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魔法少女ロザリア  作者: 日向タカト
第一章 彼女は続く日常に嫉妬する。
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1-4 倉田叶②

 久しぶりの学校の授業は大半がわからなかった。授業の遅れは仕方ないが、やはりショックだった。

 教師の口から出てくる説明も、板書されていく数式はもはや異国の言葉に近かった。高校二年生になったことで、数学や物理と言った理数系科目は、難易度が上がっていて、元々理数系が苦手だった叶を容赦なく置いてけぼりにする。

 教師達も、叶が長期欠席していたことを考慮してくれ、放課後に二時間程度の補習を開いてくれることになった。

 高校二年生ともなれば、受験を一年後に控える身分だ。気の早い生徒は予備校に通っている。しかし、叶はその中には分類されない。だが、両親からもちらほらと受験の話題は出始めている。

 ――受験の話題はうんざりするのよね。

 高校受験のときも両親からは煩く言われた記憶がある。大学受験となれば、あの頃よりも強く言われるだろう。それでも受験をがんばったのは、幼なじみ二人と同じ学校にいくという目標があったからだ。

 とはいえ、学力主義がまだ残っている日本に呆れる。予備校や塾に行っていない叶にとって、教師たちが開いてくれる補習授業はとても助かった。

 良太に言ったように、勉強は将来役に立つと思う。物を識るというのは、自分の選択肢を広げると思っている。

 以前の自分だったら、こんなこと思いもしなかった。

 ――良太がいうように、私はどこか変わったのかも。

 理由があるとすれば、一度死の恐怖を得たからだろう。

 あの時ほど、何も残せていないこと、何もできなくなることに恐怖したことはない。

 時刻は十八時半を過ぎだ。

 補習を終えて校舎を出ると、太陽は沈みきったがまだ空は明るさを残している。しかしあと少しで夜に切り替わる間際の時間だ。

 学校生活に戻っても、完全な日常に戻ったわけではない。

 叶にはやらなければならないことがある。

 夕方の商店街は、夕食の買い物をしている主婦、帰宅途中のサラリーマンや塾に向かうのであろう同世代の学生で溢れている。

 叶は時折、路地裏の方へ目を向けては、また歩き出すということを繰り返していく。

 柄が悪い人間が多く集まっている場所を見つめて何かを確認する。

 そうやっていくうちに叶は商店街を抜けて、人気の無い方向へと進んでいた。

 一時間が経過した頃、ある場所で足を止めた。

 そこは街灯もないような公園だった。月明かりを受けて滑り台やジャングルジムなどの遊具が夜の暗さの中で浮かび上がる。

 誰もいない。

 しかし、叶は何かを確信して、今日の目的地をこことした。

「ナハト、今日はここかしら?」

「……数は少ないけど、こんなところだろう」

 銀のロザリオ――ナハトの言葉を受けて、叶は目を細めて周囲を見渡した。周囲にうっすらと紫色の靄が立ちこめているのがわかる。人の目であれば、この靄に気づくことはできなかっただろう。

 靄の正体はナハトと『神』がメアと呼んでいる存在だ。メアは人の絶望などの負の感情に引き寄せれ、世界の狭間から這い出てくるもの。そして負の感情を糧に己を成長させて、人の世に受肉しようとしている。

 学校や街中のように人の感情が渦巻くところはもちろん、この公園のように人気のない場所……そこに生まれた、残された感情に引き寄せられ、人の世にメアが現れる。

 ――私が『神』とした契約は、こいつらの親玉、『君主』を討ち滅ぼすこと。

 異形とも、異質とも言えるメアと戦う使命を全うするための力を、叶は『神』から与えられている。力を行使して、学校に復帰するまでの一ヶ月の間も、叶はメアを相手にしてきた。そういう非日常が、徐々に叶の日常になってきていた。

