昭和の爆発物
私の子供の頃の男子ときたら、どいつもこいつも「爆発」という現象に対して、異常なまでの情熱を燃やしていたものである。
特に、クラスのちょっとヤンチャな連中が編み出した「時限爆弾」のシステムは、今考えてもなかなかに巧妙であった。
用意するのは、駄菓子屋で売っている安っぽい爆竹と、どこの家庭にもある蚊取り線香。これだけである。
蚊取り線香の途中に爆竹の導火線を巧みにセットし、火をつける。
そして、蚊取り線香が地面につかないように固定し、そして安全圏迄逃走。
するとどうでしょう。線香がジリジリと燃え進み忘れた頃に「パパンッ!」と景気のいい音が響き渡るのだ。
打ち上げ花火(月旅行)でやれば、即席時限式ランチャーの出来上がりである。
彼らはこの「時限式花火ランチャー」を武器に、気に入らないクラスメイトの家や、あろうことか近所の家の敷地内に仕掛けては、遠くからニヤニヤ眺めるという実に質の悪い遊びに興じていたのである。
しかし、このシステムには一つだけ、致命的な弱点があった。
それは、「あまりにも不自然である」という点だ。 しかも爆発まで相当かかるのである。
道端や公園の植え込みに、煌々と火のついた蚊取り線香がポツンと置かれている光景は、どう考えても怪しい。
夜間であっても匂いでバレバレである。
そこで、悪知恵の働くガキどもが次に目をつけたのが、あろうことか「タバコ」であった。
道端にタバコの吸い殻が落ちているのは、昭和の路地裏においては風景の一部である。
彼らはどこからか調達してきたタバコを、蚊取り線香の代わりに導火線へと接続した。これならそこにあっても誰も怪しまないし、爆発したあとは、ただの灰と吸い殻が残るだけ。
さらに、蚊取り線香より時間が短いと良い事づくめである。
ターゲットの玄関先に転がる火のついたタバコ。
夜間なら、通行人は「マナーの悪い大人が捨てたんだな」と思い込んでスルーするが、その数分後、そこは阿鼻叫喚の爆破現場へと変わるのである。
子供の遊びに「隠密性」が加わった瞬間、それはもはやスパイ大作戦の様相を呈していた。
だが、人間の欲望というのは恐ろしいもので、爆竹程度では満足できなくなった彼らは、さらなる高みを目指し始めた。
まずは手近なところで、「ドライアイス爆弾」。
空のペットボトルに水とドライアイスをぶち込み、フタをきつく閉める。気化した二酸化炭素でボトルがパンパンに膨らみ、最終的には「ドォォォン!!」という、もはや子供の遊びとは思えない轟音と共に破裂する。
しかし、悪ガキ連中の探求心は、ついに「知らぬが仏」という言葉を全力で踏み越えていった。
誰が言い出したのか、「とんでもない威力のモノを作ってやる」と、もはや戦時中の秘密兵器工場のような物騒な実験を知り合いが始めたのである。
彼らが持ち出したのは、あろうことか除光液と、過酸化水素であった。
ボウルに除光液を入れ、周りを氷と塩でキンキンに冷やす。そこに過酸化水素をポトポトと落としていくのだ。するとボウルの中に透明な結晶が浮かび上がる。
彼らはその結晶を「究極の爆薬だ!」と鼻息を荒くしてコーヒーフィルタでろ過し、遊びに使っていた。今思えば、テロリストも顔負けの超危険物(TATP)である。
今思えば死も恐れぬ暴挙であるが、「冬場にやる」という判断が、まさにガキの知恵を超えたガチの化学知識で恐ろしい。
思えば、TATPなんて常温でも不安定極まりないから、せめて気温を下げて感度を抑えようという……その「冷徹なまでの慎重さ」があったからここに生きているわけですが…。
さらに彼らは、瞬間冷却パウチの中身(硝酸アンモニウム)を取り出し、アルコールで洗って不純物を取り除いたものに灯油を湿らせるという、もはや専門家が青ざめるような代物まで作り出した。
これを缶に詰め、焚火に放り込んで「ボカン!」とやっていたのである。
考えたら、これなど、鉱山で岩盤を砕く「ANFO爆薬」そのものではないか。
これだけ過激なモノを扱っていれば、当然「そろそろ自分たちも爆死するんじゃないか」という本能的な恐怖が芽生える。そこで彼らが編み出したのが、「リモート着火システム」であった。
あろうことか、家庭にある石油ストーブの電気着火装置をバラして取り出し、そこに長いコードを繋いで、遠くからボタン一つで着火できるように改造したのだ。
「これなら安全だ!」と彼らは誇らしげであったが、そもそも作っている段階でいつ吹っ飛んでもおかしくなかったことに、誰一人として気づいていなかった。
さらに驚くべきは、その戦略眼である。彼らは『三国志』を読み込み、諸葛孔明さながらの計略を練り上げていた。
たとえば「二段構えの計」だ。
まず短いタバコを仕組んだ小さな爆竹で「パパンッ!」と住民を誘い出し、野次馬が集まった絶妙なタイミングで、物陰に隠してあった長いタバコに繋がれた本命の大量爆竹を「ドォォォン!!」と炸裂させる。
そして爆発の混乱に乗じて、自分たちは現場から逆方向に逃げるか、あるいは何食わぬ顔で野次馬に紛れ込むのである。
今にして思えば、よくもまあ警察のお世話にならずに済んだものである。
当時の警察は、婦女暴行やら窃盗やら、あるいは血気盛んな若者による「オヤジ狩り」という名の強盗事件やら、もっと「洒落にならない」事態で手一杯だったのだ。
刑事さんにしてみれば、大ケガ人が出ないガキの悪戯なんて「ハナクソ」みたいなものだったのだろう。
ついでに、地の利も自分に味方していた。
居住地は自衛隊の基地の近くである、自衛隊では演習と称してタマに大砲をぶっぱすのだ、その轟音は町までタイレクトに届き、山々にコダマをひびかせるのだ。
その轟音に比べたら、いくらTATPの爆発とはいえ風のささやきに等しい、そんなもので誰も気に留めなないのである。
しかし、冷静に考えればこれは「悪戯」の皮を被った「爆弾テロ」そのものである。
なぜ、ネットもない時代にこれほどの知識が共有されていたのか。
日本赤軍などの過激派が暴れていた時代の残り香が、どこからか子供たちのコミュニティに漏れ出していたのかもしれない。
漢字の書き取りは一行も進まないくせに、火薬の配合比率(硝酸カリ75%、硫黄15%、木炭10%の黄金比)だけは小数点以下まで正確に割り出す。
その凄まじい集中力と知略は、すべて「生死」がかかっていたからこそ磨かれたものだった。
あの頃、空き地の隅っこで氷と塩を使ってアセトンを冷やしていた少年たちは、間違いなく時代が生んだ「無駄な天才」たちであった。
だが、その後の時代はあまりに過酷であった。彼らの多くは就職氷河期世代となり、社会の荒波の中でその類まれなる人材を安売りし、消耗してしまったのである。
もし、あの圧倒的な熱量と「生死に関われば計算を間違えない」ほどの集中力、そして孔明のごとき戦略眼を存分に生かす場が与えられていたならば。あの空き地のガキどもの中から、日本版のGAFAM(Google, Apple, Facebook, Amazon, Microsoft)を立ち上げるような怪物が誕生していたのかもしれない。
そう思うと、これほどまでの知識と生存本能を持った人材が、今でも無数に野に放たれ、牙を隠して在野に潜んでいる事実は、恐ろしくもあり、また日本という国の計り知れない損失のようにも思うのである。




