表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/24

始まりの名

 やる気のない男子チームも含め、いつの間にか白熱した試合になっていた。

 わあわあと楽しげに、かつ真剣にボールが飛び交う。

 昔から避けるのは得意だったから、気がついたら最後の六人に入っていた。

 わざと当たろうかと身体をずらしてみても、足が勝手に避ける。お陰で俺の後ろにいた男子が犠牲になった。残り五人。

「五十嵐くんって避けるのうまいね。」

吉川も残っていた。身が軽くてほいほい避けている。男子の投げるボールが吉川のときだけ優しいからかもしれない。

「あんたもね。」

「あたしは当たり前だよ。当たったら死ぬ世界にいるもん。」

「はあ?」

くすりと吉川が微笑んだ。

「きみもそうだよ。」

そう笑った瞬間、吉川の目の前にボールが飛んできた。

 今までの比じゃない。明らかに男子が投げたスピード。当たればかなり痛いだろう。

 だが、それだけじゃなかった。

 ボールの周りに、黒い影が取り巻いているのが見えた。

 あれ、なんだ?

「ちっ・・・やりやがったな。」

吉川の舌打ちが聞こえた。だが、それ以上の余裕はない。

 手を前に出して取る構えを取る。ほんとに取れんのか?

 吉川、と言いかけた瞬間、悪寒がした。冷たい手で背中を撫でられたようにぞくりとする。

 あれ、やばい。あの黒い影、やばい。普通の人間じゃただではすまない。

 そんな予感が一瞬で走った。

 そう思った刹那、身体が動いていた。反射的に避けていた今までと同じように、ボールに向かって。

「えっ、五十嵐くんっ?」

吉川の声が届くと同時に、黒いものが俺の腹に直撃した。

 普通のボールじゃない。まるでボーリングの玉が当たったみたいだ。あまりの重さに朝飯が飛び出してきそうだ。

 全身の汗が噴き出す。息が荒くなり、意識がぼやけてきた。

 それでも離さない。

 ―逃がすかよ。

 気がついたとき、俺は膝をついてボールを抱えていた。

 黒い影はいつの間にか消えていた。だが、腹の痛みだけは治まらなかった。

「五十嵐くん!」

吉川の声が上から降ってきた。顔も上げられないし声も出ないので答えられない。

「大丈夫か!?」

この剛速球を投げた主が走り寄ってきた。俺を覗き込んでくる。

 こいつ、野球部エースの強肩、片岡だ。そりゃ痛いわけだ。

 関東レベルのピッチャーの玉を綺麗に腹で受け取った自分を褒めてやりたい。

「悪い、五十嵐! お前、っていうか吉川さんを当てようとしたかったワケじゃないんだ! でもなんか、急に意識がなくなったみたいな感じで・・・」

「おい、片岡! てめえ、吉川さんを狙ってたろ!」

別の男子が片岡に掴みかかった。他の男子もそんな感じの目で睨んでいる。

「違うって! 俺がそんなことするわけないだろ!?」

「明らかにボールは吉川さんに飛んでったじゃねぇかよ!」

「だから違うんだよ!」

「大丈夫! あたしは大丈夫だから。五十嵐くん、立てる?」

俺の腕を取って立ち上がらせた。見た目から細いなと思ってたけど、掴んだ肩の細さは想像以上だった。ちょっと力を入れたら折れちゃいそうだ。

「あたしが五十嵐くんを運ぶから、試合は続行して。」

「で、でも―」

「いいから、大丈夫。」

有無を言わさない強い声の後、吉川はゆっくり歩き出した。俺の歩調に合わせてくれている。

 その調子で校庭を突っ切り、保健室に着いたころには、すでに試合は再び盛り上がっていた。調子のいい奴ら。

 俺をベッドに腰掛けさせ、そして乱暴に頭を叩いた。

 べしっと小気味いい音が鳴る。

予想もしていなかった攻撃を食らい、そのまま枕に頭がぶつかった。

「ってぇ! 何すんだよ!」

「何すんだよじゃねえんだよ、秋人ちゃん。」

向かい側のイスに座り、仏頂面で睨みつけた。

「どういうつもりだよ。」

「何が?」

「あのボール。普通のボールじゃないことくらい、今のお前でもわかったろ。あれが普通の人間じゃ大怪我だぜ?」

「あの、黒い影か?」

「わかってんじゃねえか。ったく、記憶が蘇ってねえってのに無茶しやがって。ひやひやさせんなっての。」

はあ、とため息をつき、苦い笑顔を見せた。

「心配、かけさせんなよ。」

どくん、と心臓がまた鳴った。ドキドキとかそんなもんじゃない。

 酷く懐かしい感覚。

 また、助けられた。

 誰に?

「お前・・・誰だよ。」

「あたし? 吉川春海だよ。」

わざとらしくにこりと笑う。

「そっちじゃない。」

「じゃあどっち?」

「茶化すなよ!」

声を荒げる秋人に、ふんと鼻を鳴らした。

「やっと目ぇ覚めてきたか? ま、あんな一撃喰らえば誰だって飛び起きるよな。」

俺の腹を指差し、あの鋭い瞳で見つめてきた。

「あの黒い影、消したのはお前だぜ?」

「・・・なんだって?」

「黒い影がぶつかった瞬間、お前の力が一時的に蘇ってあれを消したんだよ。今はまた眠ったみたいだけど。」

「あれって・・・?」

「あの影。あれ、邪気ってやつだよ。」

「邪気・・・?」

「悪い思念のこと。人間が発する負のオーラ。まあ人間だけじゃねえけど。わかるか?」

「まあ、なんとなくは・・・でも、あれがそうだって?」

「そう。ま、そのうちわかるけどな。」

にっと笑うと、イスを近づけた。

「よっく覚えておけよ。お前の名前。」

色の薄い瞳。その茶色い瞳に吸い込まれていきそうな気がした。

どくん、と何かが鳴った。心臓じゃない。ずっと深く根を張ってるモノ。

もっと大切な、何か。

「お前の名は、虎舜。」

さらに強く鼓動が鳴り響いた。血が熱く巡る。耳に脈打つ。

「俺の、なまえ・・・?」

「お前の始まりの名だ。」

始まり。

 あの、地獄のループ。その始まり。

 覚えている。

 忘れるものか。

 三人の義兄弟。

 闇のモノたちとの争い。

 どんな時代に生まれても、必ず思い出した。蘇った。

 虎舜は、大切な名前だ。

 俺という魂の名前。

 どうして、忘れていようか。

 頬に温かいものが伝った。

 涙だ。

「・・・龍、風?」

知らずに口から飛び出していた。視界が溢れ出てくる涙でぼやける。

 その言葉を聞いた吉川が、驚いて立ち上がった。

「虎舜!? 甦ったのか!?」

そこまで聞こえたが、その後は意識が遠のいてしまった。

 それからあの日まで、この日の意識がぽっかりなくなってたってことは、今でもあいつらの語り草。

 腹が立つけど、しょうがなかったんだ。

 不可抗力っていうのはある。そうでしょ?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