1-3 黛良太①
「久しぶりだし、一緒に帰るか?」
ホームルームが終わったあと、黛良太は叶に声をかけた。
メールや見舞いでコミュニケーションを取っていたが一ヶ月間不在だった幼なじみと積もる話もある。ふらふら寄り道して帰るのもいいかと思った。
しかし叶は黒髪を揺らしながら申し訳なさそうに、
「ごめん、私今日から補習なんだ」
言われて思い出した。
確か昼休みに叶は、担任に呼び出されていたはずだ。あの呼び出しは、補習のことだったのか。
一ヶ月も休んでいれば、授業についていけないだろう。
休み時間の度に、叶は教科書やノートと睨めっこしていた。
「……そりゃあ、遅れを取り戻さないといけないか」
良太は苦笑しながら納得した。
「そういうこと。最近思い直したんだけど、勉強って難しいし、めんどくさいけど、将来役に立つと思うの」
「……」
頭、打ったのか?
それとも熱か? 今年の風邪は頭に影響させるものなのか? そうだとしたら、風邪の予防を怠らないようにしなければ。
己の健康管理を決意して、叶の額に手を伸ばした。
ピタリ。
良太の手が叶の額に触れると同時に彼女の動きが止まった。
――うん熱はないか。
確認し、頷こうとした瞬間、叶の顔が真っ赤に染まり、手を払われた。
「な、なにするのよ、良太!」
「いや、突然、勉強大好き! みたいなこというから、熱でもあるんじゃないかと思って」
「ないわよ。……まったく」
呆れ顔の叶をみて、安心した。
この調子じゃ、大丈夫そうだ。
だが、何か違和感がある。
違和感? いや違う。
変化とも言うべきか。
それもささやかなものだ。
「叶さー、なんか雰囲気変わったよな」
「そう?」
少しだけ困ったように叶は、髪をくるくると指に巻き付ける。
昔から彼女は、困ったことがあったり嘘を吐いたりするとこうやって髪を遊ぶくせがある。叶も、自分に変化があったんじゃないか? と聞かれても、自覚がないところなのだろう、回答に困ったのかもしれない。
だから、良太は自分が感じていることを口にだした。
「うーん、なんだろう。少し大人っぽくなったっていうか、なんだろうなー」
うまく言葉に出来ないが、事件以来叶がどことなく変わったような気がする。
一ヶ月前よりも、叶の雰囲気が透き通った気がする。
何かを吹っ切ったようなそんな印象だ。
「女の子は成長が早いのよ」
「そうか? いつまでも成長しないような……」
良太の視線は、叶の起伏の乏しい胸へ向かっていた。確かに小学生に比べれば成長は見えるけど、あまり成長していない気がする。
それに気が付いた叶は溜息を漏らして、
「サイテー」
冷えた声で訴えてるが、良太はそれを受け流しつつ、
「りっちゃんも中学生までペッタンコだったのに、いまじゃ……」
「良太さー、私や六花だからいいけど、それ普通の女子にしたらセクハラになるよ?」
「わかってるよ。だから、りっちゃんと叶にしか言わないし」
「それもどうなのよ」
半目で呆れる幼なじみの視線に、肩を竦めて応える。
違和感の正体はわからない。
外見の変化ではない。
もっと、もっと、叶の内側のある気がする。
――考えても、答えは出ないか。
そもそも良太自身、答えを出したいわけじゃない。
ただ、気になっただけだ。
放課後に入ったことを告げるチャイムが鳴った。
「あ、もうこんな時間か」
良太は鞄を担いで、
「じゃあ、補習がんばれよ」
「ん」
叶に手を振って別れを告げて、教室を後にした。
廊下に出れば、まだまばらに生徒が残っている。窓の外、グラウンドでは野球部やサッカー部が声をあげて練習に打ち込んでいる。
階段に向かうと三階からギターの音がした。軽音部が練習している音が洩れてきたのだろう。
昇降口を目指しながら、今日の叶の様子を思い出す。
十六年弱。
生まれたときから同じ時間を共有してきた幼なじみの一人。
一ヶ月ぶりに登校してきた彼女にほんの些細な違和感を抱いた。やはりそれが気になる。それは黛良太だからこそひっかかる僅かな変化ともいうべきか。
雰囲気の変化だけじゃない。
下駄箱に上履きを入れながら、一つ気が付いた。
――ああ、そうか。
帰りがけの生徒が行き交う昇降口で誰になく、違和感の正体を口にした。
「あいつ、あんなに寂しそうに笑わなかったじゃないか」
大きな事件に遭って、何か変わったんだろうか?
それとも他の要因でもっと大きな変化があったんだろうか?
それらの答えに辿り着くための手がかりを、黛良太はまだ得ていない。
「とりあえず、本屋でも行ってマンガ買うかな」