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テガミ  作者: PEACH
2/2

『僕』のアルバム~キミノナマエ~

「はぁ…煙くさっ…。」

そりゃ、そうか。煙突から煙がでている。屋根の上に乗っていれば、煙の臭さも直に感じるだろう。

でも、この匂いは悪くない。きっと、トニアさんがパンを焼いているのだろうから。トニアさんは、自分で作った赤いエプロンを腰に巻いて、肩まで伸びた焦げ茶色の頭には赤い三角巾を巻いて、いつも村のみんなのためにパンを焼いている。

今日のパンは何だろう。僕はパンよりもパイが好きだなぁ。アップルパイ、焼いてくれないかな。んー…でも、トニアさんは甘いものが好きじゃないから、焼いてくれないか…。

煙が見えなくなった。匂いもうすくなっている。

きっと焼きあがったんだな。

「アレス? いるんでしょ? 降りてきてー。」

僕はわざと寝ているフリをしてみた。

「…グー…」

「アレス?」

この声はトニアさんだ。間違いない。

僕が架けた梯子を上ってくる音がする。…が、


ガターーーーーーーーーン!!!!!!!!!


「っぷぷぷぷぷ…あっはっはっはっは!!!」

思い通りになってくれた。僕は梯子に結びつけられた紐を握っていた。足音が近づいて、いいところで紐を引っ張る。梯子はずれて、倒れる。そしてトニアさんは今頃、地上でずっこけているに違いない。そしたらトニアさんは怒って、僕を追いかけてくるんだ。最後にはおれて、僕にパンをくれる。

トニアさんはなかなかタダでパンをくれないけれど、こうすればくれるんだ。

僕はわざとらしく言ってみる。

「トニアさーん、大丈夫??」

僕はトニアさんの姿を確認することもなく言った。

「…。」

返事は返ってこない。

あれ、相当怒っているのかな…?

「トニアさん、そんなに怒らないでよ。いつものことでしょ?」

「…。」

それでも返事はなかった。

まさか…!!

「トニアさんっ!!??」

僕はもう我慢できなくなって地上を見下ろそうとするが、屋根から落ちそうになる。

でも、落ちてもいいと思い、勢いに任せて地上へ降りた。

ピクリとも動かないトニアさんの体が目に入る。

「トニアさん!!」

血は流していない。だから怖い。頭を強く打って倒れているなんて、重体だ。

頭を触ろうとするけれど、指先が触れるか触れないかのところで止めた。

こういう時って動かさない方がいいのだろうか…。

とにかく心臓の音を確かめようと、トニアさんの胸に手をあててみた。

その瞬間、

ガシッ!!

「うへえ!?」

僕の腕はがっしり掴まれていた。

…トニアさんの手に。

「トニアさん!?」

「っふっふっふっふっふ…」

胸にあてた手から笑い声と重なって振動が伝わってきた。真っ赤な瞳が僕を見つめた。

「かかったわね。私もバカじゃないのよ。同じ手にはのらないわ…。」

あー、そういえば一昨日…いや、その前にも同じことをしたっけ…?

「あーあ、トニアさんの頭なら、あと93回はいけると思ってたのに。」

「ありがたい計算ね!!」

騙された回数なら圧倒的にトニアさんの方が多いけれど、一度でもそんな人に騙された自分がちょっと悔しい。

でも、いつもとちょっと違うこの会話も悪くない。

「今日のパンはお預けね。」

「そ、そんなぁ!」

困る!! 僕はパイが好きだけど、トニアさんが作ったパンなら同じくらい好きだ。

パンが食べたくて、毎日トニアさんを怒らせているのに。

「でも!」

「…え?」

「きょ、今日はアップルパイを焼いたの。私は甘いものが好きじゃないし、食べる人がいないから…特別にあげるわ。」

…え…?

