自分の声が言うことには
即興小説トレーニング、お題『嘘の電話』より。
ケータイの着信が鳴る。素っ気ない電子音とバイブの響きが手の中で喚いている。
「あ、もしもし、俺だけど」
誰だよお前。
携帯を取った俺は即座にそう思った。普段非通知なんかには絶対出ないのだけど、なぜ取ってしまったのだろう。
新手の俺俺詐欺かよ。
「あんただれ」
「だから俺だって」
んなこと言われてわかるかよ。しかし、この声はどこかで聞き覚えのあるような声だった。
「怪しい電話だと思ってるだろ」
電話の相手は、含み笑いの声音で話している。こちらはますます不審が募る。
「そりゃそうだよな。俺も昔はそう思ったんだ。昔っていうのは、具体的に言うと、ちょうど5年前の今日なんだけど」
「はぁ??」
「俺は、未来のお前だよ。今、ちょうど5年後から電話してる」
暇つぶしにと思って電話を聞いていたら、相手はおかしなことを言い始めた。
「だって、聞いたことある声だと思っただろ。そりゃそうだよな。自分なんだから」
「ああそう」
「まだ疑ってるだろ」
そうだ。そんな話の一体どこに信憑性があるというのだ。
「俺が未来のお前という証拠は」
「そういうと思った。いいか、聞いてろよ」
電話の相手――自称・未来の俺は、何やらすらすらと語り始めた。それは俺が書いている途中の小説の一場面で、誰にも見せたことがないものだった。
「もういい、わかった」
俺はそう言って朗読を遮った。書きかけの未熟な文章で、聞いているこっちが恥ずかしくなってくる。
「で、何が言いたいんだ」
「そうそう、そう来なくちゃ。お前さ、就職活動になんて逃げてないで、ちゃんと今書きかけの話書き上げて賞に出せよ」
「・・・・・・・・」
俺はなんとなくこの電話の相手が未来の自分だと信じる気になってきた。信じたくなってきたといったほうがいいのかな。
「夢ばっか見てないで現実見なきゃと思ってだろ。そして普通に生きようとしてもさ、真面目な振りしてもそんなの自分の性分じゃないって、自分でわかりきってることじゃんか。そうして行きたくも無い会社に勤めて、毎日我慢してきつい仕事する暮らしして、何が楽しいのさ」
話をしながら、俺はいくつか質問をした。例えばそっちは今西暦何年でいつの日なんだ、とか。
「たとえば俺が今書いてる話をどっか応募したらさ、それって賞に入ったりするの」
「そういう話をするために電話かけてきたんだよ」
「・・・・・・マジで」
なぁ、こんなの本当に、作り話みたいな話だろう。
俺の、携帯を握る手に汗を滲んだ。
オイ、未来の俺、教えてくれ。
夢を叶えるために、俺は今から何をするべきなんだ。お前はそれを知っているのか。
俺が将来、過去の自分に電話して教えたくなってしまうくらい、望んだ未来が訪れているのか。
「いいか、俺の言うことを今からよく聞け、何でも思い通りのことが起こるからな」
ごくりと思わず息を呑む。
俺はその次に聞こえてくる言葉をじっと待った。
「・・・・・・なーんて、うっそー」
ぷつ。
唐突に電話が切れた。
電話からは何も聞こえなかった。しばらく頭が真っ白になった。
着歴をたどろうとする。非通知どころか、何も着信はない。
何なんだ今の。夢だったのか。
俺は何を期待しだんだろう。
「はぁ・・・嘘か」
嘘かあるいは幻聴か。
自分の部屋を見渡す。ここにあるのは平凡な自分自身。
おもむろに手帳を開いた。
安物のボールペンで書きなぐった。
『5年後、自分に電話をかける』
ただの夢で終わらせるのは悔しくてたまらない。
手帳には合同説明会の予定。セミナーの予定。研究室の日。つまらない毎日だけど。
5年後いい電話ができるようにしよう。
自分に嘘なんかつけないからな。