 体中の細胞が悲鳴を上げている。

 なんで規則的に揺れてんだ。

 あ、背負われてんのか。


 今どういう状態だ?

 鼻から入ってくるのは血の臭い。

 皮膚から感じるのはべたべたした血の感触。


 まさか俺、死にかけか?

 例の黒い死体袋に入れられて搬送中か?

 いやいやそれはないよ……な?

 ないよね?

 ないと願いたいよ!?


 足は動かないし、体も……ダメか。

 手は……動くな、ふにふにと……え?なにこの柔らかいもの?

 もう一回、ふにふに……した瞬間にドサッと落とされた。


 もう! なんだよ痛いな。

 目を開けた瞬間、真っ白い太陽が見えた。

 これはまあ、ね………あれですね。

 最速で土下座フォーム。


「すみませんでしたぁぁぁ!!」

「いや、別に謝る必要はない」

「へ?」

「ま、あの二人相手に数秒もっただけでも勲章ものだ」


 胸のほうじゃなくて俺がやられた方に勘違いしてくれた?

 ならそれはそれでいいけど、その手の太陽は……。


「あの、レイズさん? その手の太陽は?」

「長距離砲撃でもしてやろうかと思ってな。沖合40キロの艦隊が鬱陶しくてな」

「は?」


 言ってる意味がちょっとわかんないですね。

 艦隊が鬱陶しい。

 寄ってくる敵が鬱陶しいならまだわかる。

 艦隊が鬱陶しいは……。


「伏せろ!!」


 レイズが叫んだ瞬間、遥か上空で爆発音が響いた。

 降ってくるのは爆弾の雨だ。


「なんだよあれ!?」

「クラスター爆弾だ!」


 叫ぶと同時にレイズは手に持った太陽を空へと投げた。

 超新星を思わせる真っ白な大爆発が起こり降ってくる爆弾を蒸発させた。


「すげぇな……」


 とてもじゃないがあんな魔法は俺には使えないし、危険すぎて使おうとも思えない。


「お前はこの魔法使うなよ。後々メチャクチャ面倒なことになるからな」

「使おうとは思わねえし、まず使えねえよ」

「今は、な。そのうち嫌でも大規模魔法を使わなければならないときが来るさ」

「例えばどんなときだよ?」

「そうさな………こういうときか?」


 レイズが徐に両手を広げ、柏手を打った。

 すると周囲のビルの窓ガラスがすべて砕け、ビルの内側にまるで散弾のように飛び散った。

 ガラスの破片は一つも落ちてこない。

 代わりにガラスまみれの白いパワードスーツを纏った死体がいくつも落ちてきた。


「ちっ、仕留め損ねたか」


 ビルの屋上から1人、1階の壁を突き破って1人、あわせて2人のパワードスーツを纏った敵が現れた。

 運よくガラスがない場所にいて助かったのは幸か不幸か。


 レイズが緑色の燐光を纏い、パワードスーツを纏った者に襲い掛かる。

 壁を突き破って出てきた方に一気に間合いを詰め、関節のモーターを破壊。

 喉に一撃入れる。そのまま転倒させ、飛び降りてきた方を蹴り飛ばし、空の彼方へと送った。


「ほんと、雑魚、雑魚、雑魚。作業的な戦いじゃすぐ飽きるっつーの」


 転倒した方の頭を踵で踏みながら、何事もなかったようにぶつぶつと言っている。

 踏まれている人間は少女だった。

 俺のほうに助けてくれと視線を向けてくる。

 少女に視線を合わせると視界に情報が表示された。

『白き乙女所属・如月隊配下・陸戦機動部隊』

 怖い、この人はほんとに敵に回したらいけない人だ。

 味方ですら容赦なく叩きのめすんだから。


「あのーレイズさん?」

「なんだ」

「それって味方じゃないのか」

「攻撃してきた以上は敵だ」

「先に攻撃したのってあんたじゃないのか?」

「ふむ、お前は包囲してきた上に魔法で狙ってくる奴らを味方と呼ぶか?」

「いや……呼ばないな。でもなんで狙われてるってわかったんだ」

「それは教えない、それとそいつは適当に処分しとけ」


 言い終わると同時に軽く地面を蹴り、ビルの屋上へと姿を消した。


 教えない。でも俺は知っている気がする。

 どっかで聞いたはずだぞ。

 どこで聞いた、いつ聞いた、誰に聞いた?

