1-6 倉田叶③
どうして?
よりにもよって、なんで良太がここにいたの?
彼に正体はバレてないはずだ。
魔法少女ロザリアに変身したこの姿と、普段の自分を結びつけるものはない。
良太と話すときは声色も変えた。
現界領域内に良太がいた事実が心を揺らす。
「動揺しているのか?」
「当たり前でしょ。良太がいたのよ?!」
ナハトの問いかけに声を荒げた。
自分はいい。メアと戦う代わりに生命をもらったんだ。だけど、現界領域に迷い込む。そんなことは聞いてない。
よりにもよって、踏み込んでしまったのが良太だなんて……。
こんな……異常なことに、良太が足を踏み入れかけた。
自己の責任ではないとわかっている。けれど、叶は、責任を感じていた。
世界は広い。叶がメアと戦っているように、自分たちが知らないだけで、存在している事象なんてものは数多くあるだろう。
魔法少女であり、メアと戦う自分がいうのも変な話だが、この世界のどこかでは、魔法使い同士が戦っていてもおかしくはないし、もしかしたら魔王と戦っている勇者様がいてもおかしくない。ただ、自分がその事実を知らなければ、ないに等しい。
黛良太が触れてしまったのは、倉田叶が身を置く非日常の一端だ。
普通の人が生きていくなら、踏み入れることはまずない。知らなくていいはずのことだ。
思考を加速させる叶に、銀色のロザリオは、
「なにをいまさら取り繕うとしている? 君はもう人間ではない。そうだろ、ロザリア? 君はさ、その覚悟があったんじゃないか?」
「それは……」
叶に揺れる隙を与えないようにナハトは続けた。
「まさか自分の周りだけは、メアに関連する出来事に巻き込まれないと思っていたのか? 自分の日常は特別だと思っていた? だとしたら認識を改めるべきだ」
「けど、それでも良太は!」
「なぜこうも人間は自分だけは、自分たちだけは違うと思うのか。いいか、人間は平等に不幸も幸福も訪れる。ただそれだけのことだ。君がいくら悔やもうが、事実として黛良太とやらは、異常の片鱗に触れた。君が生命を得た代償というのはそういうことなんだ」
天使の言葉に叶は押し黙り、拳を握りしめた。掌に爪が食い込み、赤く染まる。
――そうだ、私は何を勘違いしていたんだ。
こうなる可能性をどこかで感じていたんじゃないの?
ロザリアとして戦いつづければ、いずれ周囲も巻き込んでしまうことも脳裏を過ぎっていた。
それが早いか遅いかだけの違いじゃないのか?
歯を食いしばり、自分を納得させ、溜飲を下げる。
息を吐く。
それで気持ちを切り替える。
掌を夜闇に差し出すように伸ばす。
「さて、後かたづけね。――集約」
掌にメアの残滓が渦巻くように集まってくる。メアが現界する際、使用されるのは負の感情に類するものだ。メアを倒したとき、メアの身体は粒子に戻る。粒子はすぐに消えることなく、現界領域に留まる。
残滓は徐々に大きくなり、野球ボール大ほどになったところで止まった。
「思っていたよりも集まったわね。――圧縮」
握りつぶすように指先に力を込めてる。
ガラスが割れるような音がした。
ゆっくりと手のひらを開くと、薄紫色の球体――ロザリアに変身するために、叶が食べたアマルが三つできあがった。
アマルはメアや負の感情の残滓でできている。これを摂取することで原罪の大輪が活性化し、ロザリアへの変身が可能になる。それが原罪の大輪の一つ目の役割だ。もう一つの役目は仮初めの生命を与え続ける。これが倉田叶を戦いの運命に縛り付ける鎖だ。原罪の大輪は定期的にアマルを摂取しなければ枯れてしまう。アマルを手に入れるにはメアと戦うほかない。
倉田叶は、あの爆発事件の日、神様と一つの契約をした。
メアを束ねる『君主』を討ち滅ぼす。
その使命を背負う代わりに、仮初めの生命を得た。
生命の期限は一年。
それまでに『君主』を討てなければ、原罪の大輪は枯れ、叶の生命が尽きる。
しかし、見事、使命を果たすことができれば、与えられた生命が、仮初めから本物になる。
結んだ契約に後悔はない。
あの日、倉田叶は、魔法少女になった。