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魔法少女ロザリア  作者: 日向タカト
第一章 彼女は続く日常に嫉妬する。
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1-2 倉田叶①

 ピピピ……ピピピ……。

 目覚まし時計のアラームの音量が徐々に大きくなる。それは目覚まし時計が自己の使命を果たそうと鳴り響いているからだ。

 布団にくるまった叶は、モゾモゾと枕元にある目覚ましを探す。

 手だけを布団から出して、バンバンと目覚ましがあるだろう場所を叩く。

 その間も、目覚ましはアラームのボリュームを上げていく。

 ピピ……。

 やっと目覚ましを探し当て、アラームを切った。

「……う……ううん」

 布団からわずかに顔を覗かせ、寝ぼけ眼で時計を確認する。

「……七時十分」

 ウグイス色のカーテン越しに日差しが差し込み、一階からは母が朝食を準備している音が聞こえた。

 寝返りをうって、天井を見つめて、

「……ねむい……」

 再び布団を被り、生ぬるいお湯のような眠気を堪能しはじめた。

「この一ヶ月、君の生活を見てきて思うが、君は朝に弱いな。もっと有意義に時間を使えないのか」

 呆れの声は机の上に置かれた銀色のロザリオからだった。

 ロザリオから声が聞こえても、叶は驚かない。

「はいはい、天使ナハト様の言葉はその通りですよ……なので放っておいて……」

 眠たさ全開の声で、ロザリオに返答する。

 彼女はロザリオがしゃべることに疑問は持たない。

「それができるなら、ボクはもう天界に戻っているよ。でも、主との契約を受け入れた君を監視するのが役目だからな」

「あなたみたいのが天使だなんて人間は思っていないわよ」

「人間の勝手な妄想だろ。君が貪っている惰眠は、怠惰だと思うが、どうだろう」

 人語を話すロザリオはナハトといい、叶のいうように天使だ。人間界においてナハトは、天使の姿を長時間維持できないため、ロザリオの形を取っている。彼とは『神』と契約を交わした一ヶ月前からの付き合いだ。

 倉田叶は一ヶ月前の爆発事件の日、『神』と契約し、新たな生命を得た。ナハトは交わされた契約が履行されること見届ける使命を神から与えられている。

「うるさいわね……。この朝のまどろみこそ贅沢の極みなのよ」

「なるほど。では一つ。これまでと違う忠告しよう」

「なによ……私は眠いのよー、ふわぁ……」

 眠りに落ちかけながら、ナハトの言葉を促した。

「今日から学校ではなかったか?」

 叶は飛び起きた。

 学校というキーワードで、すぐに自分がすべきことを思い出した。ナハトのいうように、一ヶ月ぶりの登校だ。いつまでも惰眠を貪っている場合ではない。

 学校にいく準備をしなければ。

 爆発事件のあった日、叶は神と契約ことで新しい生命を得て死を回避した。しかし、瓦礫の山から脱出することはできず、救出されるまでの約三時間、自分が助かったことや契約内容をかみ砕くように考えていた。

 救出された直後は、病院に直行だった。

 生命に関わるような傷は、契約した際に塞がっていたが、全身に負った傷が完治したわけではなかった。

 結果として一ヶ月の入院を余儀なくされた。退院したのは一週間前のことだったが、自宅で様子をみるという名目で休んでいた。

 素早く洗顔なども済ませ制服に着替える。

 パジャマを脱いで下着姿になった叶の左胸に黒い薔薇の紋様があった。その紋様は契約した証である。黒い薔薇をしばしみつめて、クローゼットから制服を取り出して着替えはじめた。

 部屋の姿見に映る自分の制服姿をみるのも久しぶりだ。

 黒く流れる髪には寝癖はなく、桜色の唇も荒れていない。ブラウスに包まれた女性らしさ――主に胸――に乏しい身体、プリーツスカートから覗く白い太股、自分の制服姿に頷いて、机の上のロザリオを身につける。教科書も何も入っていない薄っぺらい鞄とケータイを持って、リビングへと降りる。が、その前に、洗面所で洗顔や歯磨きをするのを忘れない。

