静かな炎
気づけば真っ白な空間にいた。
見回しても全方向、白一色。
上も下も何もない。
立っているだけのはずなのに、視界がぐらつくような感じがする。
「ベイーーーーーン!!」
叫んでも返事がない。
もしかして、俺って転送ミスで変なところにおいてけぼり?
まさかここが、次元の狭間とかいうところなのか?
「誰かーーーー! いないのかーーーー!!」
……………………。
マジで誰もいねえの?
突っ立っていてもどうしようないから歩く。
ふといつもより軽いという違和感を感じ、下を見れば魔導書がなかった。
なぜ?
もしかして、転送ミスで送られなかったのか?
それともなんかあって消滅した……いや、それを考えたら俺も……考えないことにしよう。
しばらく歩いているといきなり声が響いてきた。
『侵入者を確認、排除します』
その声と同時に『騎士』がどこからともなく表れた。こいつも真っ白だ。
見た目は中世の騎士様って感じで兜から翼のような装飾が膝裏まで垂れ下がっている。
それがいきなり長剣を抜いて、全身覆い隠せるほどの大盾を構えた。
そして真っ白な空間が新緑の大地と蒼い空へと一瞬で変化した。
地平線まで上は蒼、下は緑、他は何もない。
「お、おい……まさか、俺?」
そうだ、と言わんばかりに長剣の切先を俺に向けてきた。
どうする?
戦って勝てそうな雰囲気じゃないぞこいつ。
でも、やるしかねえよな?
腰を落として構える。
来るなら――。
ヒュンッ!
ドサッ!
一瞬だった。
風切りの音が聞こえた時には長剣が俺の体をすり抜けていた。
でも痛くもない。
切れてもいないし、血も出ていない。
じゃあ何を斬った?
音のした、後ろ側を振り向けばベインが尻餅をついていた。
「いやー、紙一重だな」
「お前いままでどこにいたの?」
「あ? 背中に張り付いてた」
「どうやって?」
「式神みたいにペラッペラの紙になってだな……ふん!」
いきなり斬りかかってきた騎士の長剣を片手で受け止めた。
こいつすげーな。
「おい、ガーディアン。なんで攻撃しやがる」
「…………」
「そうか、答えないか。まあいいさ、根幹を成すもの、飲み込め」
言い放つと同時に騎士が黒い何かに飲み込まれて消え失せた。
そして黒いなにかもすぐに霧散した。
「まったく、レイズの野郎……なんで俺まで中継界の通過を禁止するかな」
「いーさ?」
「中継界なんて名前だがまあ、簡単に言えば世界と世界を繋ぐ門だな」
「へぇ……」
「ちなみにお前の場合はここを素っ飛ばして別世界に飛ばされたから色々と不備があるわけだ」
「不備? そういえばあの堕天使もそんなこと言ってたな。それで俺が帰れないとか」
「あいつのゲートは直通だからな。例えるなら正規のデータを不正な経路で流すみたいなもんだ。お前の場合は正規のではなく破損データ扱いだったんだろ」
破損ねぇ……俺はダメージ受け過ぎていろんな意味で壊れてんだろうな。
---
その後、5分ほど草以外何もない平原を歩き続けた頃。
俺たちは誰もがよく知っている青いあいつと遭遇していた。
「「………………」」
半透明の青いゼリー状で、草の上をぷよんぷよん跳ねている。
ただ俺の知ってるやつとは若干違う。
まん丸の目とU字型の赤い口がない。
だが水滴のようなこの形は間違いなくスライムだ!!
解析してみよっか。
『スライム型迎撃装置』……オクトでキングなスライムになる。取り付かれた場合、強酸性の粘液で消化吸収される
なんだよ”型迎撃装置”って。
そんでキングになるとこはそのまんまか!?
異常なスライムに驚いていると、スライムは一気に体を縮めた。
おいまさか……ストライクしてくるのか。
「うぉ!?」
思った瞬間、突っ込んできた。それもベインの方に。
「おそい!」
ズバンッ! ベチャッ! ジュー。
擬音を行動で示すと殴る、破裂、破片が当たったところが溶ける、だ。
てかマジで溶けてるよ! ……ベインの手が。
強酸性パネェ!
「おかしいな。いままでこんな弱いのはいなかったはずだが」
いや、これで弱いって……。
十分危険だろう。あんたの手がその証拠だ。
考え込むベインに対し、またもやぷよんという音を聞いた俺はそちらをみる。
ぷよん。
灰色のあいつだ。
なぜか無性にメタルスラッシュをしたくなるしメタルハントしたくもなる。
これは冒険者に共通する習性のようなもんだろ?
