男前な彼女
あれ以来、吉川がいやに気になるようになった。
異性としてとかそういうのじゃない。だが、目は自然と吉川を追うようになった。気がつくと吉川の後姿を見ている。
あの夢のせいだろうか。目を離せばどっかに行ってしまいそうな気がして、だから目が追ってしまうのだ。
吉川が、消えないように。
見ていると必ず目が合うようにもなってきた。いたずらっぽそうな微笑で一瞬だけ見る。誰にもわからないように素早く。
これだけならまるで青春の一ページ、と言えるものだろうが、内心そんな場合ではなかった。
自分の中の掴めない何かがもどかしくて、早く取り戻したくて、でもそこまで足が届かないという感じだ。
歯がゆい。歯がゆすぎる。
それを知ってか知らずか、吉川は誰もいないときに話しかけてくるようになった。
と言っても、女の子の優しい口調ではない。あの乱暴な口調だ。
「お前、まだ思い出さねえの?」
「とれぇ奴だな、ほんと。」
「んな呪詛なんざ、ぶっちぎっちまえよ。」
そんな調子だ。
前の優しい吉川を思い出し、はあとため息をついた。本当に可愛い、もしかしたら「好き」にも似た感情があったかもしれないのに、今はまったく無くなっていた。
それよりもどこか、弟のような気さえしてしまうのは危ないだろうか。
だが、そんな思いも周りには伝わることはなく、いつの間にか俺は吉川が好きだということになっていた。
まあ、確かによく見てるし、何かと話はするし、だけどそれだけで勝手に決めないでほしい。
そんな、一部では付き合っている説が流れていることを知ってか知らずか、吉川はその日の放課後に俺を呼び出した。
誰もいなくなった教室に、クラスメイトの男と女。
まさにドラマのような一場面だが、俺の心は晴れていなかった。むしろ、誤解になりそうな余計なことはやめてほしかった。
「よう、遅かったな。」
黒板に落書きしまくっていた吉川が振り返った。
「・・・何やってんだよ。」
「何って、暇だから絵書いてたんだよ。」
それにしたってヘタクソな絵である。小学生レベルだ。
「どした? あまりの上手さに声も出ないってか?」
何かを言う気にはなれず、教壇の目の前の机に腰を下ろした。
「で? なんで俺を呼んだんだ?」
ふと手が止まる。ドラ〇もんの目まで書いたところで、チョークを置いた。
「忠告しようと思ってな。」
「忠告?」
教壇に肘をついて手にあごを乗せ、俺を睨みつけた。
「勝手な行動は絶対にすんなよ。なんかやることがあれば俺が直接言うから、それまでおとなしくしてろ。」
びく、と体が強張った。
実は、呪術だの妖怪だの、お祓いだのの本をいたるところから買い求めていたのだ。
「・・・どうして、わかった?」
「バカだな、お前。俺の式がちゃんとお前を見てんだよ。」
「式って、式神のことか?」
ほお、と吉川の眉が上がった。
「よく調べたじゃねえか。でも、そこまでにしとけ。今のお前じゃ、その先は危ねえ。」
「・・・俺を監視してたのか。」
「監視ってわけじゃねえよ。見守ってたって言ってくれ。」
「どっちだって同じじゃねえかよ! 要は俺を見張ってるってことだろ!?」
声を荒げた俺にたじろぎ、吉川は目線をそらした。
「そうでもしなきゃ、いつお前がやつらにやられるかわからねえだろ。だから控えめな行動にしろって言ってんだ。」
「そんなの、俺の勝手だろ!」
言った瞬間、吉川の手が俺の胸倉をねじり上げていた。
「・・・俺たちはなぁ、一人でも欠けちゃいけねえんだよ。俺の勝手だぁ? ふざけてんのかてめえ!」
頬に女子とは到底思えない鋭い衝撃を食らい、俺はそのまま机から滑り落ちた。
「い・・・・ってぇな!」
反撃しようと握った右手から、力が抜けた。
さっきとは打って変わって、呆然とした吉川が、そこにいた。
「・・・吉川?」
はっとして、改めて俺を見た。
途端、目をそらして悲しげに笑った。
「・・・あのときと、逆だな。」
「あのとき?」
「あのとき、俺はお前に止められた。別行動は危ないって。俺は、今のお前とおんなじことを言って、それで・・・」
目と目が合う。
深い色の悲しみが、そこにあった。
「俺は、死んだんだ。」
どくん、と心臓が鳴った。
あのとき。俺が、止めてさえ、いれば。
あのとき俺が、殴ってでも、行かせなければ。
あのとき止められなかった俺が・・・・
あいつを、殺したんだ。
一瞬、息が出来なくなった。
涙は出てないのに、嗚咽がでそうになった。
吉川は俺に背を向け、ドアの前で止まった。
「・・・・もう、準備は整ってる。あさっての土曜、俺らの家に来い。」
震える声でそれだけ言うと、そのまま出て行ってしまった。
残された俺は、ただ呆然と、座っているしかなかった。




