2-1 倉田叶④
「う……ううん」
叶は暗いリビングのソファーで眠りから覚めた。
どうやらうっかりソファーで寝てしまったらしい。メアと戦って帰宅したのが二一時過ぎ、年頃の娘の帰宅が遅くても母は何も言わず、さっさと風呂に入るように促した。
そのあとは確か、簡単に夕食を済ませて……そこで叶の記憶は途絶えていた。
両親も何度か起こそうとしたのか、それとも端から諦めたのか、叶の身体には布団が掛けられていた。
チクタクチクタクと壁の時計が時間を刻む。
午前一時過ぎ。
テレビは点けっぱなしだ。
「またお父さん、消し忘れたのね」
叶の独り言に胸元のロザリオは何も言ってこない。
――ナハトは寝てるのかしら。
銀のロザリオの姿をしている天使も一応は睡眠を必要とするらしい。だが、ナハトが食事を取ったところを見たこともない。
彼が天使だという確証はある。確証もなにも目撃したんだ、信じるほかない。『神』と契約した日に、白い翼をはためかせ舞い降りた彼は陽光に輝く金髪、澄んだ翡翠色の瞳、極めつけは頭上に浮かぶ天使の輪を持っていた。神の奇跡の後に、天使が現れても驚きはしなかった。
仕方ない。もう時間も時間だし、部屋に戻って寝よう。
テレビを消そうとリモコンを手にした。
興味も無くテレビに映されている番組に今まで気付かなかった。しかし、映し出されているのは魔法少女が活躍するアニメだとわかった。
特に興味があったわけじゃない。
けれど、つい観てしまった。
頬杖をついて、ぼんやりとテレビの中で動き回るキャラクターを見ていた。
アニメの中では少女たちが傷つきながらも、夢や希望を守るために戦っていた。ピンチになって負けそうになっても仲間が助けてくれて、最後に見事敵を打ち倒した。
エンディングの曲を聴きながら、
「実際の魔法少女は、夢も、希望も、勇気も、愛も、何も守れないのよ……」
少なくても自分はそんなもののために戦っていない。ただ、生きるために、生命を得るために戦っている。
夢、希望、勇気、愛、自分の戦いとはどれも縁遠い。
いや、違う。
自分はわかっていないんじゃないか?
本当に戦うための理由にすべきことが何かを。
――いや、私にも守りたいものがある。それはただの日常だ。
けれど、日常を構成するものが何か、根源は何か、何が自分の日常か、叶はまだわかっていない。
エンディングが終わり、CMに移ったところでテレビを消し、自室に戻ることにした。
「魔法少女か……」
晴天の下、叶が何気なく言葉を零した。
もちろん、『魔法少女』なんて単語が出てきた理由は簡単だ。昨夜みたアニメのせいだ。
「なんだいやか? それなら神の代行者といってもいいが?」
制服の胸元のロザリオに言われ、
「やめてよ。まだ魔法少女の方がいいわよ」
苦笑した。
今日は寝坊せずに余裕を持って家を出たため、登校には余裕がある。
学校生活を取り戻しつつあるが、昨夜のように魔法少女としての活動もしなければならない。
戦って戦って、行き着かなければならない、討伐すべき相手『君主』へだ。
メアは大きく三つのランクに分類される。
下位、中位、上位だ。強さは字の如く。そして『君主』は全てのメアを束ねるもの。
世界の狭間から這い出すもの。討伐すべきもの。神の敵。
ナハトが神の代行者というのは、神の敵を、神の代わりに滅ぼすからだ。
『君主』に辿り着くには下位のメアばかりと戦っていても仕方がない。
「ナハト、どうしたら中位や上位のメアと戦えるの?」
「アイツらが出てくるのは、例えば大災害や大規模な事故や事件、そういったものが発生する前後だ。下位のメアが発生した負の感情に群がってくる有象無象とすれば、中位や上位は負の感情を創り出させるために干渉してくる」
下位が負の感情に群がるだけの存在であるなら、中位や上位のメアは負の感情を創り出すもの。例えばテロ事件、例えば大地震、歴史に刻まれる大きな被害を出した出来事の裏側にメアが関わっていることが多い。
「向こうからやってくるのを待って言うの?」
冗談じゃない。
こっちには時間がない。
待つしか手がないのであれば、生命の刻限である一年が過ぎてしまうこともありうる。
それだけは避けたい。
もしも本当に待つしか無いなら、何のために自分は戦っているのか?