「ベイン、ちょっと行ってくる」
視線を向けると同時に逃げやがった。
この俺から逃げられると思うなよ。
靴裏に爆発を起こし、超高速の鬼ごっこが始まった。
「ムァテェェェーーーーイ!!」
テンションが上がりすぎて変な声になっちゃったよ。
まあこれで100まで上がって攻撃したら……って効かないんだっけ?
聖水でもあったら投げつけて……水属性魔法で代用できないかな?
「せいやぁぁぁーー!!」
この間のブリザードボムを球状にして思いっきり投げつけ……。
「パクッ!」
「食うなぁぁぁぁぁ!!」
しかも食ったのはメタルではなくアテリアル。
なに邪魔してくれてんの?
テメェも氷漬けにしてやろうか?
「そいや!」
そう思って今度は二つ一気に投げつける。
そして。
「パク、パクッ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
また食いやがったよ。
てかこいつの体内どんな構造してんの!?
「おいアキト、本来の目的を忘れてんじゃねえ」
……あ、そうだった。
ここでこんなことやってる場合じゃないな。
「悪い悪いなんかああいうの見るとつい」
「さっさと行くぞ、あの速度で走れるならついて来いよ」
言った瞬間ベインが草の上を滑り始めた。
どうやってんだよ!?
てか置いてかれる。
---
延々と、多分30分くらいは走り続け、やっと人工物が見えてきた。
「城壁?」
「防壁だ。俺の権限が剥奪されてるから、これからクラックする」
ベインの手が防壁に触れた途端、防壁にノイズのようなものが発生し始めた。
「なんだよこれ」
ノイズがだんだん広がって中心部は防壁がなくなってきている。
「まー、ファイアウォールみたいなもんか」
「へぇー……おっ」
「うっし、開いた」
防壁の一部が四角くきれいになくなっていた。
その穴を潜り抜けると反対側はまた白い世界だった。
「あと、少しだ」
「これってどこに続いてるんだ?」
「今回はお前の部屋を目的地にした」
「俺の部屋……」
他人に部屋みられるのってなんかねぇ……。
「ほら見えてきた」
ほんとに少しだな!
ぼんやりと見えてくる、俺の聖域。
散らかってるなー。
見られたくないなー。
誰かいるなー。
PCに触っ。
…………。
それを見た瞬間、俺は人殺すことに対しての抵抗が蒸発した。
「ゴルァーー!! 俺の恋人に手ぇ出すんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!」
フル装備の兵士を殴り飛ばした。
装備も含めれば100キロはありそうな屈強な兵士が壁にぶち当たる。
無意識に魔法を使っていたのか、拳が当たったところが黒焦げになっていた。
「どこから出てきた!?」
さすがよく訓練された兵士だな。
すぐに銃を向けてくる。
「テメェなに俺の恋人に手ぇ出してんの!? 死にたいの!?」
だけど、そんなことはどうでもいい。
「ひっ」
今はこの悪魔に制裁を……ってあれ? 気絶してる?
なんで気絶してんの?
さっきまでしっかり銃を向けてきてたじゃん。
「お前、召喚魔法も使えたのか」
「へ? 召喚?」
後ろ振り向けば俺の背後に燃え盛る悪魔がいた。
「うぁぁぁぁ!!」
「お前が召喚したんだろ。驚くな。
にしても……火の使い魔か」
「これってなんだよ!?」
「召喚兵って分類だな。魔法で各属性の使い魔を創るんだ」
「召喚獣とはちがうのか?」
「違うな。召喚兵は魔力がある限りいくらでも。召喚獣は契約して一体限りってとこか」
「は、はぁ……そうか」
とりあえず一段落。
俺の恋人は無事だったわけだ。
よかったー、あの汚らわしい手で触られなくて。
「なあ、ここはどこだ? お前の住んでるとこだよな?」
「そうだよ、如月寮ってとこだ」
「如月……ああ、鈴那のとこのか」
「管理人と知り合いなのか?」
「一応な。そして絶賛捜索中だ。
ま、無駄話してる時間はない。行くぞ」
荒れ放題の部屋から廊下に出る。
ああ、久しぶりに見るな。
飾りっ気のない金属面まるだしの廊下、香水の匂いが僅かに漂っている廊下。
部屋のドアを閉めたときにふと電子ロックのカバーが外れているのが見えた。
誰だ? こんなことしたやつ?
