夢の底
夢の中で、これは夢だと気付いた。
夢だと気付いたら一度やってみたいことがあった。
『夢の中で眠るを繰り返したら、どこまでいけるか』
それを試してみたかった。
夢の中で自分の家にいた。
ぼんやりとして少し動きづらいが、
寝室へ歩いて行き、ベッドに横になり、
眠りについた。
夢を見た。
舞台が単純に変わったのではないことは、
先程より世界が暗く、ぼやけていることからも明らかだった。
その場で横になり、眠った。
また夢を見た。
また眠った。
夢の中で眠ることを
何度も繰り返した。
段々と、夢全体が暗く重く、
全てがぼんやりとしてきた。
周りが、とても見辛くなり、
手探りで床の物をどけて、
横になった。
ふと、手に触れた物が気になり、
触ってみるが、よく分からない。
近づけてみて、やっと
幼い頃に持っていたおもちゃだと気付いた。
夢の中で眠ることを繰り返す内に、
幼い時の物、匂い、人が、
夢の中に時々、現れた。
幼い頃には確かに覚えていた
記憶や感情を思い出した。
次の夢に行く頃には、
忘れていたが。
数え切れない程、
夢の中で眠ることを繰り返す内に、
周りが真っ暗になった。
何も見えず、
それでも眠ることを繰り返した。
次第に、意識もぼやけてきた。
意識が途切れるようになり、
ここが夢か現実か、
何度か分からなくなった。
少しずつ怖くなってきた。
眠る度に深く沈み、夢の底で、夢を見る。
恐怖が膨れ上がってきた。
そして限界が来た。
闇の中、一人、深い夢の底に立ち、
足元の地面を見つめていた。
はっきりと分かった。
ここが、最後から一歩手前の場所だと。
『あと一回眠ったら、
この下にあるのは、死だ』
足元の薄い地面の下に、
間違いなく、死があった。
見つめている内に、
地面が動いた気がした。
死が地面から溢れ出し、
捕まえに来るような気がした。
耐えられなくなった。
声を張り上げ、暴れ、唸り、
目を覚まそうとした。
目が覚めた。
しかし、まだ夢の中だった。
夢の世界は、崩れ歪み、
闇が、死が、また地面の下で蠢き、
近づいてくる気配がした。
さらに必死に動き、顔を叩いた。
目を覚ました。
まだ夢の中。
深く深く、幾重もの夢の囲いを、
一つ一つ抜け出さなければならなかった。
あまりにも深く、
夢の底へ潜ってしまったから。
あまりに深い処へ行き過ぎたせいで、
もう帰れないのではないか。
帰り着く前に、捕まるのではないか。
そう思った。
何度も目が覚めた。
次第に闇から抜け出し、
光が、色が、景色に戻った。
ほっとしたのも束の間、
地面に激しい衝撃が走り、揺れる。
何かが下から地面を
突き破ろうとしているかのように。
必死にもがき、
何度も目覚めた。
地面からの音が、気配が、小さくなっても、
どこまでも逃げた。
数え切れない程、目覚めた。
しかし、夢の中だった。
もう一生、
夢の中から抜け出せないのではないかと思った
次の瞬間、
やっと、本当に目が覚めた。
外のざわめきが聞こえた。
雀の鳴き声が聞こえた。
一番大きかったのは、
自分の心臓の音だった。
心底ほっとして、涙がこぼれた。
朝の光の中で、
闇の気配は消えていた。
しばらく、
これもまた夢かもしれないという疑いや、
あの角を曲がると地面が裂け、
夢の底へ
引きずり込まれるのではないかという恐怖に
悩まされた。
しかし、次第に、その疑いや恐怖も、
日常の中で、夢と同じように消えていった。
今では、あの恐怖の記憶も薄れ、
普通に眠ることも出来るようになった。
悪夢で飛び起きることは、もう無い。
それでも、
夢の中で眠ることだけは、
あれ以来、一度もしていないし
今後決して、することはない。




