撤退
夕日が眩しいな。ああ、平和だ。
いま出てきた建物を見ればいたるところから植物の蔓が出ていた。
うーん、YAKUZAな人たちの事務所、ダメにしちゃったな。
『アワード、ハイブ潰しを獲得しました』
うん、そんな称号ほしかねえよ。
少し歩くと他のYAKUZAな人に目を付けられはしたけど、俺の頭を見るとすぐに逃げて行った。
効果てきめんだな。
……まあ、俺が歩くと皆いなくなるんですが。
それにしてもだ。
今の俺の格好はかなりみすぼらしい。
焼け焦げたシャツ、ボロボロ泥まみれのズボン、スケルトンの剣、裸足。
どこかで服とか売ってないか?
そう思って露店がある通りに行くと、俺が視界に入った途端に客が消え店は閉まった。
正確には俺の頭の上のものか……。
ちょい……これじゃ買い物できないじゃん。
誰にでも、もの売ってくれる店とかないの?
できれば今は地図が欲しい……って地図ならあるじゃん。
地図を開くとすぐ近くの路地裏に万屋と表示されている店があった。
何でも屋ねえ。
行ってみようか。
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たどり着いた万屋は木造二階建ての店だった。
ドアを開けて中に入ると衣類、食糧、武器、よくわからないものなどがずらりと並んでいた。
「いらっしゃい」
いろいろ眺めているとおっちゃんが店の奥から出てきた。
「あの、洋服を買いたいんですが」
「そうかい。ところで……君、お金はあるのかい?」
「……持ってないです」
そうだよ。
この世界のお金なんて俺持ってないじゃん。
「ところで、その頭のは……」
「あ、これは」
どう説明しようか?
これは説明に困るぞ。
と、そう思っていたら、勝手にフェネが俺の中から出てきた。
「おっちゃん、久しぶり」
「おや? ……ああ、フェネちゃんか。また、随分と小さくなったね」
なんで知り合いなんだよ。
「そうか、君がベイン君の言っていた新参者かい。
だったらその剣と引き換えで好きな服を持っていくといい」
「え? ほんとにいいんですか」
「ついでにズボンと靴も持っていきなさい」
そういわれちゃあね、ご厚意に甘えさせてもらうとしようか。
もともと俺が着ているものと同じようなものを選んだ。
この剣と引き換えって安いのか高いのかよくわからないけど、どうせ俺には剣は扱えない。
「そうだ、これをレイズ君に渡してもらえないかな」
おじちゃんが渡してきたのは男物の服だった。
白い長そでシャツとカーゴパンツ。
これをどうするんだろうか。
まあいい、ものを運ぶならリュックも欲しいな。
「おっちゃん、ついでにリュックも貰っていい?」
「ああ、いいよ」
「ありがとう」
なるべく丈夫そうなものを選び店を出た。
---
「ボス! 探しやしたよ。城壁を壊すための爆薬を用意して置きやした」
ちょっと待とうか。
なぜ俺の居場所が割れた?
なぜ俺の目の前に大タル爆弾的なものを持った人たちがいる?
なぜ……もうこれ以上は言うだけ無駄か。
「な、なあ、あんたたちってヴィランズの所属だよな?」
「いえ、今はボスの部下です」
ええい! こうなりゃ利用するだけ利用してトンズラしてやるか。
ネトゲでも極稀にこんなやつがいたけど、ここまでしつこくはなかったぞ。
「よし、じゃあここから一番近い城壁を爆破してくれ。
俺はベインが使っているゲートを壊しに行く」
「イエッサー!」
全員が出発して、ちゃんと全員いなくなったのをしっかり確認してから、
俺は逆方向に走った。
別ルートからゲートがあるとこまで行く。
これでおさらばだ。
確か用意してくれているゲートは西の城壁に……西?
今、あいつら太陽が沈みかけてる方角に……。
全力で走った。最近、全力出すことが多いな。
靴裏に小規模の爆発を起こして加速。
俺史上最速のダッシュで城壁へと向かう。
一歩一歩が道を抉るほどだ。
やがて城壁が見えてきた。
あいつら見渡す限りに爆弾ずらーっと並べてやがる。
どんだけ用意してんだよ!