「おはよ、お父さん」

「おはよう、今日から学校か」

「うん、ひさしぶり」

「ほら、カナ。早く御飯食べて、片付かないから」

「はいはい」

 両親に挨拶してテーブルに着くと、父が見ていたニュース番組では爆発事件の話題が流れていた。そう叶が遭遇したのは爆発事故ではなく、爆発事件だ。

 あの事件は過激派の人間が政府要人の家族をねらって起こしたテロ行為だった。政府要人の家族は幸いにして一命を取り留めたが、一般人に死傷者が出た。叶もその一人として、何度かマスコミの取材に応えた。その度に叶は、何もわからない、気がついたら病院にいた。そう言い続けた。

 ニュース番組は、次のニュースへと移った。

 鞄を父親が座っているソファーに放り投げ、食卓に着くと母親が朝ごはんを並べていく。

 トースト二枚、サラダ、コーヒーと叶にとって、いつもの朝ごはんだ。

「ずいぶん、ゆっくりじゃない? 時間大丈夫なの?」

 言われて、壁に掛かった時計を見る。

 時計の針は七時二十五分過ぎを指していた。

 学校の始業時間は、八時十分。家から学校まで三十分もあればどうにかできる。もしも本当に間に合いそうもなかったら、自転車でいけば問題ないだろう。

「まあ、大丈夫。でもさー、お母さん、起こしてくれてもいいんじゃない?」

「どうせ、あなた起きないでしょ? 何のために目覚ましがあるのよ」

「せめて親として努力してくれても……」

 テーブルの上のトーストにバターを塗って、頬張りながら抗議する。

「無駄な努力はしないのよ」

「それが親の言葉ですか……」

 自分の両親の性格はそれなりにわかったつもりだが、時折親としてどうだろうか? と疑問を持つことがある。しかし、それでも親は親なのだと思う。

 サラダにコーヒーも手早く胃に入れて十分で朝食を済ませた。

 ソファーの鞄を手にして、

「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」

 父と母の声を背中に受けて玄関に向かった。


 眩しいほどの青空。空をみるたびに、叶は思い出す。

 あの時、焦がれた空の青さを。

 しかし、今みている空には、自分が死に直面した時にみたほどの青さは感じられない。

 焦がれて手を伸ばした空は、こんな色だっただろうか?

 もっと青く、蒼く、碧くあったはずだ。

 あの青さが記憶に刻まれて離れない。

 ――だからこそ、私は焦がれたのに。

 浅く息を吐いて、歩みを進める。

 叶の自宅は、住宅街の中にある。ここ高城市は、都心から電車で一時間ばかりのところだ。そのためベッドタウンとして発展してきた。発展の中心は、駅周辺だ。両親の話では、十年前まで駅前には古びた書店と食堂があるぐらいだったらしい。だが、経済成長が進むにつれて、駅周辺は活気づき、飲食チェーンや大型スーパーなどが進出してきた。商店街も負けずに勢力を伸ばしつつある。住宅街から駅まではおよそ徒歩二十分だ。叶が通う高城第二高校は、駅を超えて更に十分ほど歩いたところにある。

 少し早歩きの叶は、駅に向かうサラリーマンや他校の生徒を追い越していく。

 一ヶ月ぶりの登校だ。

 二年生に進級した直後、事件に遭ったため、もう五月の連休も過ぎてしまった。確か二週間後には二年生最初の山場、前期の中間テストが控えている。しかし、進級したあと一ヶ月も学校に行っていないためか、未だに自分が高校二年生になった実感がわかない。