 …………。

 考えても仕方がない、か。


 ふと視線を下へ。


「…………」


 さっきの少女は一言も発しないがまだ生きている。

 一応、回復魔法をかけておくか。

 『適当に』と言ったからな、だったら助けても問題はないだろ。

 近づいていくと俺を見る眼に恐れが現れた。

 そりゃそうか、レイズ(あんなの)と一緒にいたからな。

 とりあえず喋れる程度には回復させよう。

 全快させて、いきなり暴れられたら嫌だからな。


「…………」


 鋭くキツイ目つきで睨んでくる。

 おいおい、エロいことをする気はないから睨むなよ。


「あの……えと、喋れるよね?」

「…………」

「変な事とかしないからさ、君も暴れないでくれる? そしたら残りの怪我も治すから」


 少女は無言で頷いた。


「はい、これで終わり」

「……一応ありがと。それと後ろの人は?」


 振り向けば戦乙女がいた。

 いや、それ以外に言いようがないんだって。



---



 道中、葛原鋼機の本隊を焼き払い、アカモートの近衛兵団を生き埋めにし、白き乙女の航空部隊を撃墜し砂浜まで来た。

 他にもいくつかの勢力を消し飛ばしたが、いちいち雑魚のことは覚えていない。

 記憶する必要もない。

 だが今、目の前にいるのは、はっきりと記憶している連中だ。

 遥か昔の神界戦争(ラグナレク)で敵対した者たちだ。


「よお、トール。久しぶりだな、もしかして召喚された神々ってテメエらのことか?」

「我々とてそれは本意ではない。気づけばこの地にいたのだ」


 すっと腰を落とし魔術を組み始める。

 目の前にいるのは神話の神。

 それもすべての陣営のもの、数百以上もの神がいる。


「さて、もう一度ラグナレクを始める前に聞くが、お前、金槌ミョルニルはどうした?」

「……」

「そうか。ま、どうでもいい。雷神じゃなくて豊穣、全能神として来ようがたいして変わらん。最高神が相手でもオレは――」


 言い終わる前にトールが消えた。

 気づいた時には髪の毛を掴まれ砂浜に叩きつけられていた。


「お、意外に速くなったな。でも残念」


 ちょうど完成した魔術を開放する。


 見えない壁が周辺を覆い尽くす。

 そして天空から大地を貫く光の剣。

 神々を貫いてなおも輝き続ける極光の剣。

 真っ白な力を圧縮したその一撃は莫大なエネルギーを発生させ、猛烈な熱を生み出す。

 熱は周囲の水を一瞬で蒸発させ、砂浜を焼いて真っ赤に赤熱させてゆく。

 人の形をした黒い影がぼろぼろと崩れて消し飛ぶ。


「ふぅ……この程度でほぼ全滅か」

「レ…イ……ズ!!」

「まだ息があるか」


 溶けたガラスに覆われた地形を余所目に転移用の魔術を組む。

 立ち上がったトールが殴り掛かって来るのと同時に、残っている神々と共に吹雪く氷の大地へと転移した。


「ここなら影響があるまい。存分にやりあおうじゃないか、雑魚ども」

「神にもっとも近い存在、光をもたらす者(ルシフェル)か。別世界の神が互いに異界で殺し合いをするとはな」

「オレは天使になった記憶も堕天した記憶もないが……ま、(lux)運ぶ(fero)、というとこは合ってるか」


 いきなり背後から、首を狙って飛来した剣を素手で掴む。


「お? これはフレイの剣かな?」


 正しい者が所持すれば、勝手に戦い所持者に勝利をもたらすという。

 刃は太陽の如く輝き、すべてを切り裂くという。

 それだけの伝説。

 それだけの破壊力。

 そんなものを素手で掴み取りさらに。


強奪スティール


 剣そのものを奪い取る。

 制御の横取り(インターセプト)ではなく、剣そのものを強奪スティールする。

 魔法的、魔術的なものが関わっていれば条件付きで奪うことは可能だ。


「よう、フレイ。妹はどうした?」


 気軽にいいながら、前方からくる、後方からくる軍神テュールの魔法の斬撃を破壊する。

 本来であれば一つ一つが地図を書き変えるほどの災害を生み出すはずの攻撃をいとも簡単に消し去ってゆく。


「まさか、さっきの攻撃で消し飛んだかな?」


 軽い挑発に乗ってきたフレイをカウンターで両断する。


「貴様!!」

「おいおい、そんなに怒るなよ。死ぬぞ?」


 テュールが高速で剣を振り下ろす。

 しかし、その剣は突如降り注いだ柔らかな光に触れた途端に消滅した。


「いい加減、使う武器変えろよな」

「ぬぅ……」

「お前は番犬ガルムの相手でもしてろ」


 パチンと指を鳴らした瞬間、さっきまで何もなかった場所に血まみれの狼が出現した。

 その狼は真っ直ぐにテュールを目指し、襲い掛かった。


「さて、と。それじゃあ存分にやりあおうか、トール」


 地平線から昇る朝日を背景に災害級の戦いが幕を上げる。

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