◇会合
「何もない、って、どんな感じなわけ?」
嫌に蒸し暑いある日の帰り道、突然『彼女』は私にそんな質問をした。まだ私の虚無感を打ち明ける前だ。
「いきなりどうしたの?」
「いや、もし『これが自分だー!』ってものが無くなると、どうやって生きていくんだろって思ったんだ。」
ふわふわした髪を揺らしながら、『彼女』は軽やかに笑って言う。
「うーん…。多分目立たないように適当に友達をつくって、静かに生きてくんじゃない?」
「どうして?」
「だって、何もないなら取り合えず平穏に生きようとしないかな?」
あの時の私は、この脈絡の無い質問を深く考えずに答えた。
だけど、今思えばあの時から『彼女』は私の本質を見抜いていたかも知れない。
※
『fool』で話を聞いた次の日。
「えっ!?桐島って鏑木君と付き合ってたの!?」
「声大きいよ。」
昼休み、私は友人達(確か、倉田さんと高菜さん)と昼食をすませていた。
するとどういう流れか、私は洸太と付き合っているという話になった。
「でも悔し〜!藍ちゃんにもう春が来てたなんて。」
「春?」
季節的には5月。春はもう過ぎたと思うけど…。
「青春してるねぇ、若者よ!」
倉田さんの発言に戸惑っていると、高菜さんが物知り顔で軽く肩を叩いてくる。
どういうことなのか。
「ねえねえ!2人はどこまで進んだの?」
興味津々に聞いてくる倉田さん。
「別にそんな関係じゃないって。ただ席が近いから仲良くなっただけで…。」
私が洸太と付き合っている理由は、心の読めない彼が恐ろしいからだ。目が届く所にいないと、不安で仕方ない。
我ながら、自意識過剰だと思う。
「なになに〜!?ますますあやし〜!」
端で騒いでる2人の背後には嬉しそうな子猫のイメージ。
――本当に、心が読めるのは気が楽だ。
※
「じゃ、始めようか。」
授業が終わり放課後。
私は洸太との約束通り『神隠し』事件推理の検証 作業とやらを手伝うため教室にいる。
今まで知らなかったが、洸太の人脈は広い。私の知らない生徒達が来て、教室の人数は5人程になった。
……彼女の私が知らないのもどうかと思うが。
「藍も知ってると思うけど、右から木之瀬さん、結城、大和さん。この人達が面白そうだつって協力してくれた。」
小柄で気の弱そうな女子が木之瀬さん。
背は高めでつり目の女子が大和さん。
眠たそうな目をした男子が結城君……か。
「……えっと、何で私が知っている前提?」
失礼だと思い、3人に聞こえない程度の声で耳打ちする。
私には誰にも出会った記憶が無い。
「えっ…?3人共結構な有名人だけど!?」
「うそ?」
いくら何もないと自称している私でも、そこまで人に無関心では無いと思うが。
「それに、3人共生徒会に入ってるから朝会とかで顔くらい見てるんじゃないか?」
…………うん。
「とっ、とりあえず、皆適当に座ってよ!早速始めよう!!」
私の沈黙で居たたまれなくなった空気のせいか、洸太が無理矢理話題を転換する。
「はい。それでは、第1回『神隠し』検証作業を始めます!」
手を机に置き、芝居がかった口調で洸太が宣言した。
※
「えっと、『神隠し』の概要から説明しますね。」
始めに発言したのは、木之瀬 珠さん。緊張しているのか、見た目より小さく感じる。背後には、辺りを警戒する鼠のようなイメージ。
「まず、噂になり始めたのは1ヶ月前…つまり、私達が二年生に進級した頃です。そして、校長先生のペットが行方不明になったのは4月の終わり頃です。」
要点を纏めていく木之瀬さん。
言われてみると、つい最近の出来事だ。
「あと…私が聞いた噂だと、昨日まで住宅街にいた野良猫が『神隠し』にあったらしいです。」
一息にそう言うと、木之瀬さんは席についた。
「うん、木之瀬さんありがとう。じゃあ、結城君の推理をお聞きしたいと思います!」
洸太が結城君に手を向ける。完全に司会役に入っている。
「あー…。推理ってか、唯の思いつきだけどさ。まずこの『神隠し』には不自然な点があるんだ。」
気だるげに、頭を掻きながら結城 悠祐君が口を開く。
背後には周りに余り興味のなさそうな亀のイメージ。私に似ているのかも知れない。
「まず、噂になり始めた時には誰も被害を受けていないこと。校長が被害を受けるまでは誰々から聞いた、て感じの怪談に近かった。」
結城君が指を1つ立てる。
「もう1つは…まぁ、これは知らない奴の方が多いが、
校長の家に誰も入った痕跡が無かった(・・・)らしい。」
皆の反応に構うことなくもう1つ指を立てる結城君。
「つまり、犬は文字通り闇に呑まれた、て事になるな。…俺は、『神隠し』が人間じゃないなにかの仕業だと思う。」
それか、校長の自作自演のどちらかだな。
と皮肉染みた笑みを浮かべ、結城君は口を閉じた。
「ち、ちょっと待って!」
結城君が言い終わるや否や、大和 紗綾さんだ。背後には凛々しい狼のようなイメージ。
「あんた、それ本気!?この時代に幽霊だなんて…」
「別に幽霊とは言ってないが…被害も無いときからこんな噂が立つか?」
「それは…噂を流した本人が犯人じゃないの?ほら、愉快犯って奴よ!」
「だったら、校長の家に何の痕跡が無い事をどう説明するよ?」
「む…。」
「そりゃ俺だってアホらしいと思うさ。ただ、噂は時に洒落にならん物を引き寄せてしまう事もある。」
一転して低い声で話す結城君。
「はは、神社の息子が言うと冗談に聞こえねぇよ…。」
洸太が冗談めかして言うが、空気は変わらない。
(引き…寄せる…?)
静かな教室の中、結城君の言った一言は私の空っぽな心に粘着性を持った黒い水を流し込んだ気がした。