 これが叶が、日常に戻りきれない理由だ。

 公園を見回して、靄の数を把握していく。

「やっぱりメアが集まってる。十ぐらいね」

「では、神の代行者として、その役目を果たせ」

 ナハトの言葉に、ため息一つ。

 叶は鞄をその場に置き、鞄の中からポーチを取り出した。ポーチの中には、リップクリームなどに混ざって、ドロップ缶があった。蓋を開けて、軽くふるとカランコロンと音がし、薄紫色の飴玉が手のひらに出てきた。

「これ、嫌いなのよね」

 唇に近づける。

 唇に触れた飴は、灼けるほどに熱い。それを無視して人差し指で飴玉を口内に押し込む。舌で味わうと蜜のように甘い。甘味を堪能することはせず、コクンと飲み込んだ。

「……ん」

 喉を通過するだけで、強い快感が生まれる。思わず漏れそうになる声を押し殺した。喉をすぎるとともに激痛が全身に走った。

 胸の黒い薔薇の紋様が脈動するのがわかる。

「全ての絶望も、罪も、哀しみも、私が祓う! ……装着(オーバーライド!」

 叶が叫ぶと、彼女の足下に黒い光で描かれた魔法陣が広がった。魔法陣が力強く発光し、光はやがて形を成す。それは黒い花弁となり、叶の身体を包み、黒い蕾へと形を変えた。

 蕾の中で叶は自分の姿を変えていく。

 制服や下着は青白い粒子に変換された。

 起伏の少ない胸――その左胸にある黒い薔薇は原罪の大輪と呼ばれる器官だ。これが『神』から与えられた新しいの生命だ。叶が得たのは新しい生命だけではない。原罪の大輪は、叶にメアと戦う術を与える。紫色の飴玉――アマルを体内に取り込むことで、原罪の大輪が活性状態に移行する。

 原罪の大輪から黒い光が溢れ、手足、身体に巻き付いて、セーラー服が形成される。

 ついで、唇と髪を、光が撫でる。

 桜色の唇は真紅へ、黒い髪は紫色へと変わった。

 黒色の光は叶の頭上へと収束し黒い三角帽子となる。生成された三角帽子を被り、すべての工程を終えると、叶を包んでいた蕾が開花とともに弾ける。

 弾け降り注ぐ黒い花弁の中、彼女がいた。月の光に照らされて、胸元の銀のロザリオが輝く。現れた存在は、倉田叶であり、倉田叶ではない存在だ。故にナハトは、魔法が使える少女、ロザリオの加護を得てることからロザリオをもじって、魔法少女ロザリアと呼んでいる。

 叶は変身を終えると、パチンっと指を鳴らした。

「現界領域展開!」

 叶を中心に速度は風のように早く、紫色の円が領域を広げていく。半径にして三〇〇メートルに渡る現界領域、これにより靄でしかなかったメアたちが実体化する。また現界領域内は外側の世界から隔離される。

 叶が戦ってきたメアは、実体化すると大抵人狼の形状を取る。もちろん、人狼だけではなく、鬼やスライムなどのゲームで見かけるモンスターを連想させる形状のメアもいる。

 最弱のメアであれば靄の状態でも倒すことができるが、大半は現界領域の中でしか実体化出来ない。ナハトからはそう聞いている。

「強欲な空想」

 静かに叶が詠唱した。右手に一振りの杖が出現し、先端の紅い宝玉を実体化したメアたちに向ける。

「さっさとやるわ」

 宝玉に魔力を集中させ、弾丸とし形成させる。

 ダンダンダン!

 かすかな反動を伴い、薄紫色の魔弾が三発、宝玉から放たれる。

 三発の魔弾は一体のメア――人狼へ向かう。

 軌道は三つ。

 一つは真っ直ぐ正面へ、残る二つは左右から回り込む弾道を取っている。

 着弾を確認せずに走り出す。

 これまでの戦闘経験から魔弾一発で、人狼を屠るに足ることを知っている。

 光が弾ける。

 わずかに生まれた光の向こう側に見えた人狼。迷いもなく魔弾を撃つ。

 ――これで二体!