「クスッ」

「な、なによ?」

自分も食べなくて、誰も食べる人がいないのに、なんで作ったんだ。

アップルパイが好きなのは僕しかいないよ。

「もー、あげないわよ?」

「ううん、もらうよ。アップルパイは、僕の大好物だ!!」

そう言って僕が笑うと、あなたは顔をくしゃくしゃにしておもいっきり笑うんだ。


ガブリ。

りんごの甘酸っぱい香りがほのかに口の中で広がる。

やっぱり…トニアさんはアップルパイを作ったのは初めてだから味に自信がないと言っていたけれど…やっぱりおいしい。今まで食べたどのアップルパイよりもおいしかった。

「ど、どう?」

「…んー、微妙だなぁ…」

なんてね。

「あー、やっぱり作らなきゃよかったわ。」

「うそうそうそ!! 嘘だよ!!」

僕は慌てて否定した。わざといじわるしただけで、本当はもっとたくさん作ってほしいのに。

「え? じゃあ、おいしいの?」

「もちろん!! 僕の中で一番だ!!」

トニアさんが唇を綻ばせた。

「よかった。」

その表情に一瞬ドキッとする。

よくある。トニアさんにドキッとすることは。

そのたびに、僕とトニアさんとの身長差、年齢差…色々なものが気になる。

トニアさんは14歳の僕に対して、26歳の大人だし。身長だって僕よりも10センチくらいは高い。

まー、僕が14歳の男子にしては小さいっていうのもあるんだけど…

僕がもっと大きかったら、トニアさんも僕にドキッとしてくれるのかな…。


この気持ちを誰かに相談したい…そう思ったけれど、僕が素直に話せる相手といったら、やっぱりトニアさんくらいだった。

なんてったって、僕は家族もいなければ友だちもいない。ただの村のいたずらっこだと周りからは思われている。

いたずらをするといってもトニアさんくらいにしかしないけど。

けど、トニアさんは村の人気者。いつもみんなにパンとニッコニコの笑顔をふりまいているから。そんなトニアさんを毎日毎日いじめていれば僕も有名人になるというわけだ。

最近思うことは、トニアさんの僕への態度と村のみんなへの態度が違う気がするということだ。村のみんなにはいつでもキラキラした笑顔を見せるのに、僕には怒ったときの顔が多い。まぁ、僕が怒らせているのもあるけど、僕に笑うときは少し微笑むくらいしかしてくれない。そんなときのトニアさんは少し大人の色気を感じてドキッとする時もあるけど…そういう意味では得しているのかもしれない。

でも、僕とみんなへの態度の違いはとても気になる。僕とみんなへの想いの違いを感じる。

…トニアさんは僕のことが嫌いなのかな。


そうこう考えているうちに、いつのまにか5個のアップルパイを食べ終えていた。

「よ、よく食べるわね…」

トニアさんはからっぽになった皿を眺めながら言った。

「えっ、あっ…いやー、トニアさんのアップルパイがあまりにもおいしいから。」

トニアさんはまた、クスッと大人っぽく笑う。肩にかかるかかからないかぐらいの茶髪を中指で払い、優しくこう言った。

「それはよかったわ。フフ、仕方ないからまた作ってあげる。」

「本当は僕に食べさせたいんでしょ?」

「っな!!」

ほらまた、顔をアップルみたいに真赤にさせて、僕のからかいに反抗するんだ。

「しょうがなく!! しょうがなくつくるんだから!!」

全く、本当にあなたは可愛らしいね。でも、もっと笑顔を見せてよ。


僕はイスもたれかかってひとつ溜息をついた。

結構おなかにたまっている。

しばらく部屋が沈黙につつまれたので、気まづくなって僕はトニアさんの方を見た。

すると、トニアさんは僕の方をじーっと見ていたのだった。

「…な、なに??」

トニアさんはハッと我に返ったようにし、あたふたとした。

「あ、ごめんね。あまりにもきれいな金髪だったからつい見とれちゃって。」

と、照れるように言う。

「あー。昨日はちゃんとお風呂に入ったから、たぶんきれいなんだろうね。」

すると、トニアさんは呆れながら言った。

「もー、毎日入りなさいって言ってるでしょう?」

「そんなこと言われても、女性のお風呂を毎日かりに行くっていうのはちょっと…」

僕は家にお風呂を持っていなかった。それでトニアさんは自分のをかりていいから毎日入りなさいって言うんだけど…やっぱり一応僕は男で、トニアさんは女性で。

「だから、べつにそんなの気にしてないから。14歳の子供にお風呂を貸したところで。」

その言葉にちょっと傷つく。僕はあなたの事をどうしようもないくらいに意識してるのに、あなたにとっての僕はまだまだ子供なんだね。

若干落ち込んでいる僕をよそに、トニアさんは再び僕の髪に見入っていた。

「それにしても本当にきれいよね…。」


僕の容姿はこの国では珍しい。輝く金髪に空色の瞳。どうやら僕は外国人らしいのだが…どこから来たのかなんてさっぱりわからない。

まー、貧乏暮らしの僕はそんなきれいな金髪もぼさぼさで、服もよれよれ。

トニアさんが言うには、僕の容姿はなかなかのものらしく、「女の子がほうっておかないんじゃない?」と冗談めかしく言っていたが、この格好ではそれも台無しだろう。それに、トニアさん以外の女性に好かれたって嬉しくもない。

トニアさん、少しは僕の髪じゃなくて、僕自身を見てよ…。



はぁ…。

僕はひと気の全くない森を歩いていた。

あのあと、トニアさんの友だちがたくさん家に押し掛けてきた。僕を見るなり、

「ああー!! またトニアをいじってるんでしょ? もう、大人をいじめちゃダメよ? 子どもは家でぐっすり寝てなさい。」

とか言い出した。別に僕は子どもといわれるような年齢ではないし、僕には家がない。

まあ、僕のことを詳しく知っているのはトニアさんだけだから、そんなことはつゆとも知らない村人が家に帰れと言ってくる。そのたびにトニアさんは哀しそうに僕を見つめる。トニアさんはいつも自分もつらそうにするんだ。僕自身は別に今の生活に困っていないし、そこまで心配してくれなくてもいいのだけれど、トニアさんが僕のことを気にかけてくれているということが嬉しすぎて、ちょっと泣きそうになってしまう。