「……アキト、外に結構いるぞ」
「敵が?」
「それ以外に何がいるってんだ。
俺が飛び出すから後ろからやれ」
「わかった」
俺の恋人に手を出そうとしたやつらだ。
情け容赦は一切なしだ。
寮の玄関に移動して、いざ飛び出そうとしたとき。
ゴオォォォン!!
俺の部屋があったところが吹き飛んで敵が突っ込んできた。
「あ、………あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
瓦礫の隙間に見えるのはタワーの破片、無残に砕かれた18コアCPU、水冷装置の……。
さらにバキバキとそれを踏みつけながら粉塵の中から敵が出てきた。
パワードスーツのようなごついものを着ている。
「おい! アキト待て!」
ベインの静止を無視して魔法を放った。
俺が現在思いつく最強の火属性魔法。
イメージは空高くまで上がる炎、キノコ雲、そうだ核爆発だ。
ただ愚直に作り出した魔法を投げつけた。
「喰らえアテリアル!」
そして敵ごと火球はアテリアルに飲み込まれた。
「なにしやがる!」
「馬鹿かお前は、そんなことしたら俺たちまで黒焦げになるぞ」
「だけど!!」
パチンッ!といい音を立てて顔を叩かれた。
「いいか、バカ野郎。お前はそんなくだらないことで――――」
長々と説教された。
多分2、3分程度だったんだろうけど、俺には長く感じられた。
命より大事な恋人を目の前で殺されて黙ってられるか。
ほんとに大事なものを失った時の心の痛みは誰もわかっちゃくれない。
そんなことはわかってる。
誰だってそれぞれの価値観があるのだから。
でも…………でも………。
---
「いい加減落ち着いたか?」
「ああ、この怒りはやつらにぶつけてやるよ」
「全然落ち着いてねえな」
いや、俺は今人生で一番落ち着いてるよ。
思考の速度も多分、いままで生きてきた中で一番速いさ。
そして今、俺の頭の中は復讐心と怒りで満ちている。
激怒? そんなもんはまだまだ温い。
炎が燃え上がってさらに強くなると白い炎に、
そして青い炎になって見えなくなるように、
俺の怒りは沸点通り越して10周くらいして、
とても理性的な、怒りを鎮める方法を弾き出している。
「なあ、ベイン。やつらってなんなの?」
「さっきの敵のことか?」
「そうだ」
「はぁ……教える前に一つ。この契約書の内容を承諾できるか?」
俺の前に差し出された紙切れは、引き籠もりを始めてすぐ、青い髪の女の子が持ってきたのと同じ奴だ。
あの時は全く内容を見なかったけど……。
なになに、本契約書はプライベートミリタリーアンドセキュリティカンパニー白き乙女の――――
………………………。
ふむふむPMCの庇護下に入れてやる。
代わりに緊急時に戦線に参加しろ。
そう言いたいわけか。
だが所詮、カンパニー、会社だ。
そんなに守ってくれそうじゃないし、PMCっていいイメージがない。
そもそも俺は戦争に進んで行きたくない。
「承諾は………できない」
「そうか、青い髪の子もレイズもここの所属だぞ。
それに規則とか形だけで破ったところでなんら罰則もない」
「レイズも?」
「あ、いや、正確には白き乙女を率いる立場だな。一番偉い、トップだ」
悩むなぁ、これは。
あの子もレイズも所属している。
なら承諾してもいいかなーとは思うけどさ。
規則が形だけってのがねぇ……、なんか荒れてそうじゃん。
それにこういう契約ってその場考えてすぐに結ぶもんじゃねえだろ。
「一つ言っておく。これを承諾すれば白き乙女の通信網が使える。
そしてそれが使えないとあの子は助けられないぞ」
「脅しか?」
「そうじゃない、俺は一人を助けるならもっと大勢を助けにいく」
「見捨てるってのか」
「………あの子はお前が助けに行け」
そうかよ。じゃあ仕方ねぇ。契約してやるよ。
「寄こせ」
ベインから契約書を奪い取る。
契約書に触れた途端に紙の上に青枠の画面が出現した。
『本契約を締結しますか?』
そしてその下に『はい』と『いいえ』が表示される。
選ぶのは『はい』だ。
「これでいいんだろ」
「ああ、契約は結ばれた」
その瞬間、俺の視界に次々と文字や画像が表示された。
「え? なんだこれ!?」
「接続確認っと。それはな、レイズの魔術だ。
契約した者同士、いつでも情報のやりとりが可能でな。
ま、それで探して助けに行けよ」
そう言ってベインはどこかへと言ってしまった。
残された俺は視界に出てくるものに集中する。
さて、どうやって探せばいいんだ?