 幼なじみや担任は何度か病院に顔を出してくれたが、大半のクラスメイトは久しぶりとなる。

 不安と戸惑いに格闘しながら、学校へ繋がる踏切りを渡る。

 この踏切あたりから、高城第二高校の生徒が増えてくる。生徒の大半は高城市に住んでいるが、やはり電車で通っている生徒も少なくはない。

 高城第二高校の制服を着た男女に紛れて、校門を目指す。

 校門付近で、叶に気が付いたクラスメイトたちが、声をかけてくれる。

 愛想笑いと一緒に言葉を返す。

 上履きに履き替えて、二階へと向かう。高城第二高校では一階から三年、二年、一年と学年が割り振られている。

 あと五分程度でチャイムが鳴るが、廊下にいる生徒達は雑談に余念がない。喧噪をBGMに階段を昇る。

 階段を昇りきって右を向けば、等間隔でクラスを示すプラスチックプレートが並んでいる。

 その中の一つ、二年A組。

 そこが倉田叶の教室だ。

 ドア越しにクラスメイトたちの声が聞こえる。一年のときとクラスメイトはほぼ変わっていないため、一ヶ月の時間による孤独感はない。

 だが、それでも叶の心をざわめかせるものがある。

 ――少しだけ緊張する。

 どことなく緊張するし、なぜか気恥ずかしさがある。

 そんなことを思っていても仕方ないと覚悟を決めて、ドアを開けた。

「おはよ」

 遠慮がちに挨拶すると、クラスの時間が止まった。

 雑談していただろう生徒達が叶を見て、会話を止めた。

 沈黙が降りた。

 それもわずかなであり、すぐに静寂が破られた。

「カナだー!!」

「おお、倉田!!」

 状況を理解したクラスメイトたちが声を上げて盛り上がる。

 クラスメイトたちは自分が無事に登校したことを喜んでくれたのだ。

 それがとても嬉しく、照れくさい。

 七列にわけられた四十の席の中から自分の席を見つけた。

 一ヶ月前から変わらない窓際の自分の席につくと見知った顔の、いや幼なじみの男子が声をかけてきた。

「よ、叶」

「良太、おはよう」

 鞄を机に掛けて、彼の挨拶に応える。

 幼なじみの黛良太(まゆずみりょうた)だ。彼の顔を見るのは一週間ぶりになる。叶が入院している間、何度かお見舞いにきてくれた。良太と一緒にお見舞いにきていた、もう一人の幼なじみの姿を探すが、見当たらない。

「そういえば、六花は?」

「六花は昨日から風邪らしくて、今日は休むって」

 良太はケータイのメール画面を見せた。

 

 ごめん、昨日から風邪気味で、熱あがってきたから休むね。あ、カナは今日からだっけ……よろしく言っておいて(笑)


 白原六花からのメールを読んで、叶は笑いを漏らした。

 ――とりあえず、元気そうね。

 もう一人の幼なじみと日常で再会するのはまだ先になりそうだ。

 良太に学校の近況を聞いていると、チャイムが鳴った。同時に、ガラッと教室のドアを開けて担任が入ってきた。

「ほら、おまえら、席に着け。お、倉田、学校では久しぶりだな」

「先生、それが一ヶ月ぶりに登校してきた生徒にいうことですか?」

 冷めた口調の叶に担任は、ガハハと豪快に笑った。

「なあに、お前が入院している間、心配し尽くしたからもう充分だろう」

 確かに担任は、叶が入院している間ほぼ毎日、病室を訪れてはさまざまなことを話してくれ、時に叶のことを励ましてくれた。

 あの時、この担任は心配を充分にしてくれたのだろう。

「倉田は久し振りだが、白原が休みだ。とりあえず、出席を取っていくぞ」

 担任が名前を呼ぶと、クラスメイトたちが返事をしていく。

 再び自分は日常に戻ってきた。

「倉田」

「はい」

 自分の名前を呼ばれ応える。

 クラスメイトがいて、幼なじみがいて、そうやって学生生活を再び送ることができる。

 けど、それは自分がいない一ヶ月間も、世界は廻りつづけていたということだ。

 喜んで、怒り、哀しみ、楽しんで、クラスメイトたちは毎日を過ごしてきた。

 窓の外、ガラスの向こう側にある青空をみて、 

「私が欠けても、日常は続いていくのよね」

 誰にでもなくただ呟いた。

 死に逝くときに、ふと思ったことがある。著名人でもない自分の死は、歴史に刻まれることもなくただ忘れられてしまうだろう。

 家族や友人は哀しんでくれる。だけど、自分は何も残せない。

 だから、自分が欠けた日常は、それでも続いていくのだろうと思う。

 倉田叶という人物はかつての日常に帰ってこれたのだろうか?

 自分は、あの日、一度死んだ。『神』と契約し、新しい生命を得た自分は、

 ――日常に戻ることなんてできやしない。

 どこかでそう思いながら、日常へ戻ることを望んでいる。

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