トニアさんの友だちはパンを食べたいとせがんでいて、またトニアさんが「仕方なく」と言いながら作っていた。僕も子どもじゃない。空気はちゃんと読める。だから、それこそ「仕方なく」退散してあげた。

帰る場所もないし、とりあえずそこら辺を歩いていたら、いつのまにかこの森の中だ。

ここがどこなのかよくわからない。…つまり迷子というわけだ。

「トニアさんにばれたら笑い話だなぁ…。」

正直、ひと気のないせいか森を不気味に感じてちょっと怖かった。だからひとり言のように思ったことをとにかく呟いていた。少しでも恐怖を紛らわすために。

「お腹すいたなぁ…」

「何言ってんだよ、さっきアップルパイを5個も食べただろう。」

「…あー、やっぱりお腹すいたな。」

いつの間にか一人で会話していた。自分でいうのもなんだが…重症だな。

「…。…。…こわい…。」

今までの生活で一人には慣れていたけれど、なぜかこの森では孤独が急に寂しく感じられる。


ガサガサッ…


な、なんだ!?

僕はいつの間にかその場に膝をつけていた。足が竦んで立っていられない。


ガサガサガサッ!!


何かが近づいてきているようだ。

(動け!! 動けよ、僕の足!!)

情けない…こんな姿をもし、トニアさんに見られたら…


ガサガサッ!! ザザザザザッッ!!!!!


「うわあぁあぁあぁあぁあぁ!!!!!!!」

思わず身をかがめた。

…。

何も反応はない。

そっと、少しずつ目を開いた。


?


「ごめんなさい、驚かせたかなぁ…?」


そこに立っていたのは、僕と同じくらいの背格好の少年だった。

服はところどころ破けていて、ぼろぼろだった。顔や髪にも泥がたくさんついていて、僕以上にひどい恰好をしていた。だけど、彼の瞳と髪は輝く金色で、せっかくきれいなのに泥はついているし、ぼさぼさだし、すごくもったいない。

「…あ、ゴメン。僕も大きな声出しちゃって。少し大袈裟に驚いちゃってたよ。」

僕は体を起こそうとするが失敗して、彼が手をかしてくれる。ちょっぴり恥ずかしいなと思ったけれど、彼まで僕を引っ張れずにこけてしまい、2人とも大声で笑い飛ばした。彼は、男子にしては力がないと思う。というか、細すぎだ。骨しかないんじゃないかというぐらい僕が掴んだ腕は細かった。筋肉なんて全くなさそう…そんなわけないけど。

「ねぇ、君…なんで、そんなか…いや、名前はなんていうの?」

「私? あ、えっと…私の名前は…ル、ルーシア…。」

「へえ、ルーシアっていうんだ。…ん? …今、きみ、『私』って言った?」

「ほえ? う、うん…なにかおかしいかな…?」

え…ええ…ええええええ…

「えええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

その細い体、まるくてくりくりした目、女の子っぽい名前…

「きみ、おんなのこーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!??????????」

そして君は突然かわいくなって、きょとんとした可愛らしい瞳で言う。

「そ、そーだよ?」

そ、そーだったんだーーーーー。

「あ、あの、あなたの名前は?」

「へ、あ、ああ僕の名前はアレス。シウト村に一人で住んでるんだ。まあ、住んでるっていっても誰も使ってなかった古い小屋に家具も置かずにいるんだけどね。」

「そっか…私と同じね。」

「え?」

ルーシアはうつむいてしまった。なにかまずいこと言ったかな。

と思ったら急に顔を上げた。

「いけない、早く帰らなきゃ。」

そう言うと彼女はシウト村と反対の方向に向かって走り出した。

「ごめんなさい、私、急いでるから行くね。」

いや、もうすでに走ってるけどね。

すると、今度は急に立ち止まった。

「ねえ、アレス。あなた、よくここに来るの?」

「え、いや…ぜんぜん。今日初めてこんな奥まで来たよ。」

「そうなんだ…。また逢えないかな。もっとあなたと話がしたい。」

僕もなぜかそう思うよ。

「また来るよ。そうだな…明日も同じくらいの時間に、あそこにある一番大きい木のもとに。」

僕がそう言うと、彼女は再び走り出した。

「わかったわ。それじゃあ、また明日。たくさん話そうね。」

そう言って輝く笑顔で手を振った。


あれ…なんだろう…この気持ち。


ルーシアか…逢いたいな。

早く、早く。


明日が早く今日になってほしい。


そう思ったのは初めてかもしれない。



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