それにしゃがんでるやつの手にある黒いものは……火打石か!?
「ストォォォォォッップ!!」
今まさに導火線に火をつけようとしているところだった。
危ない危ない。
危うく俺の帰り道がなくなるところだった。
カチッ、シュボ。
「ってそのまま点火すんなぁーー!!」
真っ白な光がすべての音を吹き飛ばし。
俺の帰り道が粉々になり、崩れ落ちる。
いや、まだだ。
ちらっと見えた魔法陣がゲートなんだろう。
あれに触れれば……。
崩れ落ちる瓦礫に飛び乗って、足元を爆発させてさらに飛び上がる。
「届けえぇぇーーー!!」
思い切り腕を伸ばして……あと、ちょっと………届いた!
やったね! これで危ない所とはおさらばだ。
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騒ぎを起こしつつ脱走し城壁の一部だけでもいいからできるだけ破壊。
最初に言われたこの内容、
危ないお兄さんたちと喧嘩して、見渡す限りの城壁を吹き飛ばす。
という感じで達成したけど……ま、いいよね。
というか、俺は一体どこに飛ばされてんだ?
目の前の景色が霞むほどの速度で飛んでいるという感覚なんだが。
そもそもこの速度じゃどこに落ちようが死ぬよね!?
集中しろ。
どこか落ちても安全な場所があるだろ……あるだろ?
にしても速すぎる!
FPSやらスロットやらで反射神経はいいし、ある程度速いものでも見える。
それでも、スロットの目押しよりメチャクチャ速い。
考えろ……考えろ、どこか安全な場所があるはずだ。
山脈に当たれば、瞬間ミンチ。
平地に当たれば、瞬間ミンチ。
森林に当たれば、瞬間ミンチ。
なら海は?
いやダメだ、この速度ならコンクリに当たるのと同じだ。
それに万が一、大丈夫でも溺死する自信がある。
ぐるっと周囲を見渡す。
ん? 光? いや、規則性があるな……。
あれはモールス信号か。
-・-・ --- -- ・
--- ・・・- ・ ・-・
・・・・ ・ ・-・ ・
ヒキニート時代に遊びで無線やっておいてよかったぜ。
C O M E
O V E R
H E R E
こっちに来い、か。
てか、どうやって方向変えりゃいいんだよ。
……こんだけ速度があるなら水の翼を作って、戦闘機みたいにピッチとヨーで。
よし、方向と角度は調整できる。
このままあの光に向かって飛ぶ。
しかしまあ、どうやって俺を受け止めるつもりなのかね?
だんだんと光の正体が見えてきた。
キニアスが手に炎を出して、モールス信号にしているようだ。
そしてその手前、あの白髪の後ろ姿はレイズか。
あ……てかこのままじゃぶつかる!!
目を閉じる一瞬前にレイズが振り返って、柔らかい何かにぶつかった。
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目覚めると夜だった。
覚醒した意識が真っ先に捉えたのは、
銃の激発する音。
水っぽい何かの炸裂する音。
銃はキニアスだな。
炸裂はレイズの爆裂だろうな。
うん、とてもうるさい。
是非とも余所でやって欲しい目覚ましだな。
この場合はイブニングコールか。
いやちょっと待て! 戦闘中だよな!
