1-1 ???①
冷たい。
暗い。
横になった世界をぼんやりと見つめる。
五月の連休が終わり、それなりに春という季節になったはず。だけど、今はとても身体が寒い。
自分はどうしてこうなってしまったんだろう。
夜に冷やされたアスファルトを、身体に感じながら思考した。
視界の奥では、切れかかった街灯が点滅を繰り返している。遠くでは車の走行音が時折聞こえる。しかし、人の気配は、自分ともう一人分しかない。
どうして今日に限って、近道をしようとしたんだろうか。
ホントにただの気まぐれだったといえる。
普段よりも学校を出るのが遅くなってしまった。学校で話題になったドラマの放送が二十一時からあるから、話題になったこともあり、一応見ておこうと思い近道を使った。
近道は住宅街の路地裏を縫うように進んでいくものだった。
これまでに何度かこの近道を使ったことがあったが、路地裏ということもあり人気がなく何度か不審者に遭遇したこともあった。
その度に足早に逃げ出した。
不審者に遭遇しても、今回も足早に逃げればいいと思ってた。
大丈夫だと慢心していたところがあったんだろう。
今日は違った。
逃げることも声をあげることもできなかった。
「君は素晴らしいね。こんなにも髪も身体の中もキレイだとは思わなかった。君に巡り会えたのは天使の祝福かな。僕はね、天使からこの世を裁く権利を得たんだ」
声の主は、こちらを見下ろして、愉悦に浸った声で賛美を送ってきた。
右手には煌めくナイフが握られてる。
ぽたり、ぽたり、ぽたり。
一定の間隔でナイフの柄から何かが滴り落ちる。
落ちる雫の正体は、自分の血液だ。
彼の足元まで血だまりが広がっていて、血液が落ちる度にわずかに紅い水面が揺れた。
自分は彼に後ろから襲われた。最初は口を押さえられ、髪の匂いを嗅がれた。悲鳴の一つもあげたがったが、異常性癖者に恐怖していたことと口を押さえられていたため叶わなかった。
ひとしきり満足した彼は、髪を一房切り、あたりにばらまいた。まるで彼自身がこの事態を起こしたとアピールするかのようだった。
そのあとは何度も何度も腹部や背中にナイフを突き刺された。
ナイフが肉を裂き、血液を溢れさせるたびに、激痛が走っていた。けれど、今はもう痛みなどわからなくなっていた。
男は自分に乱暴しようとしたわけではない。
きっと彼は、偶然自分が通りかかったから、殺した。
特段理由なんてないんだろう。
なんとなく目についたから殺した。本当にその程度だと思う。
瞼が重くなってきた。
血を流しすぎたのだろう。
「素晴らしいけど、もう飽きた」
興味が失せたというのが色濃く出ている声音だ。
こちらに歩いてきて、横になっていた自分を蹴り飛ばした。
その勢いで、仰向けになった。
月が星を従えて夜空を支配しているが、雲がかかりその全容は見ることができない。
――最期に見るのは綺麗な星空が良かったな……。
「じゃあね」
胸目がけて振り下ろされるナイフが、スローモーションに見えた。
――笑い声が聞こえた。せせら笑う女の声が聞こえた。