 戦果を決して喜ばない。

「ほら、油断するな。左からきてるぞ」

「わかってる」

 ナハトの警告を受けるまでもなく、視界の端でメアの動きを捕らえていた。

 一歩後ろに下がる。

 叶がいた空間を、獣の爪が薙いだ。

 視線を左方向にむけると人狼がいる。

「空想変化」

 杖は一度粒子になり、粒子は剣を型どり叶の手に収まる。

 握り、感触を確かめる。

 身を回しつつ爪撃で伸びきった人狼の右腕を、斬撃で切断する。

 再度、剣から杖へと武器を変化させ、杖の先端の宝玉を人狼に突きつける。

「はい、次!」

 ゼロ距離で魔弾を撃ち込む。

 これで三体、残り七体!

 魔弾を放ち、杖を振るい、剣に変化させ斬り、攻撃をよけ、防御する。攻防を繰り返しながら、確実にメアの数を減らしていく。

 ロザリアに変身してから、時間にして十五分が経過した頃、残るメアは一体になっていた。

 魔法少女に変身して身体能力は向上しているが、十五分間動き続ければ、息が上がる。

 肩で息をし、呼吸を整える。

「これで終わり。――激怒の破砕!」

 杖から光が直上へと伸びる。長さにして三メートルの高さに達したところで、光が左右にわかれ、槌の形を成していく。

 得られた形状は、力場で形成された巨大な槌だ。

 バチバチと青白い火花が槌から洩れる。

 対峙している人狼は、知性が無くとも本能で危機を感じ取ったようで後退る。しかし、もう射程距離だ。

 逃げることはできない。

「砕け散れ!」

 空気を振るわせる破壊宣言。

 一気に振り下ろす。しなりに追従するように、槌がメアの頭上に叩きつけられた。

 火花のように洩れる魔力が風を生む。

 激怒の破砕を振り抜いた。

 人狼は頭頂部からまっすぐに押しつぶされ、跡形もなく消えた。

 ――全部……。

 額からにじむ汗を拭い、激怒の粉砕を解除する。

 少し緊張を解いて、

「終わりかしら?」

「何を安堵している。まだ残ってるぞ、ロザリア」

 ナハトがロザリアと呼ぶときは、まだメアとの交戦が終わっていないことを示す。彼は魔法少女としてあるべきと考えているときは『ロザリア』と、そして人としてあるべきときには『叶』と呼び方を明確に区別している。

「どこに?」

 道路に面した側、そこにまだ一体残っていた。

 だが、おかしい。

 メアはこちらに気付いていない。

 それどころか別のものに意識がいっているように思える。

「うわああああ」

 悲鳴が聞こえた。

 声からして男のものだ。

「ねえ、なんで、一般人がここにいるの?」

 現界領域は、一個の隔離領域を発生させる。そのため領域内にいるのは、叶とメアだけのはず。

 一般人が巻き込まれるはずがない。

 叶の疑問に、

「言ってなかったか? ごくまれに現界領域に入ることができる人間がいるんだよ」

 とぼけた口調の天使へ沸き上がる怒りを抑えて走り出した。

「聞いてない!」

 幸いにして、目的地までの距離は三〇〇メートルほどだ。

 すぐに辿りつける。

 しかし、叶の心はざわめいていた。

 これまで一般人が現界領域に入ってきたことがない。そのイレギュラーが発生したこと、いや、それだけではない。現界領域のおかげで一つの決定的な境界線を引けていると思っていたのだ。

 『日常』と『非日常』の区別だ。この二つを切り離すものとして、現界領域を考えていた。街中でメアの痕跡を見かけても実体化するのは現界領域の中だけ。つまり現界領域さえ展開しなければ、自分の日常に害を為さない。

 なのに、どうして、この『非日常』に自分以外の人間が紛れている?

 それは叶を動揺させるのに充分な理由だった。

 なんで?

 なんで?

 私が戦い続ければ、いいだけじゃないの?

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