慌てて立ち上がる。
周りに木々が生い茂っている。
森のすぐ近くだ。
「よう、寝坊助。さっさと逃げるぞ」
「はぁ?」
「まだ寝ぼけてんのか?」
キニアスの手のひらに火球が出現した。
「いやいや起きてるよ」
「ならいい、レイズが無双している間にずらかるぞ」
そのまま森の中へと走って行ってしまった。
後ろを振り返ればレイズが白い精霊のようなものを従えて舞っている。
あたり一帯を埋め尽くすほどの人に囲まれていても、
危なげなく立ち回り、白い燐光を振りまくその姿は戦乙女ように凛々しく、優美だった。
まるで戦っていることを感じさせず、敵を翻弄している。
血が一滴も流れず、力を失ったように、一人、また一人と敵が地に伏してゆく。
「アキトー! 置いてくぞー!」
森のほうを向けば、ぼんやりとしか明かりが見えていた。
キニアスの野郎、狙撃兵っぽいのに足は速いんだな。
「待ってくれー!」
俺も魔法で明かりを作って森へと入っていった。
やっぱり靴があるだけで格段に走りやすいな。
すぐに追いつけた。
「おいキニアス、今どういう状況?」
「お前のお蔭で、この戦線の敵は3割が撤退、生き残りはさっきいた連中だけだ」
「俺なんもしてないけど」
「ヨトゥンヘイムで騒動起こしたろ? それで収拾のために敵が引いて、戦線が崩壊したんだよ」
なるほどね。
俺がやった意味不明なこともちゃんと意味があったわけか。
「それと……アキト……、頭の上のって、マンドラゴラ、か?」
「ああそうだよ。説明は面倒だからしねえけど」
そのままキニアスに付いて、走り続ける。
どこまで走るんだ?
それにヒキニートの体力も……以外に大丈夫そうだ。
「どこまで走るんだ」
「もうすぐ遺跡が見える。そこまでだ」
遺跡ねえ。
ゲームじゃアンデット系のモンスターがわんさか湧いてくる場所だよな。
スケさんが沢山いたら迷わず逃げよう。
ふと甘い匂いがした。
「……ん?」
なんだろうか、急に心拍数が上がったような気がする。
なぜかあそこにテントまで設営されている。
エロいものなんてないのに、何に反応してるんだ?
「止まれ」
「なんだ?」
キニアスの顔を見れば布で口元を覆っていた。
もしかしてこの匂いって毒?
甘い匂いの毒っていうと……クロロホルム?
「アキト、動くなよ」
そう言うとキニアスは中折式のショットガンに散弾じゃないやつ、多分スラッグ弾…を込めた。
ゆっくりと銃を持ち上げて、その射線の先にいるのは……人!?
「おいキニアス! 人は撃っちゃいかんだろ!」
バゴンッ!
撃ち出された弾丸は人に当たった。
だが人は倒れなかった。
代わりにシルエットが変化する。
長い爪を伸ばし、翼が生え、角が生え、その姿は。
「サキュバス!?」
「ちっ、逃げろ!!」
足元の枯葉に火を放って逃げやがった。
さて、俺は逃げられそうにありません。
なぜかって?
体が変な反応起こして、超敏感になってるからだよ。
「あ、やば、やばい」
『さっさと逃げなさいよ』
「いや、でも、体が」
『殴るよ』
「イエスマム!!」
なんだろうね。
一発で変な感じがしなくなったよ。
テントも一撃で崩壊したし。
今の感情を表すなら恐怖99%だね。
体を反転させて立ち上がる。
よろけてバランスを崩しかけた。
『走れ! 走れ!』
恐怖のあまり勝手に足が動いて走り出していた。
この体に染みついた恐怖心は漂白剤でも落とせないくらいの濃い染みなんだろう。
「はっ……はぁ…ぁぁ」
もう無理だ。
走れねえ。
「逃げ切ったか?」
『サキュバスはいないけど……』
「けどなに!?」
『そこの茂み』
茂みの方向に視線を向けた。
「グルルルルルル……」
「ソレハナイヨネ?」
狼って、そりゃねえぜ。
しかも3メートルくらいのやつだぜ!
いやっほう!
デッドエンドコースまっしぐらだ。
いや、そんなこと考えてる場合じゃねえ。
迎撃しなければ喰われる。弱肉強食だ。
「グルァァァ!」
飛び掛かってきた。
魔法を放つ間もなく真横にローリングして、初撃を避けた。
ついでに解析もした。
『フェンリス』……フェンリル亡き現在、最強の狼系モンスター。危険度Sランク。水属性魔法を扱うため要注意。
ちょっと待とう。
最強の、ということは超危険なわけだね。
よし! 逃げよう!
