君とお茶を
ふと浮んだお話なので、続きはありませんよ?
「ああ……つまらない」
幾重に重なる木の葉から洩れる柔らかな日差しは、どこまでも穏やかで、吹きぬける風はさわやかに吹き抜けている。
真っ白いテーブルクロスは、ぱりっと糊がきいているし、鮮やかな絵付けが施されたティーセットには美味しい紅茶と焼きたてのクッキー。野外のお茶会としては、申し分のない出来だと自分でも思う。それなのに、どこかで物足りないと呟いてしまう自分が居た。
手にしていたカップをソーサーに戻して、男は肘掛に置いた自分の腕に頬を預け考えた。
「何がいけない? 何が足りない?」
風に煽られた帽子が、ずるりと傾ぐのを、指先で直す。
その時、少し離れた茂みが大きく揺れ、真っ白い兎が飛び出してきた。
「あぁぁ! 忙しいったら、忙しい!!」
「おや、三月うさぎ。どうしたんだい?」
呟くような声に、三月うさぎと呼ばれた兎は、チラリと視線を寄越しながらも、すぐに手にした時計に目をやると、飛び上がった。
「女王様に呼ばれたんだ! あぁ! ほんとに忙しい。急がなきゃ!」
テーブルに置かれていたクッキーを一枚摘むと、三月うさぎはまた茂みに飛び込んでいった。
「忙しい、ねぇ?」
ここは、閉じられた世界。
変わらない世界。
「どれだけ急いでも、何も変わらないのに……? あぁ! そうか。だから【ツマラナイ】んだ」
男の無表情だった顔に、笑みらしきものが浮かんだ。
「こうしてはいられない。準備をしなくては!」
手にした帽子を被り直し、テーブルの上に新しいティーセットを置いて。
椅子の上には、柔らかなクッション。
それから、それから、可愛らしい細いリボン。
──さぁ、準備が出来た。
「あの、白いうさぎが来ませんでしたか?」
「やぁ。いらっしゃい、お嬢さん。まずはお茶でもいかが?」
茂みを掻き分けて顔を出した少女に椅子を勧め、伏せていたカップに熱い紅茶を注ぐ。
「あの……?」
「うん。うさぎだね。君はうさぎを追っている。なぜだ?」
「なぜって……なぜかしら?」
ことん、と音がしそうなほど首を傾げる少女に、男は笑みを浮かべる。
「【カエル】ためかい?」
「ええ、そうよ。帰るために……」
スルリ、と少女の手からカップが落ち、砕けた。
「つまらない世界は変えないとね。アリス」
「な、に?」
「兎と少女の追いかけっこも、一人のお茶会も、もう飽き飽きってことさ」
ぐったりと椅子にもたれる少女の髪に、用意していた細いリボンを巻きつける。
少女のさらさらとした髪の感触も、抱き上げた体の重みも、男は知らなかった。
「や、めて。世界が壊れてしまう」
「こんな世界、壊れればいいと思わないかい?」
ページが捲れるたびに、くるくると回る変わらない世界。
ゆっくりとお茶を飲む時間すらない世界。
「さぁ、僕とお茶をゆっくりと飲もうよ。アリス」
──ゆっくりと、世界がかわるまで、【二人で】ね。
帽子屋さんはヤンデレだと思うのは……私だけですね。ハイ