戦う決意も、生きる意志も揺らいでしまうのではないか?
「答えて」
だから、ナハトに問う。
「君の心配はもっともだ。しかし、問題ない。君が変身に使用している、アマル。アレは君の中――原罪の大輪に負の感情を蓄積させる。いずれ君にひかれて現れる」
「なっ……! そんなこと聞いてない!」
「ああ、聞かれてないからな」
「くそ天使」
ロザリオの言葉に悪態をついて考える。
ナハトの言葉をそのまま受け取るなら、叶自身が戦い続け、変身を繰り返すことで、いずれ中位や上位のメアが現れる。中位や上位だけではない、叶に蓄積された負の感情に引き寄せられ、下位のメアが群がってくる。
それではまるで倉田叶という存在が餌ではないか。
いや、ナハトは叶に餌になれ。そう言っているのだ。
餌になることは構わない。だが、問題がある。
昨日のように良太を巻き込むことになるのではないか? それだけじゃない、家族や六花もそうだ。
昨日まで守るものは何もないと思っていた。
けれど、守るべき、守らざるを得ないものができてしまった。
自分はどこまでできる?
「おはよ、叶」
何が出来るんだ?
力はあるのか?
今、自分が在住している高城市を守るのか?
ちょっと待って欲しい、急にスケールが大きくなっているのではないか?
「おーい、聞こえてるかー?」
自分の日常と大切な人を守れるのだろうか。
いや、守り通す覚悟と揺るぎない覚悟があるのだろうか。
「か・な・え!」
スパン!
快音が響いた。
「いったぁーーー!」
頭を抑えて、目尻に涙を浮かべて振り向いた。
鞄片手の良太の姿があった。
「何度、声を掛けても気付かないんだもんなー」
「あのねー、だからっていきなり頭叩く?」
「周囲を警戒してないといきなり刺されるぞ?」
歩く速度を緩めて、良太の隣に並ぶ。
「朝から?」
「主には夜と人気のないところだな」
良太に接する時は少し緊張する。しかし、表情に緊張を出さない。心の奥底に重石付けて沈める。
緊張の原因はわかっている。
昨夜、良太にロザリアの姿を見られてしまったからだ。接する時は細心の注意を払った。しかも月明かり程度の明るさしかなかったのだ、気付かれるはずがない。
バレてはいない。
その確信がある。
もしもだ。
もしも、黛良太は魔法少女ロザリアの正体に気が付いたらどうするのだろうか?
メアも魔法少女もいるはずがない。それが常識だ。彼はこれまでと同じように接してくれるのだろうか?
「で、何か事件でもあったの?」
「なんだ、ニュースみてないのか。殺人事件だよ、殺人事件。近所の女子高生が殺されたみたいだよ。わかってるだけで三件。腹部を刺されていて、事件現場に被害者の髪がばらまかれているそうだ」
「ふーん、それと私がどう関係があるのよ」
「被害者の共通点は、長くて黒い髪をもった十六歳の高校生だからだよ」
少しだけ真剣な声だった。
「だから、気をつけろよ。俺は嫌だぜ、幼なじみが被害に遭うなんてさー。お前が事件に巻き込まれたときだってずいぶん心配したんだからな」
軽い口調と人なつこい笑顔の良太に照れながら、
「ありがと……」
お礼を言った。