靴裏に爆発を起こしながら全力ダッシュ。
「ガルルルアァァァ!」
「来るなあああああああああああああっっ!!」
俺の全力ダッシュに付いて来ている。
てか追い付かれつつある!
「グルオォッ!」
「どうぇい」
体当たりをまともに食らって地面に倒れる。
いやもうこれ終わった。
人生終わった!!
腰が抜けて立てない。
手だけで座った状態のまま後ずさる。
すると後ろの茂みからガサゴソと音がした。
「キニアスか!?」
言いながら思い切り振り向いた。
「救世主だ」
「レイズ!?」
フェンリスはレイズを見るなり逃げて行った。
やっぱ本能的に分かるんだろうね。
手を出しちゃいけないやつってのは。
「いやー、助かったあー」
「そりゃよかった。さっさとオレの服を返せ。
そのリュックに入ってんだろ?」
オレ。
自分のこと、オレっていう女を今日初めて見たよ。
しかも言葉づかいも結構、女性ではない感じですな。
しかし派手にこかされたりしたからな、荷物は大丈夫か?
と、思ってたら無理やり取られた。
「おーし、大丈夫か。やっと普段着が届いた」
「普段着? そのコスプレ的なやつが普段着じゃねえの?」
「んなわけねーだろ。好きでこんな服着てるやつなんざ、
どっかのマーケット周辺以外にゃいねえだろ。しかもノーパンで」
「その条件が付くとどこにもいないと思うんだが」
「まあ、そうだな」
そう言うとレイズは唐突に服の留め具を外して脱ぎ始めた。
とくになにも言われなかったのでそのまま眺める。
体のラインはいい。実にいい。
太りすぎず、痩せすぎず、ちょうどいい。
そして実に残念だ。胸が。
ブラの間からなんかポトって落ちたし。
虚乳と言ってやろうか。
「燃やそうか?」
「なんで思考が読めるんですか!?」
しかも言った瞬間に手にマイクロサンが、小さな太陽が!
皮膚をチリチリ焼くほどの光が目に突き刺さる。
目に毒なので後ろ向いて着替えが終わるまで体育座りをしていた。
衣擦れの音が聞こえなくなった頃。
「なあアキト、髪切ってくれ」
突然そんなことを言われた。
俺は理容師免許なんて持ってないぞ。
「適当でいいのか?」
「首のへんでバッサリ切ってくれ」
「ほんとにいいのか? 腰まで伸ばすのって3年くらいかかるんだろ?」
「構わん、鬱陶しいからスパッとやってくれ」
やれと言われたから俺は受け取ったナイフでスパッと切った。
だが。
「……やっぱりダメか」
切った瞬間に伸び始めて、すぐに元の長さになった。
こいつの髪はどうなってんだ!?
「あんたの体はどうなってんだよ」
「あーー、多分だがな、多分。呪いでいろいろおかしなことになってる」
「呪い?」
「堕天使にやられたんだよ。オレじゃ到底解呪出来ない」
「あーね。あの堕天使って自分が面白けりゃなんでもやんのか」
「やるな、特にひどかったのは装備なしで極寒地帯に送られた時だ。
お前も結構、大規模なことをされたろ?」
「やられたよ。なんかも…んぐ!?」
「静かに」
なんだよいきなり。
「まずいな……囲まれつつあるか」
近くの茂みがガサガサと音を立てる。
その中から顔を覗かせるのはゾンビだ。
「あの、レイズさん。あれなんすか?」
「エクスキューショナー。あれの場合は死刑執行人だな」
「やばいですよね?」
「オレ一人なら勝てるが……」
ちょっと、そういう目で見られると気まずいじゃないか。
「フェネ、アル。アキトを遺跡まで案内してやれ」
「仕方ないなー」
「りょうかいなのです」
なんでコイツらはおとなしく言うこと聞くんですかね。
俺の時と大違いではないか。
「ほら、さっさと付いてくる」
フェネは明かりを灯しながら走って行く。
「アキト、さっさと行け。ほんとに邪魔だ」
「へーい」
フェネの後を追ってこの場から遠ざかる。
つか、あいつ一人でほんとに大丈夫なのかよ。